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五方の守護者  作者: 陶花ゆうの
0 国王が召喚する青年
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青年、応える

 気付くと真っ青な顔のユアンが目の前にいた。アレンは気持ちの上で仰け反ったが、生憎そこは寝台の上で、仰け反るも何もあったものではなかった。


「アレン? アレン、気が付いたのか!?」


 ユアンが座っていた椅子から腰を浮かせて言い、アレンは咳き込みながら声を出した。


「――ガ、ガルシャ、ゼオは……?」


「おまえが倒したろうが! おまえ、二日も寝てたんだぞ!」


 寝ていたというか意識を失っていたのだろうが、アレンは瞠目した。


「そ――そんなに?」

 身体を検めると、傷はおおよそ治っている。回復や治癒の魔術は非常に高度なもので、ユアンですら使うのを躊躇う。それを知っているアレンは目でユアンに尋ね、ユアンはさっと目を逸らしながらも答えた。


「ああ、いや――おまえ、相当やばかったから、王都の師匠に連絡して、治癒使える魔術師に来てもらった」


 転移の魔法陣は、魔術師十人掛かりの規模でやっと発動できるものであり、魔法陣を書くのには一日を要するのだが、このときのアレンにそんな知識はない。


「あ、ああ、そうなのか。ありがとな」

 アレンは当然に礼を述べたが、ユアンは顔を上げない。それどころかぼそぼそと謝った。


「いやアレン……ごめん」


「は?」


 アレンは身体を起こし、脇の小さな机にあった水差しから水を飲みながら首を傾げる。周りを見るに、ここはどうやらアレンが一人暮らしをしている家のようだった。


「いや、師匠に事情を説明するだろ……そしたらあっちが目の色変えてさ……」


 アレンは瞬きする。

「なんで?」


 ユアンは斜め下を見ながらぼそぼそと続けた。

「ほら……機巧兵って対処に数日掛かるもんだって言うだろ? それをおまえ、一日掛けずにやっちゃったから……」


「はあ」


「で、師匠が陛下にそのことを言っちゃったらしくて」


 アレンはぽかんとした。


「陛下って、国王陛下?」


 雲上人にも程がある。


「うんそう」


 ユアンは答え、顔を上げた。その顔に、心からの投げ遣り感が浮かんでいた。



「ぶっちゃけて言うぞ。おまえ、陛下に呼ばれてる」



 アレンの脳を稲妻が駆け抜けた。


 大陸共通ルイル歴オルオナの五十七年、晩秋の月最初の日、つまり今日。

 王宮からの使者を迎えるという大事件に、町中が沸き立っていた。








 折しも驟雨が降っていた。通りに鎮座する石造りの建物たちは雨に打たれ、古びた雰囲気が一層際立っている。どことなくうら寂しい気がするが、通りに雨に打たれながらも出て来た人々にとってはそんなことはどうでもいいのである。アレンの家の近くには居酒屋があり、男どもの騒ぎが聞こえている。今もその騒音に、扉の上に掛けられた小さな看板が濡れて、徒に揺れていた。


 機巧兵の被害が増加し、東に通じる街道が使えなくなった。実質、東の隣国、大帝国アーリストとの国交が物理的に難しくなったのである。つまりその国から受けていた援助が断たれた。一国民にでも縋りたい、国の事情が今このレイファで晒されていた。


 東の帝国アーリストの存在は、大陸最北端の小国アゼイラのそのまた端の町、レイファの一町民からすると少々眩しい。とはいえあのルイル帝国でさえ五年前に亡んだのである。アーリストもアゼイラも、偶然という観点から見ると等しい。


 アレンの目が覚めたと聞いて、ぞろぞろとアレンの家に入って来た男たち。


 天鵞絨の外套、最高級の革の長靴。およそこの町には不釣り合いの出で立ちの男たちが五人ばかり、アレンの家の戸口を潜る。迎え入れたアレンの顔が強張ったとして、無理からぬ話であった。


 アレンとユアンは小さな机の奥に回り、互いにびびった顔を見合わせていた。


 狭い居間に押し込まれたように見える男たちは――何しろ鎧姿である、視界への圧迫は半端でない――むしろ物珍しそうに周りを見回す。最後に入って来た二名を見て、アレンとユアンはあからさまに顔を顰めた。



