哀歌
掃射しようとした機巧兵が別の機巧兵に撃たれて爆炎を上げる。
しかし撃とうとするモノと、止めようとするモノとの、数が違い過ぎる。幾つかの撃孔から発せられた攻撃は、間違いなく空に向かって打ち上がったはずだ。
掃射が始まった。
「――あっ」
そんな声しか出ない。ユヴィリアイゼと押し合いながら、気配で事態を察したアレンは唇を噛んだ。
どこに落ちる、今の攻撃は。
「アレン!」
レフが叫んだ。珍しい、焦ったような、余裕のない渾身の叫びだった。
「お姉さまの後ろに回って!」
それに応えるために刃をずらす。滑らせる。嵐壁と鋭利の間で火花が散る。甲高い摩擦音が耳を突き刺す。踏み出す。ユヴィリアイゼを振り切るようにしながら、後ろに回る。
「お姉さま!」
レフが叫ぶ。咄嗟にユヴィリアイゼはそちらを見た。
レフは記憶消去の魔法陣を背負うようにして凛として立ち、ぼろぼろになってふらついてはいたが、その姫君としての威厳には傷一つ付いていなかった。
北の姫君は中央の姫君の視界に入り、確かにその一瞬は、彼女の視界の中央を占めたのだ。
その両手が燦然と輝く銀色の光に覆われる。色彩を削ぎ影を奪うほどの眩しい光が辺りを薙ぎ払うようにして渦を巻く。滴るほどの煌めきは太陽にも勝る。
その両手を押し出すようして、レフが撃つ。
――最大級の掃討波。
全アイゼルト中最強の攻撃力を誇るレフェアイゼ=リノ・アイゼルト固有の力、銀の大波が、光を閉じ込め音すら奪って駆け抜ける。文字通り死力を尽くした、レフェアイゼ最後の攻撃だった。
純白の光がそれを迎え撃つように聳えたが、銀の大波がそこに衝突すると、凄まじい音と光と共に砕け散った。
ユヴィリアイゼがレフェアイゼを案じて授けた最強の力が、ユヴィリアイゼが展開したレナ・アイゼルト固有の力に競り勝ったのだ。砕け散った嵐壁の上を、掃討波が怒涛のように駆け抜けていく。銀の怒涛の中で、真っ白な光が数百、砕けて落下する硝子片のように煌めいた。
雨のように落ち、地面よりやや上の位置で弾けて舞い上がり消え去る白い光。嵐のように吹き荒れて、ただひたすらに破壊を撒き散らし白い光を食い尽くそうとする銀の大波。
二つの間で生じる、視界を奪うほどの色のない光の洪水。
ユヴィリアイゼの呻き声が上がった。
(消し飛んで――ない!?)
アレンは信じられずに瞠目した。辺りを覆う光のせいで視界が利かないが、それでも今の声はユヴィリアイゼのもの。
(――【嵐壁】がぎりぎりで威力を殺したってことか!)
光の中で駆け寄ってくる足音を聞いた。よろめきながら走る足音。
「……レフ……?」
問うように言った瞬間、レフの手が確かに頬に触れた。
慈しむように。案じるように。惜しむように。
「アレン」
囁く声は柔らかく、芯が通って凛としている。
「離れて。――あちらに……」
アレンは一歩後退った。
「レフ」
大丈夫なのか。無茶しようとしているんじゃないのか。そう言いたかったのに、銀髪の姫君は遮るように囁いた。
「――機巧兵を頼みます……」
とん、と軽く、いや、そんな力しか出せないというような弱い力で背中を押され、アレンは否応もなく機巧兵の方へ向かわされていた。
光が収まる。辺りが見えるようになったとき、アレンは既にかなり二人の姫君から離れていた。
レフがユヴィリアイゼを抱き締めるようにして立っているのが分かる。足に力が入らないのか、寄り掛かるようにしてやっとのことで立っている。
ユヴィリアイゼの顔は、彼女が背を向けているために見えない。
そしてその瞬間、魔法陣がレフの背後、ユヴィリアイゼの正面で光り輝いた。
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掃討波はアイゼルトの固有の力の中でも最強である。
イリセ・アイゼルトが咄嗟に展開した嵐壁は、確かにその命を守りはしたが、出力を最大にした掃討波は嵐壁を砕き、ユヴィリアイゼにも浅くはない傷を負わせた。
アレンを遠ざけて機巧兵の処理を頼み、レフはただ無言で姉を抱き締めていた。
「……馬鹿な子」
ユヴィリアイゼが呟いた。治癒のための力を魔法陣起動のために温存し、滴る血もそのままに佇んでいる。
「そんなにわたくしを止めたいの。そんなにわたくしのことが憎いの。そんなにわたくしのことが許せないの」
