表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

森の館と夜の支配者

 深い深い森の奥。とうの昔に主から見捨てられ、今では壁を植物に覆われた、寂れた洋館がそこにあった。その館に至る道も、かつては整備されていたのだろうが、今となっては石の残骸がかろうじて残っているだけだ。もっとも、そんな残骸でも、館までの道標としては役に立つ。


 そろそろ太陽が昇り始める。思ったよりも時間がかかってしまった。これ以上時間をかけてしまうと、手間が増えるかもしれない。私は右手にクロスボウを構え、その状態を確認してから、館の扉を開けた。護身用として考えると少し心許ない小型のクロスボウ。もし熊に襲われるようなことがあったら、極めて高い精度で急所を射抜かない限り、私はそのまま蹂躙されるだろう。しかし、このクロスボウは別に熊を殺すために持ってきたのではない。もっと小さく、非力な獣を捕まえるために用意したのだ。今回の目的なら、この大きさで十分だ。必要以上に大きな道具は、移動の負担になるだけなのだから。


 幸運の薬。それが今回の目的だ。服用すると、はじめに多幸感に包まれ、次にあらゆることが上手くいくという自信が溢れ始める。そして、その感覚が続く間は、本当にあらゆることが上手くいく。ポーカーをやれば必ず相手より強いカードが揃うし、高所から飛び降りても無傷で着地できる。適当な言葉をかけるだけで人を騙し、いくらでも自分に都合の良い情報を信じ込ませられる。その名の通り、異常なまでの幸運をもたらす薬だ。

 しかし、その効果は永遠に続くわけではない。量にもよるが、いずれ効力は切れる。そして服用者は、再び幸運の薬を飲みたがる。一度最上の快楽を知ってしまえば、二度とそれ未満の快楽で満足することは出来ないからだ。今の私のように。


 大きな物音を立てないよう、慎重に館の中を探索する。あの男の言葉が間違ってなければ、獣はここを寝床としているはずだ。出来れば眠っているうちに捕まえてしまいたい。最初からここに獣はいないという可能性もあるが、幸運の薬が手に入る可能性が少しでもあるというのならば、そのチャンスを見逃すことは出来ない。


 館の2階、隅の部屋。ボロボロの毛布の山の上に、猫くらいの大きさの白い生き物が丸くなり寝息を立てていた。兎のような長い耳、狐のようなフサフサの尻尾。間違いない。薬の材料だ。私は腕に構えたクロスボウの照準を材料に合わせた。


「ねぇ、何してるの」


 不意に背後から声が聞こえ、危うく声をあげそうになる。なんとか自分を律しながら振り向くと、そこには小柄な少女がいた。何故こんな場所に人が……いや、違う。人間ではない。腰の辺りまで伸ばした長くボサボサの銀色の髪。私と腕のクロスボウを睨みつける紅い瞳。そして……。


「その武器でキューちゃんを狙ってたよね?」


 しゃべる時に口の中に見え隠れする長い牙。なんということだ。夜の世界を支配する種族が、今私の目の前にいる。しかも明らかに敵対的な態度を取っている。どうする?嘘をついて誤魔化すか?正直に話して命乞いするか?このクロスボウで活路を開くか?いや、それはない。


「おじさん、どうしてここに来たのか、教えてくれる?……嫌なら教えてくれなくてもいいよ」

「……探し物を」


 思わず中途半端な返答をしてしまった。これではもう誤魔化すことは出来ないだろう。


「ふぅん……じゃあ、どうしてここに探し物をしに来たの?」

「人に聞いたんだ。この館にあるかもしれないって」


 すると、少女は右手を口元に当てて考え事を始めた。幸い、すぐにこちらを攻撃するつもりはないらしい。今すぐ逃げ出したいが、ここは2階の隅の部屋。唯一の出入り口には少女が立っている。窓から飛び出す選択肢もあるにはあるが、無事に着地できる気がしない。足を怪我してしまえば、それこそ一巻の終わりだろう。そもそも、窓に辿り着く前に攻撃される可能性もある。しかし、今の状況で安全な選択肢など存在しない。なんらかの賭けに出る必要がある。それなら――


「なあ、私を見逃してくれないか?」


 命乞い。これが恐らく一番助かる確率が高いはずだ。殺されてしまっては元も子もない。生きて帰れれば、準備してまた薬の材料を取りに来れる。

 しかし、少女は私の頼みを無視して、さらなる質問をしてきた。


「おじさん、情報をくれた人って、男の人?顔に傷があった?」

「あ……ああ、そうだ。」


 なんでこの少女があの男の事を……。

 ……まさか。


「前にもね、見逃してくれって言った人がいたの。顔に傷がある男の人だったんだけどね」


 ここに来るまで、1つ不思議なことがあった。どうしてあの男は薬の材料の情報を教えるだけで、自分で行こうとしなかったのか。


「……約束したのに。キューちゃんの事は秘密にするって」


 あの男は知っていたのだ。薬の材料を守る番人がいることを。

 冷や汗のかきすぎか、身体が寒い。


「実はね、外にもう1人誰かがいるんだ。ずっとこっちを観察してる。おじさんのよりも強そうな武器を用意して」


 きっとあの男だ。腑に落ちた。あの男は私に命懸けの狩りを実行させ、失敗したならそのまま見捨て、成功したなら私から薬の材料を奪う気だろう。


「……わたしのせいだ。あの時、ちゃんとあの傷の人を殺さなかったから……キューちゃんのことが……」


 そして、少女はあの男がした事に気付いているらしい。

 ふと気付くと、少女はいつのまにか私の目の前に移動していた。


「ごめんね」



 館の外。無数に生える木々の1つに登り、窓から館の中を観察する男がいた。その背には猟銃がかけられていた。


「クソ、失敗かよ」


 顔に傷があるその男が見た光景は、口車に乗せて館に侵入させた学者の首がねじ切られたところだった。

 狩人であるその男は、以前ひとりの仲間とともにその館で夜を過ごした。狩りが長引きすぎたのだ。そこで偶然、あの薬の材料を見つけた。仲間はすぐさまあの獣を捕まえ、そのまま仕留めようとしたが、逆に少女によって頭を潰されてしまった。

 命乞いの末、狩人は九死に一生を得たが、薬の材料を諦めたわけではなかった。今では狩られ尽くし、この地域ではすでに滅んだと思われていたあの獣。あの獣から作った薬を売れば、どれほどの金になるだろう。見つけたチャンスをみすみす手放すはずがなかった。

 男はその夜を越すと、館の周辺を調べ、獣の寝床が見えるこの木を見つけた。男がまず思いついた作戦は、自分以外の人間にあの獣を狩らせ、成功したら出てきた人間から獣を奪う、というものだった。

 この作戦には、欠点があった。狩りに成功した人間から男が獲物を奪い取る必要があるため、狩りに向かわせる人数を迂闊に増やせない事。そして、実行してから確認した欠点がもうひとつ。少ない人数では、あの化物から獣を奪うことは困難だということ。


「仕方ねえ、街に戻って策を練り直すか」


 男がぼやいて、木から降りようとした時。

 館の窓から、1つの影が飛来した。影はそのまま狩人の男と衝突し、男の胴体を抉り取った。


 薄れゆく意識の中、男が最後に見たのは銀色の髪を鮮血で濡らした少女だった。



 最悪の日だ。この短い時間で、2人も殺してしまった。この前1人殺したばかりなのに。しかも日が昇っている。気分が悪くなる。

 あの日、1人を見逃さず2人とも殺して口封じしていれば、今日館に来た1人はきっと殺さずに済んだのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