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雨の冠  作者: 桃宮
6.微睡む太陽
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16 酒ゲット

 私は頑張った。本当に頑張った。あの王様相手に敢闘した。結局駄目だったけど!

 そして塔に帰ったら、その頑張りが全て無駄だったと発覚した。


 その夜ジルフィーの立会のもと例の儀式に甘んじていた私は、まだ眠気が来ない内に水読に「今日はこの辺りにしておきましょう」と告げられた。水読から終わらせるなんて珍しいと思いつつ、骨ばった手首から唇を離す。私の体調不良があったから何か調整してるのかもしれない。

 しかし部屋に下がり着替えを済ませた頃、その手によってドアが叩かれた。


「何か用ですか」

「大事なお話があります」


 ほう。


「長くなりそうですか?」

「そうですね、ミウさんとはいつでも夜明かししたい気持ちですが……」

「手短にお願いします寒いんで」

「部屋に入れて頂ければ温めて差し上」

「何の話なんですか? なんでここって暖炉無いんですかね」


 開けないでと釘を刺し、急いでガウンを着てベッドから湯たんぽと毛布を持ち出すと、ドア口の椅子に膝を乗せた。

 早く話せと促すと、テンションと好感度ダダ下がりの私に断って水読がドアを開けた。学習したらしくそーっと押し開ければ、コツンと椅子に当たって止まる。それについてまた何かごちゃごちゃ言われたけど、スルーするとして。


「ミウさんの体質についてです。今朝は少し嘘をつきました」

「……はい?」


 嘘ってどの辺が。少しってどのくらい。というか何のために。


「半分くらいでしょうか。ミウさんがいつもここへ戻ってこられるように、城には毎晩必ずこの部屋で眠る必要性を念押ししておきました。どうもあちらの方々は、貴女の承諾さえ得られれば後はどうとでも出来るとお考えのようですので。押し切られてミウさんを連れて行かれたら、僕は都を水没させますからね」


 やめてくれ。

 しかしまさか、水読が既に手を回していたとは。

 水読によれば、今朝怠かったのの半分くらいはやっぱりお酒のせいだったらしい。一晩ここを離れたくらいで、私が体調を崩す事はないそうだ。

 ただ水が減っていたのは事実で、それは恐らく王様と一緒に居たことが関係している。


「王弟殿下とは違って、レオは読みにくいんです。掴めないと言いますか、水を奪うだけ奪って殆ど痕跡が残らないので」


 王様の力が私に作用した場合、水が減ってぽっかりスペースだけ空くらしい。クラインやアルス王子は、以前実証されたように場合によっては火が残る。尤も、これは水読の感覚を言語化しただけの説明なので、私は体調に出ない限り分からない。


「彼に触れましたか?」

「いえ……」


 クラインになら少し触ったけど。何も言われないので、影響はなかったようだ。

 王様の夢の件を話そうと思い、その前に嘘を吐いた範囲について尋ねる。


「水読さんがリコ達やアルス王子を信用しないのは、城側だからわかるんですけど、ジルフィーも信用してないんですか?」

「彼に迂闊に事情を話さないよう気を付けてください。あの塔兵は少々口が軽いようなので」


 ……あんなに口重い人、見たことないですけど。


「水読さんは、彼をどう思ってるんですか」

「端的に言えば嫌いですね。貴女の傍に置かれているのが気に入らないです」


 何そのごく個人的な理由。


「ただ、ミウさんのご帰郷を叶えたいという点では合致しています。そこを見込んである程度は手を結んでも良いと思っていたのですが、僕以上に手段を問わない姿勢が見えましたので考えを改めました」

「それって、ジルフィーが水読さんより王様を信用してるって話で合ってます?」


 要するに、万が一私が王様の婚約者として城に移されたとしても水読の横に置いとくより安全って思ったんでしょ? うん、まともな思考に思えるな。彼に違和感を覚えたのは、私も同じだけど。

 因みにジルフィーは先ほど王様の部屋から戻る際、帰らずに待っててくれたのだった。まあ、私が帰って良いと言った事が肝心だと思う。


「一晩くらい離れてても平気って、どうして私には教えてくれたんですか?」


 水読は私をここに留めたいんじゃないのか。私ごと騙せば話は早いのに。

 答えの代わりに、水読はドアの隙間から手を差し出した。何か小さな瓶のようなものを摘んでいる。


「なんですか?」

「お酒です。こちらの危険性を正しく理解して頂きたかったので」

「えっ……」

「ミウさんに今後酒類が出される事は無いと思いますが、摂取してしまった際の対処法をお教えします。それから、どの程度で体調に影響があるのか知っておいた方が良いでしょう」

