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雨の冠  作者: 桃宮
3.水に消えた過去
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5 事件の真相

 さて、歩き出して2時間半というところか。時計代わりに、刻々と天頂へ近づく月を見上げる。

 森を抜けると道が平らになった。都が近いらしい。私は足を引きずるようにして、何とか歩いていた。慣れない革靴での長距離は過酷で、一歩踏みしめるたび足の裏が刺すように痛む。疲労困憊なのはアルス王子も同様で、先程からずっと無言だ。

 そんな時、前方から何やら音が近付いてきた。息を呑み耳を澄ませる。どうやら蹄の音らしい。


「……隠れるぞ」


 腕を掴まれ、早足に道端の木の影へ引き込まれる。アルス王子はじっと息を潜め、道の先を伺っている。

 先ほど逃げた男だろうか。それともただの通行人か、城の捜索関係者か。

 しかし、どうやらそのどれでもなかったようだ。通り過ぎる馬達を見た途端、アルス王子ははっとして道に飛び出し叫んだ。


「ブロット!!」


 すると馬上の人物は手綱を引き、すぐさま馬頭を返してこちらへ戻ってくる。どうやら知り合いらしい。


「アルス様―――――!!」


 馬は二頭いたが、乗っているのは一人きりのようだ。叫びながら戻ってきて馬を急停止させるやいなや、転げるように飛び降りる。

 それは一人の男性だった。前合わせの簡素な長い装束、神官のようだ。年は30半ばから40歳くらいだろうか。背は高いが貧相なほど痩せていて、ギョロッとした落ち窪んだ目が陰気な印象だ。しかし今、その瞳は歓喜に満ち溢れ輝いている。


「あああアルス様、よくぞご無事で!!!」


 彼はガシッと両手でアルス王子の肩を掴むと、感極まった様子で再会の喜びをまくし立てた。私はそれを呆気に取られて見る。すごいテンションだ。アルス王子もちょっと引いてるような。


「わた、わたくし……アルス様はも、もう駄目かと……!! 本当に、本当に良かったああぁ」


 男性はそのまま盛大に取り乱し、最終的には泣きだした。よほど心配していたのだろう。驚き顔だったアルス王子も、なホッとした雰囲気になる。親しい人物のようだ。

 しかし。


「そちらの方は、“泉の乙女”……? 何故……?」


 アルス王子以外眼中になかったその人が、はたと私に気がつく。


「この方が生きておられれば、またアルス様を害そうという輩が出ましょうに!! 始末は、このブロットめにお任せください!」

「げっ!?」


 私の味方ではなかったかー! 縮み上がる私を、アルス王子が片手に庇う。


「やめろ。こいつはもういい」

「しかし……!」

「それより他に聞きたい事がある。何故俺が殺されかけて、お前はどうしてここへ来た」


 腕を下ろし張り詰めた声で尋ねると、男性はもう一つポロリと涙を零す。


「は、はい……お詫びの申し上げようもございません……一重にわたくしめの不徳の致す所でございます」

「釈明しろ」

「は、はい!」


 男はしきりに頷き、ポケットから白いスカーフを取り出して几帳面に涙を拭きながら語り出した。


「先ほど、城にあなた様の乗らぬ馬車が到着しました。御者は勿論、あの甥めでございます。あれは、塔に来るや“泉の乙女”と、あ、アルス様を死の海に落としたとのたまいました。“泉の乙女”もアルス様も、低き水に沈めるのが順当だと。……うぅ……わたくしの指導が至りませんで……」


 むせび泣きがぶり返している。

 聞くところによれば、突き落とした男はこの人の甥らしい。やはり、“乙女”もアルス王子も纏めて生贄派だったようだ。この人達はそれを知らなかったか、騙されていたか。


「それで、そいつは」

「……自害致しました」

「…………」


 重い沈黙が落ちる。

 それを切り裂くように、アルス王子が口を開いた。


「一つ訊く」

「は、はい!」

「お前は俺の味方か?」

「勿論でございます!!」


 じっと目を見ての質問に、男性は間髪を入れず答えた。アルス王子は目を逸らさず、じっと見極めるように沈黙する。息の詰まる時間が流れた後、アルス王子は今度こそ心から安堵したように肩の力を抜いた。表情も少し和らいでいる。


