6.告白とその後の闖入者
「ごめんなさい!」
「えっ」
「私が悪いのです。どうにかしようとユイシーたちが気を使ってくれて」
気分は処分を待つ罪人だった。
ぺルラは重たく頭を垂れて、膝に置いた手を握りしめた。
「いつまでも話せなくて、見てるだけだったから。ただ私、フウプくんともう一度話してみたくて」
「俺と」
影がかかる。
ちょうど正面にフォディエスが立っているのだ。
ペルラは、それがアナンシィの理不尽な要求より恐ろしい気がしてしょうがなかった。それでも、言わないままでいるというわけにもいかなかった。
「それで、フウプくんの護衛さんたちにも迷惑をおかけしたのです」
「話すって、例えば」
「それは」
ぺルラは、溜まった恐ろしさを塊ごと飲み込んだ。
顔をあげる。同じ高さに、フォディエスの顔があった。わざわざ正面に回って屈んでくれている。
目線を合わせて問いかける姿は、ペルラのフォディエスへの評価を容易く押し上げた。もはや理想のなかの理想まで昇り詰めている。
(う、ううう……こんなに立派な御方に私、なんてことを……友達まで巻き込んで迷惑をかけるなんて、馬鹿の馬鹿の馬鹿なのです)
泣きそうになったが、そうする資格はペルラにない。ペルラはうつむきそうになる己に叱咤をして、フォディエスに向かって正直に言った。
「フウプくんが、あまりに理想のお婿さんだったから」
「……う、うん?」
「ママ様のシマに、その、私のお婿さんとしてきてくれたらいいなって、思って……!」
言ってしまった。
羞恥か情けなさかわからないが、どんどんと体が熱くなる。
しんとなった沈黙が重たい。
フォディエスは虚を突かれた顔をしたかと思うと、突如さっと顔を背けた。胸を片手で抑えて、もう片手で「待った」とでもいうかのように手のひらを突き出した。
「あ……」
断られた?
すっと浮かんだ言葉は、予想以上にペルラを打ちのめした。
そして、そのことでフォディエスの胸を痛めさせたかもしれないと、悲しい気持ちが湧いた。
慌ててペルラは茶化すために、明るく声を出した。
「やっぱり、難しいですよね。そうですよね。ごめんなさい、私」
「違、ちがくて!」
フォディエスが遮った。しかし顔は背けたままだ。
「ちょっと、待って。今、落ち着いて話したいから、そのまま居て」
ペルラの目の前に出された腕は震えている。
なんだか嗅ぎ覚えのある匂いがする。保健室の薬品とも、ユイシーたちがしただろう香水の香りとも違う。
フォディエスの深呼吸する音が聞こえる。それと同時に、軽い何かが落ちる音がした。
一つ、二つ。もっと。
それが何かを探すより前に、ペルラの視界に現れた。
(花びら?)
ペルラと突き出したフォディエスの手の間を、ひらひらと花弁が落ちていく。
そして、それを皮切りにいくつも白い花が落ちてきた。
雪というより重たい雨のようにどんどんと降ってくる。白い花は虚空から突然現れては、際限なく落ちてきているようだった。
「う゛……う」
そして目の前では、フォディエスが震えながら口元を抑えた。静止のポーズのために上げていた腕ものろのろと落ちている。
「フウプくん?」
ペルラがソファから腰を浮かすと、うつむき気味のフォディエスの顔がこちらを向いた。
わなわなと視線は揺れたが、ペルラを捉えると瞳孔が開く。かと思えば、すかさず瞼が力強く閉じてしまった。
「ぐぅ……かゎッ……!」
絞りだされたかのような声で、フォディエスが唸っている。
(急に具合が!? あんな声をあげるなんて……まるでガーラパパ様が、ママ様に超能力でねじ切られそうになってた時みたいな声なのです!)
