第3話『似た境遇』
何だかんだで、ルルさんを家に住まわせる事になってしまった。まぁ、紙渡した時点で、来たらどのみち入れるつもりだったけど。
「………」
「……………」
黙々と家事をするルルさん。洗濯物を中に入れてそのままだったため、それを畳み、今はというと俺とは目が合わない所で静かに掃除をしてくれている。
しかし、とにかく気まずい。住まわせるとは言ったもののそもそも女性を家に招くことなんて今まで一度もなかった。こういう女性関連の事はブライド家にいた時に慣れさせとけよな、とつくづく思う。どこまでも役に立たない、あの家は。
「…ふぅ、このくらいかな?」
どうやら掃除が終わったようだ。出会った当初は、あんな感じだったから家事なんて出来るのかと思っていたが、なかなか優秀な腕だ。床にあった埃がほとんどなくなっている。散らかっていた物たちも綺麗に整頓されて、とても気持ちがいい。
「お疲れ様、何か飲みます?」
「あ、お気遣いありがとうございます、ご主人様」
「いいですよ、そんな。……………ご主人様!?」
突然のルルさんの発言に度肝を抜かれる。思わず、きれいな二度見をしてしまった。聞き間違いかと思って、スルーしそうになった。
「えっ、えっとお嫌でしたか…?」
「いやその、嫌というか何というか…」
「では、マスター?それとも、旦那様?いや、主様?」
こちらが驚くと、不安そうな顔をおずおずと話しかけてくる。次第に、ルルさんが慌て始め、呼び方の選択肢をたくさん出してくる。
「落ち着いてください!大丈夫!ご主人様で大丈夫ですから!!」
慌てふためくルルさんを落ち着かせるために、呼び方をご主人様でのんでしまった。少し、いやかなり恥ずかしいが仕方がない。まぁ本来、あの家を出なければこの呼び方をされるはずだったため、気にしないでおこう。
「うぅ、すみません…。ご主人様にお恥ずかしい所を…」
顔を真っ赤にしたルルさんが謝罪をする。俺は気にするなと彼女をソファに座らせる。
キッチンからカップを取り出して、紅茶を淹れる。溢さないように気をつけながら、ソファの前のテーブルへ置く。
「アールグレイで良かったです?」
「はいっ、むしろ私なんかが頂いて…」
自分を卑下するルルさん、その顔はどこか寂しそうに感じた。二人で紅茶を飲んでいると、ルルさんが話し始めた。
「……私、孤児だったんです。幼い頃に両親がいなくなって。捨てられたのか、それとも両親に何かあったのかは分からないですけど…」
急に重い話が飛び出し、俺は静かに持っていたカップをテーブルへ置く。そして、その内容がとてもよく、似ている気がした。
「その後、孤児院に入ったんです。そこには私の他に三人、子供がいました。その子達はみんな受け入れ先が見つかって、私一人だけ孤児院で過ごしていました」
ルルさんは淡々と話し続ける。悲しそうな表情のまま、膝に置いた手が服を握りしめる。
「そして、去年の春。孤児院はなくなりました。年々、孤児院への支援金が少なくなっていて、ついに去年なくなってしまったんです。そのまま、置き手紙だけ置かれて私は"また"捨てられたんです」
それで、あの昼の広場。
似ている。境遇は違えど、人に捨てられて生きてきた。
「…ルル・エクレールって名前、自分で付けたんです。初めて食べたお菓子がエクレアで、それがとっても美味しくて、そこから取りました。……なんて、すみません。面白くない話でしたよね、気にしな─」
気がつくと、俺はルルさんを抱きしめていた。だって、泣きそうな顔をしていたから。教えてあげたかった、君は一人じゃないって。信じてほしかった、もうそんな思いさせやしないって。
「ご、しゅじん様…?」
「…俺も、昔捨てられたんだ。お前なんかいらないって」
自分の過去を吐露する。言うつもりはなかったが、口から出てしまった。ルルさんに寄り添いたいと同時に、自分自身にも声をかけたかった。
「大丈夫、俺もあなたも、もう一人じゃない」
