約束
「レフェアイゼ!」
異常に眩しい光を正面から受けながら、アレンは絶叫した。
機巧兵を数機葬ったところでこの光が起きた。
全ての機巧兵は動きを止め、頭を垂れるようにしてこの光景を迎え入れている。
「レフェアイゼ!」
アレンは叫んだ。
何も考えず、ただ感情のままに光に向かって走り出す。
レフまでの距離を半分ほど行ったところで、光は徐々に収まり始め、やがて完全に消え去った。
レフがいる。そしてユヴィリアイゼはいない。
レフが勝ったのだ、とそう思った。その証のようにして、機巧兵たちが大挙して動き始めた。
一瞬は警戒したアレンだったが、機巧兵たちは己の筐体を地面に埋め込むようにして動いている。撃孔を使い、地中深くに穴を掘りながら、自らをそこに埋めていく。機巧兵たちの姿が見えなくなっていく。
レフが機巧の盟主になったのでなければ有り得ない現象だ。
しかし、ならばなぜレフが倒れている?
レフは座り込んだまま身体を前に倒したような格好で倒れていた。
ぴくりとも動かない。銀色の長い髪が広がって、時折吹く風に揺らされている。
「――レフェアイゼ?」
アレンは声を震わせた。
レフの傍に膝を突き、その身体に触れようとしたとき、唐突にアレンは気付いた。
――記憶消去の魔法陣が消えている。
このときほど、魔術の知識がないことを悔やんだことはない。
魔法陣が消えるのがどういう場合のことなのか、アレンには全く分からないのだ。
「レフ、レフェアイゼ、レフ」
呼び掛けながらレフの顔を覗き込む。固く閉ざされたレフの瞼が、微かに震えた。
「目を開けてくれ、レフ」
アレンは懇願するように囁いた。
「頼む――」
肩を支えて起こす。レフの頭がぐらりと傾いだ。
そのまま身体を支え、アレンは必死になって声を掛ける。
「レフェアイゼ、大丈夫なんだろう? なあ、そう言っただろう? 頼む、目を覚ませ――」
レフの瞼が震える。
アレンは思わずその頬に手をあてがった。
「レフェアイゼ……」
風がレフの髪を撫で、宙を泳がせる。
レフの眉根が寄せられ、ゆるゆると瞼が上げられた。
「――ん……」
微かな声を上げ、レフはぼんやりとした目で空を見た。
その焦点が徐々に定まり始め、彼女は間近で自分を見るアレンを視界に入れた。
「レフ!」
アレンは喜んで声を掛けようとしたが、それよりも早くレフェアイゼがアレンの肩を思い切り押していた。
突然のことに身体の平衡を崩し、アレンの腕が緩む。
その瞬間、レフは脱兎の勢いでアレンから離れた。
「……え?」
アレンは呆然とし、ただレフを見つめた。
レフは立ち上がれはしないようで、座り込んだ体勢でアレンのことを警戒するように見ている。
心盤の袋を抱え込み、怯えたように身体を震わせて、辺りを見渡していっそう不安そうにしている。
「……レフ……?」
アレンは愕然として呟いてから、事態を察した。
記憶消去の魔法陣が起動されたのだ。
そして大陸全土の人々の記憶の代わりに、レフの――アレンの一番大切な人の記憶を奪っていったのだ。
「レフェアイゼ」
声がぶれた。
レフはしきりに周囲を警戒している。
それなのに心盤を出して確認して、不思議そうな顔をしたと思ったらその心盤から気味悪そうに手を離してしまう。
『言葉も動作も忘れるくらい』。――そう、レフは言っていた。
「レフ、駄目だ」
アレンは呟き、心盤を拾い上げた。
アレンが近付いた分だけ、レフは怯えたようにたどたどしく逃げる。
「これは、おまえの、大事なものだろう?」
心盤は白濁し、中心部は少しへこんでしまっている。
レフは訳が分からないというようにアレンを見て、不安そうに周囲を窺う。
「……レフェアイゼ」
アレンは俯いて声を絞り出した。
視界が歪んで、しきりに揺らめく。瞬きすると、レフの心盤の上に水滴が落ちて弾けた。
