⑮ レオルドルート_悪徳店の潰しかた?
そのあと
レオとのことで、リカとは一度、少し激しめに言い合うことになった。
『だからね! 今のレオ様は“上から目線でマウントを取られる”のが一番ダメなんだってば!
あの子、今でも十分プレッシャーでカチコチなんだから!』
「でも、あの子は次期当主よ。いつまでも甘やかしてばかりでは――」
『甘やかせって言ってるんじゃなくて、“追い詰めすぎるな”って言ってるの!
マティルダ、レオ様に対してだけ、なんか”面倒くさい指示厨”になってる。ホント!聞いてるこっちがだるくなる』
少しだけ、互いに譲らない応酬が続いた末――
最終的には、一応の妥協点に落ち着いた。
・レオへこちらから無理に接触しないこと
・“上から目線で断定する”ような物言いを、できるだけ控えること。
「……最低限、それだけは約束するわ」
『よろしい。ほんとはもっと言いたいけど、今はそのくらいが限界かな』
私は不服であったが、レオとの関係性は一向に改善する気配がないため、ひとまずリカの言うことにした。
◇ ◇ ◇
そして本題――名物料理プロジェクトに取りかかるために、
まずは「悪名高い店舗」を潰して回る段取りを組むことになった。
……が、その過程で、ひとつ問題が起きた。
いや、厳密に言えば――
「事を起こす前に、ほとんどが“速攻で”片付いてしまった」と言うべきかもしれない。
名物料理プロジェクトの初期段階として、
まずは“悪名高い店”から順に調査と取り締まりを始めた。
提供している食材を偽っていた店。
安肉を高級肉と偽り、看板料理を出していた店。
酒を、水で半分どころか三分の二まで薄めて客に出していた店。
傷んでいる食材を使い回していた店。
そういった、“完全に犯罪行為”に踏み込んでいる店は――
次々と「犯罪者として」捕らえさせるように指示した。
この指示自体は、間違ってはいなかったのだろう。
問題は、その”捕まえ方”にあった
その取り締まりに動員された兵の中に、
先日、中庭での私の演説を聞いていた者たちが、何人も混じっていたのだ。
◇ ◇ ◇
指示をしてから数日後、ハンネスが分厚い報告書の束を抱えて執務室に現れた。
「取り締まりの結果は――おおむね上々です」
「おおむね?」
わざわざその言い方をするということは、“おおむね”で済まない何かがある。
「はい。ただし、“やり方が度を越しているのでは”という声も、いくつか上がってきております」
そう前置きしてから、ハンネスは淡々と事例を読み上げていった。
・屋台や店の看板を、商売許可を剝奪する証として、その場で豪快にへし折ってきた兵士。
・連行に断固反対する店主を、“見せしめになる”という理由で文字通り”市中を引きずり回して”連れてきた兵士。
・犯罪の証拠を、わざわざ広場のど真ん中で大声で読み上げ、悪徳店の被害者をその場で煽ってしまった兵士。
特に最後の件は、大事になった。
悪徳店の被害者たちが感情を爆発させ、
暴徒と化して店を襲撃たのだという。
あと一歩、鎮圧のための派兵の指示が遅ければ、
城下の一角が丸ごと焼け落ちていてもおかしくなかった――と、報告にはあった。
私はこめかみに指を当てながら、ハンネスから渡された始末書に目を通した。
やり過ぎた兵士たちには、全員始末書を書かせたのだが、
その言い訳欄には、見事なまでに同じ文言が並んでいた。
――「お嬢様が本気で潰すおつもりだと伺いましたので」
――「これは正義の取り締まりであると理解しております」
そして極めつけに、彼らは口をそろえてこう書いていたらしい。
「これはヴァルデン領のため、正義のための行いと信じております。
ルーム・デム・ヴァルデラント!」
(――――免罪符、を与えてしまったわけね)
中庭で私が声を張り上げた、あの演説。
それは、たしかに彼らの気持ちに「火」をつけることを目的としていた。
だが――
(“私が本気で潰す気だ”という情報と、“これは正義だ”という認識が重なれば)
それは、彼らにとって“ほとんど免罪符”として機能してしまう。
“強い後ろ盾”
“悪を正している”
その二つが揃ってしまえば、
あとはどれだけ踏み込み過ぎても、自分を省みる歯止めが効きにくくなるものだ。
「火は、扱いが難しいわね」
思わず、そうぼやく。
リカが、呆れとも心配ともつかない声を上げた。
『いやだって、マティルダの演説、テンション的にほぼ“戦前の檄”だったじゃん』