「……わかった。じゃ、今後の話をするか」


 そう言って道の脇へ歩き、草の上に腰を下ろした。私と男性もそれに倣って座り込む。ああ、やっと座れた。足がじゅわーっとする。


「状況は。どうせ良くはないんだろ?」

「はい……今回の件については、既に塔の知る所にございます。神官長もご存知です」

「そうか」


 重苦しい雰囲気で話が始まった。

 まず、ブロットと名乗ったこの男性。塔に出入りの神官で、アルス王子と親しいらしい。アルス王子は彼に、ここまでの状況を手短に話した。私が王子を助けだしたと聞いて、ブロット氏から頭が地面にめり込む勢いの謝罪と礼が述べられる。またむせび泣きが始まりそうになり、必死に宥めて続きを促すと、ようやく氏から今回の一連の流れ、というか罪状を告白される。


「本来の計画では、アルス様の関与は隠し、何者かが“泉の乙女”をさらった、とするはずでした。僅かな人数に死の海へ向かう馬車を目撃させる準備もしておりました」


 “乙女”を生贄にしたと臭わせられれば、アルス王子には猶予が生まれる。そして“乙女”の生贄派はわんさかいるのだ。庇い合いが起きて追求が甘くなる可能性も高く、犯人の特定は困難になるとアルス王子達は踏んだようだ。

 勿論発覚すれば王子の立場は悪くなるが、既に危ない立場なのでリスクは変わらない。塔を混乱させた方が恐らく時間稼ぎになる。ついでに言えば、“泉の乙女”を生贄にしたことで本当に雨が戻れば、“乙女”生贄派を味方に出来るかもしれない。


「しかし、秘密裏に行うには、人手が足りませんでした。かと言って、適当な人間を雇って城に侵入させ、誰にも見られず“乙女”を運び出すというのは非現実的で……」

「見張りの場所や城の構造を把握した人間が欲しかったんだ。中から出るのはともかく、城でも塔でも外から入るのは厳しい」


 しかしブロット氏には然程の伝手も権力も無く、塔でもアルス王子擁護派として浮いている。たまたま、塔に仕える親族に熱心な“乙女”生贄派がいたので引き込んだが、結果は失敗。王子にまで危害が及んだ。


「も、元々アルス様は、ご同行される予定では無かったのです。しかしあの甥が、一人では不安だと言いまして……元より気の弱い所がある者でしたので、さほど怪しまずに……それが間違いだったのです! じ、自分のしたことは正しい、これで雨が戻ると誇らしげに……う、うぅ……私が愚かだったのですーっ!!」

「わ、わかりました」


 ブロット氏は、かなり感情的なタイプのようだ。

 そしてあの黒衣の男は、正しい意味での「確信犯」ということか。でも人を殺してしまったので自害した、と。何と言っていいかわからない。私にとっては殺人犯で、実際は未遂で。

 因みに、サニアを襲ったのはこのブロット氏だったそうだ。確かに背格好は似ている。そう聞いて正直悪感情は否めなかったが、サニアは城の一室に閉じ込めはしたが危害は加えていないというし、超謝られたから許した。そうしないと話が進まない。

