第七十一話 影の正体
影の正体は白髪の混じった初老の男性だった。
初老の男性はカイルのショートソードを拾い上げる。
剣を右手に持つとアイリスの方を一瞬確認した後、ユニークコボルトの方を向いて目を細めた。
ユニークコボルトはカイルに止めの一撃を加えようとしている。
男性は目にも留まらぬ速さで駆け出し、モンスターとの距離を一気に詰めた。
モンスターは止めを刺すのに気を取られて、男性の接近に気付くのが遅れる。
しかし、相手も歴戦のモンスターであり、すぐさま防御態勢を取って反応した。
男性の初撃を受け止める。
そして反撃に移ろうと思った瞬間――ユニークコボルトの鎧を貫通して腹に剣が刺さっていた。
男性がカイルのショートソードでモンスターの腹を貫いたのだ。
さらに反撃する間も与えないまま、素早くユニークコボルトの体から剣を引き抜き、蹴り飛ばした。
モンスターはうつ伏せで地面にひれ伏すが、なんとか自身の体を横回転させ仰向けにする。
仰向けになったところへ男性はモンスターの心臓目掛けて、止めの一撃を繰り出す。
ユニークコボルトは何もできず、灰色の空が瞳に映る最後の景色となり、生命活動を停止させた。
雨がぽつぽつと降り出し、すぐに激しい雨に移り変わる。
アイリスは戦いの決着がついたのを確認すると、降雨にわき目も触れずカイルの元へ駆け寄ってくる。
「カイル! カイル!!」
彼女はしゃがんでカイルの右手を両手で握り必死に呼びかけた。
返事はない。
男性はアイリスに近づいて話しかける。
「…………お嬢さん、辛いだろうけど……この傷じゃ彼はもう助からない。……諦めなさい」
無言のカイルへ一心不乱に呼びかけている彼女へ憐憫の眼差しを向ける。
「いやぁ! ここでお別れなんて!!」
アイリスは魔導書をポーチから取り出してヒーリアの魔法を詠唱する。
こみ上げてくる感情に言葉が詰まりそうになり、詠唱を何度も邪魔されるも必死にこらえた。
顔や髪が雨でずぶ濡れになりながら詠唱を続ける。
今はただ、カイルが再び目を開けてくれること、それだけを願う。
(お願い! お願いだから目を覚まして!)
ヒーリアの効果が発動し、カイルの傷口付近が緑色に発光し始める。
(この光は……お嬢さん……もしや魔法使いなのか!)
アイリスの様子を見ていた男性は、突如彼女に呼びかけた。
「お嬢さん! 早く彼を馬車の荷台へ運びなさい! 急いで!」
アイリスと男性は協力してカイルを馬車の荷台へと運び込む。
そのままアイリスは荷台へ乗り込むと引き続き治癒魔法をかける。
男性は荷台から離れ馬へ乗ると、巧みに操って馬車は前進し始めた。
馬車はしばらく道なりに進み、いくつか分かれ道を通過した後、個人宅としては大きな建物前で停止する。
男性は馬から降りると、アイリスに一声かけて建物の中へと入っていく。
中に入ると、すぐ若い女性と一緒に出てきて馬車へ戻ってくる。
「この人を建物の中へ運んでくれ」
男性は一緒に出てきた女性へ指示する。
男性と女性、そしてアイリスの三人でカイルを建物内へと運び、ベッドの上へと寝かせた。
「彼の容態が安定するまで、お嬢さんもここで泊っていきなさい」
「はい……ありがとうございます」
――翌日の昼頃。
(…………体がとても心地いい。まるでベッドの中にいるかのようだ……)
徐々に意識が戻ってきたカイルは、ゆっくりと首を動かす。
「カイル」
(近くでアイリスの声がする)
カイルは彼女の声に反応してゆっくりと目を開けた。
「あぁー……よかった」
アイリスは大粒の涙をためながら、ほっと胸をなでおろす。
「ここは?」
カイルは声のする方に視線を向けるとアイリスを見つけた。
アイリスが答えようとしたところで部屋の扉が開く。
部屋の外から男性と女性が入って来て、カイルの寝ているベッドへ近づいてくる。
「もう気が付いたのかい」
男性がカイルに穏やかな表情で話しかけた。
「この人達が助けてくれたんだよ」
アイリスは部屋に入ってきた二人の方を見る。
「私はシフ。そしてこちらが孤児院の運営を手伝ってくれているユリーナ」
(孤児院? するとここは孤児院の中なのか?)
