14 〝首輪の外れたドラゴン〟
「ああ、そうだ」
敦が甘くてしょっぱくて苦いドーナツをやけ食いしている最中、アパルが思い出したように切り出した。
「帰ってきたら冷戦が勃発してたから、
危うく忘れるとこだった。
頼まれごと調べ終わったよ」
「頼まれごと?」
心当たりないわ、
と恋慕は首を傾げた。
「君じゃない。敦だ」
「おにいちゃんが?」
ドーナツの最後の一切れをほおばり、
敦が頷く。
「どうだった?」
「ダメだった。
肉体変化の魔術を被術して、うまく制御した下層人なんて前例はないよ。
というか、もともとあれはさる滅んだ一族の秘術で、上級魔術師ですら解除困難な術式なんだから当然だけど」
「……そっかぁ……」
「ただ君の場合は仮想魔源が本質とは違うものに変化してるから、そっちへの期待はまだ捨てられないね。
ドラゴンのエナジー体を持つ下層人。
君は条件的にレアケース過ぎるんだ」
「ちょっとまって。
いったい何の話をしてるの?」
置いてかれた恋慕が
二人の会話に割って入る。
「うん。
僕が自由に変身できれば、自分の身ぐらいは守れるようになるかなって思ってさ。
アパルにお願いして
調べてもらってたんだ」
すると恋慕の表情が一転した。
「馬鹿なこと言わないで!
何のために治療してると思ってるの!?」
「お、怒るなよ。
万が一って時の話をしてるんだよ」
「簡単に考え過ぎよ!
おにいちゃんは今変身したら、
どうなるかわかってないのよ!」
「〝首輪の外れたドラゴン〟……だろ?
それはアパルに説明されたよ」
敦の変身能力は、
元来敵であるラブラの術だ。
彼女の支配ありきで成立している。
恋慕はその力が二度と悪用されないよう
もっとも初めに主従契約を解いた。
〝首輪の外れたドラゴン〟とは
その状態を一言で言い表している。
主を失った凶暴で暴力的な怪物は、本能のままに行動し、一体何をしでかすかは誰にもわからない。利害の判断や理的な交渉が不可能な分、ある意味ラブラに手綱を握られている状態よりも始末が悪いのだ。
「だから、
慎重に調べてもらったんじゃない。
ドラゴンになっても
自我を保ってられるかって」
「そもそもおにいちゃんが
戦う理由なんてないじゃない!
アパルも!
わざと私に黙ってたのね!?」
「……まあまず落ち着きなよ。
黙ってたのは悪かった」
アパルが恋慕を宥めた。
「この間の交戦で、
ラブラは確実に敦を狙っていたからね。
これも敦には説明したけど、仮想魔源の価値に気付いて奪いに来たのだと思う。
最悪、敦が自衛で戦う場面も出てくるかもしれないから、その手段を考えないと」
「そんなの必要ないわ。
おにいちゃんは私が護る」
「意気込みは買うけど、君の魔源の目減りが想定以上なのはわかってるだろ?」
「じゃあおにいちゃんがドラゴンになって、元に戻れなくなったらどうする気なの!?」
「恋慕。確かに彼は救いようのないほど頭が悪くて、あげくロリオタでそれ以上に人として大事なものが欠落しているし時々不憫に思えてくることもあるが」
「オイ泣いちゃうぞコラァ」
「……とはいえ、
土壇場で物事を覆すなにかがある。
実際彼は一度ドラゴンの制御に成功しているんだ。変身は、最後の切り札として検討してみる価値が十分にあるとおもうよ」
「それはおにいちゃんからエナジー体が無くなれば、おにいちゃんが狙われることもないってことじゃない。
だったら――……」
そう勇んでから、
恋慕はとつぜん口を噤んでしまった。
「……え?
まだ治らないんでしょ、僕の体」
「そ、そう。
……もうちょっと時間がかかっちゃう」
あんなに怒っていた恋慕が、
何故か急に勢いを無くしてしまった。
「? 恋慕?」
「まあ、ムリに引っこ抜く事もできるって意味さ。敦の命は保証出来ないけれどね」
端切れの悪さに違和感を感じる敦に、
アパルが補足説明をしてきた。
……気のせいだろうか、
どこか恋慕を庇うような強引さだった。
「彼の中にエナジー体がある以上、あらゆる手段で彼を護らなくてはいけない。
自衛って意味も含めてね」
アパルの説得に、
恋慕は俯き加減で頷いた。
「でもおにいちゃん、これだけは約束して」
恋慕がどこか寂しそうに懇願してきた。
「絶対に……絶対に無茶だけはしないで」




