㉓レオルドルート 後日談Ⅱ
唐揚げラーメンとは――
ラーメンと唐揚げという、それぞれ単品でも十分に完成された料理を掛け合わせた、
今ヴァルデン領で恐ろしいほど流行している――そして、私の頭を悩ませている料理である。
本店と呼ばれる、私が料理人を叱責するために視察へ赴いたあの店には、常に長蛇の列が出来ているらしい。
昼どきはもちろん、日が暮れたあとでさえ行列は途切れず、
なんと「三時間待ち」がスタンダードだという、とんでもない盛況ぶりだ。
列に並ぶ人々は、鉱山夫や鍛冶師、冒険者などの屈強な男たちが半分以上を占めているのだが、
なかには女職人や商人、家族連れの姿も混じっている。
あの、外であまり金を使わないことで有名なヴァルデンの、無愛想で質実剛健な連中が――
大勢で行列を作っている光景は、なかなかに新鮮だった。
もともとヴァルデン領では、外食文化は庶民にはあまり浸透していなかった。
需要がなかったわけではない。
領民には鉱山労働者、鍛冶師、大工、冒険者といった肉体労働者が多く、
腹を空かせる者は多いのだから、潜在的な需要はむしろ高かったと言える。
しかし、従来のヴァルデン領の外食といえば――
主に外から来る商人たち向けの、割高なうえ味も質も微妙な料理を提供する店が大半であった。
庶民向けの屋台もあったが硬いパンに、妙にしょっぱいだけの干し肉を挟んだものを
ふっかけた値で売りつけているだけだったのだ。
当然、領民からすれば、そんなものに金を払う理由はない。
そのため、昼時ともなれば、皆、自分で料理をするか、弁当を持参するのが当たり前であり、
「外で金を払って食べる」など、物好きのやることだと見なされていた。
状況が変わったのは――料理人ギルドが出来てからである。
小麦や米、肉類、野菜類をギルドが一括で大量に仕入れ、
それを加盟している料理人たちが必要な分だけ買い取る――という仕組みを、レオが構築したことで、
個々の店が単独で仕入れるよりも、圧倒的に仕入れ値が下がった。
加えて、屋台での提供を増やしたことにより、回転率が飛躍的に上がった。
一度に取れる利益は少なくとも、数を売ることでしっかりと儲かる構造になったおかげで、
こちらも税率を大幅に下げる決断ができた。
その結果――外食は一気に「庶民でも手の届くもの」へと変貌を遂げた。
今やヴァルデン領のあちこちで、
外で食べること自体が、領民たちの間でひとつの大ブームになっている。
――その中でも、圧倒的な一番人気となっているのが、この唐揚げラーメンである。
料理人たちがこだわり抜いた麺。
食材を長時間煮込み、様々な調味料で整えたスープ。
そして、外はかりかり、中はじゅわりと肉汁が溢れ出す唐揚げ。
それら三要素が、互いを殺さず、むしろ高め合うように完璧な調和を見せている。
熱々のスープを吸った麺は、もっちりとした弾力を保ちつつ、香りを口いっぱいに広げる。
その合間にかじる唐揚げは、衣に染み込んだスープと肉の旨みが重なり合い、
時間の経過とともに、違う表情を見せてくれる………………らしい。
中隊長いわく、「これを食すために三時間並ぶことは、少しも苦痛ではない」そうだ。
なかには、食べ終わったその足で再び最後尾に並ぶという猛者もいるという。
……いや。
領内で経済活動が活発になっているのだから、本来であれば両手をあげて喜ぶべき状況だ。
料理人ギルドの売上は伸び、
屋台の増加で雇用も増え、
原材料を納める農家や牧場、猟師にも、きちんと金が回っており――
税収も、今後は右肩上がりになる予定だ。
為政者として見れば、まさに「万々歳」と言っていい。
――問題は。
この料理の“発案者”が、私になっていることである。
いや、今回の名物料理プロジェクトを実行するにあたり、
確かに「原型」を作ったのは私だ。
だが、私が行ったのは、あくまで「方向性の提示」に過ぎない。
