鋭利
ミリウィアを出発したのは翌日だった。全員に休息が必要だったことと、ミリウィアの人々が引き留めてきたことが、ミリウィアに泊まった原因である。
その間にアレンたちは気付いたのだが、レフは空腹という感覚が分からなかった。
空腹であっても、その身体の異常が「空腹」を差すと分かっていない。アゼナが絶句してしまったので、アレンが懇々と教え込み、レフが空腹を理解するに至った。どうやら以前に〈記録〉から出ていたときには、要求するまでもなく食事が出てきていたらしい。
これから首都に戻らなくてはならない。
「元来た道を逆戻りか……」
ラデルがうんざりしたように言い、アレンがはっと思い出して相乗りしているレフに言った(アレンは相乗りは絶対に嫌だと言ったのに、アゼナとラデルは経験の無さ、ヴェルガードは図体を理由に断り、ユアンに至ってはその話題の間、雲隠れしていた)。
「おまえ、確か一日あれば瞬間移動の魔法陣が書けるって……?」
レフは無表情に頷いた。
「はい」
ラデルが顔を強張らせた。
「それ、発動するのに十人越えの魔術師が要る陣じゃなかったけ……?」
「そうなのか?」
アレンは驚き、確認した。
「発動できるのか?」
レフは無表情に頷いた。
「書くのに、都合のいい場所なんかはあるか?」
レフはどうでもいいと言わんばかりだった。
「どこなりと」
「確か、かなり大きくなかったっけ?」
ラデルが馬を寄せてきた。
「屋内だと書き辛くないか?」
レフはやはりどうでもいいという態度で首を振った。
「別に。陣を折り畳めば済むことだから」
ラデルの顔から察するに、これも相当の高等技術らしかった。
それにしても、とアレンは思う。レフは元気がない。思い返せば〈記録〉にいる間が最も元気で、徐々に枯れていき、機巧兵を見て復活し、また徐々に枯れていっている気がする。元気がなく愛想もないので、もうこれは不機嫌に見られても仕方がなかった。時々宙を見上げているのは、何かあると反射的にあの男の声に問い掛けたくなるかららしい。
「陣を書くのには一日以上掛かりますー」
アゼナが割り込んだ。
「まさかレフに、一日ぶっ通しで書かせるつもりじゃないよね? あのねー生き物には、休憩というものが必要なのー」
アレンは今更気付いた。
「ああ、そうか。じゃあ、宿取るか」
「町まで二日か」
ユアンが言ったが、アレンは首を振った。
「いや、それは機巧兵に処理する時間を含めてだろう。この辺の機巧兵はミリウィアに全部集まってたと思うから――」
「有り得ません」
レフが遮って、一本調子で言った。
「およそ二千五百機がこの近辺にいるはずでした。どんなに少なく考えても二千四百機はまだいるはずです」
「はあっ?」
ユアンは声を上げ、アレンを見たが、アレンは蟀谷を抑えていた。
「……あー、そうなる気がする。言ってたよな、三万の機巧兵が門付近にいて、そのうち二万は中央って。つまり残りの四箇所に一万の機巧兵が分散してるってことだよな」
レフは極めて素っ気なかった。
「そういうことです」
アゼナは心底不思議そうだった。
「どこで聞いたの、それ?」
「万術の柱で。何か、こいつの質問にぽんぽん答える声があって」
ユアンがレフを見た。
「するときみは、事態を把握してた……?」
レフはユアンを見もしなかった。
「最初に機巧兵を感知したのは五年前。機巧兵というのは、普段は地中にいるはずだからおかしいと思ったのを覚えている」
ユアンは険しい顔になった。
「五年って、最初からだろう? 間違いなく戦力になるきみが何で出て来なかった?」
出たくなかったんだろうな、とアレンは思った。あそこまで嫌がっていたのである。レフは白けた顔を、やっとユアンに向けた。
