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7.気まぐれロマンス奨励


 一方そのころ、夢の中でフォディエスはうなされていた。


「はーい、夢魔のユイシーよ。愛する友人のペルラちゃんのために出張で来たわ」


 幼体期とはいえ、グラマラスな体を惜しげもなく誇張した服を着た夢魔が現れたからだ。


 普通の男なら、喜んだだろう。

 だが、フォディエスにとっては父の周囲で見慣れたタイプの母たちを彷彿とさせ、気分を萎えさせるには十分だった。

 何より、今日はペルラと話して通じ合った記念すべき日である。その余韻で幸せな夢を見れると思っていたのにこの仕打ちだ。

 苛立ちまぎれに睨むと、ぽってりとした赤い唇から艶やかな声が響いた。


「あ、これからすることを邪魔されたくないから、その状態のままでごめんあそばせ。私も早くハニーのところに行きたいの」


 そして簀巻き状態のフォディエスの前に立つと、ユイシーはすっとひとさし指を立てた。


「まず、今から駄目だしをするわ」

「駄目だし?」

「そうよ。イセトラお姉さまたちから事情を聞いたわ。気になってたなら早く声かけなさいよね」

「ぐ……それは」

「あのウェスカノート様の子なのに、奥手が過ぎるわ。ペルラちゃんのことを見るたびに固まるんじゃないわよ」

「親は関係ないだろ」


 むっとして言い返すと、ユイシーは指を鳴らした。

 すると、フォディエスの口は勝手にすらすらと答えだした。


「前に立つとそんなこと吹っ飛ぶんだよ」

「なんでよ。()()()()()()()()

「可愛いと好きしか出てこない。なんも考えらんない。ずっとふわふわする」


 考えたことがそのまま口から出てくる。

 夢の空間だから、手に取るように操れるのだ。それを悟って、フォディエスは口を抑えようとするが簀巻き状態ではどうにもならない。


「理想なんだ。俺が、勝手に着せた理想だけど。今日、話してからもっと好きになった」

「ふんふん……それで? ()()()()()()

「いい匂いするし、可愛いし、俺のことすごくよく見てくれる。そんなにすごいやつじゃないのに、そう見てくれるから頑張りたくなる」


 頬を噛んでみようとしても、舌はどんどん回る。

 フォディエスの考えていたこと、思っていたことがつらつらと流れ出ていく。


「今の姿でちまちま動いてるのが好き。でもそうじゃなくても好き。変身するのもいい。いろんな姿見れるし、口調もなんか、好き。性格も真面目で、ちょっと抜けてて可愛い。すごくタイプ」

「はー……ウェスカノート様とは全然ちがうのがタイプなのねえ。ふーん……」


 またパチン、とユイシーの指が鳴った。


「お前、覚えてろ……! 絶対、いつか復讐してやる」

「あら、素直なお口のご褒美にいいことしてあげるのに」


 こっちは勝手に好意をあばかれたのだ。フォディエスが羞恥で真っ赤になった顔で見上げると、にんまりとユイシーが笑う。


「夢魔ですもの。夢の空間はお手の物。さあ、あなたが望むものを残りの夢で魅せてあげる」

「おい、待て。何する気だ」

「じゃあねえ。あ、サービスするけど過激なのは駄目よ。お花出すのを抑える訓練でもしたらどうかしら」


 そう言うと、ユイシーは手を鳴らす。体が自由になった。

 それと同時に薄靄(うすもや)が現れて、視界を遮る。

 徐々に靄が晴れていくと、そこにユイシーの姿はない。

 代わりに、ちょこんと物言わぬペルラが足を崩して座っていた。よく見ると、人形である。ただ、極めて精巧だった。


「あ、あの悪魔……」


 そしてフォディエスがしゃべると、音を探知する機能があるのか視線を向けてふわりと微笑む。


「あの悪魔ァ!」


 噛みしめるようにフォディエスが呟く。

 情けなく鳴る鼓動は、夢の中でも激しく動いている。

 そして湧き出る花も健在だ。ペルラ科の花が次々と咲き誇っている。この調子だと現実でも出ていそうだ。


(夢なのに寝れないなんて)