『“悪徳料理屋どもを徹底的に叩き潰す!”みたいなノリで煽っておいて、
あれを真正面から受け取った兵士が、「悪徳料理屋狩りだー!」って暴走しないほうが不思議だよ……』
「……まあ、起こってしまったことは仕方がないわ」
私は、報告書を指先でとん、と軽く叩く。
「ハンネス。取り締まりの“範囲”と“基準”を、もう一度明文化して配布しなさい」
「特に、“今すぐ危険というわけではない店”や、“改善の余地がある店”については――」
言葉を区切りながら指示を出す。
「まず指導と猶予期間を設けること。
いきなり営業を止めさせるのは、原則として禁止」
「悪質性の度合いに応じて、段階的な処分にする。
改善が見られない場合に限り、営業停止を含めて厳しい措置を取るよう、明記して」
「畏まりました。すぐに法務と相談のうえ、文案を作成いたします」
ハンネスが深く一礼し、部屋を辞していく背中を見送りながら、
私は心の中でひとつ、冷静に結論を出した。
(――兵たちの“熱意そのもの”は悪くない)
(けれど、まさかあそこまで徹底的につぶすと発言しておきながら、悪徳店を“かばう”ような注意喚起を、私自身が出すことになろうとはね)
本来の計画では――
犯罪をしている店を捕らえ、
民衆の前で何をしていたのかをきちんと説明し、
「今後は許さない」と領主家として明言し――
それでも改善しない、あるいは再犯した店を、
段階的に“吊し上げていく”つもりでいた。
けれど、実際には。
過剰な犯罪店の取り締まりにより、
城下の民たちに兵たちの“やり過ぎ”の取り締まりの情報や、一部の”怒れる客”からの報復の噂、
そして「お嬢様の制裁が下る」という恐怖
それらが一瞬で駆け巡った結果――
「悪徳な店」は、少なくとも表向きには、この時点でほぼ消え失せてしまったのだ。
しかし今回、一番私を驚かせたのは、
そういった犯罪まがいの商売をしていた料理人たちに対する、他の料理人たちの反応だった。
てっきり――
「あいつらが勝手にやったことだから、徹底的に潰して構わない」
「ヴァルデン領の料理の評判を下げたのだから、二度と料理に携わってほしくない」
そういった心情で見ているのだろうと、私は思っていた。
だが、実際に上がってきた嘆願は、その予想とはまるで違っていた。
中庭に呼び集めた、あの三十人の料理人たちが、
ほぼ全員そろって、こう申し出てきたのだ。
「彼らの処罰を、どうか今後も料理が出来るような刑に減刑していただきたい」
「領から追い出すのだけは、おやめくださらぬか」
そう頭を下げてきたのだ。
(……なにもそこまでするつもりは、なかったのだけれども)
私は内心で小さくため息をついた。
話を聞けば――料理屋を経営するにあたって彼らには、彼らなりの“ギリギリの綱渡り”があったのだという。
彼らの商売は材料費の値上がりに怯え、税の取り立てで苦労しをしているなか、
客を外からくる商人に大きく依存しているため、一度でも読みを間違えて大きな損をすれば、そのまま潰れてしまいかねない不安定な側面をもつようで
「一歩間違えば、自分もそっち側に落ちていたかもしれない」
そう思いながら、ぎりぎりのところで踏みとどまっていた者も多かったらしい。
だからこそ、今回取り締まられた完全に一線を越えてしまった者に対して、
「自業自得だ」と切り捨てることができず――
「戻ってこられる道があるのなら、そうしてやってほしい」と考えたそうだ。
正直、(”生温い”)と思う。
けれど――同時に、“料理人の情”というのは、優れた料理のスパイスになると何かで読んだ気がする。
そして、彼らにはまだまだ協力してもらう必要がり、
考えてみれば、ここまで堕落してしまう土壌をほっといた領主側の責任もある。
仕方がないので――私は条件付きで、その願いを飲むことにした。
「名物料理の開発に、各自責任を持って”全力”で関わること」
それを、条件に減刑と領外追放の回避、及び”仮釈放する”とする、と。
全員が頷くのを確認してから
牢に入れっぱなしだったせいで、やつれ細った元料理人たちを、
彼らのもとへ連れて行かせた。
『……牢に入れる前は“俺は悪くない!”ってあんなに騒いでたのになんであそこまで元気がなくなっちゃうの?』
『犯罪者の扱い、ちょっと厳しすぎたんじゃない? なにをしたのさ、マティルダ』
「別に何も。犯罪として扱い、相応に拘束しただけよ」
『それで、あそこまでしおしおになっちゃうの……?
