22 「僕は、誰?」
廃工場の中でおびたたしい数のゴーレム兵がこちらを睨んでいる。
最低でも五十ってところか。
体育館程度の広さに、
よくもまあまあうじゃうじゃと……。
敦と別れた翌日、恋慕はネイギー一派の捜索に全力を注いだ。そして相手からの挑戦という形で、敵のアジトが発覚する。
急行した先でラブラがアパルに攻撃を仕掛け、アパルもそれに応じて退場していった。
恋慕を一人にする作戦なのだろう。
「散々僕の部下を可愛がってくれたからね。今日はそのお礼をしようと思って」
趣味の悪い玉座に座ったネイギーが言う。
「こんなに大勢に歓迎されるなんて、
嬉しくて涙が出そうだわ」
恋慕も不敵な笑みで返してやった。
こういうのは退いたら負けなのだ。
「やあ噂通りの反骨精神だねぇ。
でもあんまり無理はよくないよ?」
ネイギーが指を鳴らすと、
ゴーレムが一斉に突撃してきた。
……死ぬ気で戦うしかない。
「大丈夫、私には、
あの人から教わった強さがある」
誰にも聞こえないような小声で、しかし自分の心にはしっかり刻むように想いを込めて、恋慕はそう呟き、杖を振りかざした。
「スパークッ!!」
それから数時間――。
恋慕は奮闘していた。
もう息は上がりっぱなしだ。
だが敵の数は一向に減らない。
ゾロゾロと列を成すゴーレムの群れに、それでも恋慕は戦い続けた。
おかしい。
ゴーレムは不死身でも、それを生成しているのは魔源の力だ。
これだけの数を始末して、再生してを繰り返しているにもかかわらず、術主のネイギーに消耗が見られない。
「なかなかがんばるじゃないか!」
ネイギーが高笑いしている。
いらいらする笑い方だ、
くそ、あいつさえ仕留めれば終わるのに!
「サンダーッ!!」
やぶれかぶれにネイギーへ電撃を放つ。
が、ネイギーの目の前に巨大なバリヤーが発生、衝撃を阻んでしまった。
「……っ!?」
無茶な攻撃だったが、バリヤも万能ではないのだ……あれだけの攻撃でダメージをまるで感じさせないとはどういうことだ?
「ははは。いやそんなに驚いてくれるとこちらとしても嬉しいよ。
そろそろ良い頃合いだから、
お披露目しようかな?」
主のショーを阻害しないためか、
ゴーレムの攻撃が止まる。
そしてネイギーがポケットから
何かを取り出してかざした。
六角錐の透き通った黄色の結晶だ。
魔源だ。ただ恋慕の知っている抽出された魔源とは、色や大きさが異なる。
敦から引き抜いたエナジー体だろう……。
あの結晶を引き抜くために、敦がどんな苦しみを受けたか。
憎しみが吹き出しそうになるのを堪え、恋慕は相手の動きを警戒する。
ネイギーはにやりと笑み唱えた。
「ギガサンダー」
「……ッ!!」
散々手こずらされたゴーレムを巻き込みながら、稲妻が恋慕に牙を向く。
避けられない、バリア、最大出力、
……間に合え――――ッ!!
自分の大技を正面から受け止めた恋慕は、がくりと力なく膝をついた。
焦げ臭い煙が立ち込めて、それを、
背後から吹いた風が持って行く。
今ので壁に大穴が開いたのだろう。
自分の常套手段だ、何となくわかる。
生きているのが奇跡だ……。
「心配しなくても、
今の君でもギリギリ防げる火力だよ。
死んだりなんかしないさ」
挙げ句、手加減されたというのか。
「すごいでしょう、これ!
これだけの大火力を、
魔源を消耗せずに繰り出せるのさ!
