災厄の足音
今回の話に繋げる為、前話の終わりを大きく修正しました。申し訳ありませんが、今話を見る前にもう一度前話を見て下さい。
また、前話で書いたアークデーモンをキングデーモンに変更しました。
夜の帳が落ち、蝋燭の火だけが灯る薄暗い部屋。そこには数多くの資料が散らばっており、その中心に一つの人影があった。その者の名は魔人ガドウ……つまり俺だ。
「あった……」
俺の手元にあるのは一冊の本であり、題名は魔王勢力図。現存する魔王の勢力が記されたそれは、確かな厚みを持っていた。
「アンデッドの魔王ジュラハーン、魚人の魔王サハデーヴァ、ガルーダの魔王アカーシュ、エルフの魔王シルフェ……人類に属するエルフまで魔王としているのか……」
呟きながらめくったページ。そこで俺の指は止まった。
「シャドーの魔王ヴェへムート……見付けた……」
魔の平原から魔族領東の中止部までを領地とする魔王ヴェへムート。俺は父さんが死んだ瞬間を思い出し、怒りに自らの身を焦がす。
「いや、落ち着け俺……」
そんな感情に呑まれそうになるが、落ち着けと自らに言い聞かせる事で平常をなんとか保った。
「ヴェへムートはシャドーの魔王か……種族的にはかなり弱いな……だが魔王まで進化していると言う事は間違い無く今の俺より強いだろうな。詳しい情報は…………っと、やっぱり載って無いな……」
特Sランクの権限で見れるのはここまでだ。これより詳しい情報を得るにはもっとランクを上げなくてはなら無い。
「確かオーバーランク冒険者のランクを上げるにはギルドマスターの承認が必要なんだったけ……チッ、めんどうだが明日から依頼を受けるか」
どうせ冒険者となったのも情報を集める為だ。元より依頼を受けるつもりだったんだし、寧ろいきなり特Sランクまでなれたのは僥倖だと思わなければな。
取り敢えず人々が被る被害が多大な依頼を受けてみるか……
俺は明日の予定を決め、ギルドの資料室を後にした。
***
資料室から出てギルドの受付に出ると、そこには依頼から帰って来たのか、酒を飲みながら周囲の冒険者達に何やら自慢話をしている男女四人のパーティがいた。
「そこで、俺はこの剣でグランドボアをズバッとやってやったわけよ!」
「あーもーうるさいわね!同じパーティなんだから分かってるわよ!」
「ははは、ゲルダーさんはお酒が入るととにかく調子に乗りますからね……ミレイさんもそんな事で一々目くじら立ててたら体が持ちませんよ?」
「お、流石はペイソン、よく分かっているじゃないか!この馬鹿はほんっと昔からこんななんだから!」
「まあいいじゃねぇかジュラン!こうして皆無事に帰ってこれたんだ!そりゃあ酒も進むっての!」
何やら盛り上がっている男女四人のパーティ。
先程までいた資料室に、魔物図鑑と言うこの世界に存在する魔物達の情報が記された資料があった。それによるとグランドボアは単体でBランク相当の強さらしい。そんな魔物を倒せると言う事は、彼等もそれなりの実力を持つ冒険者達なのだろう。
もっとも、俺には関係が無い事なので勿論素通りしようとした。しかし、酒を飲んで酔っ払っている男の一人が俺を目敏く見付け、めんどくさいことに絡んで来た。
「んんー?兄ちゃん見ない顔だな?新人か?丁度良いや、一緒に一杯やろぜ!俺の武勇伝聞かせてやるからよ!」
そんな事を言いながら男は俺の肩に手を回して来た。
「悪いが興味無い」
俺はそれを払いながら冷たい表情で男に告げた。すると男はポカーンと言う表情になり、酔っ払ってただでさえ赤い顔が更に赤くなった。
「おい、少し生意気だぞお前!俺はAランク冒険者のゲルダー様だぞ!本来ならお前のような新人が話せるような存在じゃねーんだよ!分かったらとっとと来い!今なら一杯奢れば許してやるから!」
「ちょっとゲルダー!やめなさいよ!」
酔っ払った男は俺を怒鳴り付け、無理矢理席へ連れて行こうとする。それを女が止めるが、ゲルダーと呼ばれた男はそんな女を無視して俺を席に付けようとする。
「離せ」
俺はそう言うが、ゲルダーは一向に俺を離そうとしない。はぁ……酔っ払いってのは本当にめんどうだ。父さんが昔酒の飲み過ぎで酔っ払った時は本当に疲れた。まああの頃の俺はまだガキだったからそんな父さんも大好きだったけどな。え?今もまだ6歳じゃないかって?いいんだよ気持ちの問題だ。4年前はガキだった。いいな?
