第1話『二人の出会い』
「あっ、あの!私、なんでもしますから、だから…」
心地よい風が肌を通り、先程まで降っていた雨が地面に浸み込み、独特の香りが鼻に残る。絹のようなその声は、必死に訴えかけてくる。そして、その声の主はもう一度息を吸い、こう口にした。
「だから、私をこの家に住まわせて下さいっ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「よしっ、と…。これでおっちゃんに頼まれてたもんは全部買えたかな」
紙袋に詰められた食品や日用品を確認して小脇に抱える。そして、ポケットに手を突っ込み例のアレを取り出す。
「パン屋で試作品だからって言ってくれた、このメロンパン。…おぉ、美味そう。いただきます」
そのメロンパンを一口頬張る。程よい甘さと食感がたまらない。食べるのに夢中で気付けばなくなっていた。
「はぁぁ、満足満足。さて、おっちゃんに何か言われる前に帰りますか」
俺、フォルドは、ただのしがない一般市民──などでは無く、街の貴族ブライド家の長男坊、フォルド・ブライドとして生まれた人間だった。
両親は俺の事をとても可愛がってくれた、くれていたはずだった。
俺が生まれた3年後に新たな命が生まれた。俺に弟が出来たのだ。俺はとても嬉しかった。だが、そんな幸せはすぐに終わりを告げた。
弟は類い稀ない才能の持ち主だった。生まれて二年で魔法を一級レベルまで上達させた。さらに、剣技の習得速度も尋常ではなかった。高難度と言われた二刀流の剣技を目を閉じてやってのけたのだ。
しかし、素晴らしい才能を持つ弟とは裏腹に、俺には何も才能がなかった。ブライド家として、そんな者を置いてはいられない。両親から俺への態度は一変した。弟にばかり構い、俺の事はまるでいないかのように無視をされ続けた。けれど、俺は仕方のない事だと心に言い聞かせた。名誉あるブライド家に生まれたのにも関わらず、何の才能もなければこのような仕打ちは受けて当然だと。それでも、ブライド家に置いてくれた両親には、むしろ感謝していた。
そして、その時が訪れた。
弟が八つになった春、授かったスキルを確認するために神父を家に呼んだ。
この世界は、八つになると固有スキルを授かる事ができる。俺は八つになった時には無視をされ始めていたから、その確認もしていなかった。
そして、今回弟のついでにと俺のスキルも確認するとのことだった。もし、俺のスキルが使えるものだったなら、俺の扱いを考えてくれるとのことだった。
「こ、これはっ!?」
弟のスキルを確認した神父は、その衝撃に思わず声を漏らす。両親もすぐさま神父に説明を要求する。
「失礼致しました。ご子息様のスキルですが、『統制』で御座います。このスキルは人々を従える上でとても重宝できると考えます」
そう言うと神父は両手を合わせ、トンと叩いた。すると、弟の前にスキルの内容が記されているスクリーンが現れた。弟はそれを黙々と読んでいた。
「神父、ついでにそっちの確認も頼む」
父が俺に指を差し、神父にスキルの確認をさせる。そう言われ、神父はすぐに儀式に取り掛かる。
そして、俺のスキルが表示される。
──そこから先はあまり覚えていない。
スキルを確認するや否や、両親はすぐに俺を屋敷から追い出した。
『こんなスキル、ブライドの人間が持っている事が世間にバレたら…』
『もう少し、マシなスキルなら使い潰そうと思っていたのに。まさか、こんな無駄なスキルだとは』
両親が俺の事を見下すような視線を向ける。弟が俺の事を嘲笑うような笑みを浮かべる。執事が、侍女が、召使いが、軽蔑するような顔で俺の事を見て──。
──いや、もう誰も見てない、か。
「ブライド家の恥が。お前など、いなければ良かった」
思い出したくない事を思い出してしまった。俺は自分の顔を思いっきりパーで叩く。あんな過去など、忘れてしまえ。今の方がよっぽど充実した毎日を送れている。
「…それもこれも全部、おっちゃんのおかげだな」
追い出された後、俺は行く当てもなく、ただただ歩き回った。会う人会う人に助けを求めたが、誰も助けてはくれなかった。そして、体力も限界になり、餓死寸前のところでおっちゃんが助けてくれた。そして、おっちゃんは身元も分からない俺の事を、息子のように今日まで育ててくれた。
当然ブライドの名は捨てて、今はフォルドとしか名乗っていない。フォルドという名前は親につけられた物ではなく、俺が生まれた時に神から授かった名前のため、特に不快感はない。
今年で十七になるので改名も出来なくはないが、役所に行って正式には残っているブライドの名がバレると騒ぎになりかねない。まぁ、アイツらのことだから、俺のことをいなかったことにした可能性もなきにしもあらずだが。
そう物思いに耽って歩いていると、広場の方で何やら騒がしい声が聞こえた。俺は気になって広場へと向かった。
広場に着くと、その騒ぎの張本人らしき人物がいた。その人物は汚れたフード付きの服を着て、ふらつきながら広場を歩く人達に次々と話しかけている。話しかけた途端、相手にもされず逃げられているが。
「…こういうのは、関わらないのが一番。さ、帰ろっと」
触らぬ神に祟りなしだ、と一人で結論を出す。ああいうのは、大抵誰かの優しさにつけ込んで、気を許してもらった後に何かをしてくるんだ。そうに違いない。
そう思い、広場に背を向け、踵を返したその時だった。誰かが俺の腕を掴み、引っ張ってくるのだ。
「あぁのぉ〜、少し、いいですかあ」
振り返ると先ほどのフードの人物が、俺の手を掴んでいた。喉が掠れているのか、ガラガラと音を立てて話している。
俺は驚き、何とかその腕を振り払おうとする。
「ちょっっと、やめてください!!騎士団呼びますよ!?」
「ひぃっ!?そ、それはどうかあ、勘弁してくださいい」
俺のその言葉に突然萎縮する。脅し文句としては割といいのか。
と、手が離れた今がチャンスだ。すぐさまここから離れようと──。
「───、くっそ。俺の中の価値観がこうなったのはおっちゃんのせいだからな」
逃げようとした足を止めて、座り込んだフードの人物に声をかける。
「…はぁ、なんです?話ぐらいなら聞きますよ」
「──え」
「だ、か、ら。話ぐらいは聞きますよって。俺の尊敬してる人ならそうするかなって」
俺がそう言うと、おずおずと話し始める。
「あ、あの、私、今、家がなくって。それで、どうすればいいか、分かんなくなっちゃって」
「────」
それを聞き、俺はこの人を自分と重ね合わせてしまった。汚れたの服、掠れた声、ボロボロの身体。あの時の俺と全く同じだ。
この人は今、とても不安なのだろう。それはそうだ、家がないと言っている。大半の人々がそう思うだろう。だが、思うだけだ。その不安をその人達は知らない。
どれだけ、苦しいか。どれだけ、怖いか。
───どれだけ、生きたいか。
………。
「──もし、本当にどうにもならなかったら…ここに来て」
「え、あの」
「あ、俺もう帰らないと。じゃあ、頑張って」
フードの人物に家の場所に印をつけた地図を渡す。俺はそのまま後ろを向き、自分の家へと歩き出す。
抱えていた紙袋を持ち直し、おっちゃんへ渡しに行くために走り出した。




