姫君のいない道中 3
巻き上がった砂塵が収まってみると、城壁に走った割れ目が露わになった。アレン以外の全員が焦燥に呻いたが、三分の一は壊されてもいいとするアレンは平然たるものである。
レフと離れて十二日が経っていた。現在アレンたちは補給に立ち寄るつもりだったエレトの町に向かって防衛線を展開している。相手取る機巧兵は三機。アゼナがうち二機を相討ちに持ち込むべく飛んだり跳ねたりしており、もう一機はあっさりと片が付くはずだった。
にもかかわらず、機巧兵はアレンから見て町側に居座り続け、城門まで塞いでしまっている。ゆえにアレンは回り込めず、仕方なしにそれを鋭利で削ることから始めたのだが、この機巧兵はどうやら撃孔を持たない。一度も開かないのだから間違いないだろう。
そのくせ実によく喋る。レフに言わせればこれは、「言葉を許された」機巧兵なのである。そうであるからには他より手強いはずだと思っていたら、これは異様に防御力が高かった。
鋭利を使っても、刃は通るが周囲に与える威力が小さい。最初アレンはレフに何かがあったのではないかと思い、何もない処に向かって掃討波を撃ってみたのだが、それはいつもと変わりなかった。それでこの機巧兵の装甲が厚いと判明したのである。防御壁も持っているのかも知れない。
しかもその身体で暴れ回るものだから、周囲は物理的な被害を免れ得ない状況だ。その機巧兵はずんぐりした形で、身体のあちこちに長くはない腕を多く持っている。その腕を振り回している様は道化のようだ――
いつか見た道化の様子を、アレンは胸の奥に押し込める。あのとき隣にいた人はここにはいない。
――しかし威力は笑えたものではなく、城壁も割れようというもの。その腕が地面を叩けば地響きが起こっている。
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何度も不協和音に紛れて叫びが上がったが、レフではないのでアレンたちには何と言っているのかの理解も出来ない。
アゼナが一機の機巧兵の上でもう一機を差し招き――というよりあからさまに誘き寄せ、その機巧兵の撃孔が開くと一拍置いて飛び降りた。地面の少し上で跳ねたアゼナは、危なげなく動作を次の跳躍へと繋げる。その背後では被弾した機巧兵が唸り声を上げていた。アゼナは更に宙を踏んで跳び、もう一機の機巧兵に容易く接近した。武器すら使わず、ひらひらと動いて挑発しているだけである。普通ならば自殺行為を通り越して自滅確実だが、アゼナは並外れた身のこなしと勘の良さを遺憾なく発揮し、攻撃を全て機巧兵を盾に防いでいる。
アゼナの方に問題はないと判断して、他はその一機に集中する。鋭利の効きが悪いのは痛手だが、核を探して刺せばいいだけの話である。ただし問題は、機巧兵が余りにも動き過ぎて、接近戦を担当するアレンが長く近くに留まれないということだった。機巧兵を押さえるのはヴェルガードが担当してきたので、他の魔術師がコツを掴んでいないのである。
「もういい加減疲れてきたぞ」
一旦下がったアレンが申告し、魔術師たちはひやりとした顔をした。危惧した通り、アレンは真顔で続けた。
「城壁の一部を巻き添えにすれば中から【掃討波】で片付けられるんだが」
ユアンは思わず頭を抱えた。
「落ち着け、アレン。どう考えてもそれはまずい」
これ誰、ホントにアレンか? と思ったことは言えない。
アゼナが相手にする機巧兵のうち一機の撃孔が轟音を上げた。遠目にも分かる、アゼナがけらけら笑いながらそれを見ていた。撃孔から迸った雷光はもう一機を捉えて炎上させ、しかし破壊の間際にその機巧兵は、アゼナ目掛けて氷柱を吐いていた。アゼナは無事な方の一機に斬撃を浴びせて振り返らせると、見事に軌道上に誘い出して盾にした。動きの止まった両方を、念のためと言わんばかりの態度で何度か突き刺し、アレンたちを振り返る。さすがに呼吸が乱れていた。
アレンは溜息を吐いてもう一度機巧兵に肉薄した。どのみち、あと少し削れば包囲陣を発動できるはずだ。
問題は。
(おい!? 何で! そこにいたら邪魔なんだって!)
デイヴの立ち位置。
戦闘中であるから、立ち位置を変えていくのは当たり前だ。しかしなぜ、わざわざそこに立つのだと問い詰めたくなるような位置に立つ?