「離せと言っているだろうが。これ以上やるといい加減ぶっ飛ばすぞ」
「はっ!Aランク冒険者のゲルダー様をぶっ飛ばすって?やれるもんならやってみやがれってんだ。ま、無理だろうがな」
「ゲルダーさん!すいません、この人本来は良い人何ですが、何分お酒にとことん弱くて……ゲルダーさん!貴方がお酒に弱いのは知ってますけど、関係無い人を巻き込むのは駄目ですよ!」
そんな風に粋がるゲルダー。それをローブを着た魔法使いっぽい姿の少年が諌める。
「お前等うるさい。おっさんもいい加減にしたらどうだ。いい歳して酔っ払って他人に絡むとか、情けないにも程が有るぞ」
「ああ⁉︎このガキが、生意気言いやがって!もう我慢ならん!力尽くでわからしてやるよ!」
俺の言葉に遂にゲルダーは激昂して、腰に差してあった長剣を抜き放ち、そのまま俺に向かって振り下ろして来た。
「おい!それはまずいって!落ち着きな、ゲルダー!」
それを見た大柄な女が慌てて立ち上がるが、時既に遅く、ゲルダーの振り下ろす剣は俺にぶつかる寸前だった。
誰もが俺が切られる未来を想像して眉を顰めるが、生憎その未来を実現させるつもりは無い。
「武器を抜いたって事は、戦う意思があると考えていいんだな?」
俺は振り下ろされた武器を片手で受け止め、そのまま下からゲルダーの顎目掛けて拳を放つ。
「ぶほぁ⁉︎」
俺に素手で剣を受け止められれたゲルダーは、驚愕の表情を作る間も無く俺の拳を受けて天井に向かって吹き飛ぶ。
ガシャーン!
そんな音と共に、ゲルダーの体はギルドの天井を突き破り、2階の天井に突き刺さるようにして止まった。
「「「はい?」」」
ギルドにいた連中は皆ポカーンとなり、2階の天井に頭から突き刺さるゲルダーを見上げていた。
因みに今のゲルダーの姿は天井に頭だけ刺さり、体は宙ぶらりんになっている状態だ。うん、凄い間抜けな絵面だな。
「この騒ぎはなんだい?……っと思ったけどガドウ君、君か……」
そこにこのギルドのギルドマスターであるエステルが現れた。何故かさっき会った時と比べ、表情は暗い。
彼女は2階にいて、天井に突き刺さるゲルダーを見て驚き、下にいる俺を見て納得の表情を作る。その間も表情は暗いままだ。
「執務室の扉と言い、今回の天井と言い、あまりギルドを壊さないで貰えると助かるんだけどなぁ」
「知らんな。今回はそこで突き刺さってる男が全面的に悪いんだ。武器を抜かれたらそりゃ反応するだろ?」
エステルの小言をどこ吹く風と受け流し、視界の端に映った一枚の依頼書の元へ歩いて行く。
「おい、この依頼受けてやるからこの件はチャラにしてくれや」
そう言って依頼ボードに貼り付けてある依頼書を剥がし、エステルに見せる。
「なるほど……確かに君ならその依頼を達成出来そうだね。でもそれより君には頼みたい依頼があるんだ……」
先程から何処か暗い表情のエステルはゲルダーが突き破った穴から飛び降りて来て、懐から一枚の紙を取り出す。俺はそれを見て訝し気にするも、その内容を読みエステルの暗い表情の理由を悟った。
「おいおい……これは個人に渡すような依頼じゃないぞ……俺に死ねと言うのか?」
小声でそう告げる。俺がエステルに見せた依頼書とエステルが提示して来た依頼書はこれだ。
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〜アースドラゴンの討伐〜
内容:金属資源の豊富な山脈に住み着いたアースドラゴンを撃退または討伐する。
依頼者:麓の集落に住むドワーフ族の長老
場所:トール山脈
報酬:3百万G
ランク:S〜特S
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〜トウテツの討伐〜
内容:魔族領から迷い込んだ天災級の魔物であるトウテツの撃退または討伐。緊急依頼。
依頼者:冒険者ギルド
場所:無限回廊入り口付近
報酬:5千万G
ランク:SSS〜特SSS
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「俺はまだ特Sランクだぞ……この依頼を受けるには力不足だ。何故俺なんだ?」
小声の為、周囲にいる冒険者達には聞こえていないだろうが、彼等も俺のただならぬ表情に何か感じたのか、今は静まり返っている。
俺に視線を向けられたエステルは、やはり暗い表情で俺の質問に対する答えを告げる。
「これでも私は元特Sランク冒険者だ、人の強さは大体分かる。だけどそんな私でも君の強さと言うものが読めない。だからかな……」
エステルの言葉を俺は黙って聞く。