そう言って、抱きしめていた腕を離す。ルルさんは少し赤らんだ顔で、しかし先程の寂しそうな、悲しそうな表情はどこかに消え、今ははにかんでこちらを見ている。
「…何だか、お腹空きましたね」
「私、何か作りましょうか?」
お互いに照れくさくなり、夕食の話に話題を変えると、玄関のチャイムがなった。
「晩ご飯、作りすぎちまった。食べてくれると助かるんだが」
エプロン姿のおっちゃんがドアの向こうから現れて、でかいガタイに似合わない肉じゃがを鍋に入れて持っていた。
結局、おっちゃんの料理を三人で食べることにした。食事中、ルルさんの顔を見ると顔を逸らすのが可愛かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
おっちゃんが持ってきた夕食を食べて、俺はお風呂へ向かった。
ルルさんには、部屋を鍵を渡して自分の好きなようにしていいと部屋をあげた。空き部屋があって良かった。
「無かったら、無かったでおっちゃんに部屋数増やして貰えばいいしな」
おっちゃんことオリノス・チャディントは、珍しいスキルを持っている。物作りが趣味といったがそれはスキルも影響している。
彼のスキルは『作成』。自分が作りたいと思った物を作る際にあらゆる工程を簡単にしてくれる。そして、一度作ったものは魔力を使えば自動で作成可能だ。
「まぁ、おっちゃんなら一度作った物でも自分で作りたがるだろうけど」
そんな事を一人でぶつぶつと言いながら、脱衣所で服を脱ぎ終える。そして、タオルを持って風呂場へ入る。シャワーを出して、お湯になるまで待つ。指先で触れお湯になった事を確認したら、頭からかけていく。
すると、コンコンと扉をノックする音がする。そして、俺の返事を待たずに扉が開く。
「ご主人様、お背中ながしに参りました」
「ちょっと!?何で入ってくるんですか!?」
何故か平然と俺が入っている風呂場へルルさんが入ってきた。ルルさんの白い肌が見えて、俺は慌てて目を逸らす。
「大丈夫です!タオルはちゃんと巻いてますから」
「そういう話ではなくて!」
「……だめ、ですか?」
ルルさんが上目遣いでこちらを見てくる。ちょうどタオルを持って入ってきていたので、すぐさまそれを腰に巻きつけ、椅子に座る。
「分かりました…お願いします……」
俺は観念して頭を下げる。しかし、脳裏に先程チラッと見えたルルさんの白い肌がよぎる。
「平常心を保て、ルルさんは善意で洗ってくれるって言ってるんだ」
ボディソープを出して、ボディタオルで泡立てる。十分泡立ったのか、ルルさんは膝立ちの体勢になる。
「はーい、それではお背中洗っていきますね。……ごしごし、ごしごし。…どうですか?力加減、強すぎるとか弱すぎるとかあったら言ってくださいね」
ルルさんが背中を洗い始める。ちょうどいい力加減で少し気持ちいい。背中は自分では洗いにくいため、誰かに洗って貰うのは案外理にかなっているのかもしれない。
「……っ、もうちょっと上の方がいい、かも…」
「んー?今ビクッてしませんでしたか?もしかして、くすぐったいですか?……こしょこしょ、つんつんっ」
身体がビクついたのがバレたのかルルさんが俺の身体で遊び始めた。唇を噛み、声を出すのを耐える。と、思った直後声が出そうになり、咳払いで誤魔化す。
「ん"ん"!」
「ごっ、ごめんなさい、ご主人様!怒ってらっしゃいますよね?……私、また…」
「違う違う!今のは、その…声が出そうになりまして、その、誤魔化そうとした声です…」
何やらルルさんは俺の咳払いで、俺が怒ったと勘違いしたみたいだった。まぁ、確かにルルさんが意地悪だったのはそうだが。
「そんな事で怒りませんっ。だから、元気出して下さいよ」
「ご主人様……!」
誤解を解いて、ルルさんに俺はそんな怒りっぽくないと説明する。すると、直後背中に柔らかい感触を感じた。