「それ、私もそう思ってさっき、お酒くださいって掛け合ったんです! 貰えなかったですけど」


 簡単に先ほどの事を話すと、水読は手を引っ込め、ドアの向こうで苦笑する。


「今の国王がレオで良かったですね。数代前のように好色でしたら、今頃僕が寝室に乗り込んでますよ」

「…………」


 数代前の王様とか知らないし、水読にだけは好色とか言われたくないと思う。


「朝も言いましたが、お酒は簡単に口にしないでくださいね。特に人前ではいけませんよ。では早速試してみましょう、客間へどうぞ」

「今の所、あなたの前で飲むのが一番問題だと思ってるんですが」

「どうしてですか? 私は、眠っている女性に何かしようなんて思いませんよ。せいぜい一晩中寝顔を眺める程度です」


 十分嫌です。






 目薬くらいの大きさの瓶を開け、蓋を手の甲にチョンチョンと付けて舐める。花のような香りの、甘いリキュールだ。口に味が広がると同時に、フワッと眠気と高揚感の走りのようなものを感じた。


「わかりますか? 飲酒から来る眠気と、僕の力から来る眠気は種類が違うはずです」

「……うーん」


 水読にはハッキリわかるんだろうか。私は正直、そんな明確な違いは感じられない。

 悩みに悩んだ結果、私は客間のソファに座っていた。部屋に引っ込んだ状態では、お酒は与えられないと言うので仕方ない。確かにあの椅子の上で意識が落ちたら、見張りのおじさん総動員でドアごと押し開けられる未来が想像できる。ほっといたら多分、起きる前に凍死するしね。

 ぽわっとなりながら「違い」とやらを必死に探る間に、水読は水差しからグラスに水を注いだ。


「水読も回りは早いですが、自力で薄められるので毒や酒で命を落とす事はまずありません。ミウさんはこちらにいらした当初お酒を召し上がっていたと聞いたので、それ以上強くなる事はあっても弱くなるとは思いませんでした。浸透の良さだけが強調されたようです」


 水読が循環する地下水だとすれば、今の私の体はそれよりずっと小さな水溜りのようなもの。


「ご自分で『汲み上げ』られれば、問題ないんですけどね」

「それ、全く出来る気がしません」

「ではやはり、私を媒体にするのが一番でしょう。昼間はあまり上手く行きませんが……体に悪いものを摂取したら、ひとまずは水を沢山飲んでください。物理的に薄めるのは効果的ですし、意識が落ちる事も無いので安全です」


 水読がグラスに口を付け手ずから飲ませた行為は、実際の水に微量ながらその力を乗せ水読とリンクさせる為だそうだ。私の体と水読間に「流れ」が出来るとかなんとか。よくわからないけど頷いておいた。

 とにかく“泉の乙女”は、体質的にお酒の影響を受けやすい。

 アルコールは燃える水。

 火と水の間のものだから同調しやすいのでは、というのが水読の見立てだ。手の中の小瓶を見る。透き通った液体が幽かな虹を浮かべ揺れている。

 ……水読、“泉の乙女”について色々知ってるなあ。本当はどこまで知ってるんだろう。


「水読さん。この前言ってた77日っていうの、何ですか」

「伝言の事ですね。どなたかから聞きましたか?」


 微笑んで問われ頷く。私をこの部屋に置く期間として、水読が提示した日数。何気なく切り込んでも、特に動揺は見られない。


「77日は、先代の“泉の乙女”が定めた節目です。今言えるのはそれだけですね。私が存じ上げているのは以前もお話しした通り、その“悲恋”のお一方だけですよ。それも大した事は知りません、せいぜいお名前と“引力”をお持ちだった事、それから故郷に帰りたがっていて実際にご帰還なさった事くらいです」


 ふーん……。


「もう飲まないんですか?」


 瓶の蓋をする私に、水読が尋ねる。


「ここではこれ以上試したくありません。私が水読さんのこと信用出来ないの、水読さんのせいですからね」

「ええっ。僕はそんなに危険な男じゃないですよ」

「これ、貰っちゃ駄目ですか?」


 思い切って聞くと、水読はしばし考え承諾した。疑われるかとドキドキしていたけれど、大丈夫だったようだ。


「どの程度でどんな影響が出たか、教えてください。但し、扉の前に椅子を置いてから試すのはやめてくださいね。下階で、あのお嬢さん方に断った上で試してください。それから、一度に全て飲まないと約束して頂けますか?」

