表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨の冠  作者: 桃宮
6.微睡む太陽
55/103

2 眠らぬ王

 翌日、私は早速その大臣という人と面会していた。

 場所は、塔の応接室を借りている。なんとなく堅苦しい会議みたいなものを想像していたが、実際はそんな事はなく、普通にお茶を飲みながら普通に話す感じになっていた。

 そして出席者の視線は、机の上に置かれたある物に注がれている。


「多分、稲じゃないですかね」

「イネ? 麦とは別のものでございますか?」

「はい。この実を見る限りはですけど」


 私のコメントに頷くのは、小太りで禿げ頭のちょっと可愛らしいおじさんだ。この人は農業とか食べ物とかの仕事をまとめる大臣で、名前はマロンさんと言う。名前もちょっと可愛い。聞いた時、脳裏に「栗大臣」というニックネームが即座に浮かんだのは、決して私のせいではないと思う。なんかこの人、目がくりくりっとしててそれっぽいんだよ。頭もつやつやしてるし。

 その栗大臣と共に見ていたのは、日本でもよく見る穀物の穂だった。

 曰く、かつて”泉の乙女”によってもたらされたらしい。そしてそれをここへ持ってきたのは、栗大臣の隣に座るもう一人、よぼよぼのお爺ちゃん神官である。


「こちらは”悲恋”のお方から賜ったと伝え聞いておりますが、定かではございません。塔で長年細々と繁殖させておるのですが、育成が大変難しく絶やさぬだけで精一杯で……」

「へぇ……」


 私はしげしげと穂を眺めた。お爺ちゃんに許可を貰って中身を一粒だけ取り出すと、見慣れた形の実が出て来た……どう見てもお米である。

 私は米粒を前に考え込んだ。


 その言い伝えが本当なら、”泉の乙女”ってやっぱり日本人っぽい。

 ”悲恋”は日本から、稲穂かお米持ってこちらに来たんだろうか。ていうか物を持ち込めるのか。全裸で呼び出された身としては少々気になる所ではある。まあ、こっちにある植物を探し当てただけかもしれないけど。その辺詳しく聞きたかったが、はっきり分かってないんだそうだ。仕方ない。


 話は戻って、穀物について。

 大臣の方は、いつかまた日照りが起きた時の為に効率的な農業について知りたいらしい。でも残念ながら、私がそんな事を知っているわけがない。

 お爺ちゃんの方は、この”乙女”の残した植物について何か知っていれば教えて欲しいという事だった。こっちはまだ、少しくらいは協力できそうである。


「私の国の主食に、とてもよく似ているんですよね」

「然様でございましたか!」


 ちなみにメルキュリアの主食は麦だ。麦は水捌けの良い土地と日光を好み、水が多すぎると上手く育たないとか。しかしその性質のお蔭で今回、旱魃に遭っても何とか収穫まで漕ぎ着けたと言える。


「やはり、気候の違いでしょうか……その他にも随分性格が違っておるようで。麦は今時分に種蒔きをしますが、”乙女の麦”は発芽が早く冬を越せんのです。そこで、春に蒔くようにしております。またこれは大変水を好く穀物で、水を切らすと枯れてしまいます。ですから畑が広くなりますと、とても手が追い付かず……」

「なるほど……」


 今は塔の敷地内の畑で、徹底管理して栽培しているらしい。そう語るお爺ちゃん神官に、私は田んぼの存在を説明をした。いや、説明するほどは知らないんだけど、うちでは稲は水の中に浸かりっぱなしで育ってますよとね。

 するとまたお爺ちゃんと栗大臣、盛り上がるのなんのって。


「水に浸けたままで、根が腐らないのでございますか!?」

「わかんないですけど、多分……」

「聞かれましたか大臣殿! 来春から早速、その方法を試して参りましょう! 麦の根は水に弱いとばかり思っておりましたが」

「そうですな……もしそういう事なら、沼地が活用できまする。南方で穀物が取れるようになれば、随分違いますぞ!」

「おお、春が楽しみですのう!」


 何か、お役に立てたでしょうか。大いにはしゃぐ老人達を見守りつつ、私はその未来に思いを馳せる。……さすがに来春は、いないよね? 私、その頃には帰国してるよね? あと半年も先だもんね?

 何度もお礼を言われる中でちょっと不安になりながら、そのお茶会は無事終了した。


 と思ったら、またしてもそうでは無かった。

 お爺ちゃん神官が挨拶を述べて退室した後も、栗大臣はまだ残っていた。何でもここからが本題らしい。


「お時間を頂戴致しまして相済みません。実は”泉の乙女”様に、折入ってご相談があるのです」

「稲作以外にですか?」

「はい」


 潜められた声は、ポカポカ陽気の応接間に何となく深刻な響きを持って広がる。何だろうと少し興味を引かれた所で、大臣は意外な申し出を切り出した。


「レオナルド陛下に、ご休息を取って頂きたいのです」

「……休息? 王様に?」

「然様でございます。ミウ様がいらっしゃるより前、日照りが続き水読様が眠られた頃から、陛下は殆ど眠っておられません」

「えっ。本当ですか」


 水読って、私が呼び出される何週間か前から眠ってたんじゃなかったっけ? それを抜かしても、かれこれ2か月にはなる。


「王様のお仕事って、そんなに忙しいんですか……?」


 驚く私に、栗大臣は気落ちした様子で頷いた。


「特に旱魃の前後は、城も塔もそれはそれは大変なものでございました。不甲斐ない事でございますが、その時期、レオナルド陛下のご慧眼と敏腕無くしては国が立ち行かなかったと痛感しております」

