⑭レオルドルート_差入れ方法
「――あとは任せたわ」
ハンネスをはじめとする使用人たちにそう告げて、私は中庭をあとにした。
「さすがでございます、お嬢様……!」「素晴らしい演説でした!」「本当に感動いたしました!」
行きがけの廊下で、口々に褒める言葉が飛んでくる。
私は足を止めず、そのまま軽く片手を振った。
「彼らのやる気を、ここまで引き出しておいて――」
と、少しだけ意地悪く笑みを浮かべる。
「――“結果を出せませんでした”、なんて報告は受け付けないわよ」
「もちろんでございます!」
使用人たちが一斉に頭を下げる。
背筋の角度、腕の位置、声の揃い方まで、見事なまでに一致していた。
『うわー、ここまでそろってると、なんか軍隊っていうか宗教っていうか……ちょっと怖いんだけど』
リカの、なんとも言えない感想が頭の隅でこぼれる。
(“統率が取れている”と言いなさい)
心の中でだけ返し、私は歩みを進めた。
彼らの役目は、集まった料理人たちの「事務」と「金銭交渉」のサポートがメイン。
けれど同時に、リカの言う“唐揚げ”や“おでん”を作らせるための、さりげない誘導役でもある。
白鷺商会から取り寄せたレシピ集と、リカの知識をもとに私が書き起こした試作用レシピは、
すでに一通り、彼らを経由して料理人たちの手元へ「それとなく」行き渡るよう仕込んである。
あとは、各料理人が“自分のやり方”でそれらをアレンジし、
出てきた成果物の中から「一番」を選べばいい。
(正直なところ――)
今回呼び寄せた料理人たちは、
串焼き屋が「こいつは信用できる」と推した者たちと、
街でも「味にうるさい」と有名な連中が贔屓にしている店の料理人たちを、
ハンネスに洗い出させて声をかけたにすぎない。
もともとの目論見としては、「三十人のうち数人でも“当たり”がいれば十分」くらいに考えていた。
……けれど、一見した印象だけでも、「当たり」がかなり多そうだと、直感が告げている。
(ただ、彼らの“得意分野”をこちらがまだ完全には把握しきれていない以上、
どこから芽が出るかは、結局のところ運の要素も大きいわね)
そんな「どう転ぶか分からない」ものよりも、
今の私にとって優先すべき課題は、別にある。
(あそこまで“ぶっ潰す”と言い切った、悪徳商法をしている店を――どう料理してやるか、ね)
粗悪な料理で旅人から金だけ巻き上げている店。
薄めた酒ばかり出す酒場。
“伝統料理”だと偽って、中身はただの残り物の詰め合わせ――。
そういう場所を、どうやって“見せしめ”にするか。
摘発のやり方、証拠の集め方、吊し上げの方法に悪評の立て方。
……考えるべきことはいくらでもある。
そんなふうに頭の中で段取りを組み立てていたところで、
リカの焦った声が飛びこんできた。
『マティルダ、前!! 前!!』
(前?)
ふと視線を上げると――そこにはレオがいた。
「――姉上」
きちんと襟元まで留められた上着。乱れのない金髪。
けれど、さきほどまで屋敷の中を駆けていたのだろう、呼吸はわずかに早く、頬がほんのり赤い。
背後には護衛も従者もいない。
レオひとりだけが、廊下の真ん中に立っていた。
(……珍しいわね。いつもは私から声をかけると、さりげなく距離を取ろうとするのに)
今日は、彼のほうから、真正面に立ちはだかってきた。
「あら、レオ。――こんなところでどうしたの?」
自然な調子を装って問いかけると、レオは一度だけ小さく息を整え、答えた。
「いえ……中庭のほうから、大きな声が聞こえましたので。
何かあったのかと、気になりまして」
「ああ、あれね」
私は肩をすくめて見せる。
「料理人たちに、ちょっと“激”を飛ばしてきただけよ。
『期待しているから、死ぬ気で協力しなさい』って」
軽く冗談めかして言ったつもりだったが、レオの目が一瞬、かすかに揺れた。
「……先ほどの声は、そのためのもの、ですか………………」
「ええ。ヴァルデン領に、ちゃんとした“名物料理”を作る計画を始めたの」
私は、わざとさらりと言う。
「その計画が魅力的だったからか、城下の料理人たちが少し“はしゃいだ”だけ。
あなたが心配するようなことは、何も起きていないわ」
そう告げてから、私はわざと軽い笑みを浮かべる。
「まあこれも、ヴァルデン領のためのことよ」
レオは、ほんの少しだけ目を見開いた。
(興味を持った、ってところかしら)
この時点では、レオを巻き込むつもりは薄かった。
けれど――ここまで反応を見せられると、
今この瞬間から「計画に含めてしまう」のも悪くない気がしてくる。
「私は今、ヴァルデン領に新たな“名物料理”を作ろうとしているわ」
そう前置きしてから、一歩だけレオとの距離を詰める。
「レオ。このヴァルデン領に、“特別な名物料理”と呼べるものはあるかしら?」
問いかけると、レオはわずかに目線を泳がせ、それから真面目な顔つきで答えた。
「……おそらく、ソーセージ入りのポタージュなどが、民たちによく食べられておりますので。
それが“名物”と言えるのではないかと」
「それは、庶民が日常的に口にしているもの、でしょう。とても名物料理なんて言えないわ」
