野宿
アゼナは愕然とした表情で座り込んだ。四人の男がその周囲を囲むが、同情の色は一切ない。アゼナは茶色い目でその四人を見上げた。
「……嘘でしょ」
「嘘ついてどうなるよ」
アレンが一刀両断し、アゼナは頭を抱えた。
「恐れてたんだよなー……」
野宿である。旅を初めて五日目にして、初めての。
「何で――」
アゼナは涙目で問い掛けたが、ヴェルガードが至極真面目に答えた。
「前の町から次の町までは一日の距離がある。まあ真っ直ぐに向かったとして、城門の門限までに辿り着くかは賭けだった。そこに、機巧兵が出て」
アゼナは悪態を吐いた。ヴェルガードは構わずに締め括った。
「もう間に合わないから、周りが見えるくらいに明るい時に野宿の準備を始める方が賢い」
機巧兵の撃退だけで言えば上々だった、とアレンは思い返した。最初のときの半分くらいの時間で片が付いたし、何より――掠り傷は除くが――負傷者が出なかったのだ。
ラデルの魔法陣の効果は甚大だったし、役割をきちんと決めたことで全体に落ち着いていた。しかし、機巧兵が複数出るとどうなるのかを考えると心中は穏やかでない。
野宿の不幸を嘆くアゼナを余所に、四人が手早く野宿の準備を始めた。ラデルとヴェルガードが手馴れていることにアレンもユアンも驚いたのだが、曰く「教養の範囲だ」。
途中でラデルは準備を離れ、各々の魔法陣の点検に入った。全員が帯に陣を刻んでいる。ラデルが損傷を修復する度に、手元が青く淡く輝く。
「野宿とか久し振りだな」
アレンが言った。ユアンがにやりと笑う。
「最後にしたのは、あれか、おまえが十六のときか」
「そう……だな」
「どこでやったっけ? リゼノ山か」
アレンは頷いた。
「そうそう。デイヴとエルとパットと――」
「リアとジェシカも行ったなー」
ヴェルガードが不思議そうに言った。
「女の子も行ったのか」
「だれの恋人?」
当然という顔つきでラデルが訊き、ユアンが絶句しアレンが爆笑した。
「違う違う。全員幼馴染みだよ」
ユアンが裏切った。
「いや違う。リアとアレンは噂になってた」
はあ? とアレンが不意打ちを受け流そうとしていると、ラデルから救援が入った。
「たまにあるよな、実際は何でもないのに噂が立つこと」
「あるよなっ」
アレンは頷いた後ではたと気付いた。
「おっと。経験ありか」
ラデルは帯をアレンに投げ付けた。
「噂が立った経験はね」
帯をヴェルガードに手渡し、ユアンに軽く放った後で、淑女(?)に物を投げるのは抵抗があるのか、アゼナにはわざわざ立ち歩いて手渡した。
アゼナが礼を言って受け取った瞬間だった。
聞き覚えのある重低音が大気を震わせ、夕暮れを乱した。
「…………」
アレンは無言で同行者たちを見た。
ユアンは音のした方を凝視し、ヴェルガードはうんざりした表情を浮かべている。ラデルは聞かなかったことにしようと決定したらしく、あらぬ方を向いていた。そしてアゼナは生き返ったように元気よく立ち上がって帯を締めている。
「みんな行くよっ」
アゼナが宣言した。
「元気だな、おい」
ユアンが視線を逸らさずに言うと、アゼナはにっこりして、ここぞとばかりに偉そうに言った。
「あたし、野宿はいや。だけど夜通し戦うのは許容範囲だよ」
アレンは溜息を吐いた。ユアンに剣を抜いて渡すと、ラデルとユアンとヴェルガードが声を揃えた。
「*【対象を選択】*【対象に付与】*【硬さ】*【鋭さ】*」
アレンは全員に声を掛けた。
「だそうだ。みんな、見倣って元気出そう……一日に二回とかありかよって俺も思ってる」
「あっちだな」
ユアンが指差した。ヴェルガードが呟くように詠唱するが、わざわざ声に出したのは、詠唱の重複を避けるためだろう。
「*【光明】*」
ほわ、と光球が数個生まれて漂った。薄暗かった辺りがよく見えるようになり、敵の姿も明らかになった。
黝い影となって見える機巧兵はほぼ立方体で、その周囲に三重の輪が浮かんでいる。一番内側のものと外側のものは扁平で幅があり、真ん中のものは円形の断面を持って細い。とはいえ腕くらいの太さはありそうだった。
またしても重低音が響き、それに混じって声がした。