簡単なレシピと、素材の組み合わせの案だけを教え、
あとは完成までの道のりは料理人たち自身に任せ、
出来上がったものは、自身の誇りとして“自分の名で”世に出せ――と、はっきり厳命した。
唐揚げにしろ、ラーメンにしろ。
それぞれが単品料理として発表された時には、すべてが私の意図通りに進んでいた。
鶏肉に下味をつけ、香辛料を工夫し、衣を改良し――
小麦の配合や加水率、スープの出汁の取り方に至るまで。
料理人ではない私からすれば、報告書の文字は単なる情報に過ぎない。
だが、そこに記されている試行錯誤の数と、その内容からは、料理人たちのこだわりや意地が透けて見えた。
そうして“料理を完成させる”――そこまでは、完璧だったのだ。
問題は――その「あとの工程」だ。
例の、うちの中隊長の“やらかし”である。
唐揚げとラーメン、どちらが名物料理にふさわしいかという、喧嘩を仲裁させるために彼を向かわせた際、
私の「どちらも名物料理にするから喧嘩するな」という命令が――
なぜか、「唐揚げとラーメンを合わせた料理を作れ」という指示へと、見事に湾曲して伝わったのだ。
結果として――
名物料理プロジェクトの中で、この唐揚げラーメンだけが、「私が最初から最後まで考案した料理」という扱いになってしまった。
……いや。
これが、貴族向けの、見目麗しく華のある料理であったなら、まだ良かったのだ。
繊細な前菜や、宝石のようなデザートであれば、まあ素直に考案者として名乗れた。
だが、現実に“私の名”とセットで領中に広まりつつあるのは――
この、唐揚げラーメンだ。
炭水化物と油と肉という、
「食欲を満たすこと」のみに全振りしたような、暴力的な構成。
立ち上る香りは食欲を刺激し、
見た目はどこまでも茶色く、
ひと口食べれば、胃袋が歓喜の悲鳴をあげる………………と、評判だ。
そのどこにも――“気品”などという上品な概念は存在しない。
そんなものの“発案者”として名前を刻まれてしまいそうになっているのだ。
何とかして、この悪しき流れを変えなくてはならない。
「はあーー……」
私は、自身の執務室で、書類の山を前にしながら大きくため息をついた。
そんな折、頭の中に居候しているリカが、いつもの調子で声をかけてきた。
『今日はだいぶお疲れのようだね。どうしたの?』
いつものように、あっけらかんとした口調だ。
「名物料理のことを考えていたのよ」
『大成功してるって、さっき報告受けてたじゃん』
リカは、呑気な声音で続けた。
『マティルダ発案じゃない、なんかソーセージを焼いたやつとか、雑炊みたいなやつとか、サンドイッチみたいなのも流行り始めたのでしょ?
唐揚げラーメンにおいては異例の大ヒットみたいで、文句なしじゃない?』
「その唐揚げラーメンが“一強”すぎるのよ」
思わず手で額を押さえる。
私も、ただただ唐揚げラーメンが人気になっていく様を、指をくわえて眺めていたわけではない。
それに対抗するべく、他の名物料理にも、改善や改良を施してきた。
リカの元いた世界の知識、この世界における食文化、そして既存の料理の知恵――
使えそうなものはすべて総動員して、レシピの改良や提供方法の工夫を行った。
香草や調味料を変えたり、火加減を調整したり、盛り付けに一工夫加えたり。
ソーセージは燻製方法を見直し、雑炊系は出汁の取り方から直し、サンドイッチはパンそのものから改良した。
結果、それぞれの料理は、着実にファンを獲得し始めている。
――しかしながら。
今なお、「唐揚げラーメン」という巨大な一本柱には、どうやら及んでいないようだ。
このままでは、「ヴァルデン領の名物料理」と言えば、真っ先に唐揚げラーメンが挙げられ、
その考案者として、私の名前とセットで広まってしまう。
(それは、なんとしても避けないとね)
いや、唐揚げラーメンを“分解”し、それぞれを別の料理として有名にさせる試みも、すでに試している。