レフは細く息を吸い込んだ。吸い込んだ空気が喉を刺すようにも感じた。
「――はい。いいえ、……いいえ」
呟くように答えた声は、自分でもおかしく思うくらいに震えていた。
「お姉さま。あなたがわたしを独りにしました。あなたがオーヴェルを苦しめました。あなたのせいでわたしは人殺しになりました。あなたが他のお姉さまを殺しました」
ユヴィリアイゼはただ、声を落とした。
「……ええ、そうね」
レフは姉の肩口に額を載せ、嗚咽を堪えるように歯を食いしばったが、涙は出なかった。ただ声が震えた。
「ずっと、許せないと思っていました」
背中が震える。疲労のせいか、それとも――恐怖のせいか。
――わたしが、最後のアイゼルトになる。
「イリセのお姉さま。あなたを許します」
レフは震える声でそう言葉を紡いだ。
「あなたはわたしに優しい。今だってそう」
この間があれば、いや何度だって、自分とは違い彼女には、そうする機会はいくらでもあった。しようとされれば、力量の差からして自分はそれを邪魔できなかった。
「だからお姉さま、わたしはあなたに願うことを許されるでしょうか」
ユヴィリアイゼは淡々と応えを与えた。
「わたしがあなたを許さなかったことがあって?」
声が震える。どうしようもなく身体が震える。
「……お姉さま。わたしを赦してください」
ユヴィリアイゼは答えなかった。
ただ彼女の体内で魔力が高まっていく。彼女の周りの空気が、陽炎のように揺らめく。このときのために温存していた魔力を、解放しようとしている。
「レフェアイゼ、大好きよ」
彼女はその名の通りに優しく言った。
「大好きなの、レフェアイゼ。あなたのことも、ケステアイゼのことも、シェリアイゼのことも、セレアイゼのことも。大好き。心から大好きよ」
大好き、大好きと、そう呟く声はまるで、彼女の三千年の想いを謳う哀歌のよう。
こうして機巧兵を使ってこの世界を終わらせようとすることも、彼女の三千年の想いのための、壮大な哀歌。
ただ一人のために謳う、優しい守護のユヴィリアイゼ。
「けれど、わたくしにも譲れないものはあるの」
魔法陣が輝く。煌めき渡って起動しようとする。魔力を与えられた魔法陣は、その術式に従って、正確無比に威力を発揮する。
それを穏やかな目で見遣って、レフェアイゼは呟いた。
「――ご随意に」
「え?」
初めて、ユヴィリアイゼが心底から驚いた顔をした。その彼女と視線を合わせたレフは、誇らしげに言っていた。
「だって、失われるのはわたしの記憶ですもの。――初めてあなたの裏を掻けました、お姉さま」
ユヴィリアイゼが目を瞠る。魔法陣が輝く。レフが目を閉じ、そしてその目を開く。
華やかな青い目。ユヴィリアイゼが創った、愛した、責めた、彼女の三千年の恋慕の子の、強い光を映した双眸。
「レフェアイゼ――」
魔法陣が異常に眩しい光を撒き散らした。機巧兵たちの奏でる騒音が耳に届く。
終わる、ユヴィリアイゼの、三千年の責務が。
「大好きです、お姉さま」
そう言ったレフの声に、万感の想いが籠っていた。
目が合う。ユヴィリアイゼとレフェアイゼの、優しい守護と思い慕う守護の、姉と妹の、あるいは――母と娘の。
レフが口を開いた。
何よりも恐ろしい、何よりも罪深い、しかし何よりも為すべきである、彼女にしか出来ない、彼女に向けて為されることはなかった、その行為のために。
「ユヴィリアイゼさま。あなたの存在を、現時刻を以て否認します」
ユヴィリアイゼの、三千年の哀歌の終焉。
優しい守護の、三千年の恋慕の結末。
最愛の人と同じ処に逝かせすらしない、存在すら消して死ぬことさえさせないという、何よりも確実で何よりも残酷な手段を取った最愛の妹を、ユヴィリアイゼはそれでも赦すというように――
魔法陣から撒き散らされる強烈な光が視界を奪う。何も見えない。そして耳の奥に木霊する、これは何だろう。機巧兵の奏でる音か、ユヴィリアイゼが呼ぶ声か。それとも他の姉たちの、久しく聞いていない声か。
それとも彼女の使用者が、彼女を必死に呼ぶ声か。
耳の奥で氾濫するように響く音。何なのだろう、分からない。何も聞こえないような気もする。これは本当に耳で聞いている音なのだろうか。
何も見えない。何も聞こえない。何も分からない。
――何も、感じない。