お互い暫く沈黙が続くが、それを破ったのは俺の方だ。
「……取り敢えず何処か二人で話せる場所に移動するぞ。ここじゃあ他の冒険者にもトウテツが現れた事が知れ渡ってしまう……それはお前が困るんだろ?」
「そうだね……ならもう一回執務室に行こうか」
俺とエステルは2階に続く穴に向かって跳躍し、ついでに今だに突き刺さったままのゲルダーを引っ張って仲間と思われる人物達に向かって投げ、そのままエステルの後に続き執務室に向かう。
執務室に着いた俺は、【超感覚】を発動させ、人が来たら何時でも分かるように警戒する。今からする話は人に聞かれてもいいものでは無い。下手したらいらぬ混乱が起こる。
「で?さっきの続きだが、あれはどう言う事だ?」
俺は真剣な眼差しでエステルに問う。エステルもそれは伝わったようで、同じような表情になり、ゆっくりと口を開く。
「そうだね……内容自体は依頼通りトウテツの撃退および討伐なんだけど……はっきり言ってこのクラスの魔物は数がいたからと言って勝てる存在じゃない。君は悪魔族の強さの基準を知っているかい?」
エステルの質問に俺は首を横に振る。
「そうか、なら説明するよ。
悪魔族の魔物はこの世界最強の種族だ。正直言って魔王ですら相手にならない個体だっている。悪魔族は強さは、その種族のランクを2つは上だと考えてもらえればいい。その中で今回のトウテツは中級種と呼ばれており、悪魔族の中ではまだ弱い方だ。それでも人類からしたらまさに天災だけどね」
悪魔族……昔父さんが言っていた。悪魔族と会ったら直ぐに逃げろ、と。
父さんは昔下級種の悪魔族と遭遇して殺されかけた事があるらしい。
「中級種ね……そのランク云々は初めて聞いたけど、悪魔族は最下級種ですら最低でもSランク相当の化け物なんだろ?中級種とかそれこそ人類じゃ太刀打ち出来無い。そんな存在に俺一人で立ち向かえとお前は言ってるのか?」
俺は視線を剣呑な物に変え、エステルを睨み付ける。
「無茶を言っているのは分かっている。だけど勇者がいない今、人類で最も強いのは君だ。さっきも言った通り、悪魔族相手に数は意味を成さ無い。君が駄目ならもう人類に奴に太刀打ち出来る者はいない」
エステルは俺の視線に少し気圧されるも、気丈な態度を崩さず、真っ直ぐに俺の視線を射抜いて来る。
見詰め合う事数分、先に目を逸らしたのはエステルだった。
「私だって幾ら強いと言っても、新人の君一人に行かせるのは心苦しい……悔しいけど私を含め、幾らオーバーランク冒険者でもトウテツ相手では足手まといにしかならない。でも奴を放置していると間違い無く人類は滅んでしまう。頼む、お願いだ……」
エステルは頭を下げ、涙を零しながら俺に頼み込む。
「……」
正直言って人類が滅びようが魔人たる俺からしたどうでもいい事だ。だからここでそんな事知った事かと跳ね除けるのは簡単だ。だけどまだ俺は人類の強者を喰らった事は無い。それにここで人類が滅びるてしまうと、魔王ヴェへムートの情報を魔族領に行って自力で集めなければならなくなり、非常にめんどくさい。
「……はぁ……分かったよ、行くだけ行ってやる。だけど期待はするなよ?先に言っておくが俺でもトウテツクラスの化け物には勝て無い。死ぬと感じた瞬間、俺は直ぐに逃げるからな」
「え?本当に行ってくれるのかい?」
俺は一つため息を吐いてこの件を了承する。……俺今度こそ死ぬかもな……と言うかエステル、お前が頼んで来たのに、きょとんとするな。
「ありがとう……ありがとう……」
エステルは何度も何度も頭を下げ、お礼を述べる。
「ふん、礼なんて不要だ。これも冒険者としての仕事だからな。……まあ登録初日でいきなりこんな依頼を頼まれるとは流石に予想出来無かったがな」
俺は少し照れ臭くなってぶっきらぼうに告げる。
「なら俺はもう帰るぞ。明日の朝には無限廻廊へ向かう。だがもう一度だけ言っておくが、俺でも恐らくトウテツには勝て無い。その事だけはよく頭に入れといてくれ」
そう言って俺は執務室を出て、そのままギルドの外へ向かう。その途中で先程絡んで来た冒険者の仲間と思われる奴等が謝罪をして来たので気にするなとだけ伝えておいた。
ギルドを出た俺は適当に宿を取り、部屋に入ると同時に襲って来た睡魔に身を委ねた。
数日後には天災級の魔物、トウテツとの邂逅だ。世界最強種族である悪魔族との殺し合い……はっきり言って勝ち目は無いが、簡単に殺されてやるつもりもない。そう決意し、俺は眠りの海へと落ちて行った。
短い話で申し訳ありません。しかしトウテツ編に入るときちんと長くなるのでお楽しみに!