私は即座に切り捨てる。
「その料理にあるのは、庶民との親和性だけよ。
“名物”と胸を張るからには、最低でも《話題性》か《革新性》、あるいは《独自性》のどれかは必要だわ。
そしてなにより――“美味しさ”が足りていない」
言葉を区切り、あえて一拍置いてから続ける。
「――あなたはそんな粗末で、どこにでもありそうなスープを、ヴァルデンの代表にするつもりなのかしら?」
レオははっと目を見開き、すぐに俯いた。
「……申し訳ありません。勉強不足でした」
私は小さくため息をつく。
「今、“名物”と胸を張って呼べるものはない。それが答えよ」
そこで、ほんの少しだけ口角を上げる。
「だから――それを、私が“これから作る”」
わざと、はっきりと言い切ってから、少しだけ口調をやわらげる。
「ああ、そう。ついでに、あなたにも協力してもらうわ」
「……それは、どういう形で、でしょうか」
珍しく困惑したような声音。
(姉上が全部なさればよろしいのでは、とでも言いたげね)と、内心で苦笑する。
「簡単なことよ」
私は、あくまで穏やかな声で告げる。
「試作は、さっき料理人たちに頼んでおいたから。その試作品の中から、あなたの舌に合うものがあれば――」
「“これはヴァルデン領を代表するに値する”と、お墨付きを与えてほしいの」
「ただそれだけ。簡単でしょう?」
レオは、一瞬だけ目を瞬かせたあと、表情を引き締める。
「……それは、なぜ私が行う必要があるのでしょうか」
ほんのりと強気な声音。
“姉上ご自身がなさればいいのでは”という言葉が、喉まで出かかっているのが分かる。
「私が何でもかんでも仕切って、最後の評価まで私がしてしまったら――民衆は、すべてを私ひとりの手柄として見てしまうわ」
レオの眉が、わずかに動く。
「こういった“流れを変える”試みは、失敗すればそれなりの不満は出るけれど、成功したときには驚くほどの評価を得やすいの。
まして今回のように、民衆の益にそのまま直結するものなら、なおさらよ」
今回の計画が失敗したときの責任は、すべて私が負う。
だが、成功したとき――前に出て喝采を受けるのは、レオだ。
「私はあなたに、美味しいポジションを用意したつもりよ」
――そこで、わざと軽く肩をすくめてみせる。
「せめて――評価者としてぐらいは、関わっておくべきじゃなくて?」
『いや、だからなんでそんな言い方するかな。素直に“手伝って”でいいじゃん、まったくもう』
脳裏に直接響くような、リカの声が飛んでくる。
(うるさいわね)と心の中で返しつつ、表情には出さない。
「…………わかりました。私はなにをすれば良いのでしょうか」
少しだけ間を置いて、レオがそう答えた。
きっちり萎縮しているのが分かる声色に、今度はリカのツッコミが重なる。
『ほら、完全に怯えさせちゃったじゃん。何やってるのよ』
(うるさいわね。計画通りよ)
ぶつくさ文句を言うリカの声を完全に頭から切り離し、私はさらりと言葉を継ぐ。
「そうね……名物料理の候補を、皆の前で食してもらいたいの。
“訓練終わりに焼き鳥を差し入れとして持っていく”から、それを食べて評価してくれるかしら」
リカが提案してきた「レオの攻略方法」に、完全に合わせたつもりだったのだが――
『なんでそこで、急に焼き鳥が出てくるのよ!? 流れおかしいでしょ!?』
罵声に近い声量で、即座にダメ出しが飛んできた。
(わざわざあなたの案に乗ってあげたのに、文句が多いわね)
私はそんな言い合いを、心の中だけで続けていても仕方がないので、
リカの声を頭から完全に消し去るように脳の回路を切り替え、レオの返事を待った。
「……焼き鳥、ですか?」
少し考えるように視線を宙にさまよわせてから、レオは首をかしげる。
「名前は知っていますが、口にしたことはありません。それが、今後の名物候補に?」
「まあ、あくまで“候補”よ」
私は肩をすくめて見せる。
「この前、試しに一度だけ食べてみたけれど……そうね、現時点では“それなり”といったところかしら」
あの食材の質と、あの程度の調理コストで、あの味。
採算と手間を考えれば、まあ上出来と言っていい。
「姉上が、ですか。庶民料理を」
レオは、驚きを隠せない様子で目を見開いた。
「こういったことを進める上では、実物を知っておくのは必須よ。
“どうせ平民が食べるもの”と切り捨ててしまっては、見落とすものが多いわ」
本音というよりは、半分はその場しのぎの理屈。
それでも、レオの中で何かがほんの少しだけ動いた気配がしたので、私はあえてそのまま押し通した。
「あなたは、いずれヴァルデン家の当主になるのでしょう。
民の口に何が入っているのか、少しくらいは自分の舌で知っておくべきよ」
ダメ押しでそう告げると、レオは小さく息をのんだ。
「……試食の件、承知しました」
相変わらず無表情だが、わずかに顔を伏せながらも、
それでもはっきりとした声でそう告げる。
(まあ、この反応なら少なくとも“失敗”ではないと見ていいわね)
「じゃあ、試食の件、頼んだわよ」
軽くそう言い残して、私はその場を後にした。




