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23 戦う男



 恋慕は傷だらけだった。

 可愛らしかった顔に擦り傷がある。

 体の所々にはアザができていた。

 痛みが堪えられないのだろう。

 時々、うぅと呻く。



 敦はぎりっと奥歯を噛みしめた。



 僕の、恋慕を、よくも……、

 後頭部の奥底で、

 滾るような違和感があった。


 恋慕達に出会うまでは、殴り合いをしたこともなければ、誰かと正面からぶつかったこともない生き方をしていた敦は、それを怒りだと察するのに時間がかかった。



「いやあ、良いシーンだ。

 かっこいいねぇおにいちゃん!」

 ネイギーが拍手をしながら笑った。

「逃げなかっただけでも

 表彰ものだけど……」

 ネイギーの指がパチンと鳴る。

 彼の隣にゴーレムが一体現れた。



「君ではこのゴーレムすら倒せない。

 もうドラゴンに変身もできない。

 こっからどうするつもりなんだい?」



 敦は立ち上がる。

 満身創痍の妹を背に、敵を睨み付けた。

 何度も再生する土の怪人を前に、

 臆することはなかった。



「全力で戦う。ここから一歩も退かない。

 …………それだけだ」

「あはは。妹と同じで口だけは達者だ。

 ゴーレム相手に、下層人がどれだけもちこたえられるか。

 うん、良い実験になるな。

 ……お手並み拝見といこうか!」


「オウゥゥゥ!!」

 ゴーレムが吠えて突撃してきた。

 速い、だが、動きは前回と一緒で単調なものだ。恐れず観察すれば隙は多い。



 敦は授業で使うツールバックルから電動工具を引き抜いた。

 ベビーサンダーの愛称で呼ばれる、

 ハンディ・ディスクグラインダー。

 先端にあるカーボン製の円盤を高速回転し、鉄などを研磨・切断するための道具だ。

 それを構え、スイッチを入れる。



 ギュゥゥゥイイインッ!!




「でぇぇやぁぁぁ!!」

 接近してくる敵の胸部に飛び込み、

 ベビーサンダーを突きつける。

 裂くのではなく、

 ひねりを加え、抉るように。

 バリバリという音。

 火花と共に、土が飛散した。

「おもしろいおもちゃだねぇ、でもゴーレムはそんなのじゃ止まらないよ?」



 ぼっかりと胸にこぶし大の穴を開けたゴーレムが、それを気にした様子もなく敦をなぎ払った。咄嗟に盾で身を庇うが、踏ん張りきれない。



 武器として持ってきた工具をばらまきながら、敦の体は宙を舞い、どさり、っと地面に叩き付けられる。



「が――は……っ!」

 背中をしたたかに打って、

 敦は呼吸困難におちいった。

 軽いパニックだ、柔道の授業でやっただろう! 落ち着け……っ!

 自分に喝を入れ、

 呼吸を取り戻している最中、

「おにいちゃんッ!」

 恋慕の悲鳴で、

 正面から飛来する敵に気付く。



 間一髪身をよじり、追撃から逃れる。

 地面を思い切り殴りつけ、砕け散る腕、それが再生するのを横目に敦は、次の武器を取り出した。

 殺虫スプレーである。

 二丁構え、起き上がり様に吹き付ける。



「あのねぇ、虫じゃないんだよ?」

 傍観しているネイギーが、

 呆れた声を上げる。

「もしかして

 それで窒息するとでも思ってるの?」

 相手の攻撃は続くが、大仰な動きだ、逃げに徹すれば避けられなくはない。

 体に悪い刺激臭を吸い込んでしまっても、敦は構わずスプレーを続けた。

「一体何を……」



 ネイギーがそう口にしたのと同時に、身を屈めてライターの火を灯す。

 空気に着火し、

 ボッとガスが火炎に変わった。

「……ああ、なるほど」

 攻撃でへし折れてしまった盾だが、

 ここでも敦の体を護ってくれた――、

 いやむしろこの為に用意してきたのだ。

 一方、一瞬の煌めきに包まれたゴーレムの体は、体中に浴びた可燃性の液体によって炎上していた。



 しかし、

「オオオアアアアッ!!」

 意に介さず、炎の化け物となった敵は拳を振り上げた。



「がんばった方だけど、馬鹿だねぇ。

 そいつは痛みを感じないし、

 ましてやヤケドもしない」

 ククク、とネイギーが笑う。

「どうするの?

 状況が悪化しているじゃないか!」

 火炎を纏った暴力が敦を狙う。

 敦は盾を再度しっかり構え、

 身を強張らせた。




 パカァァァァァンッ!




 突然の炸裂音と共に、ゴーレムの胸部が爆ぜた。ゴーレムは人型を保てなくなり、ばさりっと、動かぬ土に戻る。



 何が起きたのかわからなかったのだろう。



 二人の上層人は呆気にとられ言葉を失い、廃工場内は敦のゼエゼエという荒い息だけが響いている。

 ゴーレム〝だった〟土山から、線香のような、独特の匂いのする煙が上がっていた。



「硝煙……? 黒色火薬か!」



 少ししてネイギーが声を上げた。

 あの白衣は伊達では無いらしい、

 すぐにタネがばれてしまった。




 黒色火薬はもっとも歴史が古く、なおかつもっとも身近にある火薬である。

 花火の原材料であり、硝石や硫黄などを6:1:1の割合で調合すれば比較的簡単に自作できる。

 火薬の中でも安全な部類で、空気中で着火する上ではバチバチとスパークのように炎上するだけで、爆発するほどの威力はない。


 しかしヒントは去年上田が起こした

 爆発事故にあった。

〝密閉爆発〟だ。



 ジュースの小瓶など、エネルギーの逃げられない密閉容器に詰めて着火すれば、少量の黒色火薬でもアスファルトに穴を開けるほどの衝撃が発生する。

 前回の戦いによってゴーレムが、その身に異物を巻きこんでも気付かないほど鈍感であることを知った敦は、敵の胸、コアの周辺を狙って穴を開け、紙に包んだ黒色火薬を投げ入れていたのだ。



