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雨の冠  作者: 桃宮
3.水に消えた過去
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3 呪われた男の子

 月がもう、大分高くなった。


「無いな」


 目的地に到着した所で、アルス王子が言った。目の前はただの空き地だ。本当なら、ここまで乗ってきた馬車があるはずだったんだけど。

 私達は、ひとまず馬車を降りた場所へ戻ろという事で一致していた。ただその際、アルス王子から馬車は多分無い、あっても車だけで馬は居ないと言われていた。裏切り者が帰りの足に使わない訳がないと。

 そしてその予測は、残念ながら当たっていた。


「城まで歩くか……」


 呟かれた言葉に、私は溜息をついた。豆粒のような城の明かりは、随分と向こうにある。


「……行けるかなぁ」

「知るか。歩くしかないだろ。文句あるなら勝手に残れ」

「ちょ、行きます。行きますって」


 濡れた靴が歩きにくいし、全身湿気っぽくて気持ち悪いし正直もうクタクタだが、置いて行かれては困る。慌てて返事すると、アルス王子はフンと不機嫌そうに鼻を鳴らして街明かりの方へ歩き出した。

 ……この子、この状況で何でこんなに偉そうなんだ。元はといえば誰のせいよ。


「黙って歩け」


 ブツブツ文句を浮かべていたら、苛立ったように手を引っ張られた。おっと、声に出ていましたか。面倒は避けたいし、しばらく口を閉じておこう。と思った矢先、


「ったく、なんで俺がガキのお守りしなきゃいけないんだよ」

「……あの。言っときますけど、私が子供ならあなたも子供なんですからね」


 言われ様にガックリきて、つい言い返してしまった。人のこと拉致して殺そうとして、何故か自分まで殺されそうになって結局私に助けられたくせに、一体何なんだ。


「俺はもう成人してる」

「私もしてます。ていうか私の国の制度の方が成人年齢高いんですけどそっちでもしてますし、私の方が結構年上ですよ。どうでもいいんですけど」

「はぁ?」


どちらかと言うとそこではなくて、態度の方に物申したい。

アルス王子は、大いに呆れたという顔で振り返った。


「そんな下らない嘘吐いてどうすんだよ」

「いや、本当ですって。ついこの間23歳になったんですから」

「どう見たって子供だろ。いってもせいぜい俺と同じくらいだ」

「いやいやいやいや」


 それって中学生か、良くて入学したての高校生くらいってこと!? 中学の制服を思い浮かべ、ショックを受ける。私はそこまで童顔ではない、はず。なのでまさか、中身でそう判断された……? うっ、泣くな自分。持ちこたえろ!


「大体、23っていったらクラインと同い年じゃねーか」


「信じられない」とばかりに言われた。ひどい。あと、比較対象が不利すぎでは。


「そのクライン王子は、すんなり信じてくれたのに……」

「だからお前、あいつは駄目だって言ってんだろ」

「駄目ってなんですか……」


 アルス王子は、嫌悪感で顔を歪める。何だか知らないけど、クラインと相当確執があるようだ。……そういえば私って、クラインに裏切られたことになるのかな。今度はそっちのショックを思い出して落ち込む。


「あいつは昔から、かなり塔に肩入れしてんだよ。王族の癖に」


 もう完全に元気がない私は、そう言われてもいまいちピンと来ない。


「王族が塔に関わるのが、なんで良くないんですか」

「立場が違う。色々あんだよ。あと、“泉の乙女”について権限があるのは王族じゃなくて塔だけど、塔も絶対“泉の乙女”の味方とは限らない。色々派閥もある」

「派閥、ですか」

「“泉の乙女”は旱魃の時に現れる救済者だろ。日照りで被害が出て、水読が眠って、塔は“乙女”に最後の希望を賭けてた。現れたらすぐ奇跡で雨を降らせると思ってた。なのに実際は中々雨を降らせないとなれば、気の短い奴らは反発する。そうでなくても来るのが遅いって思った奴もいるのに。塔でお前に反感持ってる人間は少なくない」

