第九話 王子と王女の北方視察 その三
その日の夕食は、ヒーロー男爵領の特産物で用意したと、ウルトから説明があった。
「今、皆さんのテーブルに並んでいる料理は、ライ麦のパンを油で揚げたパン、ジャガイモをすり潰したポテトサラダ、かぼちゃの煮付け、トウキビのコーンスープ、鶏肉のトマトソース煮です。
デザートには、りんごのアップルパイを用意しました。この料理とデザートに使われている砂糖も、領内で栽培されている甜菜から採れたものです。
どうぞ、召し上がってください。」
『うぉー、鶏肉のソースが絶品だぜ。』
『このスープ、トロっとして美味い。』
『油で揚げたパンなんて、初めて食べるよ。』
『かぼちゃの煮付けが甘くて、最高だぜ。』
「ポテトサラダが一番だわ。このサラダに混ぜてあるソースは何かしら。」
「姫様。それはマヨネーズというソースで、玉子と油を混ぜたものです。どんな食材にも合う万能ソースですよ。」
皆、夢中でおかわりをして、食べてしまっている。そんなに食べたら、満腹で、デザートが入らないと思うのだが。
「皆さん、デザートをお出ししますね。飲み物は、王都から仕入れた紅茶ですが、りんごの汁を入れたアップルティーです。
アップルパイには、とても合うと思いますよ。」
「まあ、なんて美味しいのでしょう。この国に来てから食べたデザートの中でも、1·2を争う美味しさだわ。
お母様へのお土産は、これに決めるわ。」
「ルビー。母上の土産は、必ずしも食べ物でなくともいいと思うのだが。」
「いいえ、兄上。この味を届けなくて、なにを届けるというのです。お母様は、これを食べて、兄上をお叱りになるわ。兄上がお土産にしないつもりだったなんて知ったらね。」
まずいぞ。アップルパイ以上の土産を持ち帰らねば、母上のご機嫌を損ねてしまう。
翌朝、朝食後に、フィンレー男爵領の視察に向かった。
着いたところは、柵で囲まれた広大な草地に、数え切れない程の牛達が放牧され、中央に何棟もの建物が固まっている場所だ。
「ここが《フィンレー酪農牧場》と言って、雌の乳牛が、およそ1,000頭のほか、肉牛となる雄牛およそ400頭の飼育を行なっています。
中央の建物は、牛舎のほか、搾った牛乳を加熱殺菌したり、バター、チーズなどの乳製品の加工を行う工場です。
これから、チーズの加工を行う工場に案内しますね。」
ルイーズに引き連れられ、一際大きな建物に案内された。
「この工場では、加熱処理した牛乳にチーズを作るための乳酸菌や酵母を加え、タンパク質が固まった乳清を取出して、型に入れ圧搾します。
固まったチーズの原料を塩水に漬け、雑菌の繁殖を防いだあと、保管場に運んで熟成させるというのが一般的な工程ですが、作るチーズの種類によって、多少工程に違いがあります。
白カビのチーズは、塩水に漬けたあとの原料に白カビを付着させますが、青カビのチーズは、乳酸菌や酵母と一緒に青カビの菌を入れ、さらに、固形となった原料を細断し、膜ができた原料を混ぜて、穴ができるようにしてやるのです。この穴で青カビを繁殖させるからです。」
「まあ、私の国では、作り方が同じで、チーズは一種類しかないわ。
ルイーズさん、ここでは、いったい何種類のチーズを作っているのですか?」
「今のところ、製品としているは8種類ですが、そのほかに試作しているものが7種類あります。それから、研究中のものは数え切れませんね。うふふ。」
「ルイーズ様は、次々新しいチーズを作ろうとなさって、周りの者は振り回されてばかりで、皆に恐れられておりますよ。困ったものです。
あっ、申し遅れました。ここの工場長をしておりますカマンと申します。」
「ルイーズ。お前やりすぎじゃねえのか。少しは周りの迷惑を考えろよ。」
「なによ、ボルグ。チーズの開発は私の使命なのっ。試したいことが山ほどあって、まだ、全然足りないくらいよ。」
「はあ、この調子なのですよ。男爵様も嫁の貰い手がなくなるのではないかと、大層ご心配なさっています。」
「カマン、余計なことは言わないでちょうだい。嫁になんか行かないで、ここで一生チーズを作る方がいいわ。」
やれやれ、誰も口をはさめず、重苦しい雰囲気になっている。なんとかせねば。
「ルビー。せっかくだ。ルイーズが作るチーズを試食させてもらおうではないか。」
「兄上、ナイスです。できれば、試作品も食べさせていただきたいです。
そして、幾つかをお母様のお土産に。」
はあ、お前はまた、食べ物をお土産にするのだな。食べたらなくなるのだぞ。また、食べたいと言われたら、どうするつもりなのか。頭が痛い。
この後、いろいろ試食させてもらったが、俺は、チーズの中では、白カビのチーズが一番気に入った。聞けば、作る期間も短いというし、国に持ち帰って、是非広めたい。
「ルイーズ。チーズばかりでなく、バターも種類があるのか。このバターはなんだ? 味が濃いというかコクがある。」
「うふふ。殿下、気がつかれましたか。それは、チーズと同じように、バターもできないかと試して作った、発酵させて作ったバターです。私の渾身の一品ですわ。」
「なんと、ルイーズの探求心には恐れ入るな。いや、褒めているのだ。これは、素晴らしい一品だよ。」
酪農牧場の視察を終え、夕食はフィンレー男爵領とノルエー男爵領の特産品の夕餉となった。
溶かしたチーズと野菜や肉を載せた《ピザ》というパン、いろんなキノコの入った、味噌という調味料で味付けされた《キノコ鍋》、クリームのマヨネーズで味付けされた、もやしとトマトのサラダ、油で揚げたキノコの天婦羅、シンプルに塩胡椒で味付けされた、牛肉のステーキと、骨についた余りの破片牛肉を細切れにして作ったハンバーグ。驚いたことに、ハンバーグの中にチーズが入っている。
そして、極めつけは、デザートだ。
生クリームという甘いなめらかなものと、卵の黄身を混ぜて加熱したクリーム。これをシューという小麦を焼いた皮で包んだ《シュークリーム》という菓子。絶品である。それ以外に言いようがない。
さすがのルビーも、一口食べただけで、言葉もなく、ボーとして呆けている。
すごいご馳走だ。これが旧帝国時代には、食糧難に陥った地域の料理なのか。
昨日のヒーロー男爵領の料理と併せれば、王城で宴会料理ができるほどだ。
皆、驚愕し、夢中で食べている。誰が何を言っているかは、覚えていない。
それは、俺も夢中でただ食べ、味わうことで精一杯だったから。
こうして、北方スカンジナ三領の、最後の夜は過ぎて行った。