緊急事態だ。
ペルラが断られたことより、良い人であるフォディエスを助けるほうが優先だ。ペルラはうずくまるフォディエスに寄り添うと、そろりと背中を撫でた。
「急いで先生を呼んできます。フウプくん、ベッドまで」
「まっ、違う。大丈夫だから」
立ち上がるよう促すペルラに、フォディエスは待ったをかけた。
いつの間にか、床は大量の花でじゅうたんができている。
「でもこんなに花が」
「いやこれは俺の能力がそういうやつで。本当に、大丈夫なんだ」
「そういうやつ……?」
フォディエスが躊躇いがちにうなずいた。
ちらりと辺りを見回してから、ベッドのあたりをじっと睨んでいる。ペルラも見るが、誰の気配もない。メムドゥとイセトラはこんなに騒いでも静かに眠っているのだろうか。
しばらくして、ペルラの肩が控えめに叩かれた。
「とりあえず、座って話させてほしい」
ソファも花だらけだ。
フォディエスが適当に花を払ってから座るように促した。ペルラが座ると、遠慮がちに少し間を開けてからフォディエスも座った。
「まず、ごめん」
少しの沈黙のあとで、フォディエスは言った。
「謝らせて、ごめん。俺の態度も変で、ごめん」
「そんな」
「見てくれてたって、知ってた。正直、それは嬉しいと思ってる」
思わずペルラはフォディエスの横顔を見た。
ほんのりと頬が色づいている。薄い唇が緩やかに動いて、時折尖った牙が見え隠れした。
「……俺も」
言葉を切って、フォディエスは右手を胸のあたりまで上げてゆるやかに開いた。
さっき降ってきた花が、その手のひらにある。ただ、色と花弁の形が少し異なる。
水晶体みたいな薄い羽が重なった花弁。色は透けているものの薄紫だとわかる。
「俺も、ペルラさんと話したいと思ってた」
フォディエスの手の中で花が成長する。
乳白色の茎は、するするとしなやかに伸びて次々に花柄から蕾をつけていく。そのまま編み込んでバレッタの形に変化したと思うと、ペルラに差し出した。
「これ、良かったら。お詫びになるといいけど」
「お詫びなんて」
「あー……それだけじゃないというか。ただ、あげたいんだ。もらってくれると嬉しい」
「フウプくんが嬉しいのなら、いただきます。ありがとうございます」
ペルラが手を出すと、そっと手のひらに置かれた。花の形は見覚えがある。
ヴェルスペルラの近縁種に違いない。
アナンシィは、近縁種含めたヴェルスペルラの花をコレクションしている。世話をしていた者たちから手入れの苦労を聞いているので、ペルラはその特徴を知っていた。
「ペルラさんをイメージして、作ってみたんだ。思ったより……にあ、似合ってる。綺麗にできてよかった」
「私のイメージ」
まじまじと花のバレッタを見る。
可憐さと繊細さ、美しさの備わった飾りである。
(過大評価では……!?)
驚きで思わず飾りとフォディエスを見比べた。
フォディエスは、落ち着かなく自分の髪を触った。やや跳ねた癖のある髪を意味もなく掻いて、もごもごと口元を動かした。
「む、むっ、婿の話」
「はぅッ、はい」
どもったフォディエスの声に、ペルラもつられて裏返った声で返した。
「俺こそ、君の婿になれたら。いや、なりたい」
「フウプくん」
「ペルラさんのとこに、行きたい」
言葉にならずに、ペルラは感極まってうなずいた。
それを確認して、ごく、とフォディエスの喉が動く。一息飲み込んで、震える声で言った。
「婿入りを前提に、よろしくお願いします」
「……っあ、は、はい。はい! よろしくお願いします」
遠慮がちにペルラの手をフォディエスの手が包む。しっとりと汗ばんでいるのは自分のせいか、相手のせいかなんてわからないくらいだ。
互いの熱で、生花でできたバレッタがちょっぴりくたびれたくらい、二人は手を握り合って見つめあった。
保健室の先生を伴ったユイシーたちが帰ってくるまで、ずっと。
御伽噺ならここでハッピーエンドで終わるところだが、現実は簡単にはいかない。
ちょっとした騒動が、まだあったのだ。
それは、ペルラが寮に帰ってから起こった。保健室の片づけを終えて、フォディエスと別れたあとのことである。
寮の部屋はそれぞれに合わせた個室が割り当てられている。
あらゆる種族の能力と知恵と技術をこらしてできた寮は、個人に合わせたカスタマイズを部屋が勝手にするのである。