「どうして出なくてはならないの? わたしが交わした盟約は、特定の場合にアゼイラの勅使の要請に応えることだけなのよ。五年間、特に使者が来るわけでもなかったのに。以前機巧兵が出たときはもっと速やかに来たのに――四箇月だったわ。来てくれた人だっていい人だった」
「行こうとしてた人たちはいるみたいだったぜ。それに転移も阻まれたって。――以前って?」
アレンが、ユアンの青筋の立ち具合を見て口を挟んだ。
「転移を妨害したのはわたしではなく〈記録〉の性質です。人間程度や現在の機巧人が使う魔術に比べて規模が大き過ぎ、対象たり得ません。以前というのは二千年程前ですが」
「二千年……」
アレンは覚えず呟いた。レフは表情を明るくする。何か、とてもいい思い出を想起したようだった。
「今回よりも機巧兵の被害が早く広がったんです。恐らくこの差は二千年の間に軍備が発達したせいだと思いますが。三人とも自分の守護国の要請に応えなくてはならなくて」
レフの言葉に、アレンは違和感を覚えた。
「三人? 五人じゃないのか?」
レフは目を見開いた。絶句し、しばらくアレンの顔を凝視する。それからようやく、小さく尋ねた。
「――なぜ……ですか」
大したことを言ったつもりでなかったアレンは眉を寄せた。
「だって机の上には全部五個ずつあったし。椅子も、門も五個ずつ。――いや、待てよ……袋は確か一つだけ……」
レフは表情を緩めた。
「そうですか。確かに五人いたのですけれど」
レフは語尾を濁したが、アレンは大体の予想を付けた。
三千年間レフは〈記録〉にいたのである。他の個体も同じだろう。そしてその長い年月の間に、機巧人に何か不具合が起こってもおかしくはない。
レフはそれ以降話さず、景色を視界に収めていた。
野営の準備でもレフは一切手伝わなかった。何をしたらいいか把握していないようにも見える。ぼんやり座り込んでいるだけである。アゼナが話し掛けて初めて、その瞳が焦点を結んだ。
「レフ、お腹空いてるー?」
レフは首を傾げ、腹部に手を当て、しばらく考えた。その後、確信を持って言った。
「そう、空腹だと思う」
アゼナはけらけら笑った。言い方が面白かったのだ。
「はいはーい。じゃあごはんちょっと多めにするね」
レフはそのままアゼナを眺めていたが、やがて視線を外し、後悔そのものの表情で座り込み続けていた。レフの分の食事を持って来たアゼナが目を丸くする。
「どうしたの?」
「残念で」
レフは答えたが、それは表情が存分に物語っていた。
「出来ればあなたの方が使用者として望ましいのだけれど、本人に魔力があるとわたしの設定が定着しにくいの。それに使用者設定のときに――」
レフの不自然な沈黙は気にせず、アゼナはぽかんとした。
「使用者って。アレンでしょ」
レフはあっさり言った。
「使用者としての設定は解除できるの」
アゼナはアレンを覗き見る。ユアンとラデルと話していて、こちらの話は聞こえていないようだ。アゼナはレフに向き直った。
「それって、アレンよかあたしの方が好きってこと? 嬉しいっ!」
レフは瞬きする。
「――そう」
「けどあんまり、アレンに聞かせたら駄目だからね」
アゼナは笑いながら言った。
「あんまりいい気はしないだろうし」
「わたしもいい気はしていない」
レフは言い切った。
「アレンは恐らく機巧兵にも機巧人にも、嫌悪あるいはそれに類似の感情を持っているでしょう。わたしは機巧人であり、他の機巧人を守る立場でもある。それがどうして、逆の立場の人間に協力しなくてはならないの。気分が悪い」
アゼナは思わず考え込んだ。
確かに、アレンはレフを物として見ているが、目つきから察するにレフも同様だ。今の科白は、なるほど正論ではあるけれども、もっと殊勝な人の口から出て来るべきものでは――。
いやいや、と考えを改める。レフは慣れない場所で、知らない人の間で、不安なはずである――多分。ここは多少、気を遣うべき局面のはず。だからアゼナはふんふんと頷いた。
