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第10話【初陣かましたれ】

 槙野まきのが何とも言えない表情で俺を見ている。すまないと言いたいのか、お前には任せられないと言いたいのか。分かるのは、その心中に負の感情しかないということだけだ。


 俺にはそれ以上彼の顔を見ることができなかった。


 徳田がその場を離れたので、主将の渡会わたらいがその場を仕切りだす。



「今は普通の状態じゃない。でも、だからどうだっていうんだ。関東大会で本数差でぎりぎりまでもつれた試合があったか?勝数1以上離して勝ってきただろ。全員が仕事をしたら負けにはならないってことだ」


 金本も続いて


「先鋒から中堅の3人は俺と渡会に繋ぐことだけを考えてくれればいい。それができたら俺たちが決めてくるから」


 次鋒じほう新浦にうらと矢野がうなづいた。


 準々決勝の開始まで10分ほどある。


 今、親の顔を見たら心のどこかが決壊する。観客席の死角で時間を潰そう。


「見た?槙野まきのくんが転んだとこ」


「見た見た!結局勝ったみたいだけど、次は無理っぽいね」


 どこぞの高校の女子生徒だ。会場の下働き風情がベラベラと楽しそうにしやがって。


倉富くらとみくん交代しちゃってるよね。外田そとだくんって誰?」


「知らないの?去年の全中個人準優勝だよ。確か福岡の子」


 なんだよ、俺のことを知ってるのか。


「へぇ~、じゃあ1年生なんだ。だったら大変だね」


 へらへらしながら余計な心配をして、そいつらは去っていった。


 それはともかく、だ。俺は全中個人の実績を引っ提げて神奈川に来たんだ。それは間違っても負けて恥をかくためではない。


 最近は先輩たちの活躍に圧倒されてきたが、俺だって剣道ならひとかどの人物だ。2本獲れっていうなら話は別だが、引き分けて後ろに回すくらいはどうにでもできる。


 気持ちを奮い立たせ、会場に戻り面を着ける。


 すると隣で着けている新浦にうらが声を掛けてきた。


「ヤバい。吐きそう」


「えっ!?」


「外くんが負けたら俺死ぬかもしれない」


 おいおい、突然何を言ってるんだこいつは。


「矢野たちがいるから最悪2人コケても大丈夫かな?ほんと今メンタルやばいから、外くんが俺の全部を決めるから」


 そういえば、矢野が「同級生から見ても新浦はダメなやつだ」とよく言っていた。


 普段そこまで話さないし、今日も倉富くらとみがやらかした後に勝っていて気にしなかったが。そうか、準々決勝まで来て1年にすがるほど切羽詰まったのか。


 しかし試合直前に爆弾を放り込んでくれたな…。


 まぁ、いい。逆に腹が括れた。


 団体礼をして、相手の先鋒に対峙して蹲踞。審判の「始め」の声で立ち上がる。


 まずは様子見で間合いを潰す。鍔迫つばぜり合いになると相手は165㎝の俺よりも少し大きいくらいの上背だが、そこまで圧は感じない。


 離れて再び様子をうかがうと、相手がメンを打ってきた。遅い。ベスト8でこんなものなのか。


 そこから何合か相手に打たせてみたが、振りも跳び方も大したことはない。


 イケる!


「てぁあああ!コテェ!」


 入り際に相手の攻めに乗り返すと、簡単に手元てもとが上がって、そこにコテを打ち込んだ。


 これで俺の仕事は終わった。間合いを潰して相手に何もやらせず時間を使い切った。


 新浦も先ほどの弱音が嘘のようにそつなく勝って、準々決勝は快勝した。


 徳田の総括が始まる。


 快勝にも関わらず選手に詰めるような雰囲気を出しているのは、次の相手が対戦経験のない章領しょうりょうだからだろう。


外田そとだ


「は、はい」


「いきなりの起用でも足が動いていた。それでいい。さっきの調子で打てる機会を逃すな」


 おぉ!初めて褒められた。


「新浦、少し勢い任せだ。2分で決めなきゃいけない相手だったのか?」


 その場では勝った勝ったと俺はホッとしていたが、監督からすれば新浦のそれは歓迎できない試合の進め方だったようだ。


 全員に一通り言い終えてから、徳田は去っていった。


 それに比較すると、渡会わたらいのミーティングは軽かった。山内章領よりも決勝で当たると思われる南和大橘なんわだいたちばな戦につながる内容を意識しようとのことだった。


 さて、また試合が始まるまでウロウロしようと思っていたら


「おい、こっちこい」


 ゴリラのような男にえりを引っ張られた。


 矢野は180㎝の85㎏。人の扱いに適切な力加減を覚えていただきたい。こちらがえりを整えながら不満をもって見るも、意に介さずの態度だ。


「どうしたんですか」


「お前、一場いちばをどうするんだ」


「どうするって、渡会わたらい先輩の言うように時間内に1本狙って、後は安全策です」


「延長になるまで勝負するな」


「えっ?」


「お前、タメだからって一場いちばを舐めてんだろ」


「いや、そこまでは…」


「思ってんだよ。全中個人2位だから神奈川の同じ1年をボコれないわけないとタカをくくってるんだよ。別に全部が全部、お前が悪いとは言い切らん。ただ、監督以外は緩すぎる」


「はぁ」


「新浦は調子の上下が激しいからな。お前が負けたらもうダメになるのは確定する。そもそも章領しょうりょうを格下に見ること自体が間違っている。お前も去年の全中で最後は同学年に負けたんだろ。負けるときは負ける。1年なんだ。ここはわきまえろ。様子見てから勝負を仕掛ける、でいいな?」


 矢野は言うだけ言うと、行ってしまった。


 なんて横柄な態度だ。そういうとこだろ。尾道おみち夛田ただがむかついているのは。


 俺だってプライドがある。さっきも動けたし、それこそ同じ1年に後れを取るか。


 理屈では矢野の言う通りなのかもしれんが、気持ちのいい言い方ではない。


 まぁ、勝負を仕掛けるタイミングは、忠告通り、実際にやってみた感触で考えてみても構わないだろう。

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