 あとはゴーレム自身の再生能力が密閉爆発の条件を勝手に作ってくれる。



 スプレーで敵を炎上させたのは、直接ダメージを狙ったものではない。黒色火薬に点火するために火だるまになってもらったのだ。


「驚いたね。

 まさかやっつけちゃうなんて」

 感心した様子で、ネイギーが言った。



「君は思った以上にやるようだ」


 敦は落としたグラインダーを拾い、

 再度恋慕とネイギーの間に立った。


 体中痛むが、戦意は喪失していない。


「だけど、ねぇ」

 ネイギーの周囲に、新たなゴーレムが

 ……今度は三体現れる。

「がんばって、

 一体倒しただけだけじゃないか。

 この数はどうするのかな?」

 電動工具に、エアゾールスプレー、黒色火薬と密閉爆発。

 様々な知恵を駆使して、やっと一体。

 ……ネイギーの言うとおりだ、

 数が増えれば勝ち目はない。



 だが、それでも。



「言ってるだろ。全力で戦う」

「へぇーっ! すごい度胸だ!

 それとも馬鹿なのかな?

 勝てないことぐらいわかってるだろうに、どうしてそうまでするのさ?」


 愚問だった。敦は答えてやる。



「僕が恋慕の〝おにいちゃん〟だからだ」



「あはは、なんだよそれ!」

 手を叩いて笑うネイギーを尻目に、

 敦は恋慕に言った。



「逃げるんだ。僕が時間を稼ぐ」

「馬鹿なこと言わないでっ!」

 恋慕はよろめきながらも、杖を杖本来の方法で使い、立ち上がった。

「おにいちゃんが戦ってるのに、逃げられるわけ無いじゃない!」

「あいつを止められるのは恋慕だけだ!

 今は逃げて体勢を……、」



「あんまり舐めた口聞くんじゃねぇよ、

 下層人」



 ネイギーがドスの効いた声で言った。

 唐突に間を詰めてきたゴーレムが、

 敦の体を殴りつける。

 それを察知し、何とか避けた先にはすでに別のゴーレムが構えていた。

 土の拳に胸を打たれる。

「時間を稼ぐ? 逃げるんだ?」

 蹴りが入る。

 衝撃に踊らされるまま、

 流れた先にさらに蹴り。

「お前自分の立場わかってないだろ」

 下腹部に拳、背にも拳。

「ちょっとばっかし遊んでやったら、

 いい気になりやがって」

 呻き倒れたところで、両脇を、まるで磔のように抱えられ拘束された。



「自分が弱者だってまるでわかっちゃいない……だから下層人は嫌いなんだよねぇ!」

 正面にやってきたネイギー自身に、

 顔面を足蹴にされる。


 口内が切れた。たまらず血を吐く。

 それを見ても、ネイギーは容赦をしない。


「ほらどうするの?」

 一撃。

「全力で戦うんだろ?」

 一撃。

「妹を護っちゃうんだろ?」

 また、一撃。

「たまたまドラゴンになったことがあるだけで、いきがりやがって。

 少しは自分の無力さを思い知ったかい?」

 そうあざ笑うネイギーの後ろに、

 人影が現れた。



 恋慕だ。



 涙すら浮かべた、憤怒の形相で敵を睨み付け、帯電した杖を振りかざしていた。



「よくも、おにいちゃんを――っ!」

 その姿が、横に流れた。

 ネイギーの回し蹴りが入ったのだ。

「ダメじゃないか。

 けが人は大人しく寝ていないとさぁ」





「れん……ぼ……ッ」





 ぶちり。


 その瞬間、


 敦の頭の何かが、


 太い何かが千切れた。



「おや、どうしたんだい?

 妹がやられてくやしいのかい、

 ……――っ!!」

 ネイギーの冷笑が固まる。




「GOOOOOOUUUUUUUUUU!!」




 敦が吠えた。

 野生の獣のような、およそ人の喉から発する音ではなかった。

 そう、まるで、



 ――ドラゴンのごとく。




「そんな馬鹿な!

 魔源はもう無いはずだろ!?」

 ドンッと敦の体が自ら発生させた光の球に包まれる。

 衝撃でゴーレム達は姿を失った。



 ネイギーはすかさず結晶を取り出した。

 術式解除だ。

 途端に、敦の身を覆っていた球が輝度を失っていく。


 だが魔術で分解できるのはそこまでだ。

 敦の怒りを鎮火できるわけではない。



 球からぬっと敦の上半身が突き出した。

 血走った眼、鬼とも言うべき殺意の表情。

 左手が、失ったはずの印を浮かび上がらせた左手が、ネイギーの顔面を掴み、もう一方の拳がそれを打つ。



「がッ!」


 不意打ちに怯んだネイギーは、

 結晶を手放してしまう。

 再び光の球が輝きを増す。

「GOOOOOOOOO――――――

 UUUUUUUUU!!」


 廃工場を破壊していくのは、

 光か、咆吼か。

 閃光が周囲を満たし、

 建物は耐えきれず倒壊していった。

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