11 火と水の関係(2)
王様のせいで、雨が降らない……?
「内緒ですよ。本人も自覚がないでしょうし、もしあっても、どうしようもないはずですから」
水読の言葉に、私はこくこく頷いた。でも内緒なら、私にそれを言ってもいいんだろうか。
「ミウさんは“泉の乙女”ですからね。知っておいて頂きたい事です。創世の神話は耳にされましたか?」
「はい、一応……」
王家の始まりと神話は、あの人が教えてくれた。
水読はそれなら、と話し始める。
「現在の国王陛下は、太陽の血筋として最高地点と言っていい素質を持って生まれました。だからと言って、ご自分の意志で天候を操れるという事はありませんが、これは歴代の王達と同様ですので問題ありません。王族とは、存在するだけで力を発揮しているようなものですから。――ただ彼の場合、その力が遺憾なく発揮されすぎているんですよね。ミウさん、私を起こした時、国王陛下から圧力のようなものを感じませんでしたか?」
「感じました」
なんとも表現しがたいが、あれはすごく印象的だった。水読は、それが王様の持つ「日の力」だと言った。
「陛下の力は太陽と連動しているんですよ。王族とはそういうものなんです。今、空は彼の力に満ち、水を退けています。因みに先ほど”呪い”の話が出ましたが、弟殿下方は太陽に干渉していません。空の火は陛下一人で十分足りていますしね。お二人の力は外に出ず、体に返っているのでしょう」
王族は水読の太陽バージョンと捉えればいいのか。しかし水読と違って自覚して力を駆使できるわけでは無いようだし、既に3人もいるからややこしい。”呪い”とかいうのもあるし――というか結局、”呪い”って何なんだ。「太陽の血」が濃い人ほど出るんじゃなかったの? その割には、王様には無いみたいだけど。
「クライン殿下やアルス殿下は……そうですね。言わば、最高地点から折り返してしまったという所です。何事もそうですが、度を過ぎると害になりますよね。彼らは器よりも力のほうが多かった為に、過分があの”呪い”となって現れてしまったようです」
「なるほど……」
原因は近親婚による遺伝子の異常かと思っていたけれど、やっぱり何らかの”力”の問題なのか。改めて私の常識が通じない世界だ。
「でもそれなら、これまで雨はどうやって……?」
私が来る前にも王様はこの国に居て、水読は“泉の乙女”無しに空へ干渉できない。
「私が眠る前までは、日の強さもこれ程ではありませんでしたから、雨は普通に降っていました。私は水を地表に汲み上げるだけで良かったんです。日の光で池や湖の水が乾くと、空の水が増えるでしょう? すると雲が出てきて、時々太陽に打ち勝ちます。そこで雨が降りますね。でも私が眠ってからは、国中の水の露出が減りました。それで幾ら太陽が照りつけても雲に回る分の水も減ってしまって、雨が降らなかったんです」
地表の水の量が、雨に関わっていた。これは割とシンプルな話だ。
「時期も良くなかったですね。太陽が強まる夏に、私が地下へ潜らなければいけませんでしたから。地上の水量が減っただけでなく、空から水が遠ざかった事で、これまで釣り合っていた水と火の関係が崩れてしまいました」
つまり、バランスさえ整っていれば、“泉の乙女”無しでも雨が降ると。
「今は、水読さんが起きたから調和が戻るんですか?」
そういう事なら楽なんだけど。
しかし水読は困ったように微笑むだけだった。
「暦の上では夏は終わりましたから、冬に向けて日の力が弱まっていく可能性は高いです。ですがどれだけ時間が掛かるかは不明ですし、必ず戻るとも言い切れません。私が起きたことで力の釣り合いが取れるのであれば、水位を戻した今、既に調和が戻っていても良いものですから。もしかしたらメルキュリアは、湖水や川には水が豊富にありつつも、常に気温が高く滅多に雨が降らないという気候になるかもしれませんね」
「ええっ」
「でも今はミウさんと私で干渉できますから、また状況は変わるでしょう」
なるほど。でも……。
「今後は私がいなきゃ雨が降らない、とか……?」
もしそうだったら、とても困るんだけど。
「わかりません。雨を降らせるなら、しばらくはお手伝い頂くことになると思います。太陽の強さが以前並になるまで。そして、対処方法ですが」
水読はにこっと私に笑い掛ける。
「ミウさんの器――体は“泉の乙女”ですが、今の所その内面は水でも火でもありません。ですが前にお話した通り、本来“泉の乙女”は水読と同等の力を持っていたそうですから、基本は水に親しむ性質のはずです。それを利用して地上の水の気配を多く保っていれば、火の勢いを抑えることが出来るのでは、と考えているのですが」