 悪夢かと思いたいが、ペルラがそこにいると思うとそう言いきれない。本人ではないが、精巧なペルラそっくりのものだ。

 触れてもいいのか。でも触れたら際限がなくなりそうだ。

 葛藤を繰り返しているうちに、あっという間に時間は経っていた。






***





 朝。

 ペルラが教室に向かって真っ先にフォディエスを探したところ、半屍状態の姿を発見した。

 机にうつぶせて、ひどくだるそうである。

 フォディエスの近くの護衛は、今日はメムドゥだけらしい。

 声をかけていいのか躊躇ったが、フォディエスの傍にいたメムドゥが手のひらで促してきた。いいらしい。

 ペルラの友人たちの姿もない。荷物を自分の机に置いてから、ペルラはそうっと近寄って声をかけた。


「フウプくん、おはようございます」

「……っあ? あ、わ!」


 寝ぼけた声で頭がゆっくり上がる。ペルラを確認すると、フォディエスは慌てて姿勢を直した。


「おはよう、ペルラさん」

「はい。体調が悪いのです? 保健室に行くなら」

「あっ、あー、いや大丈夫。寝不足で……っ」


 視線がさまよって、ペルラの頭を見ると、急にフォディエスの顔が赤くなった。

 ペルラも視線を辿って、照れくさくなった。昨日贈ってもらった花をどうにか鮮度を戻して髪に挿してきたのだ。

 今日はリボン代わりに花のバレッタをつけてきたのだが、気づいてくれた。それが嬉しくて、もじもじとはにかんだ。


「ぐ……う、うぅ、か、可愛いね」

「嬉しいです。ありがとうございます。フウプくんがくれたから使いたくて」

「そっか。気に入ってくれて嬉しい。昨日の俺、本当にがんばった。今日がご褒美なんだ、がんばったぞ俺」


 フォディエスもはにかんだまま、ぼそぼそと続けた。疲れているのか、思ったことがそのまま出てきている。隣のメムドゥも「台無しです、若」と呟いている。

 昨日フォディエスのほうでも何かあったのだろうか。ペルラは不思議に思ったが、昨日、という言葉で伝えないといけないことを思い出した。


「あの、フウプくん。実はお伝えしたいことがあるのです」

「なに?」


 ペルラはあたりをきょろきょろと見回した。

 アナンシィがいるかと思ったが、朝光の溢れる教室にその気配はない。リボンも念のため部屋に置いてきたが、万が一ということもある。


「今は教室にいる者以外に何もおりませんよ」


 見かねたのだろう。メムドゥが言った。


「すみません、ありがとうございます。あの、ご挨拶もせずに」

「いえいえ。貴女のことは若から聞き及んでおります。この場にいないイセトラ様も、貴女のご友人から話を聞いていますからご安心を」

「ペルラです。よろしくお願いします、メムドゥさん」

「これはこれは、ご丁寧に」


 目を細めて穏やかに微笑んだメムドゥは、フォディエスをちらりと見下ろした。


「うちの若ともども、よろしくお願いいたします」

「はい。こちらこそ」

「それで、ペルラさん。伝えたいことって」


 互いに軽い挨拶が終わったところで、フォディエスがたずねてきた。ペルラは小さくうなずいて、昨日あった出来事を二人に話した。



 話し終わると、どちらも難しい顔をして黙りこんだ。

 メムドゥは額の目が忙しなく動いている。その第三の目は見通す能力があるらしく、それでアナンシィのことを探ってくれているのだろう。


「つまり、俺はペルラさんのお母上ご公認……」

「若、そういうことでなくてですね。彼女の身内とはいえ外部のものが容易く入ってきているんですよ。色ボケるのは後にしてください」


 ぼそりと嬉しそうにつぶやいたフォディエスを、辛辣な言葉でメムドゥが注意する。

 やれやれと息を吐いてから、メムドゥは腕を組んだ。


「とはいえ、学び舎に侵入したと知れると騒ぎになるのは目に見えてます。いくら実力者とはいえ横暴を許すかと、他の種族もうるさくなるでしょう」

「母がご迷惑を……」

「メムドゥ。それは事実だけど、どこの長も似たようなものだろ。ペルラさん、気持ちはわかるよ」


 深々と頭を下げたペルラをフォディエスが庇う。


「恥をさらすようだけどね、俺の父は自分の息がかかった者を入れて学園内を探っては、ハーレムに引き抜いている。父曰く、誘惑に弱いほうが悪い、と」

「そういえば教職員も、若の入学初日に一人引っかけて連れ去った件がありましたね」

「もうやらかしすぎて俺は恥ずかしいを超えて、早く縁を切りたくてしょうがない」


 苦々しく言うフォディエスは、ペルラを向くときには柔らかに表情を変えた。


「娘可愛さに相手を見学するくらいなら、俺が口をそえて許可をもらうよ。まあ、よくない手口かもしれないけど……そのために威光が使えるなら、持っててよかった」

「あ、ありがとうございます!」


 なんて優しいのだろう。

 ペルラはフォディエスの言葉に、再び頭を下げた。


「私にできる御礼なら、なんでもするのです」

「まあ。なんでもなら、こういうのはどーお?」


 歌うような女の声がした。

 そして急に、フォディエスの机に長方形の箱が落ちてきた。


「ママ様?」


 ペルラがあたりを見回すがもう姿も声もない。


「若、これは?」

「弁当箱だが」


 蓋と中身が殻の弁当箱がフォディエスの机にある。メムドゥが検分してみたが、なんの変哲もない金属製の箱だった。

 ただ、中身の底部分に張り紙があった。


『付き合うとお弁当を作るんですって! アタシも食べたいけど、ワタシちゃんのために譲ってあげる!』


 こう書いてある。

 メムドゥは、無言でそれをペルラに渡した。


「これは、つまり。ペルラさんが俺に」


 フォディエスがペルラを見た。

 どこか期待をはらんだようなきらきらと目が輝いている。


「お弁当を作って、くるのです?」


 正解。

 そう言わんばかりに、教室の電気が明滅した。


 そして、弁当箱の中身の張り紙は内容が変わっていた。おどろおどろしい文字でこう書かれていた。


『骨抜きになるまでお手伝いよ!』


 メムドゥが、それをなんともいえない顔で眺めた。


「長はどこも似たようなの……ですか。若、同意します」

「フウプくん、巻き込んでしまって本当になんといえばいいか」


 身を縮めて言いながら、ペルラは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 ただ、フォディエスは首を横に振った。


「まあ、うん。俺は、ペルラさんが何かしてくれるの嬉しいから」


 そうしてはにかむと、小さく花を咲かせた。


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