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⑬ 現代知識チート

 

 話の出発点は、あくまで「醤油をどうするか」だった。


 いや、本来の計画は、それ以上にささやかなものだった。

 ――焼き鳥用の“タレ”さえ作れれば、それで良かったのだ。


 だが、結果として私は、とんでもない量の醤油という“謎の調味料”を買ってしまった。


 それを何とかするため

 白鷺商会の代表アヤノから差し入れられた醤油レシピ集と、

 リカの持つゲーム知識を統合して検討した結果――


『実現できそうなのは、焼き鳥用のタレ以外だと、“唐揚げ”、 “おでん”、あと“ラーメン”くらいかな』


「その三つ、改めて整理しておきましょう。唐揚げが揚げ物、おでんが煮込み、ラーメンが麺料理、でいいのよね?」


『うん。唐揚げは鶏の一口サイズの揚げもの。

 おでんは荷崩れしにくい具材のごった煮。

 ラーメンは“スープ+麺+トッピング”って感じかな。

 どれも醤油が超いい仕事するよ』


 少なくともこれらは、

 庶民に人気があり、かつ「この世界でも理論上は再現が可能」な候補だと分かった。


 ただし――


『どれも再現はできると思うんだけどさ。

 ゲームだと料理はなー、料理スキルを磨くと勝手に作れるようになるものだったし、さっき言った料理は差し入れか設定資料か、“デート中に一緒に食べに行く”ときくらいしか出てこなかったからね……。この世界での作り方は私には分からない』


「ええ、そこは承知してるわ。あなたの世界とこちらの世界とで、舌も環境も違うもの。

 そのまま真似るのではなく、合わせて“調整”する必要がある」


 いきなり「そのまま」この世界に持ちこめば、味も発想も飛びすぎている。

 素材や調味料、食文化も違う中で、唐突に出しても、受け入れられるとは限らない。


 それに

(どうせなら、ヴァルデン領“らしいもの”と組み合わせて、新な名物として成立させたいわね)


 そう考えた私は、

 まず「ヴァルデン領の名物」が何かを調べるところから始めた。


 ……が、そこで二つの問題の本質が露わになった。


 ひとつ。ヴァルデン領には、「これだ」という名物料理が一つもなかったこと。


 そして、それにはもうひとつの理由が多く関係していた。


 交易の要衝として人の行き来は多いからか、

 そういった客を“カモ”にした粗悪な店が、思っていた以上に多い――という事実だ。


『あー、ゲームの中でヴァルデン領に行ったときの“デートイベント”で、食事イベントがなかった理由。

 あの残念仕様には、こういう裏があったんだね……』

『ヴァルデン領ってね、武器とか鉱石の“品質”と“等級”がめちゃくちゃ高いからさ、

 交易で揃わなかった場合は、最終盤にわざわざここまで買いに来ることになるんだよね』


『でも最終盤ってイベントが渋滞しててさ。ほかのイベントに潰されちゃって、

 本当は入っていたはずの“イベント”が潰れちゃう事があるの』

『で、その時はリカバリーが必要なんだけど、そんな好感度調整がシビアな時に限って、“食事コマンドが無い”ことをすっかり忘れてて、

 何度涙をのんだか……』


「貴方の世界の都合のことはよく分からないけれど、ヴァルデン領にまともな料理店は少ない――というのは、たしかに事実のようね」


 屋敷に上がってくる報告書を山ほど読んだ。

 兵士や使用人からの聞き取りも、城下の視察も、それをはっきりと裏付けていた。


 安かろう悪かろうを地で行くような品が、

「ヴァルデンの外食」として幅を利かせていた。


 塩と油でごまかしただけの揚げ物。

 煮えたぎった鍋に何でも投げ込むだけの雑な煮込み。

 酒さえ出せばよいと、味を投げ捨てた安酒場――


 そんなものが、あちこちにあった。


(――このまま、この領に新しい料理を根付かせても、“土台”が悪いわね)


 どれほど醤油を工夫しても、どれほどレシピを変えても、

 その上に乗る“街の顔”がこのままなら、結局は同じことの繰り返しになる。


 だったら――


(先に、“土台そのもの”から変える必要がある)


 粗悪な店をただ排除するだけではなく、

「きちんとした味で勝負する」店を増やし、

「ヴァルデンと言えばこれだ」と胸を張れる料理を作る。

 そのためには、何か大きな「きっかけ」が要る。


『……ええっと。つまりさ、私の世界の料理を、

 ただの“現代知識チート”としてドヤるために使うんじゃなくて――』


『“外食全体の質”を底上げするためのツールとして使うつもりってこと?』


「あなたの話の中に出てきた“チート”という言葉の意味は、だいたい理解したわ」


 私は静かに言い返す。


「でも、目的がすり替わってしまうような力の使い方は良くないと思うわ」


「どうせ力を使うなら――あなたのいう“ドヤる”ためとか、

 周囲の目線ばかりに気にして“評価されたいから”力を使うのではなく、

 ”目的”と、その”結果”に意識して使うべきだわ」


『……うん。言ってることは、ものすごく正しいんだけどね』


『それをマティルダが言ってることが、すっっごい違和感。』

『“ドキ魔”では評価や称号こそ重要な要素なのに。料理系称号だとさ、

 食通とか鉄人とか“伝説のシェフ”とか、そういうのあったよ? みんな必死で取りにいってたんだよ?』


「そんなちっぽけな称号は要らないわ」


 私はきっぱりと言い放つ。


 ヴァルデン領の秘宝。

 魔術界の天才にして唯一無二の鬼才

 最強にして絶対の裁定者――


 既にそう評されている私には、それ以外は不要だ。


『サラッととんでもないことを言うなぁ、この人は……』

 リカが、呆れとも感嘆ともつかない溜息を吐く。


『でもね、マティルダが今やってることって。

 “焼き鳥を作る”っていう当初の目的と、”レオ様と仲良くなる”っていう結果からは、どんどん遠ざかってる結果だよね』


「…………レオに焼き鳥を差し入れるための“自然な理由”を作るには、これが必要だったのよ」


『いや、コップ一杯の水を飲むためにダムを建設してる感じなんだよなあ……』

『でもまあ、こういう“現代知識チートを広く使って世界を良くする”流れ、私はわりと好きだし』


 リカが呆れ半分、期待半分の声を出す。


 そんなことがあって――私は料理人たちを呼び出すことにした。


 もっとも、リカからするとこの展開はどうにも不服だったらしい。


 完成形のイメージと、ざっくりとしたレシピ、

 それに使えそうな食材や素材の候補をこちらから料理人たちに提供し、

 あとは彼らに試作と改良、運用を任せる――という、今後の流れを説明したあたりから、


 演説の前にも、頭の中で延々とぼやいていた。


『こんなの、現代知識チートの展開じゃない!』


『本来は、自分でレシピを開発して、

「私の世界の料理ってすごいだろ」って”ドヤァ”してニヤニヤするやつなのに』


『正しいんだろうけどさぁ。“俺TUEEE”の波動を感じることが出来ないというか……』

(いや、”開発”じゃなくただ再現しただけでしょ。よくそれで周囲にドヤァってできるわね)


 私はそんなことを考えながら、中庭での“演説”に臨んだ。


 ――そして今、彼らの前で旗を掲げた以上。

 私の仕事は終わり


 細かな段取りは、信頼できる使用人たちに任せることにしたのだ。


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