これのすばらしさがわかるかい?」
結晶を大仰にひけらかし、
ネイギーが解説をはじめた。
その嬉々とした表情に、恋慕は少し驚いていた。
ネイギーの顔は、敦がアニメを語る時と同じ、純粋無垢な喜びに満ちていたからだ。
「……これは大発見になるんだよ。
いいかい?」
こちらの都合など、
一切構わない一方的な知識披露。
子供がおもちゃを見せびらかすのと同じ、そのすばらしさを伝えたい、自慢したいという熱意。
「今の魔術師って奴はわかっていない。
研究こそ魔術、魔術こそ研究。自ら追求した者こそ魔術師なんだよ。教科書通りに炎を出してうんざりしないのかな?」
持論の追求と誇りの押しつけ。
……そして。
「僕はあの下層人に使った針と同じ物を誠意制作中なんだ。成人の下層人に使ったらどうなるのかな?
女性の下層人ならどうだったのかな?
興味が尽きないだろう?」
時として周りが見えず、見失い、
人からずれていくその様。
アニメの正義を追い求める敦と、
魔術の研究を追い求めるネイギー。
いったい何の違いがあるのだろう?
――いいや、無い。
少なくとも、両者は同じ人種だった。
きっと、同じ物を追い求めていれば、
奴も敦のように……。
「……なんでなのよ」
恋慕は呟いた。
「研究なら、
上層界ですればよかったじゃない。
ちゃんとした場所で、思うようにしたいことすればよかったじゃない」
自分は何を諭しているのか……。
二人の共通点を見つけてしまった今、敦を失った恋慕ではネイギーを憎めなくなってしまった。
「こんな場所で、こんなやり方で。
……間違ってるわ」
「面白いこと言うね。
法律に縛られ、ふぬけた頭打ちの研究所では何も得られないから、こうして下層界にやってきて、偶然にも新たな発見が得られたんだ。何が間違ってるって言うんだい?」
「少なくとも、下層人に迷惑をかけることだけは間違ってるわ!」
「へぇぇ……下層人の肩を持つんだねぇ。
僕が言うのもなんだけどね、君たち次元捜査官がなぜ配置されているかわかっているのかい?
〝下層人を上層界に干渉させないために〟
いるんだよ?」
犯罪者達が、下層人に上層界の存在を伝えないための組織。反下層人派の主張だ。
恋慕やアパルの上に立つ人間にも、
そういう輩は多い。
「どうしてそこまで下層人を嫌うの?
あなたは下層人に恨みでもあるの?」
「恨み?
……うーん、特にないね」
「……だったら!」
「僕はねぇ。光誕の神話を信じているわけじゃあないんだよ。
ただ魔源の力がない、
魔術の存在を知らない。
……僕の研究の価値がわからない。
それが腹立たしいだけさ」
「――ッ!」
恋慕はまやかしに目覚めた。
違う。
奴は、敦ではない。
敦は何かに胸をうたれて、誰かに伝えたくて、伝わらなくてがっかりして、そんなことを繰り返して。
『あ、そうだ。
恋慕昨日『ミルキー』見てたでしょ?
おもしろかった?』
『う……うん。おもったより』
『でしょー』
だから……、
伝わった時に、あんな顔で喜べる。
誰かと共感し合える事を喜べる。
あいつみたいに、
自分勝手に、
自分の感動だけが正しいなんて、
それで誰かを傷つけたりはしないッ!!
恋慕は意気を振り絞って立ち上がり、
杖を構えた。
「ん?
下層人とそりが合わないってことが、
シャクに障ったかな?」
「ええ……おかげで、
あんたがどんだけ最低だかわかったわ」
「ははは。怖いねぇ。
まあいいさ。
どうせ僕の研究のすばらしさが、君に伝わるなんて思ってなかったからね」
「そこが根底的に間違ってるのよッ!
――スパークッ!」
「無駄だって言ってるのに」
どんっとネイギーは跳躍した。
正面に着地し、恋慕の頭を鷲掴む。
「……こうなっちゃうとブースデットガールもただのお子様だね」
「汚い手で触らないで頂戴、ゲス野郎ッ」
「おっと。口の悪さは健在か」
そのまま握力と腕力に任せて恋慕の体を持ち上げた。ぎりぎりと脳天を圧迫され、恋慕は呻いた。
「離して……っ」
「ああいいとも」
ぱっと恋慕を解放する。と、直後にその小柄な体を蹴り飛ばした。
「がぁッ!」
容赦のない一撃だった。
壁に強かに叩き付けられ、
床面に滑り落ちる。
「うぅん……少し鈍ったかな?」
ネイギーはそんなことを呟きながら、逃げることすら出来ない恋慕をもう一度掴み、
「こう、弾みをつけて……よっと!」
再び同じ動作で恋慕の体に蹴りを入れた。
「ん?