「はい」


 小さな瓶だ。最初から一口に満たない量しか入っていない。

 小瓶を握りしめた手をガウンの袖に引っ込め、私は湯たんぽを抱え直した。王様の夢の話は、敢えて胸の内に留めて席を立つ。

 目的を悟られたらきっと、水読はこの瓶をくれないだろう。



 ◇ ◇ ◇



 栗大臣が張り切っているので、王様と会うのは難しくない。

 翌々日の午後、大臣が会談を申し込んできた。カモフラージュなのか本当に用があったのか、あのお爺ちゃん神官も一緒だ。今日も今日とて稲作について質問される。

 言っても、そろそろ本当に話すことがないんですが。些細な事でも何でもいいと言われ考えてみるが、カモが泳いでトンボとか飛んでるコテコテの田んぼイメージしか浮かばない。

 じゃあ稲の付く言葉。稲妻とか? 稲光? 稲荷? 他に何かあったかな?

 稲妻と稲光は同じ単語に翻訳された。「ディアー」みたいな発音で、意味は単純に「雷」。

 日本では確か、稲光が飛ぶとお米が豊作になるとかいう由来があった気がする。迷信ぽいけど言葉があるんだから少しは根拠もあるかもしれない。

 稲荷は翻訳されなかった。信仰の違いのせいか「神」という言葉が思ったように伝わらないので諦める。

 後は、昔家族で蓮華畑に遊びに行って、蓮華草を水田に植えると地面が肥えるとか教えてもらった。ただそこは養蜂農家でお米作ってなかったなあ……。


 さて、そろそろ本当の本当に私の知ってる事は出尽くしました。後はせいぜい、白米に合うおかずくらいしか話題ないです。

 全員がその結論に達するまで散々唸り、やっと解散になる。会談中メモを取り巻くっていたお爺ちゃん神官は、私に何度もお礼を言って帰っていった。

 栗大臣は目配せして出ていき、夕方に迎えを寄越してきた。王様のオフタイムをどうにか捻り出すと、すぐ私の所へ持ってくるという寸法だ。


 私は会食への出席を承諾した。出かける前、腰帯の中にあの小瓶を忍ばせて行く事を忘れない。


「やっぱり駄目でしょうか」

「お前も案外と諦めぬな」

「本当に、ちょっと眠くなるだけなんですよ? この前、水読さんとも話したんです。害になる程飲みませんから」


 前回とほぼ同じ状況下で、再び王様に「お酒ください」と交渉する。後々使えるかもしれないし、出来れば瓶の中身を減らさない方向で行きたかったのだ。断られたけど。

 仕方がないので、帯の中から小瓶を取り出す。昼間見た時は薄紫をしていた中身は、今は淡い虹色だ。同時にそろっと席を立ってみた。王様が小瓶を見て背もたれから身を起こす。


「一応尋ねるが、それは何だ?」


 凄むの止めてください。怖い怖い。


「えー……全部飲んでも、朝までぐっすりという程度のものです。今回は少しだけしか飲みません。私が寝たら……」

「渡しなさい」


 すっと立ち上がった王様に、私は引き攣った笑顔を貼り付け後方へ逃げた。


「私が眠ったら、王様も眠くなるかもしれませんし、ならないかもしれません。もし王様は眠られなかったら、大変お手数ですが私の事は叩き起こして頂けますと……」

「どこから手に入れた?」

「水読さんです」


 間違ってもリコやサニアじゃないですよ。やや早口になりながら後退る。

 王様の唇はいつものように微笑んでいるが、ちょっとだけ眇められた目がコワイのだった。じり、じりと部屋の端にゆっくり追い詰められながら瓶の蓋を取り、その辺に置かれたソファの背に手を掛ける。

 私はこれを飲んだ瞬間グラグラするだろう。適当に座った方がいい。けど王様は? もし眠くなったとしても、まさか歩いてる最中にぶっ倒れるという事は無いよね? 寧ろ起きててくれますように。


「全く、お前は……どうしてもと言うなら、それなりに手配をするから押し通すな」

「すいません本当に」


 今じゃなきゃ困るのだ。何故だか、この実験に水読を同席させては意味がない気がする。完全に駄々っ子を見るような顔の王様にその根拠の無い理由を告げて、果たして効力があるだろうか。

 何にしても、起きた後が怖いな……。

 怖気づく思考と大きな手が追いつく前に、私は瓶の中身を一息に煽った。


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