「だよねー、レフも仲のいい人と一緒にあれこれやりたいよねー」
レフは首を傾げ、「仲のいい人……」と呟いた。それから、真顔で言った。
「別に、仲は良くなくても、使い勝手が良ければ」
前言撤回。アゼナは思う。レフは断じて不安ではないはず。これはもしかしたら、アレンに同情票が集まるかも知れない事態である。
笑顔を強張らせるアゼナの前で、レフは上品な仕草で食事に口を付けた。そして口に出した言葉は余りにも小さかったので、誰の耳にも届かなかった。
「――あの人以上の勅使はいないもの」
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町に着くまで機巧兵には出遭わず、町へは一日半で着いた。レゼラは先日に来た時よりも確実に物資が不足しており、宿も取り辛くなっていたが、何とか厩付きの宿を確保することができた。
「まったく、どんどん人が出て行くなあ……」
「若い者はいい、出て行っても職にゃあありつける……儂らは無理だろうて……」
宿の食堂の片隅で数人が憂鬱そうに話している。
食堂の献立も質素なものになっていたが、文句が出てこようはずもない。アレンはレフが要らないことを言うのではと警戒したし、多分他の四人もそうだっただろうが、どうやらレフは、食べられれば何でもいいらしい。注文もアゼナに丸投げしていた。
レフは慣れない外出に加え初めての相乗りが度重なって、かなり疲れていたが、本人がそれを疲労であると認識していなかった。というわけで不満も何も言わず、極めて従順且つ偉そうにアレンたちに同行していたのである。
レフはそっと心盤を確認する。心盤の性質は強固ではあるが、どうにも持ち出すとなると気になって仕方がないのだ。
(〈記録〉の状態を確認――)
心中で呟けば、心盤で光が踊り、文字が白く形を成して揺らめいた。
――良好。防護壁にも損傷・劣化はありません。封鎖状態が継続されています――
これは心盤を記録と接続したからこそ分かることで、今のレフとしては盟約を果たすことよりも〈記録〉を無事で置いておくことの方が重要にさえ思えている。あそこが、アイゼルトである彼女の、生涯の全てと言って過言ではない。
心盤を仕舞い直す。早く国王に会って、事情を説明して帰りたかった。そもそも今の同行者が気に食わない。リノ・アイゼルトである自分を迎えに来る勅使としてどうなのだ。以前はもっと丁重で、朗らかで、偏見の欠片もない、それこそ非の打ち所のないような人が迎えに来たのに。
アレンたちの方は旅慣れしているので、疲れてはおらず、しかもこのまま魔法陣で帰られるらしいというので気分も上がっていた。機巧人嫌いはアレンとユアンだけで、あとの三人は特にそういったこともなく寛いだものである。
運ばれてきた食事はどれもごった煮風だったが、それにしては具材の種類が少ない。当然だった。レゼラは困窮している。しかし、温かい食事はそれだけでありがたいので、レフを除く全員が幸せな気分で食事をしていた。
その中で問題になったのがレフの服装だった。とにかく周囲から浮いている。しかも寒々しい。何か買おうかという話になったのだが、肝心のレフが同意しなかった。
「少なくとも国王に会うまではこのままでいます」
大変きっぱりとそう言った。
「おかしな恰好をして行きたくはありません。それに、国王に会ったら帰ります」
「えーっ?」
アゼナが言った。
「そうなの? 帰っちゃうの?」
ラデルがアゼナを押しのけた。
「いや……、今現在目立ちまくっているんだが」
レフは自分を見下ろしてから、辺りを見て、結論した。
「少人数だから大丈夫でしょう」
散財を好むわけではないので、それで落ち着いた。レフは黙々と食事を続け、五人の会話に入ってこようとはしなかった。疲れているということもあったのだが、そのことに周りはおろか本人すら気付いていない。しばらくして、外が騒がしくなったが、何も言わない。