「そこ。その二人、出て行って」


「その二人」はきょとんとして顔をアレンに向ける。その二人とも、雰囲気が人間とは異なっていた。アレンは出口を示す。



「俺、人間しか入れてないんですけど」



 先頭に立っていた男が無造作に言った。

「出ていろ」


 二人が退出するのを見送りつつ、別の一人が口を開いた。


「道中の安全のためには効率的です」

「でしょうね」

 と言うアレンの表情が冷ややかなのを見て、最初の男が喉の奥で笑った。

機巧人(ガルシャリア)がお嫌いなようで」


 アレンが答えないので言葉を次ぐ。


「やはり分かりますか」


 アレンは微かな苦笑を浮かべてみせた。

「あれ、第二世代ですか。第一世代だとさすがに、見分けるには時間が掛かりますけど」

「そうです。やはり機巧人の魔術の方が火力になりますから。――彼らが我々の先祖であるかもしれない、という説もありますが、どう思っています?」


 アレンは相手を睨むようにして見た。嫌いなものを見てしまって、最初に怯んでいたことを忘れ果てているのだ。お決まりの議論をここで展開するつもりはない。が、ここで深呼吸。


「――取り敢えず、俺の怪我を治してくださってありがとうございます」


 中の一人が頷いた。

「いや。私の手が及ぶ傷で良かった」


「用件に移ってよろしいですか」

 最初の男が端的に言った。


「我々がここに来たのは」

 言いながら男は、怖いほどに真っ直ぐアレンを見ていた。

「ここに機巧兵の襲撃があったにも関わらず、打撃が少なかったと聞いたからです。――機巧兵を撃退したのはあなたですね?」


 ユアンと顔を見合わせてから、アレンは曖昧に肩を竦め、しかしユアンからもう話は通っているはずなので、はっきりと答えた。


「――止めは俺が刺しましたけど。一人じゃないですよ」


 男は静かに言った。

「今がどんな状況か分かっていますね」


 アレンは頷いた。

「あなたは確信を持って機巧兵を破壊したのですか?」

 これには首を振った。

「いえ、それは。ただ、俺が何回か打撃を加えた後で、こいつがこうしたらどうかっていうようなことを言ってきて」


 アレンが「こいつ」と示したユアンに視線を移し、またアレンを見て、男は一拍置いて言った。


「単刀直入に言いますと、我々は陛下の命を受け、あなたの招喚にやって来ました」


 アレンはユアンから聞いていたので、そう驚かずに聞いていた。

「命令ですか?」

「半ばは」

 男は控えめに認めた。アレンは思わず、少し笑う。


「俺が行くと国は助かりますかね?」


「この上なく。機巧兵の破壊に成功した例として、あなたのは極めて異例です――一日掛かっていない。近衛騎兵隊でさえ、一機を破壊するのに一日以上を費やしたというのに」


 アレンは警戒するように言った。

「次に成功するかは分からないですよ? また怪我するだろうし」

「全力であなたを支援します」


 男の言葉に躊躇いはなかった。

「どんなものでも要求してください。武具――魔具――人材」


 アレンは内心でユアンに詫びた。ユアンは覚悟を決めた顔をしていた。

「じゃあ、ここから人を連れて行けますか?」


「前回あなたを支援した者たちですね」

 男は察して言い、その隣の、やや若い榛色の目の男が、懐から羊皮紙の切れ端を取り出して、読み上げた。


「大体は聞いてあります。――まずはユアン、きみの名前を最も多く聞きました。次にリア、デイヴ、エル――」

「ユアンだけを連れて行きたい」


 アレンは遮って言った。読み上げた男は目を瞠る。


「いいんですか? 全員、活躍は目覚ましかったと聞きましたが――」

 アレンは苦笑する。確かに一人、もう少し自分の力を分かっていれば連れて行きたい人物は、いるにはいたが、今のリアでは。


「確かにそう見えたでしょうね。でも実際、俺とユアンでどれだけ庇ったかっていう話ですよ。人材は別にくれるんでしょう? 機巧人じゃなきゃ大歓迎ですよ」



 男たちは一瞬目を見交わしたが、直ぐに頷いた。

「分かりました――」



「それともう一つ」


 アレンは言って全員を均等に見た。


「陛下は俺たちを、国益に使うつもりじゃないでしょうね」

 睨むような視線になったのを自覚する。



 彼に剣術を叩き込んだ魔術師の護衛が権力者嫌いだったことなど、目の前にいる男たちは知らないが、アレンに強烈に残された影響を少なからず感じたことだろう。



「俺を他国にも遣ると約束してくれますか? あなたたちの言う通り、俺が役に立つなら他の国の人にとっても同じはずだ」



 男たちは改めてこの、冴えた緑色をした目を持つ青年を見た。特に美しい顔貌ではないが、それでも目を引くのはその目の、芯の通った光のせいであり、頑なさが透ける顔立ちのせいだった。


 一呼吸を置いて、彼は答えた。


「――ええ。約束します。陛下もそうなさるでしょう」




 アレンは表情を緩め、落ち着いた声音で言った。







「招喚に応えます」


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