白濁する霧が揺らめく。
アレンはそっとレフに近付き、竦み上がった彼女を刺激しないよう、そっとその傍に膝を突いた。
目を見る。華やかな青い目、アレンが知る限り最も綺麗な色の目。
「レフ」
涙が溢れる。
レフは不思議そうにして、不気味なものを見るようにしてアレンを見る。
駄目だ、堪えられるものじゃない。
アレンはまた呟く。
「レフ」
レフは反応しない。
「返事しろよ、なあ」
怯えて、竦んで、レフは逃げようとするのだが、疲労のせいか記憶消去の影響なのか、身体が上手く動かないらしい。
「レフェアイゼ」
アレンは手を挙げて、彼女の頬に指先を滑らせた。
レフは怯えて目をぎゅっと閉じる。
涙が零れ続けて、アレンはレフから手を離し、拳を握った。アレンの手が離れたからか、レフが怖々と目を開ける。
そのことが切なく、腹立たしかった。
「レフェアイゼ、ふざけんなよ」
吐いた悪態は余りにも弱々しかった。脆弱な口調で、それでもアレンはレフを責めてしまう。
「なあ、冗談だろ。なんで、こんな――」
生きているだけましだと考えるべきだと分かっていた。
それでも、怯え続けるレフの姿は想像以上に胸を抉った。
拳を地面に叩き付け、大きく息を吐くようにして、アレンは訴えるように声を絞り出した。
「……大丈夫だって、言ったじゃねえか……明日も一緒にいようって……!」
あれは今日のことだったのに。
「初めて、笑って、くれただろう……?」
レフの目を見る。その焦点が揺れ始めた。
「ふざけんなよ、レフェアイゼ。おまえ、やっぱり嘘吐いたのかよ……?」
レフの目が揺れる。視線が外れようとする。
「隣にいるって約束したじゃねえか。――嘘だったのかよ!」
視線を繋ぎとめようと責めるように声を荒げた、その瞬間、レフは強く目を閉じた。
「なあ、レフ。嘘ついてたのだとしても怒らねえから。だから、さ。ちょっとでいいんだ、頼むよ――」
アレンは懇願しながら俯いた。拳が地面に擦れる。
「ちょっとでいいから――思い出してくれ」
レフは目を開けた。妙に焦点の定まらない、ぼんやりとした目だった。
「レフェアイゼ」
アレンは俯いたまま声を震わせた。
「それこそ嘘でもいいから。嘘でもいいから、思い出した振りでもしろよ」
もしもそう嘘をついてくれるのならば、それはどんなに優しい嘘であることか。
大陸中で混乱と歓喜が渦を巻いている。奇跡を称える声、その手遅れを嘆く声、様々な声が上がっている。
それはアレンが望んだことで、アレンの仲間が望んだことで、レフが望むのを諦めて、しかしまた望むようになったこと。
けれどそこに、そんな世界に立つ自分の傍に、レフがいないのならば。
その世界の価値の、どんなに低くなることだろう。
――いっそレフを忘れられれば、まだ世界に色は残るだろうか。いや、それでもアレンはレフを捜すだろうか。
「――いいえ」
唐突にレフが言った。
アレンは顔を上げようとして、抱えたレフの心盤に目を奪われた。目を瞠り、ただ呟く。
「――レフ……?」
アレンが抱えるレフェアイゼの心盤に文字が浮かんでいる。アレンは使用者なのだからその意味が分かる。
――情報を再構築中……情報を再構築しました、情報を整理中……
奇跡の可能性に、アレンは思わず拳を解いてレフの手を握り、顔を上げてその顔を祈るように見た。
レフの目の焦点が徐々に定まり、間違いなくアレンの上に焦点が結ばれた。
「わたしは、嘘はつきません――」
歓喜の余り息が詰まった。
アレンは震える手で彼女の髪を撫で、頬を撫でた。
レフがくすぐったがるように目を細める。
目の前がまた揺れ始め、アレンは慌ててそれを指先で拭う。
そしてそこに、レフの二度目の微笑を見た。
「――わたしはあなたの隣にいます」