唐揚げ単体の専門屋台を出し、ラーメン専門店も増やした。
唐揚げは唐揚げとして、ラーメンはラーメンとして人気が出れば、
「わざわざ合わせる必要はないのでは」という風潮が生まれることを、少しだけ期待していたのだ。
――だが、現実は逆だった。
唐揚げにしろ、ラーメンにしろ、それぞれが有名になればなるほど、
「その二つを一度に味わえる料理」としての唐揚げラーメンの知名度は、むしろ勢いよく上がってしまったのだ。
両方を好きになった人間が、「じゃあ一緒に食べればいいのでは?」と考えるのは、
ある意味、当然と言えば当然である。
本店の料理人にも、「唐揚げとラーメンをきちんと別々に販売するように」と要請してみた。
しかし結果、なぜか、ラーメンの麺とスープを分けて提供する「変化球」に派生してしまった。
大きな丼にスープ、別皿に麺と具材。
客が自分で麺をスープにつけて食べる形式だ。
それを見たリカは、やけに嬉しそうに、
『お、つけ麺タイプも出来たんだ。進化してるじゃん』
と、感心したように唸っていた。
それを受けて、今度は「唐揚げとスープを分けて提供するように」と指示を出した。
まずは――スープはスープとして、唐揚げは唐揚げとして味わう。
そして途中で味を変えて楽しむ方法として、「好みのタイミングで唐揚げをスープに入れる」。
そうすれば、少なくとも“最初から全部をごちゃ混ぜにした一皿”という印象は、多少なりとも薄れるだろうと踏んだのだ。
この提案は、料理人ギルド内で妙に支持を集めた。
客が自分で「どう食べるか」を選べる、という点が料理人たちにウケたのだろう。
試食会では、「そのまま食べる派」「最初から全部入れる派」「一個ずつ浸していく派」と、
早々に宗派争いのようなものまで起きていた。
――のだが。
いつの間にか、そのコンセプトは、以下のような形で“公式の作法”としてまとめられ、宣伝に使われていた。
曰く、
「食通であられるマティルダ様は、“唐揚げの衣の変化”をこそ楽しむ料理だと仰っている。
作法としては、運ばれて来た際に、まずは熱々のスープを一口楽しみ――
次に、揚げたての唐揚げをそのまま味わい――
最後に、唐揚げをスープへと浸し、衣がほどけていく食感の移ろいを堪能するのが“粋”である」
……という、見事に湾曲された形で。
おかげさまで、私の知らぬところで、
「マティルダ様直伝・正しい唐揚げラーメンの食べ方」なる張り紙まで登場している始末だ。
(そんなこと、一言も教えていないどころか、私は食べたことすら無いのだけれどもね)
しかしここまで話が進んでしまった以上、私にできたのは――
「好きなように食べられるように、こんな貼り紙はやめなさい」と命令することくらいだった。
この唐揚げラーメンを“倒す”――いえ、せめて一強状態を崩すために、
現在は焼き鳥の改良と、甘味の軽食を広める計画を進めている。
『甘いものか~。屋台でとなると、りんご飴とか、ベビーカステラとかかな』
リカが、いつもの軽い調子で案を出してくる。
「ベビーカステラというのは、屋台で提供するにはコストがかかり過ぎてしまうわね。
材料も高価で傷みやすいものが多いし、専用の鉄板と型が必要なのでしょう? 初期投資のハードルが高いわ」
人件費も技術もいる。
今の段階で導入するのは、現実的ではない。
「あと、その“りんご飴”というのは、リンゴに付ける必要はあるのかしら?
飴だけで成立するわけではなくて?」
『うーん、どうなんだろう。飴だけだと飽きるというか、リンゴがあると“食べ応え”があるというか』
「食べ応え、ね」
確かに、甘味において「噛み応え」や「果物の酸味」は重要な要素だ。
「飴の甘さと、果物の酸味や瑞々しさの対比――ということかしら。
だけど、リンゴまるまる一個というのは大きすぎるのではなくて?