「と、言うと……?」
「ミウさんをしばらく水寄りに保ちます。恐らく水読が二人、そこまで行いかなくても、一人と半分くらいには増えたような効果が得られると思います」
私は、水道と空のコップを思い浮かべた。
コップの中に、蛇口から水を注ぐ。
すると、水道が増えた訳ではないが、その場にある水は増えたことになる。
コップは私だ。水道の蛇口は水読。
よくわからないけど、水読を起こしたときの激流を思い出せばそう不思議ではない。多分何らかの手段で私の体を、水読の言う「水の力」で満たすことが可能なのだろう。
「でも、そのしばらくと言うのはどれくらいですか?」
「申し訳ないですが、はっきりしたことは言えません。二週間かもしれないですし、三ヶ月、半年……もっと、かもしれません。ただ冬が来ますから、そこで大きく変わるとは思いますが」
「半年……」
思わず黙り込む。
水のことも気になるし、掛かる時間も気になる。そして、個人的にはもっともっと重要な気懸かりがある。
「あの……私、元の世界に戻れるんでしょうか」
帰れるのかもわからない。そしてそんな重要な役割があると知れれば、帰して貰えないかもしれない。そういう意味で、答えを聞くのが非常に恐ろしい質問だった。
「戻りたいですか?」
恐る恐る尋ねると、水読は少し寂しげに笑った。私は頷いて見せる。それ以外の返事はあり得ない。家族や友達と二度と会えないなんて嫌だ。
「どうしても?」
「はい」
それはもう。
「……わかりました。故郷は大切ですよね」
水読は苦笑して指の背で私の頬を撫でた。
「結論としては、戻れます」
「本当ですか!?」
「ええ。私が地下の泉に水を汲み上げて、ミウさんがそこに入れば帰れるでしょうね。でも、今戻るのはお勧めできません」
「…………」
それはそうだ。こちらの水事情に目処が付かなければ、この人だって許可しないだろう。……しかし、その理由がそれだけではないことに私は気がつく。
「“泉の乙女”の『引力』……」
「はい。ミウさんがここを去れば、ミウさんの世界にまた水が流れます」
「じゃあ私、どちらにしてもずっとここに居なきゃ駄目なんですか……?」
私は絶望的な気持ちで、水読を見上げた。その瞳には、相変わらず星のような不思議な光が瞬いている。
「ああ、泣かないで」
水読が優しく言う。
「方法が無いわけではありませんよ。そのために、月があります」
「月……?」
「はい。二の月――“乙女の月”は、“泉の乙女”が作ったためにそう呼ばれるわけですが、その力についてはご存知ですか?」
「確か、雨を降らせるって……」
違ったかな……? 小さい不思議な月を見て説明してもらったのは、あの植物が茂る城壁の中のテラスだ。輝く淡い金髪と、涼やかな声が蘇る。彼はもうちょっと別の表現をしていたような。
「水を、寄せる?」
「その通りです」
答えると水読は、よく出来ましたとばかりに微笑む。
「水を寄せるということは、つまり引力がある、ということです。……”乙女の月”は、私が生まれる前から、長らく天頂に昇っていません」
「え……確か、雨が降っている時は空高く昇ると聞いたんですが」
「いいえ。実はこれまではずっと、あの月無しで雨が降っていたんですよ。あれは本来、雨の為にあるものではありませんから。私は以前、地中の水がミウさんの世界に漏れないよう留める力が、二つあったとお話しましたよね」
「はい」
「消えてしまったその一つは、あの”乙女の月”の代わりを果たすものでした。機能していない月を動かすことができれば、その『引力』と私の力とで、水を保てます」
“乙女の月”には、そんな役割があったのか。そしてやっぱり、動かさなければいけないんだな。
「どうやったら、それを動かせますか……?」
「申し訳ないのですが、それはわかりません。この件はまさしく、王家でも水読でもなく“泉の乙女”の管轄です」
その言葉に、がっくりと落ち込む。この人でも知らないのか……。
結局、以前と同じ問題にたどり着いてしまった。解決策はわからない。
……でも、希望が消え失せたわけじゃない。
命の心配までしなければいけなかった以前に比べたら、格段に前進したではないか。どこをクリアすればいいのか、焦点が絞れただけでもマシだと思わないと。
「何か方法があるはずですよ。私もご協力しますからね」
「はい……」
慰める声に強く頷くと、水読は少しホッとした様子で同じように頷いた。
「関連して、ミウさん、一つお願いがあるのですが」
「はい?」
そして、突然思いもよらぬ提案を持ちかける。
「この部屋に、私と一緒に住んでくださいませんか」
「えっ」
一緒に住む、って。なんで……?




