第三十二話 盗まれた売上金の行方
「……やぁ、君たちか……」
急に声をかけられたか、カイルたちが現れたせいかは分からなかったが、ガストルは一瞬驚いた表情をした後に返事をした。
「車輪を直しているんですか?」
カイルは会話のきっかけになる話題があることにひとまず安堵し、さらにガストルへ近づくと穏やかに尋ねる。
「……私はこういうところの詰めが甘くてね……」
ガストルは修理の手を止めて立ち上がりカイルに返事をした。
「ガストルさん、近所の住民から急に馬車で出て行ったって聞いて心配して追いかけてきました」
「そうか……でもギルドに戻る気はないよ。マグロックさんには別れの挨拶もしなかったけど急に事情が変わってしまってね。そう伝えておいてくれ」
「それはガストルさん本人から伝えることだと思います」
「……もう私はギルドメンバーじゃないんだ、用がないなら話はこれで終わりにしてくれ。互いに仕事へ戻ろう」
ガストルは会話を切り上げて車輪の前でしゃがみ、修理の続きをしようとする。
「ギルドの金庫が何者かに開けられて中の売上金が盗まれていました。ガストルさん、何か事情を知りませんか?」
彼の車輪を修理する手が再び止まり、立ち上がるとカイルとレスタに視線を合わせた。
「……追ってきたってことは、私を疑っているんだろう?」
カイルは一瞬ガストルへ正直に話すべきか悩んだ。
「…………ガストルさんの家にギルドの金庫に入っていた資料がありました。家の扉に鍵がかかっていなくて、それで部屋の中を少し確認させてもらって……すみません……」
「……急いで出てきたからね。……そこも私の抜けているところだ……」
「ガストルさん、今から戻ってマグロックさんに謝罪したらやり直せるかもしれない」
カイルはガストルへ必死に問いかける。
「……はは……もう遅いよ……金は全部使った……いや、厳密にはもう第三者に渡したんだ……」
「ガストルさん! なんで? なんでこんなことしたんだよ!」
今までカイルとガストルの会話を黙って横で聞いていたレスタは我慢できず声を荒げた。
「レスタその話は後だ」
カイルは激昂したレスタをなだめるとエリックの言葉を思い出したのか、それ以上は発言しなかった。
「……ガストルさん、一度マグロックさんのところへ戻りましょう。何か事情があるのなら戻ってから話しましょう。俺も聞きますし、他のギルドメンバーだってきっと」
「もういい!! もうたくさんなんだ!!」
カイルが話し終える前にガストルの張り上げた声が遮った。
「ガストルさん……」
「私には商人の才能なんてない! 正直君たちが羨ましかった! 前向きでやる気に満ち溢れていて! 君たちも見ただろう? この私の不甲斐なさを……」
カイルは最初ガストルが何に対して不甲斐ないと言っているのかわからなかった。
しかし直後、彼の目線が修理中の車輪に向いたことで、日ごろからメンテナンスなどの注意を怠っていることを指しているのではないかと理解した。
「もし、ガストルさんが車輪のメンテナンスについて言っているなら、そんなこと誰も気にしていませんよ」
「そんなこと? 君たちはギルドへ加入してからまだ日が浅いので気付いていないかもしれないが、いつもこういう些細なことで失敗するんだ!」
「失敗は誰にだってあります! もちろん俺にだって!」
カイル自身も今までたくさんの失敗を積み重ねてきた。
それでも、諦めず前向きに取り組んで改善していけば活路はあると伝えたかった。
「それで私のことを気遣っているつもりか?」
カイルが全て言い終える前にガストルは言葉を重ねる。
「同じギルドの仲間じゃないですか!」
ガストルはカイルの問いかけに応じず無言になった。
「はいはい、そこまでにしてもらいましょう」
突然現れた男が会話に割って入ってきた。
「誰だあんたは?」
レスタが男に尋ねる。
「……私の取引相手だ」
男の代わりにガストルが返事をする。
「おっと、ガストルさん余計なことは言わないでください」
「ってことは、あんたがガストルさんから金を受け取ったわけだな?」
「それに答える必要はありませんね」
「ガストルさんどうなんだ?」
「……」
ガストルはレスタの問いかけに答えなかった。
「つまり、それが答えってことだよな!」
「仮に私が金を受け取っていた場合、どうするのでしょうか?」
「ガストルさんが勝手に持ち出した金だ。もちろん返してもらう!」
「そんなことを言われても、我々には関係ありません。ガストルさんとあなたたちで話し合ってください」
「言われなくてもそうする。だから、ガストルさんを連れて帰る」
レスタと男の会話にカイルが口を挟む。
「……それはできませんね。ガストルさんが我々と一緒に同行してもらうことも契約に含まれておりますので……」
「なら力づくでも返してもらう」
今度はレスタが反応する。
「おやおや、ずいぶん高圧的な交渉をする商人なんですね……」
場がしばし沈黙する中、車輪の傍でしゃがんでいたガストルが立ち上がる。
カイルはガストルの方を見ると、いつの間にか車輪の修理が完了しているのを確認した。
立ち上がったガストルは馬車へと乗り込むと手綱を持つ。
「ガストルさん待ってください!」
ガストルはカイルの声がまるで聞こえていないかのように振り返らない。
カイルとレスタはガストルの馬車へ駆け寄ろうとする。
「おっと、これ以上はいけませんね」
男がカイルたちの前へ立ちはだかる。
「どけ!」
レスタが声を荒げて男を振り払おうとする。
その瞬間、カイルとレスタの体に強い風圧のようなものがかかり後方に吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた二人は、すぐに立ち上がりガストルの馬車を見て追いかけようとする。
ガストルは一瞬だけカイルたちの方を振り返ると、そのまま馬車は加速していった。
馬車はどんどんカイルたちから遠ざかっていく。