アレンたちも、大事ではないだろうと思って放っておいた。
レフは黙って食べていた分、他よりも早く食事を終え、食べ終えた食器をどうするかでしばらく無言で悩んでいた。ラデルがそのことに気付き、店の人が下げに来るから放っておいても大丈夫だと至極親切に教えた。
「そうなの?」
レフは目を瞠った後、一拍置いて席を立った。
「部屋に行って、陣を書いて来ますが、アレン――」
呼ばれたアレンは顔を上げた。レフは真面目に言った。
「宿が倒壊した場合、それが無駄になります。宿は守った方がよろしいでしょうか?」
アレンは咳込んだ。
「何だって?」
全員、絶句してレフを見たが、レフ自身は首を傾げた。
「機巧兵がいますから、直に被害が及ぶかと」
「先に言え!」
アレンが怒鳴り、数人の客に注目された。レフの言葉は彼らに聞こえていなかったようで、混乱や恐慌には及んでいない。アレンは声を鎮めた。
「答えろ。おまえは機巧兵がどこにいるのか分かるのか?」
レフは飄々としたものだった。
「はい。近くなら」
「いつから機巧兵がいた?」
「そうですね、数分前にわたしの感応圏内に入りました」
「何で言わなかった?」
レフは目を逸らした。
「言わなければなりませんでした? 魔法陣を書くよう言われていましたので」
アレンは額を押さえ、低く言った。
「いいか、厳守しろ。――これからは、機巧兵優先だ。緊急に、人命に関わることが絶対に優先だ。いいな?」
レフは頷いた。
「はい。――機巧兵はこの町のほぼ反対側にいます。うるさくないのは、逃げて来た者たちがまだこの区画まで辿り着いていないからだと思われます」
五人が席を立ち、アレンがレフを見て言い付けた。
「おまえも来るんだよ!」
レフはかなり不服そうで、アレンに付いて行きながらも言った。
「なぜですか? これくらいの距離ならば【掃討波】は使えますよ?」
アレンはレフを掴んで揺さ振りたくなった。
「あのなっ、あんなのを町中でぶっ放せるか!」
レフは柳眉を寄せ、上目遣いに責めるようにアレンを見る。
「――また、町を傷付けない方針ですか」
「当然だ! 絶対だ!」
レフは溜息を吐き、ユアンがそっとアレンに訊いた。
「こいつ、もしかして町のことどうでもいいわけか?」
アレンは走りながらも憤然とした。
「こいつ、最初はミリウィアを丸ごと破壊するつもりだったんだぞ!」
「はっ?」
ユアンが絶句した。
町はまともに抜けると横断するのに一時間は掛かってしまうが、レフを除いて五人はそんなつもりはなく、厩まで走って馬を引き出し、町中を全力疾走した。
レフはものすごく面倒そうで、行くのすら嫌々といった風情だった。こいつのこの性格は何とかならないのかと、アレンはこの機巧人を作った、あるいは生んだモノに直談判したくなった。激しく揺れる馬の背で、退屈そうにしている者などそうはいない。
見えてきた機巧兵は扁平な形をしていた。丈の低い円盤状で、その代わりに幅が広い。頭上に四つばかり小さな――といっても人の頭部よりは二回りは大きい――球体を浮かべている。周囲は大恐慌で、機巧兵の背後の城壁も壊れているが、特に積極的に破壊行為はしていないようだ。ただ、機巧兵に踏みつけられるような位置で立つことも出来ない数人の余命は、あと幾許もないかに見えた。
状況を見た瞬間、レフの態度が変わった。背筋を伸ばしてそちらを凝視し、呟く。
「――遅いです。先に行きます」
「おいっ?」
アレンが声を上げると同時に、レフの姿が掻き消えた。ユアンがぎょっとして振り返る。アレンは機巧兵の足元に目を凝らした。
ふわ、と銀の霧の花弁が散った。同時にそこにレフが立っていた。唐突に出現した華奢な少女に、周囲からは声が上がったが、レフは頓着しない。アレンから見える横顔は、間違いなく激怒の色で染まっていた。
「下がれ」
