染め物屋のジョルジュ
ジョルジュは色々あって染め物屋になった青年である。
子供の頃から水魔法が得意で、ついでに手先も器用だったので魔法騎士の下積みとして訓練しつつ働いていた。騎士の訓練一割、掃除洗濯繕い物諸々の雑用である。ぶっちゃけ「ちょっと体力づくりやらせてもらえる雑用」でしかなかった。
昔は心底不満だったのだが所属していた騎士団の元締めの貴族が国家を揺るがすやベーことをしたので騎士団の上の方は大量処刑された。なにが起きたのかジョルジュはなんもしらねぇ。ジョルジュに雑用おしつけて出世した奴は何か知っていたのかやらかしたのか首切り展示場に並んでいたが、ジョルジュは下っ端だからこそ放逐で済んだ。でも親には縁を切られたし、地元じゃ噂が広まり次の就職ってのはなかなか見つからないし、マジで食いつめる手前で道端で自分の魔法で出した水飲んでいたら、他所の国の行商に声かけられた。
道端で就職案内というのは冷静に考えたら人身売買被害への入り口だったのだが、幸運な事に人身売買ではなかった。
商人の仕入先が魔物の羽根や毛皮の加工で水魔法の洗浄をしたいのだが、水魔法が得意な人材が少ないのでスカウトされたのである。騎士団では討伐した魔物の皮の下処理もやっていたジョルジュは即戦力だった。
トントン拍子でラッキーとおもっていたら、着いた所は魔王の国。まぁ、ジョルジュは雑用押し付けられがちな要領の悪さと鈍さがあり、自分の就職先が魔王の国の衣類工場とは気づかなかった。
ジョルジュが魔王の国だと知ったのは工場長の娘に婿入りして子供ができた後である。遅い。
ジョルジュがポンコツだった以上に魔王の国の国内は牧歌的だったし、最近の領内のホットなニュースは領主の坊っちゃんが鳩とヨロシクやっていて芝居や催し物の演出家として活躍し王様からお褒めの言葉をもらったとかそういう話であった。あまりにも平和。
就職したばかりの頃のジョルジュは空前の染め物ブームが起きており仕事が忙しすぎて下宿先と職場と飯屋周辺くらいしかでかけていなかった。ジョルジュは家族に絶縁されたようなもんなので町の外に行く用事はなく、町の外を飛ぶ野良グリフォンとか野良スレイプニルに遭遇することも無かったのである。そういうのは柵もまばらな田舎に出ることが多い。町ともなれば見張り用の尖塔がいくつも建っているので見張りの兵士が弓や槍や魔法で追い払うもしくは仕留める。
そもそも、この国の人間の大きめな集落にちょっかい出しに行くほど魔物の危機感は死んでいない。魔物だって生きている。生きているから必死に足掻いている。(ただしアンデッドを除く)
人間の集落のやや近いところにゴブリンやオークが集落作るのは他の強い魔物を逃れての生存策だ。なお、人間にばれると子供たちの「はじめての殲滅」会場にされる。まぁ、殲滅されるから生存バイアスかかって人間の集落の近くにゴブリンとかオークは住んでいる。とても憐れ。
だからジョルジュはなんも知らねえ。
町の人間が強すぎて逆に治安がいいし、水魔法の指導を後輩にしていたらお給料も上がるしスゲーいい国だなぁとのんびりしていたジョルジュは飯屋で知り合った娘さんに猛アタックされ婿になったのである。
ジョルジュは移住六年、結婚二年目にしてようやく気づいた。きっかけは嫁の弟が辺境伯の領地で騎士になるので騎士服の刺繍が必要になった。
ジョルジュはその手伝いにでかけたのだが、騎士服のデザインがどうあがいても魔王軍が着ている威圧的なデザインのあの服だった。
「え?!ここの国名はヤマタイコクだよね?!」
「そうよ?あぁ、他所の国の人は別の名前でうちの国呼ぶのって本当なのね、まぁ、ちょっと発音しづらいからそうなのかも」
ジョルジュはポンコツではあったがさすがに自分の住んでいる国や領地や町の名前は知っている。ジョルジュがめちゃくちゃ大好きな妻は、膨らんだお腹を撫でながら、あらあら知らなかったの?と呑気に返した。ジョルジュは妻の「あらあら?」に弱くふわっと色んなことがどうでもよくなりかけたが、どうでもよくしちゃならねぇこともある。
「……うわさと全然違うじゃん。食事の前に通行人を斬首した血で手を洗わないし」
「手が汚れちゃうじゃない」
血で手を洗う、は魔王の国の有名な風習だったはずだが、デマ。そもそも、手が返り血でべたつくのは未熟者の証であるため手洗い文化が根付いたお国柄。根っこが蛮族。
「他所の教会の人間見かけても鍛練の一環で追い回して暗黒死霊魔法でゾンビにしないし」
「豊穣神様と創造神様の信者が多いけど、他の信仰してる人もいるし、町に教会いくつもあるでしょ」
豊穣の神や創造の神は国の外でも信仰されているメジャーな神々である。喧嘩しなきゃ別の神様信仰してる教会が同じ町にあっても問題ない。強いて言うなら教会同士が近すぎると休養日の礼拝で讃美歌の衝突事故を起こす。なので、ある程度距離を開けさせるのがこの国のマナー。
この国の教会は外の教会組織から独立しているので大司教様や法王様に活動を認知されていない。昔々は組織に組み込まれるかどうかの話もあったのだが本部へのお布施などが煩わしくて縁を切って、絶縁したときに教会本部が差し向けた騎士や兵士を暗黒死霊呪術でゾンビにして「きみらの方が神様に愛されてるらしいから、神様に戻してもらいなさいね」と追い返した歴史があるだけである。やはり蛮族。
「パーティーの催し物か公開処刑でもないよね。王様の生誕祝いは建国物語のお芝居で、王都で豆菓子配られたりしてたんだよね?」
「あたりまえじゃない」
祝い事で断罪したら恩赦をださないといけなくなる。だから、そういうのはちゃんと別の日取りにして罪人の首と胴体を分割する。恩赦はできるだけ利用しないお国柄。どうあがいても蛮族。
「それもそうか、さすがに変な噂だらけだもんな。ゴブリンキラーって言ったら殺しあいになるのもデマか」
「それは本当!絶対に言っちゃだめよ!!」
「えっ?!?!」
ジョルジュがこの国の全てを理解する日はきっとこない。つつけばおかしなことは山のように湧いて出るだろう。染め物屋で頻繁に染めている毛皮が国内の最高位の騎士達が徒党を組んで一週間交代で戦い続けたパンサーの上位種グレートワイルドパンサーであるとか、この国では暗黒死霊魔法が使えないと色々心配されるとか、決闘に関してだけ高めの税が設けられているとか、おや、と思うことはいくらでもある。
けれど、ジョルジュは愛する人々が穏やかに「あらあら?」と微笑む限りこの国を去ろうとは思わない。
そして、愛する人々を魔王の尖兵だと糾弾してくるものがいるなら、闘うことは厭わない。
ジョルジュは順調にこの国に馴染んでいた。
ジョルジュ…ぽやぽやし過ぎている上に暗黒死霊呪術が使えないので婿入り先や近所に心配され護身術(子供向け)を指導されている。飲み込みはいい。
魔物…上位種と下位種がいる。RPGお馴染みの色とサイズと使う技が違うアレ。
ヤマタイコク…発音しづらい。




