姫君のいない道中 1
ヨードの町は機巧兵による被害も多く、勇者たちを待ちかねていたとも言えるが、期待は外れたことだろう。
今までとは一転して、仲間以外には近寄りがたさを振り撒くアレンは、機巧兵が接近中だったためそれを片付けると、さっさと次の町へと出発したのである。心盤が他の機巧兵を示していなかったこともある。
アレンの近寄りがたさはリアとデイヴに対しても同じことで、引っ張り出された彼らにしてみれば、訳が分からない上にいい迷惑だっただろうが、恐らくはレフの怪我のためと察し、忍の一字で耐えている。ヴェルガードが、アレンがリアたちを引き込んだと聞いたときに危惧の色を浮かべたのだが、その意味を、アレン以外の全員が納得していた。
アレンはまた、リアたちがいるときには決して心盤を出そうとしなかった。
これは当然のことで、レフの信頼の対象でない人物の前で、レフの急所を晒すなど、許されることではない。ただラシュカだけはその理由を知らないので、少し過敏なのではと思っているようだ。
ただ、アレンにとって今回レフが死に掛けていることが一種の心的外傷になったようで、あれほど町を無事でおいておくことに固執していたアレンが、三分の一までならいいんじゃないかと言い出した。
「三分の一――って、壊されるのが?」
アゼナが驚いたように訊き返し、アレンは頷いた。
「下手に全部守ろうとする方が危なくないか?」
ユアンは慌ててアレンの傍に馬を寄せた。
「いや、待てアレン。今まで全部守る方針でやってきたよな?」
アレンは後悔したような顔をした。
「よくよく考えると無茶だったよな。城壁くらいは譲っても良くないか? 今時、賊だって息を潜めてるだろ」
ラデルが顔を強張らせる。ヴェルガードがいないので馬車を出せず、相乗りの経験のない彼が今はラシュカと相乗りをしている。デイヴとリアは自力で乗れているが、筋肉痛には悩まされているようだ。
「アレン――前も言ったけど、税金で食べてる僕がそんな風にしてしまうのはまずいんだ……」
「そういえば貴族さんでしたね」
ラシュカが思わずというように確認し、ラデルは少し笑顔になって頷く。アレンに得体のしれない恐ろしさを感じ、逃避のためにも話題を急転換させた。
「ラシュカはこのごたごたが終わったらアゼイラの戸籍を取得することになるかも知れないわけだけど、どう? 僕の妹にでもなる? 生活に苦労はしないよ」
ラシュカはラデルの背中に捕まっている格好だったが、声色を読んで会話を合わせた。
「え、いいんですか? でもわたし食い意地張ってますよ?」
ラデルは笑った。
「ラシュカなら兄上に気に入られそうだな」
アレンは話題が逸れたことを気にしないようだった。それはつまり彼の意思が定まっていることを示すのだが、隣にレフがいないアレンは武力で他を圧する覇者である。誰も逆鱗に触れたくなくて、ラデルとラシュカの用意した脱出艇に乗り込むようにして、話題を逸らしたままにした。
アレンがここまで他を圧するようになったのは、ここ四箇月の経験のため。それなしにはここまでの気迫も覇気もない。直接の原因はレフのことだろうが。
ヴェルガードは毎日レフの様子を会話の術式で伝えてきており、アレンはその他にも、心盤で見ているようだ、とリアたち以外の全員は認識している。傍にリアたちがいない状況であれば、アレンはその場で心盤を取り出して見ている。何もリアとデイヴを輪から外すような意図があるわけではなく、レフの信頼があるかどうかが問題なのである。
セドの協力があって、失血した分の三割程度は既に体内に戻したらしい。ただ傷が深く、徐々にしか塞いでいけないようだ。
「内臓がやられているからな……そちらを優先させないと」
とヴェルガードは言っていた。
レフの傍を離れてから七日が過ぎている。八日目、何度目かの野宿の支度をしている間にも、アレンは適当なところで抜けてレフの心盤を見ているようだ。他は見ても分からないので、アレンからの報告を待つような形になる。
アレンは心盤を取り出す。アレンはこの心盤の持ち主ではないので、レフたちの言葉で何を言おうと心盤に能動的に何かをさせることは出来ないが、そこの文字を読むことならば出来る。
――胃の損傷の修復を確認。血液量、増。体温、心拍、呼吸、維持。腎臓、修復中。術式、現時点で修復不可能。
アレンは慎重に心盤を仕舞い、仲間のところに戻った。この頃、棘のある態度を取ってしまって悪いと思う。しかし意識する前にそういった態度を取ってしまうのである。溜息を吐き、気持ちを入れ替えようとするが、上手くいかない。
(何でレフがいないんだろう)
常にそう思ってしまう。
アゼナの隣に立って、いつものように報告する。
「――内臓が幾つか治ってるみたいだ。血の量も増えてるって」
アゼナは顔を明るくした。
「ホント? 良かったぁ……レフがいないとやってらんないもんね」
アレンは低く笑ったが、いつも立てていたような明るい笑い声ではない。
「だな。――まあ、それは多分俺のせいなんだろうが……」
アゼナは苦笑した。
「分かってるんならいいよぅ。でもね、あたしたちの心臓もたないかも知んないよ?」
アレンは眉を顰めた。
「悪いとは思ってるよ、けど――レフがいなかったときってどんな感じで進んでたっけ?」
むむ、とアゼナが悩む顔をする。
「え……多分レフがいなかったときって、あたしたちもまだ信頼育成中だったときじゃない? 親睦深めながら進んでたよ。今はもう深まっちゃってるから、することないだけで」
アレンは額に被さる髪を追いやった。
「そっか――そうだったな」
アゼナは心配そうにアレンを見た。
「取り敢えずヴェルガードさんならレフを治してくれるから。で、そこから目が覚めてもレフはどっかがおかしいかも知れないって言ってた、って前に言ってたけど……」
心から案じるように。
「――まさかそんなことでレフを嫌いになったりしないよね?」
アレンはきょとんとした。
「え? いや、勿論レフが【掃討波】を撃てなくなったりしたら困るけど、それと嫌いになるのは別の話だろう?」
うんうん、とアゼナは頷く。詠唱の部分は聞き取れないが、取り敢えずいつもぶっ放してるあれか、よくぶった斬ってるあれだろうな、と見当を付ける。
「ただレフ自身がすげえ落ち込むだろうな」
アレンは困ったように言った。
レフはアイゼルトとしての己の力を非常に誇りに思っている。そしてその弊害として、機巧兵を塵を見るような目で見る。
アレンはもう一度心盤を確認し、そこに浮かぶ文字ががらりと変わっているのを見た。そして、顔を上げて言う。
「おい、機巧兵だ。ここから北の方に一機」
全員が顔を上げ、それに応えた。