あと、かぶりつくような食べ方になるのは、どうかと思うわね」
上品さの欠片もない食べ方を、わざわざ推奨するのも気が引ける。
そんな話をしていると、私の執務室の扉が、控えめにノックされた。
「姉上、今お時間よろしいでしょうか?」
「良いわ。入りなさい、レオ」
扉を開けて入ってきたレオは、きちんとした身なりを崩さぬまま、一礼してから近づいてくる。
この前の一件以降、レオが私を「露骨に避ける」ことは無くなった。
しかし、なぜかあまり正面から顔を合わせようとしない。
いつも視線は、私の顔からほんの少し外れた位置――
眉間のあたりか、肩口あたりをさまよっている。
(なぜこうなったのかしらね)
リカに尋ねてみても、『思春期だからじゃない?』で一括りにされてしまった。
本人に無理に問いただせば、また距離を取られる可能性もある。
だから、今はこの微妙な間合いを、そのまま受け入れている状態だ。
「今度、魔法の試し打ちをしたく、姉上にも同席してもらいたいのですが、よろしいでしょうか」
「良いわ。けど、試し打ちでなぜ私が必要なの?」
「この前の模擬戦闘で使った魔法を行使する予定なのですが――
暴発した際に、姉上が居ないと“大惨事”になる可能性がありますので」
真面目な顔で、そう言い切る。
「そう」
つまり、自分の魔法の危険性を理解したうえで、それでもなお改良を続けるつもりなのだ。
『マティルダ、ほぼ“消火器”扱いじゃん。うけるんだけど』
頭の中でリカが、面白がるように突っ込んでくる。
とはいえ、レオが一人であの魔法を振り回す方が、よほど心臓に悪い。
「分かったわ。日程を書面で出しなさい。
危険区域の指定と、人払いの手配は、こちらでやっておくわ」
「ありがとうございます」
レオは深く頭を下げ、そこでようやく一瞬だけ、まっすぐ私の目を見た。
が、すぐに視線は逸らされてしまった。
(昔のような距離感に戻るのは、まだまだ先のようね)
その後、訓練場の様子やギルドのことなど、他愛もない雑談を少し交わしたのち、
レオは「それでは失礼します」と一礼し、扉の方へ向かおうとする。
――その途中で、机の上に広げられた書類に目を留めた。
「姉上、これは」
「ああ、それね。焼き鳥のタレのレシピよ」
インクの染みた羊皮紙には、細かい分量と手順が、几帳面な字でびっしりと書き込まれている。
「色々と改良を重ねて、ようやく“完璧”なものができたから。
後であなたも食べて、感想を頂戴」
「こんなにスパイスが入っているのですね」
興味深そうに、材料の欄を目で追いながら呟くレオ。
「そうよ。味を整えるもの、刺激を与えるもの、香りを与えるもの――
それらがうまく調和するように、分量と順番を調合するの」
思わず、少し語気が熱くなる。
「味にしろ香りにしろ、“感じ方”に時間差があるでしょう?
最初に来る塩味、遅れてくる辛味、鼻に抜ける香り。
それらを三次元的に捉えて、口の中で上手く重なるようにするには、なかなかに大変だったのよ」
「そんなこだわりがあったのですね」
『本当、“そこまでする?”ってところまでこだわってたからね』
頭の中でリカが、半ば呆れ、半ば感心したような声を漏らす。
レオは一拍置いたのち、真顔のまま、さらりと言った。
「だから、以前の姉上が作成したというタレは――あんなに“ごちゃごちゃした”味になっているのですね」
執務室の空気が、ぴたりと止まった。
「……レオにはまだ早い“大人の味”だったかしらね」
とりあえず、穏当そうな言葉を選ぶ。
「そうでしょうか? もっとシンプルにまとめた方が、民衆受けもいいと思いますよ」
悪気のない顔で、実に容赦のないことを言ってくる。
「いえいえ、レオ。この味の“ハーモニー”を奏でるには、これが最適なのよ」
少しだけ身を乗り出して、指でレシピをとん、と叩く。
「王宮楽団と、田舎楽団ほどの違いがあるわ。
良い楽器、熟練した腕前に相当するのが――それらのスパイスと、調理方法よ」
「姉上、大衆はそれらの違いが分かりませんよ。
もっと簡単にしてみてはどうでしょう」
さらりと返され、思わずこめかみがぴくりとした。
「調合の大変さが分かっていないから、そんなことが言えるのね」
ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「今から、私が“各種スパイスの調理上の意味”を、みっちり教えてあげるわ。
一つひとつ、“どのタイミングで”“どう効いてくるか”――全部ね」
レシピの束を手に取り、にこりと笑いかける。
「それを聞いたうえで、もう一度このレシピの“感想”を聞かせてもらうわ。
覚悟は、いいわよね?」
レオは、一瞬だけ本気で逃げ道を探すように視線を泳がせ――
観念したように、小さく肩を落とした。
――この後、レオが「もっとシンプルに」と試行錯誤して生み出した、簡素なタレを使った焼き鳥が、
唐揚げラーメンに次ぐ第二の名物として、静かに、しかし確実に広まっていくことになるのだが
それは、もう少し先のお話である。




