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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
1 記録の中の姫君
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朝に弱い彼女

 夕刻には首都の隣町に着いた。高く聳える城壁に囲われて広く、石畳もしっかりと敷かれている。首都の隣だけあって賑わい、混み合っている。因みに、先頭を切って歩いたのはアゼナである。


「機巧兵もなんのそのだなー」

 ユアンが呟いた。故郷の様子を思い出したのだろう。



 宿は中の下の格のものを取ったが、ここで最も手馴れていたのはアゼナだった。

「節約しなきゃ、でしょ」


 アゼナは平民の宿に泊まることに難色を示したラデルに言い、「使うのは税金なんだからね」と言うことでラデルの口を封じた。厩があってしかも食堂付きの宿を探して外食の手間を省き、さっさと二部屋を押さえたその手際は、場慣れという他ない。

 田舎出身の二人と貴族の坊ちゃん、王宮に籠っていた筆者士は口も挟めない。


 食堂でも貴族と筆者士はかなり挙動不審だった。筆者士は献立の内容がいまいちピンとこないようだったし、貴族に至っては給仕がつかないということ、外套を預かりに誰も現れないということ、誰も椅子を引かないということからして、何をどうすればいいのか分からないようだった。そもそもこんなに他の客との距離が近いということが信じられないらしく、微妙に腰が引けている。


 中に入ってしまえば勝手知ったるものである田舎出身の二人は、この二人の様子にはらはらさせられた。


 ここで目立つ、出身を訊かれる、答える、事情を訊かれる、答える、変な期待を掛けられる、という、悪夢の予想図が脳裏で完成している。適当に誤魔化して怪しさを演出してしまうのも困る。



「注文決めるよ」

 アゼナが言い、アレン、ユアンと三人で献立表を覗き込んだ。

「どうしよう、この豚肉の葡萄酒煮っておいしいのかな? この野菜の煮込みもおいしそう。うーん……」


 優柔不断振りがここでも発揮されている。アレンとユアンは素早く自分の注文を決めると、ユアンがアゼナから献立表を取り上げた。

「あっ、ちょっと!」

 アゼナが抗議の悲鳴を上げて、大きな茶色い目に非難を滲ませたが、ユアンは意に介さず、てきぱきと訊いた。



「どれとどれで迷ってるんだ?」


 アゼナは献立表を指差した。

「豚肉のと野菜のと、そのお肉のパイ」


「分かった。――ねえちゃん」

 呼ばれて、給仕に当たる若い女性が振り返った。

「はいはーい?」


 軽い返事に、ラデルがますます戸惑うのが分かる。ラデルの感覚では、給仕は常に恭しいものである。


「来て来て、注文」

 アレンが呼び、女性は青い前掛けで手を拭きながらせかせかとした足取りでやって来た。


「はーい、伺います」

「山菜のシチューと山鳥の煮込みもの、豚肉の葡萄酒煮と野菜の煮込みと肉のパイ、一つずつ」

「はい、承りました」


 女性が去ってから、ラデルが不思議そうに言った。

「僕、注文決めていたっけ?」

「決めてない」

 アレンが言い、ユアンが面倒そうに言った。

「アゼナと一緒に三人で三品つついてろ」


「ああ、名案」

 アゼナが嬉しそうに手を叩いた。とにかく三品味わいたかったらしい。



 食事の後もラデルに取っては驚きの連続だった。まず個室でない。アゼナは女子ということで一部屋を悠々と使うようだったが、男たちは一部屋にまとめられた。さすがにアゼナは広めの部屋を取ってくれていたが、寝台は三つしかない。必然、誰かが長椅子で寝ることになるが、ここでユアンとアレンが暗い目を見交わした。


 ラデルに長椅子で寝ろというのは無理だ。ヴェルガードは身長的に足がはみ出る。二人は溜息を吐いた。

「アレン、寝台で寝ろ」

 ユアンが諦めたように言った。

「おまえが休んだ方がいい」

 アレンはユアンの肩を叩いた。

「すまん」


 ヴェルガードは察して謝罪の眼差しをユアンに向けたが、ラデルは感知しなかった。あくまで貴族である。先のことを考えると、アレンは頭が痛くなってきた。



 田舎者と、爵位持ちの貴族の息子と、有能な筆者士と、特赦させてしまった囚人、似合わないにも程がある面子である。




 寝台の上に座り込み、ラデルが各自に身に着けさせる防護の魔法陣の作成に取り掛かっていた。











 翌朝は朝食を済ませるとさっさと町を出るつもりだったが、ここで問題が発生した。


 アゼナとヴェルガードは徹底的に朝に弱かったのだ。


 ヴェルガードは他の三人で叩き起こしたからいいようなものの、いつまで待ってもアゼナが現れない。遂にはアレンとユアンでアゼナの部屋の前まで行き、扉を叩いたり声を掛けたりしても、一向に出てくる気配がない。



 アゼナは、一応は特赦されたとはいえ元は死刑囚である。逃げたのでは、と疑いが頭を掠め、深刻な顔で相談していると、とうとう全く見知らぬ女性が、「わたしが起こしましょうか」と助け船を出してくれた。幸い鍵は掛かっておらず、女性が中に入ってしばらくして、断末魔の呻きのような声を出しながらアゼナが起床した。


 朝食選びに時間を掛けられては堪ったものではないので、前以て朝食を注文し、やっとのことで食堂に現れたアゼナの目の前に突き付けた。


「食え」


「……どうもです……」


 アレンが不機嫌極まりない声音で言い、殆ど目が覚めていないだろうアゼナがそれでもぺこりと頭を下げ、匙を手に持った。寝癖が付いたままの髪を気にもしていないアゼナを見て、ラデルが果たしていいのだろうかという顔をしていた。



 そんなこともあって、町を出たのは昼前になっていた。首都周辺は町の間隔が狭いから野宿は免れるだろうが、こんな調子ではいつまで経っても目的地に着かない。頭がはっきりしたらしいアゼナは深く反省し、



「これからは遠慮なく入って来て怒鳴りつけてください……」

 と消え入るような風情で頼んできたが、ラデルが唖然とし、アレンもユアンも思わず引いたので、その役割はヴェルガードに回りそうだった。未婚の女性の部屋に入るのは究極の無礼な行為であると、どこの家庭でも教えるはずのことである。アゼナもヴェルガードもどんな育ちなのだろうかと、勘繰らずにはいられない。ヴァルガードは王宮に勤めているからには貴族、でなくともせめて地方の名士級の家の出身であるはずなのだが、アゼナの発言にもっともと頷いている辺り、疑わしい。




 馬の背に揺られること半日で次の町に到着した。既に夕闇が辺りを包み始めている。


「今日は機巧兵に会わなかったねえ」

 アゼナが呟き、ラデルが小声で「ほっとしたよ」と応酬した。


 またしても宿はアゼナの先導で取ったが、ラデルもヴェルガードも今回は自分で夕食を決めていた。どうしても一つに決めなくてはならないアゼナはかなり不満そうだった。


 相変わらずラデルは戸惑うことが多いようではあったが、耐え忍ぼうと決めたらしく、もう難色を示したりはしなかった。一日で脅威の進歩である、とアレンもユアンも思ったが、やはり寝台をアレンが譲ったことは感知しなかった。


「まったく、これから大丈夫かよ……」


 アレンは思わず呟いた。こう思ったのは何度目だろうか。


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