 とにかく、人員にも計画にも猶予がなかった為、アルス王子達の計画は失敗した。誰が関与したか、明るみに出てしまった。これをどう乗り切るか。


「私もアルス王子も被害者で、捕まって塩湖に落とされたことにしちゃえば……?」


 ポツリとそう言うと、一瞬その場が静まり返った。実行犯には悪いが、これはかなり事実に近い。


「そ、それは」

「駄目だ。俺が出ないとこいつに咎が行く」


 不安げな声を、冷静な指摘が遮る。そっか、血縁だから無理か。


「あああアルス様のお命の為でしたらわたくしなど!」

「お前はもう十分巻き込んだ。これ以上俺に関わるのはやめろ。……お前の甥のことも、済まなかった」

「何をおっしゃいますか!!」


 見れば、ブロット氏の目からはやっぱり涙が溢れ出している。

 アルス王子が助かるには、この哀れなおっさんを犠牲にしないと無理なのか……いや、私は思い入れとか全くないけど……でも、出来れば二人共助かるのが理想だ。それがどうにも難しい。

 アルス王子は深く息を吐いた。


「ここで生き延びても、どうせ後で殺される可能性が高い。俺は、もういい。やるだけやった。終わりが少し早くなっただけだ」


 掛ける言葉がなく、私はただ黙り込む。アルス王子の表情は寂しげではあったが、何故か納得している雰囲気があった。

 これを諦めと呼ぶのか。

 彼は、さめざめと泣くブロット氏に向き直る。


「いいか、ちゃんと覚えろよ。お前の甥の行動について、お前は何も知らなかった。俺がお前の血縁と知って独断で接触し、今回のことを命じたんだ。そして裏切られた。余計な事は言うな。俺が上手くやる」


 言い含めるようにそう言った後、今度は私を見た。


「お前は俺共々“死の海”に投げ込まれたが、“泉の乙女”だから助かった。ついでに俺のことも助けた。生贄は誤解で、本当は必要ない。これが前提だ。何か聞かれたら、あった事をそのまま言え。水読に会ったんだろ?」

「あ」


 そこまで聞いて思い出した。

 そもそも何でこの人を助けたか。水読になんと言われたか。もしあれがただの夢じゃなかったら、あの水の中のことが本当だったら。


「……アルス王子が死んじゃうと、私困るんでした」


 故郷が懸かってるとか、ふざけんな。


「ブロットさん。“泉の乙女”は、どれくらい権力がありますか」

「け、権力でございますか。塔に関しては、水読様と同等の影響力はあるかと……で、ですが、それは本物の“泉の乙女”で、奇跡を起こす場合に限りまして……」

「奇跡か……この見た目だけじゃ、認めてもらえないですかね……」

「む、難しいかと思われます……貴女様が偽物であるということは、クライン様が再三強く訴えられたばかりでございますし……」


 ちっ、過去の保身が仇になった。クラインの意図かは分からないけど、“泉の乙女”ではないという主張は、私自身が常々行っていたことだ。でも“死の海”から生還、と言ったらそれなりに信憑性もあるだろう。奇跡といえば奇跡なんじゃないの?


「私はアルス王子の言う通り、“泉の乙女”って事で通そうと思います。で、王子を死なせないようゴリゴリ意見します」


 二人に向かって、私は宣言した。

 そう、正直に話せば良いのだ。水読と接触して、アルス王子が重要だと言われた。奇跡の存在ならありそうな話じゃないか。その後をどうするかが問題だったが、それもどうにもならないとは限らない。


 水読はあの時、なんと言った?

 今は時間がないから、話は 『後ほど』 と言わなかったか。それにあの時の様子は、ここの所毎朝見ていた夢とよく似ていた。ただの幻じゃないなら、また眠れば、もしくは水読の傍に行けば、何かあるかもしれない。そしてもし私の妄想だったなら、万一アルス王子を救えなくても――いや、一応できる限りやってみるつもりだけど――元の世界に関する話も妄想だ。自分のことだけ何とかする場合と、何らリスクは変わらない。


 情報ももっとあるはずだ。今では隠されていた事を知っているのだから。私が“泉の乙女”だと言い張って、少しでも認められれば、塔の機密にも入り込めるかもしれない。

 大丈夫、まだ手は尽きていない。

 ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。


 私、本物の“泉の乙女”かもしれない。

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