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5.作戦被りと観念


 放課後になった。

 ぺルラはいつも以上にゆっくりと帰り支度をした。

 とくに関係のない教本を出したりしまったりして、ついでに持ち物の確認作業も二回もした。

 そんな行動もあってか、教室に残る生徒はどんどんと減っていった。

 心なしか普段より解散が早かった気がするが、ペルラの緊張からかもしれない。


(カルバさんの言った通り、フウプ君とお付きの人もまだ残っているのです)


 視線を向けるとイセトラの鋭い眼光と合うため、ペルラは大人しく時が来るのを待った。幸いにもヴァンクも残ってくれたので、適当におしゃべりをすればいくらでも待てそうだ。

 いつの間にか教室にはペルラとヴァンク、フォディエスたち三人が残るばかりとなった。


「ん、んんっ」


 喉を鳴らしたのはフォディエスの傍にいたメムドゥだ。

 それと同時に、勢いよくドアが開いた。


「あー、おなかすいたあ!」


 騒がしくユイシーが入ってきた。そして教室に踏み入るなり深呼吸をした。


「うっ、力が」


 ドサッと重たい音をたててフォディエスの傍に立っていた二人、イセトラとメムドゥが倒れた。

 まだペルラやヴァンクはぴんぴんしているのに、ずいぶんと早い反応をする。


(思った以上に虚弱体質な人たちだった?)


 ぺルラは思わず立ち上がって、身を乗り出した。ヴァンクも隣で飛びながら首をかしげている。


「ユイシー、吸い過ぎた?」

「ええ、そんなつもりはないんだけどお。でも本当にお腹すいちゃったから、ちょっとだけ吸わせてほしいわね」


 言うなり、ユイシーはまた大きく息を吸った。今度はその赤い唇に白い靄がどんどんと吸い込まれていく。

 ぺルラの体にもほんの少しの倦怠感がたまる。ヴァンクがよろめいて悲鳴をあげた。


「馬鹿。馬鹿ユイシー。やりすぎじゃん!」

「ええー」


 ヴァンクの文句にユイシーは唇を尖らせて精気を吸うのをやめた。

 一方で、倒れたイセトラたちはそのままだ。フォディエスも席から立って、二人の様子をのぞきこんでいるようだ。


(申し訳ないですが、今が好機なのです! お手伝いをすると、声をかけなきゃ……)


 ぺルラが席から進むと、ユイシーはヴァンクをむんずと掴んで声をかけてきた。


「あら。じゃあ保健室に伝えてくるわよ。ヴァンクもこっち」

「ヴァンク、ユイシーもありがとう」


 ひらひらと手を振って、ユイシーはヴァンクを連れて余裕たっぷりな足取りで出て行った。

 ペルラは恐る恐るフォディエスたちのほうへと近づいた。

 横になった二人をしゃがんで看ていたフォディエスは、ペルラが近づくと顔を上げた。

 少し釣り目がちの特徴的な瞳は、ペルラには戸惑っているように見える。眉も下がっていて、躊躇いがちに唇が小さく開いていた。

 見下ろしたままではよろしくないだろう。

 そう判断したぺルラは、制服のスカートを抑えてしゃがみこむと、フォディエスに視線を合わせた。


(声を……ええと、どう声をかければ。まずは迷惑をかけた詫び? 思った以上に具合がよくないなら、急がないと)


 滑らかに言葉が出てこない。

 ぐるぐるとユイシーたちと話したことを思い返しながら、ペルラはひとまず筋書き通りに話すことにした。


「た、たいへんなのです」


 棒読みが出た。

 素人芝居もびっくりな、抑揚なんてあったものではない言葉である。

 しかし言われたフォディエスのほうも様子がおかしかった。


「あっ。そ、そう! た、たいへんだー」


 棒読みが返ってきた。

 いつからカタコト話すタイプの機械種族になったのかという声だった。


「だれか、てッ、手伝ってもらわないとナー! 運ぶのタイヘンだナア!」

「はっ! わ、私、私が手伝います!」


 妙に言葉尻が上がったわざとらしい声でも、ペルラには願ってもないことだった。前のめりで言うと、ぺルラは倒れたイセトラの体に触れた。

 ユイシーが精気を吸ったせいか、意識がないというより眠っている。

 獣種族の成体に近い女性だ。意識がなければ力のない者には運ぶのも難しいだろう。


(ここは私の力の見せどころなのです。アピールポイント、出してみせます!)


 ぐっと力を入れ、ぺルラは自分の腰骨のあたりを触った。

 様々な種族を混ぜ合わせ生まれたぺルラには、限定された時間だけ、混ぜられた種族に変化ができる。


(早く保健室に連れて行ってしまえば……変化は足。丈夫な足を持つ、甲殻の多脚種族)


 スカートの下からメキメキと小さな音を立て、白く硬い殻をまとった細長い足が二対這い出た。鋭い爪が床を掻いてぺルラの体を浮かせる。


「私が女の人を運びます。フウプくんは、そちらの男の人を」


 フォディエスは目を瞬かせて、ぶらりと所在なく垂れているペルラの足を眺めている。変化をするときに収納し忘れた普通の足だ。

 こういうところが細かい制御が未熟だといわれる所以なのだ。ぺルラは恥ずかしくなって、そっと足を畳んで見えないようにした。

 二対の脚と見比べていたのだろうか。じいっと視線が刺さるかのようだった。


「あの、お見苦しいところを」

「いやっ、見慣れなかったから!」


 被せるようにフォディエスが言った。


「本当に、そんな見るつもりはなくて……なのに、つい、見ちゃって。ごめん」


 自分の行いを恥じたみたいに、フォディエスは目元を赤くしている。


(相変わらず、気遣い屋さんなのです。私に紳士のように接してくれる方は、フウプくん以外にいません……!)