凛としたレフの声がした。機巧兵が軋むような唸り声を上げたが、レフは怯むどころか睨み据えた。
「退けと言っているのよ」
そして、軽く屈み込んで機巧兵の足元の人物を助け起こした。彼はよろめきながら立ち上がり、レフを食い入るように見た。レフはそれを見つめ返し、今までアレンが聞いた中で最も柔らかい声音で声を掛けた。
「無事で良かった。怪我はしていない?」
彼はただ頷き、頭を深く下げた。僅かに震えている。
アレンは機巧兵の間近で下馬した。機巧兵に駆け寄ろうとしたが、レフはそれより早く機巧兵に向き直っていた。
「どういうつもりか知らないけれど、第一世代に危害を加えるとは不愉快な。怪我がなかったからいいようなものの……」
[Gxxxxmxxxnn/nsax]
機巧兵が言った。すうっと下がり、頭上の球体は本体すれすれまで低くなる。レフは厳しい顔だったが、一方で目がきらりと光った。
「誰がおまえに言葉を許した?」
[AxaxxxNaxnxxxxDxxxsxx. AntNxAaxnxKxmshxt. KaxxxttxxxKxxdsax]
レフは間違いなく軽蔑を瞳に湛えた。
「馬鹿なの? それが出来ないからここにいる。それに――」
機巧兵が更に下がった。気迫で機巧兵を下がらせる存在があろうとは、アレンは想像もしたことがなかった。レフは激怒し、それを明確に相手に伝え、立ち姿のみで彼我の存在の価値の差を知らしめていた。
その姿は不思議と美しかった。アレンは思わず息を呑む。――あのとき、使用者設定のために彼女の瞳を覗いたときと同じような感覚に、足元がふわりと浮いたような気すらした。
これは機巧人なのに、機巧人でしかないはずなのに、この圧倒的なまでの気高さはなんだ。視線を――崇敬の類の視線を、呼び寄せてやまないこの存在感はなんだ。
レフは低い声で呟いた。
「――機巧人を脅かして、ただで戻れると思うの」
アレンは驚いた。どうやら機巧人の危機を見て乗り出したらしい。しかも機巧兵を頭から押さえ付けている。只事ではなかった。しかしレフがどんなに怒ろうが、やることは変わらないはずだ。アレンは頭を振って機巧兵に集中し直した。
「アレン、【掃討波】を撃ってください」
レフは機巧兵を見たまま言ったが、アレンは反論した。
「町中では無理だと言っただろう」
レフは舌打ちした。そして、助けた機巧人を促してアレンの所まで来ると、冗談ではない口調できっぱりと告げた。
「あなたは、使用者としては三流品です」
「なんだと……」
アレンは本気で凄んだが、レフはどこ吹く風だった。むしろ周囲の空気が凍り付く。レフは機巧人を見て優しく言った。
「ここにいて。怪我はさせない」
「……はい」
機巧兵は従順に答え、迷ったようだが囁くように確認した。
「――銀髪の機巧人はただ一人、ですよね……?」
それを聞いて、レフは笑顔こそ浮かべなかったものの、嬉しげに頷いた。
「そうよ。覚えていてくれてありがとう」
それから、表情をがらりと変えてアレンを見た。
「わたしが片付けていいですか?」
「論外だ」
アレンが言下に否定すると、レフは溜息を吐いた。
「そうですか。――武器を貸してください」
アレンが腰の剣を抜いたときだった。単に抜いて、渡そうとした僅かな動作で、掃討波がレフにぶつかった。本来ならば吹っ飛んだ上に消滅していただろうが、レフには防護壁がある。掃討波の方が消滅した。
「危ないですね。それにはもう【掃討波】を付与しました。別の物を」
アレンは聞いてもいなかった。嫌な予感と共にレフに詰め寄っていた。
「まさかおまえ、これ、もう剣としては使えないんじゃないのか!」
レフは当然、といった顔つきをした。
「何を騒いでいるんです。その通りですが、何か」
アレンは絶叫した。
「何か、じゃねえ! 何とかしろ! 普通にも使わせろ!」