いや、分かっている。機巧兵を避けながら攻撃を加えようとすれば、立ち位置は自然と限られる。ただアレンたちは場数を踏むうちに、無意識に互いの邪魔にならないようにする癖が付いていて、それは改めて言う必要もないほど自然なことだったから、咄嗟に反応できなかっただけで。
アレンからすれば問題は特にないが、ラシュカは完全に困惑して立ち尽くした。
「そこは――」
彼女が口を開くのと、ラデルが叫ぶのとが同時。
「そこの二人!」
機巧兵の腕が振り下ろされていく。デイヴが即座に防御陣を張ったが、ラシュカはその彼を思い切り前方に押し出した。もんどりうって転がった二人の背後を、もう一本の腕が突っ切って行く。
「触るな!」
思わずというようにデイヴが叫び、はっとしたように言葉を足した。
「あ、いや……怪我せず済んで……」
「伏せてろ!」
アレンが割り込んだ。
剣をたった今二人を脅かした腕に突き立て、その剣に掴まる形で本体の上に着地。腕を割り砕きながら引き抜いて、一閃。
衝撃に機巧兵が軋むような声を上げて激しく身を捩った。アレンは抵抗せずに落下し、それを読んだラデルが難なく彼を魔術で受け、離脱させる。
「包囲陣起動!」
起き上がったラシュカが所定の位置へと走りながら宣言した。どうやらデイヴの言動は頭の中から消去したらしい。同じく所定の位置に着いた四人が一線を引き、ラシュカが各々の魔術を調整する。
「+【焦点:傷】+【全魔力統合】+【衝撃に変換】+」
一気に魔力を吸われ、四人の足元がふらつく。
「+【焦点に集中】+」
ぎしぎしと音がした。今回は町を巻き込まないために、陣は歪な形になっており、それを正常に作用させることに集中して、ラシュカの顔が険しくなる。
「――+【解放】+」
べこ、と音を鳴らして機巧兵が変形した。ひしゃげた機巧兵が一気に倒れる。もうもうと砂埃が上がって、魔力解放に伴って著しく消耗したラシュカが力なく咳き込んだ。
「お疲れー」
アゼナが言って、アレンの横にひょっこりと顔を出した。アレンは彼女をちらりと見てから視線を逸らし、無意識にレフの心盤の無事を確かめてから、立ち上がった。アゼナは肩を竦め、彼が向かう先――デイヴを見た。
「デイヴ」
アレンは抑えた声で呼んだ。デイヴは彼を見て、目を逸らして呟くように言った。その視線の先には、消耗して座り込むラシュカがいる。
「……謝ってくるよ」
アレンは動かなかった。
「――そうじゃない。機巧人嫌いだと知ってて連れて来たのは俺だ。だから――」
そのときアレンが何を言おうとしたのか、仲間には漠然と分かったが、不意にアレンは目を逸らした。その双眸が見開かれて、自身の腰の辺り――つまりは心盤を見ている。
何も言わずにアレンはデイヴに背を向け、足早に距離を取って心盤をそっと取り出した。デイヴが訝しげにする。しばらくそうしてじっとしていたが、疲れ切ったユアンが控えめに名前を呼ぶと、我に返ったようにはっとして、まじまじと彼を見た。
「――アレン? どうした?」
レフに何かあったとしか考えられない様子に、ユアンの表情も自然と険しくなる。アレンは呆然とした顔で呟いた。
「ユアン、俺を殴ってくれ」
一瞬の間を置いて、ユアンは警戒の滲む声を出した。
「なぜだ?」
アレンは瞬間、泣きそうに見えた。しかしその直後には破顔して、何度も心盤を見ながら声を詰まらせた。
「いきなりこれが熱くなって――見たら、レフが――、レフの、自己治癒が開始されたって」
意味を理解したユアンは安堵の息を漏らした。寄って来ていた他の仲間も同様だったが、アレンは続けた。
「身体が完治するのは推定で、十日後だって」
アゼナが歓喜の余り声を出せず、無言でラデルにしがみ付いた。ラデルは疲労のためよろめいたが、それでもアゼナの頭をぽんぽんと叩く。アレンはユアンの腕を掴んで揺らしながら、言った。
「夢じゃないって確かめたいから、殴ってほしい」
ユアンは息を吸い込み、アレンの後頭部を叩いた。それだけで腕のだるさが倍になったが、気にならない。
「ほら、これでいいだろ。――んで、勇者様、これからどこに行くんだ?」
アレンは寸分の躊躇いもなく宣言した。
「戻る!」
ラデルがさすがに割り込んだ。
「いや、同じ道順はまずいから、別の経路を通らないと」
「それでも戻る!」
ラシュカが笑いながら口を挟んだ。
「じゃあ、道順考えましょうか」
うん、と頷いたアレンは久々の笑顔を浮かべていた。つられて、レフの回復にも喜びは特にない二人も表情を明るくしたのだった。