カイルは自身の上半身が裸であることに気付くと、ユニークコボルトに斬られた箇所を触ってみる。
「斬られた傷が治ってる」
「彼女が治癒魔法をかけてくれたのだよ」
シフがカイルに説明する。
「ありがとう、アイリス」
「……落ち着いたら、広間へ来なさい」
シフとユリーナは部屋から出て行き、中にはカイルとアイリスの二人だけとなった。
「……あのまま死んじゃうかと思ったんだから」
「心配させてすまない」
「治療費は金貨いっぱいだからね!」
アイリスはさっきまでの涙を溜めていた表情とは打って変わって、得意げな表情でカイルを見る。
「いっぱいってどれだけなんだ?」
「……金貨……10,000枚」
アイリスは咄嗟に頭に浮かんだ金額を言葉にした。
「分割で支払えるか?」
カイルはニコっと微笑んだ後、アイリスの反応を窺うような表情で彼女の顔を見る。
「……手……握ってくれたら……割引があるかも……」
カイルはベッドから右手を出して隣の椅子に座っているアイリスの手をそっと握った。
彼女は手を握られた瞬間、カイルに表情を見せないよう俯いて呟く。
「……治療費は金貨0枚……だよ」
「……赤字だぞ」
「むー!」
アイリスは頬を膨らましながら握っているカイルの手を軽くつねった。
「あいたたたた!」
彼女はぷいっとそっぽを向く。
「……心配させてごめんな。助けてくれて本当にありがとう!」
「うん!」
アイリスはカイルの方へ向き直って優しく微笑む。
「……ねぇ、カイル」
彼女は続けてカイルへ呼びかけた。
「ん?」
「カイルはなぜ商人を始めようと思ったの?」
「…………なぜ……か……特に理由はないんだ。……いや、ちょっと違うな。きっかけはある」
「どんなきっかけ?」
「商人になる前、色々仕事をやってみたけど、どれも長続きしなかったんだ」
「そうだったんだ」
アイリスは普段のカイルからは想像できず、思わず驚きの表情を見せる。
「そんな時、たまたま中古の馬車を格安で譲ってもらえることになった」
「今乗ってる馬車?」
「そう。馬車で各地を訪れて、自分で商品を買付ける。それを別のところで売る。そうやって利益になるのが楽しかったんだ」
「カイルの気持ち、私も分かるよ」
「それから夢中になって、店を持つことができた。……けど、いつまでもうまく行くはずがないと心のどこかで思ってた……そう思った矢先……このざまだ……」
カイルは自嘲しながら話す。
「忠告をもっと深刻に受け止めて行動するべきだったんだ。……やっぱり俺は商人に向いてないのかもな……」
彼はさらに言葉を続けた。
「……商人辞めちゃうの?」
アイリスが心配そうにカイルの目を見つめながら話す。
「失望したか?」
「ううん」
アイリスは首を左右に振って返事する。
「私だって一緒だよ。空島について調べているうちに想像したら楽しくなってきたの。どんなところなんだろうって」
彼女もきっかけはカイルと同じだと打ち明け、微笑みかける。
「あのね……」
しかし直後、アイリスは急に声の調子を落として俯く。
「ん?」
「私ね……本当は空島はないかもしれないって思い始めてるの……」
「どうして?」
カイルはアイリスへ不思議そうに理由を尋ねる。
「だってここ最近、新しい情報がぜんぜん手に入らないんだもん」
(メルリーネの図書館でも新しい情報はなかったと言ってたな)
「訪れてない町はたくさんある。まだ結論を出すのは早いんじゃないか?」
「うん…………」
アイリスは俯いたまま一言だけ返事をする。
「俺も協力する。一緒に探そう!」
カイルは落ち込む彼女を励ます。
その気持ちを汲み取ったアイリスの表情は一気に明るくなる。
「うん! ありがと! ここで弱気になってちゃいけないよね!」
「そうだな」
カイルはアイリスへ優しく微笑みかけた。
じー
アイリスはカイルを見つめて、突然ジト目になる。
「あっ! 弱気の商人さんみっけ!」
そう言って彼女はカイルの顔を右手の人差し指で指す。
「俺も商人は辞めない」
カイルはアイリスの目を見て宣言する。
「約束だよ」
「あぁ、お互い諦めない。約束だ」
カイルは右手の平をアイリスの前で広げると、彼女も左手の平で、彼の手の平に軽くぽんとタッチした。
「そろそろ広間に行こっか?」
「そうだな」
カイルはベッドから起き上がって上着を着る。
それからアイリスと一緒に広間へと移動した。
広間に到着すると、シフとユリーナが椅子に座っている。
二人はカイル達が部屋に入ってきたことに気付く。
「もう普通に歩けるかい?」
シフがまだ若干心配そうにカイルへ尋ねた。
「はい、大丈夫です。助けて頂いて本当にありがとうございます」
「たまたま通りがかっただけなので気にしないでください。そこの椅子に座って」
シフはカイルへ微笑みながら返事する。
(そういえばユニークコボルトはどうなったんだ?)
カイルは疑問に思ったことをシフに尋ねてみた所、彼がモンスターを倒したことを知る。
(え? この人が?)
さらにカイルのショートソードで倒したと聞き、彼はさらに驚いた。
「シフさんは傭兵をされているのですか?」
カイルは話の内容から推測して聞いてみた。
「一般の村人ですよ」
シフがそう言うと、隣のユリーナがふふっと微笑んだ。
ここでカイルはふと考えが一つ浮かび、さっそく実践してみた。
「……助けてもらっておきながら申し訳ないのですが、不躾なお願いが一つあります」
「何かな?」
「……我々の積荷を護衛して頂けませんか?」
カイルは思い切って自身の考えを率直に伝えた。
「護衛? 傭兵ということかな?」
「はい」
さらにカイルはシフへ自分が商人であること、最近店を開店させたことも併せて説明した。
「それで護衛の募集をかけたんですが、なかなか集まらなくて……」
「……気持ちは分かりましたが、残念ながら引き受けることはできません」