「ご主人様、私……人生で一度も生まれて良かったって思えた事がなかったんです。でも、初めて生きててよかったと心から感じました」
「ルルさん…。………それはそうと、一旦離れる事できますか?」
「んー。嫌ですっ、離れたくありません。……ご主人様のお背中、おっきくて、それにとても温かいです」
ルルさんに離れるよう説得しようとしたが、見るも無惨に断られてしまった。先程からの言動といい、心なしか今のルルさんが少し幼く見える。
甘える事が出来ない人生を過ごしてきたのかもしれない。かく言う自分もそうだった。だから、出来るならルルさんの事は甘やかしてあげたいが──。
「これは風呂から出るのが先だな…」
その後、何とかして風呂の外にルルさんを出して、俺も一通り洗い終えすぐに外へ出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どうか、していました…。ご主人様の好意に甘え、裸体に抱きつき、その上お願いを拒否するなど…」
風呂からあがってきた俺は、先にリビングに戻らせたルルさんの様子を見て困惑した。先程の甘えたがりモードとは打って変わって、今は手で顔を覆いうずくまってしまっていた。
俺はというと、ルルさんを出した後ドギマギして1分ほど何も考えずぼーっとしていた時間があった。
「気にしないでください。俺もその、役得ではありましたし…」
とはいえ、今日会って、今日住み始めたばかりの女性とこんな距離感になるのは流石にどうなのかと思う。
正常な思考がようやく仕事を始め、客観的に見て、どう考えても異常な様子だったことに気づく。
そんな事を考えていると、いつの間にかルルさんが俺の背後にいた。
「……で、ルルさん、何でそんなところで立ってるんです?」
「私なんて、ご主人様の視界に入る事すら許されてはいけないんですっ!」
これは、思っていた以上に重症だ。俺は指を自分の体の前でトントンと動かす。
「……ルルさん、こっちに来てもらえますか?」
「いえ…私…」
「ルルさん、いうこと聞けますか?こっちに来て」
そう言うとルルさんは「は、はいっ」と少しビクつきながら、俺の前に来た。だが、顔は下を向いたままだ。俺はルルさんの顔を手で挟み、目を合わせる。
「目、見て話せますか?じゃないと、寂しいですよ俺」
「は、はいぃ…。ごめんなさい…」
「謝らないっ。ルルさんの悪い癖ですよ。俺、怒ってるように見えますか?」
俺の質問にルルさんは、首を横に振る。
甘やかしてあげようと思ったが、こんな状態のルルさんをどう甘やかせばいいのか女性経験ゼロの俺には難しい。
「……え?」
「──あ、すみません!無意識に手が…」
無意識にルルさんの頭の撫でていた。俺は咄嗟にその手をルルさんの頭から離そうとする。
しかし、その手をルルさんが掴んでくる。
「ルルさん?」
「あの…もう少し、このまま撫でて頂いても…よろしい、ですか?」
ルルさんは、上目遣いでそうお願いしてきた。そのお願いの通り、俺は頭を撫でた。しばらくして、またルルさんは俺の手を掴み、今度は自分の頬に擦りつける。
「ご主人様の手、とても気持ちいいです。……安心する」
「それは良かったです。ルルさんが元気になって、俺も嬉しいから」
ルルさんが満足するまで、俺の手はルルさんに貸していた。そして、満足したようで自分の手を離した。
「……もう遅い時間ですし、寝ましょうか。明日は街にでも行ってみましょう」
「はいっ、楽しみです!」
ルルさんが元気を取り戻した事を確認して、俺は安堵する。それから、ルルさんを部屋へ送り、俺も自分の部屋でベッドに寝転ぶ。
「…今日はとんでもない日だったな」
広場でルルさんに出会い、その日の内に彼女が家に来て、住んで。風呂でハプニングが起きたり。
そんな事を思い返していると、段々瞼が落ちてくる。思っていた以上に疲労が溜まっていたようだ。
「…すぅ」
そのまま、ゆっくりと呼吸を整え、眠気に飲まれるように意識を手放した。