部屋の中には入学時にもらった鍵か、本人の手形、あるいは体の一部で行き来ができる。そのため、招かれざる他者が自分の部屋に入ることは容易にできない造りとなっている。
だというのに、ペルラが部屋に戻った瞬間、闖入者は現れた。
「はぁい、ワタシちゃん。アナタのママ様よ。元気かしらぁ」
上機嫌な調子の声は、ペルラの頭上から。
するりとペルラのリボンが解けた。
家の者が贈ってくれた大ぶりのリボン。薄桃色の可愛らしい色合いで、滑らかな手触りの布が、ペルラの髪から離れて浮かんだ。
「一ヵ月も可愛いワタシちゃんに会えないのって、思ったより寂しいから会いに来たわ」
ペルラをワタシちゃんと呼ぶのは、養母を置いて他にいない。自分でペルラと名前をつけたのに、響きが可愛いからと、いつもそう呼ぶのだ。
アナンシィはリボンから生えるように空中に現れた。
半透明の姿でも、その美貌は健在だ。夜闇よりも暗く深い黒の髪。切れ長の灰色の瞳。自信にあふれた表情で、アナンシィは小さく微笑んだ。
「ねーえ、ずいぶんと賑やかな場所じゃない? アタシ、明るい日の光って好きになれないのよねぇ」
間延びした口調は、まるで歌っているようだ。たまに歌姫を自称するだけあって、アナンシィは歌が好きなのだ。
「ママ様、お久しぶりなのです」
「ええ。ご挨拶できて偉いわぁ。さすがアタシの娘だわぁ」
にこにこと機嫌よく言うと、アナンシィは優雅に空中で脚を組んで座った。
魅惑的な体の線に沿ったきらびやかなドレスももちろん半透明だ。部屋の明かりにわずかに反射するスパンコールが刺繍されている。
ちかちかとした光が反射するたび、ペルラがわずかに目を細める。それを見て、満足そうにアナンシィは喉を鳴らした。
「ガーラが言ってたのだけど、婿って、子が作れればいいんでしょ?」
「ええと、胎生種族だと望ましいと聞いているのです。あと光熱系でなくて」
「そう! そうなのよぉ。だからガーラたち、アタシが勧めるのに駄目だしするのよねぇ」
「ママ様の種族は、成り立ちが違うと習いました。ここでもいろんな種族の方を知りました」
「うんうん。ちゃんと学んでるのね、ワタシちゃん立派よぉ」
軽く拍手をして、アナンシィは手を止めた。
「それでね、ワタシちゃん。アタシ見てたんだけどぉ、あの子が選んだ相手?」
見てた。選んだ。
ペルラは一瞬固まって、頭に手を当てる。一つくくりにしたリボンはそこになく、頭の側面に飾ったバレッタがあるばかりだ。
あの場面を、アナンシィは見ていたのか。
じわじわと赤くなる顔まで見られたくなくて、ペルラはそっと下を向いた。
「まああ、可愛い。うふ、うふふ。やだぁ、楽しいじゃない。面白いじゃない。アタシ、こういうの大好きよぉ。娘の恋って楽しいのねえ!」
心底楽しそうにアナンシィが言う。
玩具や愛玩動物扱いに近いのでは。
そう思わずにはいられないが、元からそういうところがズレてぶっとんでいるのだ。
「ねえ。ねえ、ねえねえ。ワタシちゃんよりちょっと背が高いけど、可愛らしい子だったわぁ。アレなら一緒でも面白そうだからいいわ。
アタシの好きなお花も出せるんでしょ? いいじゃない。コレクションが増えるわね。アタシ、楽しみに待ってるわ。
そうだわ、ねえ、ワタシちゃん。ママって娘の恋を応援するものでしょ? そうでしょ? だからワタシちゃんのママ様であるアタシが、手伝ってあげる。
だってそういうものなんでしょ? ママって娘が大好きなものだし、アタシもワタシちゃんが大好きよ。
ちょっと待っててねぇ、ガーラたちに聞いてくるから。楽しみにしていてねぇ」
怒涛の勢いで言葉が流れてくる。
自分の言いたいことだけを楽しそうに捲し立てて、アナンシィはくるくると回りながら姿を消した。
「ま、ママ様。待って」
ようやく返事をしようとしても、空中からひらひらと落ちてくるリボンはもうなんの反応も示さない。
絶対何か面倒なことが、それもフォディエスを巻き込む形で起こる。
そう確信をせざるを得ない話だった。
(明日、一番にフウプくんに話さなきゃ……! せめて今日の夜、何も起こしませんように。フウプくんが無事ですように!)
リボンを拾って、ペルラは真剣に祈るのだった。
護衛二人は空気を読んで途中でこっそり抜けております。