[KxxxxaxxshxxxxaxxWxxxxShxnxKxmshxt. SxxxxchxrnxSxxsxxmnaxdxxxkxxdsax]
初日に聞いて以来、初めての声だった。
[SxxxxttxxxxShxtxxxAxxxxaxtxxxHxxxxsxaxHxtxxxxGSxxxxchxrnxaxrxx]
「アレン、行くよ!」
アゼナが言った。アレンはユアンから剣を受け取り、走り出した。魔力を使っているらしいアゼナはアレンより早く機巧兵に辿り着き、上段に構えた剣を外側の輪に振り下ろした。きーん、と高い音がした。
「硬いー」
不満そうに言いながらもアゼナが本体に向かわず、輪に打撃を与えたのは注意を引くため――アレンが内側に行きやすくするためだった。
機巧兵の立方体の本体が回転し、アゼナを向いた一面の、中央よりやや上の部分で白い光点が瞬いた。自身の発するその明かりに、小さな濃銀の刻印が映える。
[MryxxxxkxxNxxxxShdnn――Dxxxkxnax? KyxxxrxNxxxxSxxxaxK……]
アレンが助走の勢いを借りて外側の輪に手を突き、回転する要領でその上に立った。とん、とその内側に移ったところで、機巧兵の立方体の部分の中央が折り畳まれるようにして、穴が開いた。アレンはぎりぎりまで待って、すんでのところを脇へ飛び退いて避けた。身体の脇を雷光が通過して行った。魔法陣が働かず、ラデルが詠唱を唱えるのが分かる。
「え、雷?」
アレンとアゼナが異口同音に呟いた。予想外だった。
アゼナが剣を打ち下ろし、その勢いで機巧兵が傾いた。機巧兵は軋むような唸り声を上げて、穴を閉じながら体勢を立て直したが、アレンは既に最後の輪を踏んで立方体の部分に飛び移っていた。
機巧兵が揺れ動く気配があったが、ヴェルガードが押さえた。がこん、と音がして機巧兵の本体が上がった。
「おっ?」
アレンが足元を固めたそのとき、機巧兵は一瞬のうちに周囲の輪を地面に落とし、アゼナの剣が地面に空しく突き刺さった。アゼナがその剣を引き抜かないうちに、輪が本体の下に潜り込む。円周が縮まったようだった。
動きが素早すぎてヴェルガードが押さえられないのだ。
機巧兵が傾いた。ヴェルガードが圧力を加えるが、機巧兵は呻くような声を上げて動き続ける。
[NxxxxAxxxnnjxxxxWxxxxAxxkxxxmsxx]
機巧兵から滑り落ちないよう、アレンは回転しつつあるその上を徒歩の調子で移動する。立方体の角が上になったところで、りーんと澄んだ音がした。アレンは躊躇なく機巧兵から飛び降りてユアンたちの方へ駆け戻り、アゼナも同じようにした。走って来るアレンたちと入れ替わるようにユアンが前に出て、片手を伸ばしながらもう一方の手でアレンを労うように叩いた。
轟音。光球が震え、機巧兵の側面にはっきりとへこみが出来た。機巧兵の動きが止まった。
何を言われなくとも、再び接近戦の二人が機巧兵に肉薄する。アレンがへこみに繰り返し打突を加え、アゼナが機巧兵の足元に相当する部分を斬り付ける。
機巧兵の下に仕舞われた輪が浮かび上がり、機巧兵全体を持ち上げようとする。アゼナが輪を目掛けて剣を振り下ろし、がんがんと音が響く。機巧兵は墜落するかにも見えたが堪え、すうっと水平に移動した。
「逃げる気か、このっ!」
アレンが罵声を漏らし、へこみに更に剣を突き立てた。耳障りな不協和音が響き、遂に穴が小さく開いたが、機巧兵はそこからも細く雷光を絞り出した。ラデルが保護の詠唱を唱え、それはアレンの目の前でぱっと散る。
アゼナが輪の一つを叩き斬った。機巧兵が大きく傾いたが、まだ落ちない。
アレンは穴に剣先を合わせ、渾身の力で押し込んだ。がりがりがりと削るような音を立て、剣先が機巧兵の内側に入って行く。
機巧兵が振り解こうとして震えた。
「ユアン、足……ッ!」
アレンは呻いたが、聞こえる程の音量にならない。内心で舌打ちを漏らしたとき、アゼナが叫んだ。
「アレンの脚を固定して!」
誰が応えたのだろう、アレンの足が地面にめり込んだ。機巧兵が空中でたたらを踏むような格好になって滞空する。
(アレどこだ!)