レフの額に青筋が浮いた。剣をひったくり、心盤を取り出す。その上に載せるのに、またアレンが手を貸した。レフはアレンを睨み据え、口調を荒げた。
「言う通りにして差し上げますが、あなたもわたしの言うことを聞いてください。あの機巧兵存在が、わたしにとっては不愉快です。もう一秒たりとも存在を許したくない。さっさと壊してください」
嫌悪以上の感情、いわば相手の存在が許せないほどの凄まじい激情が声に宿っていた。レフはアレンの剣の上に手を置いた。
「-SWPWV-NKd`NJ`knnWTsik. Onns`NYrMnTsr」
――【掃討波】の起動に条件を追加。音声によるものとする
「HgnNKnn/n-SHRP-Why. Krg-USER:ALLEN-NMnDarKtHRssh`Zm. Onns`kd`TSh,-USER-TShmnnGIcchSrB`iNm Shy`WKykSr」
――鋼の剣に【鋭利】を付与。これが使用者アレンのものであることは立証済み。音声による起動とし、使用者と指紋が一致する場合のみ使用を許可する
剣が滴るばかりの煌めきに包まれる。
「これでよろしいですか」
使用者宣言のため、内容が分かっていたアレンは頷く。レフは機巧兵を睨んだ。そのくせ、言葉はアレンに向ける。
「【掃討波】と発声した場合には【掃討波】が、【鋭利】と発声した場合には【鋭利】が起動します。適当な間で解除されます。そしてお望み通り、何も発声しなければただの剣です」
「分かった」
アレンは言い、レフの眼差しの鋭さにぎょっとした。それから剣を受け取り、機巧兵に向き直った。
「じゃあ言われた通り、さっさと破壊してくる」
心盤を仕舞いながら、レフは頷いた。アレンは仲間を振り返った。
「接近戦になるから、いつも通りで行こう」
「はいはい」
アゼナが答えて剣を抜いた。二人が一斉に地面を蹴った。
「+【鋭利】+!」
アレンは宣言し、刀身に銀の輝きが走るのを確認した。機巧兵に肉薄し、飛んできた球体の一つを剣で迎え撃った。少し軌道を変えられさえすれば、と思っていたのだが、球体は殆ど剣の抵抗にならず、すっぱりと斬れた上、組成に異常を来したらしく一拍置いて砕け散った。
これもまた、本人が使うと想定すると空恐ろしい代物である。
アレンは機巧兵本体に剣を突き立てた。球体の一つが頭を直撃しそうになったが、アゼナが素早く軌道を逸らせ、更にラデルが防御を強めた。機巧兵が暴走しそうになるのをヴェルガードが止め、撃孔を開きそうになった機巧兵の気をユアンが逸らせた。
アレンが力を込めると、刀身が抵抗なく中に入った。機巧兵は不協和音の呻き声を上げ、切れ切れに発声した。
[An tNx Aax nxKxtnxxxxnx...]
レフが馬鹿にしたのが分かった。アレンは更に力を込め、そこにレフの、いっそ涼やかな声が掛かった。
「アレン、右です。核はそこにあります」
あの、脈打つもののことであろうと想像できる。
「まじかよっ?」
アレンが叫び返すと、レフは心外だというように目を見開いた。
「当然です」
一拍置いて。
「わたしは、嘘はつきません」
アレンは頷きだけで返すと、刃を右にずらした。力を込めすぎて刀身が滑り、機巧兵の側面にざっくりと裂け目が出来た。
「おっと、うわ」
などという声が思わず漏れる。濃銀の刻印の手前で剣を何とか止め、一旦抜き、狙い定めて突き込んだ。
(この刻印って何なんだろ)
ふと思った。今まで見た機巧兵全てにあり、またそれぞれ微妙に違うこの刻印。
殆ど抵抗は感じられなかったが、機巧兵が硬直したのが分かった。剣を引き抜いて飛び下がる。アゼナは勝負がつくと見て既に下がっていた。
機巧兵が均衡を失い、ふらふらと回り始めた。レフは道化を見る目でそれを見て、機巧兵が動きを止めると、興味を失ったように目を逸らした。
機巧兵が傾いて、小さな廃墟と化した。
