第七十話 ユニークコボルト
アイリスはカイルが一旦モンスターから間合いを取るのを確認すると、サンダーアローを王冠コボルトへ放つ。
王冠コボルトはカイルへの対応に集中していたので反応できなかった。
しかし、他のコボルト達とは違い、サンダーアローをその身に受けても倒れない。
倒れはしないが、剣を杖のように地面に刺して両手で支えてなんとか持ちこたえている。
カイルはその隙を見逃さなかった。
王冠コボルトを自身のショートソードの間合いに捉え、渾身の一撃を繰り出す。
モンスターは斬撃とエンチャントファイアの追撃で自身の体を支えることができず、ついに倒れた。
斬撃を受けた個所から火が発生し、地面にうつ伏せに倒れた王冠コボルトはやがて全身を炎に包まれる。
(なんとか倒せたな)
アイリスが駆け寄り、二人は互いの健闘を称えあう。
「よし、馬車に戻ろう」
二人が馬車へ戻ろうとした時――
燃え盛る王冠コボルトの亡骸から炎が徐々に消えていく。
代わりにモンスターの全身を一瞬薄い氷が覆い、氷はすぐに水へと変化した。
カイル達は周囲を見渡すと丘の上に一体のコボルトが立っており、カイル達を見下ろしている。
(もう一体いたのか。さっきのはあいつの仕業か?)
コボルトは灰色の空に向かって遠吠えする。
「アイリスもう少し時間がかかりそうだ。下がって援護を頼む」
「うん」
遠吠えを済ませたコボルトはカイル達に向かって一気に駆け下りてくる。
カイルと対峙したコボルトはさっきの王冠コボルトよりもさらに体格が大きかった。
さらに、ショートソードを装備し、色んな鎧の部品をつなぎ合わせたような防具を装着している。
コボルトは自身の間合いに入るとカイルに斬撃で初撃を加えようとした。
素早い剣筋は正確にカイルの体をとらえるが、カイルもひらりと回避する。
斬撃を回避されると、コボルトは即座に間合いを取った。
(明らかにさっきの王冠コボルトよりも強い)
カイルは相手の動作と剣筋から瞬時に強敵と判断した。
間合いを取りながらコボルトは自身の指先をカイルに向ける。
(なんだ?)
直後、コボルトの指先からファイアボルトがカイル目掛けて放たれた。
(やはりこいつ魔法が使えるのか!)
コボルトの動きが一瞬魔法詠唱動作なのか判断に迷ったため、カイルは反応が遅れる。
避けきれないと判断したカイルは防御態勢をとった。
(なんとかファイアボルトを剣か鎧の金属部に当てて……無理ならレザーアーマーの防御力を信じよう)
カイルは防御態勢をとりながら、ダメージ軽減する方法を考えていた。
「プロテクション」
カイルの後方にいるアイリスが言葉を発すると、突如彼の正面に透明な障壁が現れる。
コボルトのファイアボルトはプロテクションの障壁に接触するとかき消された。
アイリスはさっきの王冠コボルトへの氷の現象を見ており、相手が魔法を使えるかもしれないことを予想していた。
その為、いつでもプロテクションが発動できるよう準備していたのだ。
サンダーブラストとプロテクションはオークションで入手した魔導書で新たに覚えた。
ファイアボルトを無効化されたコボルトは態勢を立て直して、すぐ次の反撃に移る。
カイルは相手の動き、魔法詠唱後の切り替えの早さを見て理解した。
さっき倒した王冠コボルトは群れの一つを束ねるリーダーに過ぎず、目の前にいるこのコボルトこそがユニークモンスターだったのだ。
「アイリス! こいつがユニークモンスターだ!」
ユニークコボルトは再びカイルに接近し、連続で斬撃を繰り出す。
カイルは初撃をかわし、次をショートソードで受け止めた。
剣を受け止めた衝撃が体全体を駆け巡る。
(くっ! なんて力だ!)
ユニークコボルトは剣の腕前だけでなく、腕力もさっきの王冠コボルトよりも格段に上だった。
今度はカイルがモンスターから間合いを取る。
後方ではアイリスがファイアボルトを詠唱して放つ機会を窺っていた。
カイルが一旦離れたことを確認すると、ユニークコボルト目掛けて放つ。
しかし、王冠コボルトとは異なり回避される。
「アイリス! もう一度だ!」
回避されるのを見ていたカイルは、アイリスにファイアボルトの再詠唱を要請した。
アイリスが再詠唱を開始すると同時に、カイルはユニークコボルトへ向けて駆け出す。
彼女の指先から再びファイアボルトが放たれモンスターを射抜こうとするが、先程と同じように回避される。
モンスターが回避した隙を狙ってカイルは斬撃を加えた。
しかし、相手はそれも読んでおり、自身の剣で受け止める。
ユニークコボルトはすぐさま反撃の斬撃を繰り出すが、カイルはショートソードで受け止めた。
さらに続けて二撃目が繰り出されるが、これもなんとか受け止める。
カイルは仕切り直しのため、一旦間合いを取ろうと考えた瞬間、三撃目が襲い掛かった。
辛うじて受け止める――が、剣を受けた時の痺れで一瞬反応が遅れる。
四撃目が繰り出された。
(しまった!)
そう感じた瞬間、カイルの体に激痛が走る。
彼の腹はユニークコボルトの四撃目で斬りつけられた。
その剣は高防御力を誇るファーガスト製のレザーアーマーを紙のように易々と切り裂く。
傷は深く、彼の腹から鮮血が溢れ出し、体勢が崩れる。
「カイルー!!」
彼の後方からアイリスの悲鳴のような叫びがこだまする。
(体が焼けるように熱い……)
カイルは倒れざまに反撃の斬撃を繰り出す。
だが、剣の握りが甘くなっていたため、相手の剣で受け止められた衝撃でするりと手から抜けて弾き飛ばされた。
カイルはそのままうつ伏せに倒れ、自身の顔は地面と接触して視線の位置がほぼ地面と同化する。
首と顔を必死に動かすと、視線の先にモンスターの足が見えた。
即座にまだ動かせる右手を鞄に入れて、中からクルム達にもらったペンを取り出す。
そして残された力を振り絞ってモンスターの足の甲にペンを振り下ろし突き刺した。
ペンを刺されたユニークコボルトはカイルの反撃を警戒し、一旦間合いを取る。
カイルの反撃はそこまでだった。
少し首を動かすと視線の先、離れた場所に自身のショートソードが落ちているのがぼんやりと見える。
(アイリス……クルム……エリス……)
アイリスのカイルを呼ぶ悲痛な叫びが、かすかに聞こえていた。
薄れゆく意識の中で、その声もだんだん遠ざかっていくように感じる。
カイルの視界は真っ白でもう目を開けているのか、閉じているのかも分からない状況だったが、遠ざかる声からアイリスが逃げ始めていると思っていた。
(アイ……リス…………うまく逃げ…………)
彼女の助かる希望が残されていると頭に浮かべたのを最後に、カイルの意識が途切れた。
ユニークコボルトはカイルが動かなくなったことを確認すると、念のため止めを刺そうとゆっくり接近する。
――弾き飛ばされ地面に落ちたカイルのショートソードを影が覆う。