なんか、心のほうをじわじわ削るタイプのやつ入ってない? 大丈夫?』
リカがキャンキャンと騒ぐので、私は肩をすくめ、話題を変える。
「しかし、年配者がああしてワンワン泣いてるのは、正直見るにたえないわね」
私の眼前には、牢から出された元料理人たちと、彼らを庇った側の料理人たちが、
最初は、目も合わせない者も多かったが――
しばらくして、何かお互いで言葉を交わしたかと思うと
なぜか、互いに肩を抱き合いながら、
ぐしゃぐしゃの顔で泣いている光景が広がっている。
『えー……私は、なかなか良い光景だと思うけどなあ』
リカが、いつになく真面目な声音で続ける。
『年を取るとさ、責任とかプライドとか不安とか、色んなものが邪魔して、
目の前の相手に本気で頭下げて、本気で泣くって、なかなかできないんだよ』
『それでもああやって泣けるってことは、“それだけのもの”が、あの人たちの中にちゃんとあるってことだと思う』
「なんか、貴方が言うと浅く聞こえるわね」
『ひどくない!?』
軽口を交わしつつも――
なにはともあれ、彼らは「もう二度とやらない」と、何度も何度も頭を下げた。
そして、今後の進め方を話し合う場で――
60~70人近い料理人が、ぞろぞろと揃って私の元へ来ようとしたため、
私は片手を軽く上げて、それを制した。
「全員で来られても、正直、面倒だわ」
「あなたたちは、“料理”をしなさい。
説明やら調整やら交渉やら――そういうのは、個別じゃなくて全部まとめて処理したいの」
少しきょとんとした空気が流れるのを確認してから、言葉を継ぐ。
「そうね、“料理人ギルド”のようなものを一つ、作りなさい」
そう告げたところ、全員が同じ顔でぽかんとした。
「……ギルド、でございますか」
「え、えっと、その、どうやって……?」
勝手が分からないらしく、皆一様にきょろきょろと周りを見回す。
(まあ、いきなり“組織を作れ”と言われても困るでしょうね)
結局、”使用人を何人かつけて、立ち上げの手続きを補佐させる”今後の流れを説明することとなった。
料理人たちの名前、得意料理、店の場所、……
それらを洗い出してまとめ、
最低限の規約と、定期的に集まる会合の場を決めるところから始めるように指示する。
「――ああ、そうそう。最終的なギルド長はこちらで決めるわ。
あなたたちの中から、“この人なら”と思う候補を何人か見繕っておいて頂戴」
そこまで言い終えると、全員の視線が一斉にこちらへ向いていることに気がついた。
尊敬、期待、不安、緊張――さまざまな色を帯びた視線の重さを、
私はそれを真正面から受け止める。
「敢えて前に発言したことと、同じことを言うわ」
一歩、彼らのほうへ踏み出し、声を張る。
「私は、あなたたちに期待している。」
「だからここまで関わって、協力をしている」
「その期待に――きちんと応えなさい」
だれかがゴクリ唾を吞み込む音の後、
「「「おおっ!!!」」」
低く、しかし、力のこもった声が、揃って響いた。