周囲がどよめいた。機巧兵の動きが止まったことを確認し、しかし信じられずにいた彼らが、一斉にアレンたちの方を見た。アレンとユアンとラデルが後ずさり、ヴェルガードが無関係を装おうとして失敗し、困惑の様子を見せる。アゼナはあろうことか手を振ろうとして、ラデルがそれを取り押さえた。それから逃走に掛かる。一人無関心に佇んでいるレフを、アレンが引っ張った。
「――目立つ前にずらかるぞ」
レフは不思議そうに瞬きした。
「もう目立っていますけれど」
「人相覚えられなきゃそれでいいんだ」
アレンは断言したが、レフは引っ張られながらもますます不思議そうだった。
「逃げるなら、最初からやらなければいいのではありませんか?」
「そんな人を、犯罪者みたいに言うなっ!」
このままでは四人共通の悪夢、噂路線まっしぐらである。周囲からは「お名前をっ!」だとかいう、小説で読んだり語り部が語ったりするならよくありそうな声が飛んでいるが、問答無用で逃走する。馬まで走り、アレンがレフを引っ張り上げたところで黄色い声が上がった。ですよねー、とアレンは内心でげんなりする。いかにも乙女の夢をくすぐる光景ではあるだろうが、皆さん馬の数を数えてくださいと、声を大にして言いたい。ついでにこいつは機巧人であると!
その機巧人は身を乗り出し、この状況で最高に空気の読めない発言をした。
「あ、待ってください」
「誰が待つか!」
「では、下ろしてください」
「下ろした瞬間もみくちゃだぞ。覚悟はあるか?」
言って、アレンは少しばかり達成感を味わった。――初めてレフを黙らせた。
レフが見ているのは、自分が助けた機巧人だった。アレンも少々情に流され、言葉を継ぐ。
「……何か、話したいことあるのか?」
レフが何か言うより早く、その機巧人が微笑して、頭を下げた。レフはなぜか衝撃を受けたような声を出した。
「……いえ、結構です――行ってほしいそうです」
アレンは馬腹を蹴り、もう一度蹴って馬を急かした。
「へえ、気を遣ってくれたんだな」
レフは意外そうに瞬きした。
「――そう思います?」
「思うも何も」
アレンは苦笑した。
「状況からして明らかにそうだろう。――知り合いか?」
「いいえ」
レフはもう一度機巧人を視界に収めながら言ったが、その声はどこか誇らしげだった。
「あの子はわたしの子孫です」
アレンは思わず、レフと背後を見比べた。
「……ほう。――似てねえ……」
「当たり前です」
レフは気分を害したように言った。
「機巧人も有性生殖をしますけれど、最初の五人は全員女でしたから、姉がしたのと同じように沢山の機巧人を作ったのです。もう二度と出来ないことですが」
アレンはよく分からないながらも相槌を打った。
「はあ。何か全部似たり寄ったりになりそうだな」
レフは意地に懸けて反論しなくてはと思ったらしく、口調に熱を込めた。
「そんなことはありません。愛情を込めて作りましたから」
アレンは冗談だと思った。
「へえ。愛情ねえ……」
夕闇が辺りを包み始めた。レフが全く無言になったので、アレンも馬の手綱を繰ることに集中できたのだが、厩に帰り着いても降りようとしないので妙に思って覗き込んだ。アゼナがそれに気付いて声を掛ける。
「どうしたの? レフ、具合悪い?」
「いや……」
アレンは唸った。
「寝てやがる」
レフは目を閉じてすやすやと寝息を立てていた。揺すってみたが、起きない。突然の爆睡である。アレンは呆れたが、アゼナが寄ってきて、しみじみ言った。
「疲れてたんだねー……」
アレンは驚いて振り返った。
「疲れる? こいつが?」
アゼナは、何を今更、という顔をした。
「だってこの間から大活躍だし」
「ああ、そっか」
アレンはレフを転落させないように気を付けながら下馬し、さてどうしたものか、とレフを見た。そうしながら、無意識に呟いていた。
「――こいつも生き物だったな」