ああ、ごめんごめん。
君はこっちの人間じゃないのに、酷いことをしてしまったよ。うーん、上層人にこれ以上怪我をさせるのは忍びないなぁ」
ネイギーはそう呟き、
恋慕の側にしゃがみ込む。
「どう?
降参する?
もう僕の研究の邪魔はしないって、泣いて詫びるなら許してあげても良いけど?」
「……ぅぅ……」
腹部をやられて声が出せないが、
詫びるつもりなど毛頭にない。
恋慕はせめて反抗の意志を瞳で告げた。
「……ああ、そう」
ネイギーの声のトーンが変わる。
そして少し距離を置くと、
手に焔の魔術を宿した。
負ける。
今あれを防ぐ術はない。
ああ、やっぱり、愛とか夢とかで戦うことはできなかった。所詮、アニメのストーリーに過ぎなかったのだ。
それでも恋慕は敦の信じているものを否定できなかった。
したくはなかった。
……自分が負けると言うことは、すなわち敦の信念の敗北と言うことを知っていながらも、なお。
「あ、そういえば、これの持ち主だった下層人はどうしたんだい?
死んじゃいないはずだけど」
急に思い出したように
ネイギーが尋ねてきた。
「散々酷い目に合わせたからなあ。
逃げちゃったのか」
「違う……ッ!!」
恋慕は声を振り絞って怒鳴った。
それを誤解させるわけにはいかない。
「おにいちゃんは……逃げたりしないっ!!」
口にしてからハッとなる。
もう敦はおにいちゃんではないというのに、自分はまだ……。
「〝おにいちゃん〟だって?
あははははははははははははッ!!」
ネイギーは声を上げて笑った。
「ははは、あのひ弱な下層人を、君は
〝おにいちゃん〟って呼んでたのかい?
これは傑作だ!」
「……あの人を笑うな……っ」
「いやあ酷いおにいちゃんだね。
妹がこんなにぼろぼろになっているのに
どこで油を売ってるんだろうねぇ?
あははははははははッ!!」
「私の……おにいちゃんを……っ!
笑うなッ!!」
「いやあ、ちょっと呼んでみてくれよ。
たすけてーおにいちゃーん……ってさ!
どうせ来たりはしないけどねッ!」
「それが、来るんだよ」
「ッ!!」
ネイギーは持っていた炎をぶつけた。
彼は恐れずに、腕に括り付けている巨大な盾で防御する。
「防炎材とロックウールで造った盾だ。
そのくらいの火じゃ燃えたりしない」
藍色の作業着、胴に、いくつかの工具を納めたツールバックルと安全靴。
盾がなければ、恋慕が何度か学校で見た、実習に勤しむ彼の姿に違いなかった。
そんなはずはない。
彼が来るはずはないのだ。
記憶を消した。
別れも告げた。
どんなに叫んだって、どんなに呼んだって、どんなに恋い焦がれたって、……あの人が現れるはずはないのだ。
「恋慕が泣いていれば。
恋慕が必死に呼ぶのなら。
来るさ。
だって……僕は……」
だったらこうして、恋慕に向かってゆっくり歩み寄ってくるあの人は一体誰なんだ。
「酷くやられたね……」
恋慕に憂う瞳を向けて、
その頭をやさしく撫でてくれる。
どうして……。
「どうしてきちゃったのよ……っ?」
恋慕は涙を抑える事が出来なかった。
彼が来てくれることでこんなにも安堵が得られるなんて思っても見なかった。
「ねぇ、恋慕」
彼は問いかけた。
「僕は、誰?」
いつかのように。
……初めて出会ったときのように。
「高瀬……敦」
恋慕は答える。
ためらいながらも、本当にそう答えて良いのかも、たくさんの疑問や疑念も払拭できないまま……、ただ、彼と自分がそうありたいと望むままに。
「私のおにいちゃん……っ」
「うん。いいねぇ」
敦は笑った。