アレンは感覚のみであの心臓にも似たモノを探ろうとする。穴を広げて頭を突っ込むのは無理なようだった。刀身が半ば埋まり、アレンは柄を握ってそれを上下に動かす。
更に内側へ入れる。その切っ先が上を向いた時、機巧兵が僅かに身震いした。
(こっちかっ)
力を込めて押す。機巧兵が重低音の唸りを上げて、その表皮の形状を変えた。
一面の針。
にゅっと伸びた針にアレンの腕が埋まったが、すぐに防御陣が働いて針の方が押し戻され、血が滴った。アレンはそれを一瞥だにせず作業を続けた。
「―――っ!」
刃先に抵抗があった。
アレンは柄頭を押すような形で剣を押し込み、鍔に押されて穴の縁が内側に押し込まれた。そのまま中に入れていく。何かが軋むような、歯の根が浮くような不快な低音が辺りの空気を震わせた。
力を入れたことでアレンの傷の痛みが鮮烈になり、アレンは顔を顰める。
「――だあっ!」
声を上げながら満身の力で剣を突き込んだ。足の固定が解かれ、よろめく。
機巧兵が硬直した。アレンは剣を引き抜こうとして、余りに深く刺さっているためにびくともしないことを知り、ほんの数秒その場に留まった。――遅かった。
真上に機巧兵が倒れ掛かってきた。
咄嗟に頭を庇おうとして、背後で詠唱する声に気付いた。
「*【保護対象を圧力から守護】*!」
何と言っているのか分からなかったが、機巧兵がぴたりと止まった。ほう、と息を吐き、剣から手を放したところで、横から華奢な腕が伸びてきてその剣を掴んだ。
「引っ張る!」
アゼナの動きには魔力が伴う。ゆえに剣はするりと抜けてアレンに返された。
「抜けよう」
アレンが声を掛けた時には、既にアゼナは身を翻していた。アレンも後に続く。アレンが完全に機巧兵から離れて初めて、機巧兵が落ちた。がしゃがしゃと耳を打つ音と共に機巧兵が崩れて廃墟の有様を呈した。
ラデルは震えるほど緊張していた。
「ま、間に合ったぁ……」
「悪かった」
アレンは神妙にしたが、三人の魔術師は同時に首を振った。
「いや、俺たちが強化の詠唱者だから、剣が折れてたら最悪、巻き添えを食ったかもしれん。助かった」
「引き抜いたのあたしだよ」
アゼナが拗ねたように言った。ユアンは笑って、
「アゼナ、恩人だ」
と言って、アゼナはそれで満足したらしい。にこにこしている。
ヴェルガードがアレンの腕を取り、詠唱を始めた。治癒は繊細で魔力を喰うので、無詠唱で発動できる人は滅多にいないとのことだった。
「*【対象を選択】*【対象の破損を確認】*【対象を破損部分に限定】*【消毒】*【対象を走査】*【皮下組織・真皮・表皮を同時修復】*【後遺症の遮断】*」
傷が癒え、強張りさえなく塞がった。アレンは剣をユアンに手渡し、三人の魔術師が同時に詠唱した。
「*【自身の魔力を選択】*【対象から剥離】*」
ラデルは更にアレンに言った。
「アレンの防護がかなり消耗したと思う。見せて」
アレンは帯を解き、ラデルに手渡しながら訊いた。
「俺の足の固定してくれたの、誰?」
「俺」
ヴェルガードが片手を挙げ、アレンは視線に感謝を込めた。
「助かった。ありがとう」
髪が被さってよくは見えなかったが、ヴェルガードは視線を逸らしたようだった。
「いや……」
どうやら照れたらしい。
ここで、最大の問題に気付いたアゼナが声を上げた。
「待って! 結局――野宿?」
辺りは完全に夜である。ラデルが思わず笑って、アゼナに言った。
「そういうことだ。諦めて寝ろ」