「そうですか……」


 あの人、どこからどう見ても仕事出来そうだもんな。そう言えば朝食に呼ばれていた頃も食前に仕事してたし、その後も食事中くらいしか暇が無いという感じだった。


「後々の対応もございますので、現在も城はまだまだ混乱しておりますが、この頃はようやく幾らか落ち着いて参りました。しかし陛下は未だ日付の変わる頃にお休みになられたかと思うと、日の出よりもずっとお早くお目覚めになり机に向かっておられます」


 最低6時間は寝ないと丸一日使い物にならない私に比べ、なんというショートスリーパー。やはり超人か。それが本来のペースならいいんじゃないのかと思ったが、以前はそこまででは無かったと聞いてちょっと考える。この大臣も他の側近たちも随分気を揉んでいて、休んでくれと何度も頼んでいるのだが、王様は「どうせ眠れない」と笑うばかりだそうだ。


「ですのでもう気懸かりで……陛下の最近のご様子が、先代様に重なるのでございます」

「……どういう事ですか?」


 先代国王と聞いて私が思い出すのは、結構早く亡くなっているという事だ。


「ええ、その通りでございます。彼のお方は晩年、殆ど眠っていらっしゃらなかった。私共は皆、レオナルド陛下が同じ道を辿られるのではないかと案じているのでございます」


 栗大臣はドア口に待機しているハノンさんを少し気にしながら、声のトーンを落としてそう言った。うーん、でもそれを何故私に言う。


「ちゃんと寝るように説得してくれという事ですか?」

「ええ、ええ、まさに。少々立ち入ったお話で失礼を致しますが、以前、陛下がミウ様をお見舞いなさったと伺いました。その際に陛下は、少し眠られたとの事でして……」

「あ、確かそうでしたね。なんか椅子でうたた寝して、会議終わっちゃったとかって」

「そうなのです! そのような事は初めてでしたので、一同大変に驚きました次第で」


 大臣は、そのつぶらな目をキラキラと輝かせて熱く語る。


「恐れながらミウ様に、皆こぞって期待させて頂いているのでございます。さすがあの陛下がお心を寄せられたご婚約者様だと……」

「……ちょっ、ちょっと待ってくださいその話」


 声、落として落として! ドア口をチラッと横目で確認しつつ、私は大慌てでジェスチャーする。予想だけど、ハノンさんはあの偽の婚約話を知らないと思うのね。で、この大臣達はその婚約が偽物だって事を知らないのね。

 挙動不審な私に、栗大臣は不思議そうながらも声のボリュームを落とした。


「ですが、陛下が執務時間中に眠られるなど、これまでは考えられぬ事でしたのです。ミウ様の前でしたらきっと、お仕事も忘れて安らげるのではないでしょうか」

「いやあれは、日頃の疲れがたまたま限界突破しただけだと思いますが」


 これが例えばリコとかだったら、あのおっとりした雰囲気で癒されるとかあるかもしれないけど。”泉の乙女”の肩書がある以上、私の存在って彼にとっては寧ろ仕事その物じゃないのか。


「いいえ、そんなはずがございません。陛下は私共がどれほど口を酸っぱくしてご提言しても、ご婚約などと仰った事などありませんでした。お見合いをお薦めすれば一言『やだ』などと仰って丸投げされて……はぁ……無理やりご令嬢を引き合わせれば、どこをどうなさっているのか数日後にはそのお相手と別のご子息のご縁談をまとめている始末で。もう私共の手には負えないのでございます。もはやミウ様以外に希望は……!」

「ちょっ、だからその」


 声!

 ていうかそんな事情言われたって、こっちだってそんな恋とか愛とかが理由のソレじゃないんですよ。

 若干政略結婚を歓迎するような節も見受けられたけど、あれは冗談の範疇だろうし、私、帰るって断言したし。……ん、だからこそ偽の婚約とかオッケーしたのか。あの人もしや結婚する気無いんじゃ。

 いっその事その話をしてしまいたいが、王様が伏せている話を私が暴露するのはなんか怖い。

 しかし眠らせるとかは無理、本当に無理、とにかく無理と苦しい言い訳をする私に、栗大臣は諦めなかった。


「いえ、きっと何かございます」

「や、無理ですって」

「いえいえ。ミウ様は、眠りに近しい水の御方でございますから、あるいは」

「えっ」


 あ、そっちの可能性をすっかり忘れていた。そうだ。確か水読はよく、夜や眠りが管轄とかなんとかかんとか言っている。となれば”泉の乙女”も、そういうのあるかもしれないのか……。


「この際、眠って頂くのが無理でしても、ミウ様がご一緒でしたら陛下もお仕事の手を休められるかと思われます。どうかご協力してくださいませ! 今代は、例え細くとも長く続かねば。あの方に頼り切りの治世を造り変えねばならぬのです」

「そうですね……」


 とりあえず、睡眠についてちょっと水読に聞いてみるか。でも承諾はしてないからね。出来るって言ってないから。

 くりくりの目を潤ませて拝み倒してくる大臣に、私は小声で何度もそう繰り返した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