第四話 ナターシャと孤児院狂想曲
俺がレイネと結婚を決意したのを、一番初めに話したのは、もちろんナターシャと孤児院の皆だ。
夕食後、皆に聞いてほしいことがあると言って、『レイネにプロポーズ』すること。そしてその演出に孤児院の皆に『フラッシュモブ』の協力をお願いしたいことを話した。
「まあ〜、ようやくね。レイネちゃん喜ぶわ。あの娘、コウジさんに嫌われないように、ダイエットしてたけど、これでお腹いっぱい食べられるわね。うふふ。」
「お兄ちゃんとお姉ちゃんがキスして、コウノ鳥さんが赤ちゃんを運んで来るのよね。」
「違うよ、コウノ鳥さんじゃなくて、天使さんが抱いて運んで来るんだよ。」
「ほらほら、コウジお兄ちゃんが困っているわよ。赤ちゃんはもっと先のことよ。それより、今日から曲の練習を始めるわよ。年少組は縦笛、年長組には太鼓とラッパに別れてもらうわ。」
これは、コウジとロッドが孤児院を帰ってからのお話です。年長組の女の子の部屋では、皆が集まってなにやら相談してます。
「ねぇねぇ、コウジお兄ちゃん達の結婚に私達でお祝いしてあげない?」
「そうよね、お兄ちゃんには、とってもよくしてもらっているし、なにがいいかしら、お金がかかることは喜んでくれないし。」
「歌とか踊りとか、絵やお手紙かしら?」
「ありふれてるわ、もっと驚かせなきゃだめよ。」
「ねぇ、私達は女の子だから、レイネお姉ちゃんに喜んでもらえることにしない?」
「いいと思うけど、なにをするの?」
「劇をするの。お兄ちゃんとお姉ちゃんの愛を、私達が知ってることを物語りにして。」
「それいいと思う。お兄ちゃんがレイネお姉ちゃんの水着姿に見とれたとか。」
「きゃあ、お兄ちゃんひっくり返っちゃうかもっ。」
「それって、お祝いになるのかしら?」
「いいのよ、レイネお姉ちゃんが喜ぶなら。」
どうも、コウジにとって災難の予感がする結論に落ち着いたようである。
その頃、年長組の男の子の部屋でも、
「コウジ兄ちゃんには、俺達、凄く世話になっているからな。なにかお礼にお祝いしたいな。」
「《モーターグライダー》とか、もらっちまったら、あれ以上のものはないよな。」
「コウジ兄ちゃんは、いつも人の気持ちを考えるんだ。お金や物の価値じゃない、ほんとうに役立つことや嬉しいと思うことを選ぶよ。」
「兄ちゃんといると、話してるだけで勇気が湧いてくるんだ。ひとりひとりに良いところがあって、皆の良いところを出しあって行くことが、僕達のやるべきことだって。」
「そうだね、兄ちゃん、皆を可愛いがってくれるけど、ひとりひとり違うよね。なんというか、お前はお前にしかできないことがあるみたいな。」
「兄ちゃんが喜んでくれることってなんだろう? 僕達が嬉しそうにしているとき、兄ちゃんもとても嬉しそうだよ。」
「兄ちゃんは、周りの人が幸せなら、嬉しいのさ。」
「そんな兄ちゃんに喜んでもらえるのは、皆が兄ちゃんにしてもらったことの中で、一番嬉しかったことを兄ちゃんに教えてあげて、感謝することだよ。」
「それだっ。それを一枚の紙に皆で書いて、贈ろう。女の子達も年少組もね。」
彼らのお祝いは、どうやら《寄せ書き》に決まったようです。それを見てレイネが笑い転げたのは、このとき知るよしもない。
ナターシャは、ひとり物思いに耽っていた。
ある日突然に現れて、ナターシャの苦境を鮮やかに救ってくれたひと。
きっと神がお遣しになったのだと、今も信じています。
彼のおかげで、孤児院の子供達は、満ちたりた食事と衣服、暖かな部屋とお風呂まで。
それより何より、子供達には高度な教育が施されています。この孤児院を巣立ったとき、それがどんなに役に立つことか。
子供達は、彼の影響を色濃く受けて、自立心が強く、他人を思いやる優しさを持った子に育っています。
私はもう、何も望むものはないほど。ただ、心配はしてないけど、彼にも幸せな人生を過ごしてほしいと思っています。
そして今日、夕食後に話しがあると言った彼は、レイネちゃんにプロポーズして結婚をすると皆に打ち明けてくれました。
私は、嬉しくて、嬉しくて。涙が止まらなった。
これでようやく彼も、自分の人生を歩んでくれるわ。でも、いつの間にか、弟のように思えて、私にとって唯一甘えられる存在が、遠く離れて行くようで、さみしい。
私が彼にしてあげられることは、なにかしら。そう思っていたら、後日、彼からこう言われた。
「ナターシャ姉さん、結婚式には、ロッドと共に、俺の姉と弟として出てくださいね。
姉さんのことは、一生俺が守りますから。」
あら、それはお嫁さんに言う言葉よ。しっかりしているようで、どこか抜けている弟だわ。
そうね、弟だもの。結婚しても弟だわ。