 ぺルラは感動しながら、首を横にふった。


「私の種族は珍しいそうですから、仕方ないのです。こんなときじゃなかったら、好きに見てもらってもいいのですが」

「すっ!? いいの……いっだ!」


 突然フォディエスがうずくまった。脇腹を抑えている。

 どうやらメムドゥの手が動いているようだ。ペルラが見ている前で、すすす、と元の位置に戻っていった。


「フウプくん、今」

「無意識で動いたみたいだから気にしないでほしい。ええと、ぺ、ペルラさん。行こう」


 そう言って、フォディエスは雑にメムドゥを担ぎ上げた。細身の体のどこに力があるのか、意外なほど軽い仕草だった。

 見た目には現れていないだけで、父親の獣種族の血がそうさせているのかと思わせた。


「保健室には知らせがいっているだろうから、そこに」

「はい。行きましょう」


 ぺルラはイセトラの体を両手で抱えた。生やした脚のおかげで、長身のイセトラも引きずらずに済みそうだ。

 手が動いていたメムドゥとは違い、イセトラは気だるげに寝息を立てている。


(人によっては、ユイシーの能力が効きすぎることもあるのかもしれません。せめて丁寧に運ばないと)


 細かいことは苦手だが、力は人一倍ある。ぺルラがイセトラを抱えると、フォディエスが先に歩き出した。

 ただ、時折ちらちらと目が合う。

 きっと足取りは大丈夫かと気にしてくれているのだろう。そうに違いない。

 フォディエスの気遣いを感じるたびに、ペルラは浮き立つような心地がした。心なしか脚先の爪も弾むようにステップを踏んでしまう。


 そうして歩くと、保健室までの距離もほんのわずかの時間に思えた。

 多様な種族を受け入れる学び舎のため、どこの入り口も大きめに設計されている。それでも大型の種族は屈んで入る必要があるが、ペルラたちにとっては十分な大きさだ。

 ついた途端、入り口は勝手に開いた。


「待っていたわ、ペルラちゃん!」


 勢いよく出てきたのはユイシーだ。

 ユイシーは投げキスをペルラに向けると、茶目っ気たっぷりにウインクした。


「整えておいたわよお」

「遅かったじゃん」


 ユイシーの横からヴァンクが軽やかに空を飛んで現れた。

 ペルラのリボンを数度揺さぶってくる。


「先生はカルバが引き受けてるってさ」

「そうよ。ハニーのところに行かなくちゃ。ヴァンク急ぐわよ!」


 すかさずユイシーに引っ張られて、会話もそこそこに二人は慌ただしく去っていった。



 保健室に入ると、確かに無人だ。

 整えたとユイシーは言ったが、その部分はパッと見ただけでわかった。

 なぜか可愛らしいクッションで座席の両側を固められたソファがある。ご丁寧に空きスペースは二人分で、距離を近づけないと座れないようになっていた。

 つい目がそちらにいってしまうが、ひとまずペルラは奥にあるベッドに向かった。

 イセトラを横にしてシーツをかける。とりあえず、著しく不調をきたしているようには見えない。

 フォディエスも続くように、隣のベッドにメムドゥを置いた。

 それから、すう、と息を吸って吐いたかと思うと、ペルラに声をかけてきた。


「ペルラさん」


 ペルラがフォディエスのほうを向くと、ゆっくりと言葉が続く。


「先生がくるまで、君も待ってほしい」


 むしろ好都合だ。

 けれどどうしてそう言うのかわからなくて、ペルラは戸惑いながらもうなずいた。


「それは、構いません。でも私なにか」


 何か用事があるのかと言いかけて、ペルラは気づいた。


(けしかけた犯人として待てという……そういう、ことでは!?)


 やんわりとフォディエスはペルラのことを責めているのでは。

 ぺルラは、フォディエスを恐る恐る見返した。

 不思議な年輪みたいな虹彩を持つ新緑の目がゆるく瞬いている。フォディエスの目はペルラと見合ったかと思うと、そろりと逸らされた。


(そういうことでは!?)


 こうして話す機会を設けたまではいい。接点も再び持てたと思う。

 弱肉強食の世界だ。対策もせず能力に負けてしまったから、こうなるのもやむなし。

 そういう教育を受けてきた。だが、いざ気になる人に悪感情を持たれる可能性を考えると、じわじわと恐ろしさが忍び寄る。


(優しいフウプくんはこういう手段が嫌い……その可能性を失念していたのです。嫌われては、関係構築は……いえ、ただ、私が嫌なのです)


 ならば、早々に非を認めてしまわなければ。

 ペルラは神妙にうなずいて、ベッド際から離れソファに腰掛けた。

 ユイシーが飾り付けたであろうソファは、わずかに香水のような匂いがする。勝手にふりかけたのだろうか。だとしたら、これもまた後から怒られる羽目になるだろう。

 フォディエスもまたベッド際から離れて、ソファ近くまで歩いてきた。ぎこちなささえ見える動きは、ペルラのしたことを察しているというかのように感じてしょうがなかった。


 ペルラは、観念して口を開いた。



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