「え……」


 基本的に、あの爺さんとかに無条件で有難がられてたから、全員がそんな感じだと思っていた。期待はずれだった時どうしようって、焦ってはいたんだけど。


「雨が降る気配がないから、塔は暦書ひっくり返して大騒ぎしたけど、乙女”の奇跡について具体的に書かれてたのはお前に見せたあの本くらいだった。他に手が無いから、“乙女”を生贄にって声が大きくなった。ついでに言うと、その事を下手にお前に漏らすなという指示も出た」

「…………」


 だから誰に聞いても浅い情報しか返って来なかったのか。


「つまり、塔も王様もクライン王子も、みんな味方じゃなかったって事ですか……?」

「まあな」


 自分がどれだけ危険な立ち位置にいたのか、今更把握してぞっとした。


「つっても、レオと神官長の爺さんは慎重派だ。『低き水』の解釈も確定じゃなかったし。ただし頭がうんと言わないだけで、大体はお前を生贄にする方向に決まってたらしいぞ。クラインなんか、学会に頭突っ込んでるくらいだからどっぷりだろ」

「学会……それで、あなたも」


国のために先走ったと。これが若さか。

 そして私、どっちにしてももう助からないんじゃ……いやでも最高権力者達が慎重派なら、まだ希望はある……?


「あれ、じゃあ、王様や神官長が許可してないのにこんなことしたら、あなたこそ罪に問われるんじゃないですか? 国のためとはいえ、間違ってたら取り返しがつかない系のやつは……」

「一応、根回しはしてある。まあでも、そうかもな。お前が雨降らせれば全部解決すんだけど」

「無茶言わないでください」

「湖の中で水読に会ったんだろ?」

「そうですけど……ただの夢だった可能性ありますよ。最近心労で変な夢見るんで」


 さっきのも、既に結構ぼんやりした記憶になっている。お医者様に「ストレスによる幻覚症状」とか言われたら、すんなり納得しそうだ。しかしアルス王子は「あっそ、」とあっさりしたものだった。


「ま、駄目なら仕方ない。あと俺、別に国の為にやった訳じゃないから」

「えっ、じゃあ何の為だったんですか」

「自分の為。俺も生贄にされるのは御免だったからな。お前は替え玉」


 生贄? 替え玉?


「“泉の乙女”は黒目黒髪だろ。だから普通、黒は“乙女”の色として神聖視される。……平時は逆に、日照りの前触れで不吉とか言う奴もいるけど、縁起が良いって見方が大半だ。稀だが昔、王族にも何人かいたらしい。記録によれば旱魃との関連性も特にない」

「……他に何か?」


 続きを促すと、アルス王子はほんの一瞬口篭った。


「……お前、“呪い”の話は知ってるか」

「はい。クライン王子が、そうだと」

「俺も“呪い”持ちだ。あいつより重い」

「え」


 時折激しい痛みを伴い、短命とされる生まれついての病。その痣が出た部位により、重篤さが変わるという。

ということは。


「……場所は?」


アルス王子は、振り向きもせず素っ気なく答えた。


「心臓だ」




――王家は太陽。


 欠けること無き光に影を落とす、忌まわしき“呪い”。

 まして今代は一人にあらず、

 二人目は“泉の乙女”の色を持ちながら、体の芯から蝕まれる始末。

 太陽は呪われ、神聖なる“乙女の黒”は穢された。

 今だかつて聞かぬ、不吉な天意。

 罪咎だ。これは啓示、悪しことの前触れだ。

 生かしておけば、必ずや国に災いが起こる――。




「――俺は破滅を呼ぶんだとさ。塔にも王の血筋にも、この国にもな」


 あっさりした口調には、自嘲的な響きがあった。

 アプリコットが言っていた「病気」というのは、この“呪い”の事だったんだろう。……ということは、この子も長く生きられないのか。しかも、もしかしたらクラインよりもずっと早く。


「どちらにしろ、成人出来ないだろうと言われてた。だけど、俺は十五になった。……で、その年、本当に旱魃が国を襲った。塔の奴らは、それみたことか思ったろうな。俺を処刑しろとか生贄にしろって声が上がった。レオと神官長が反対したし、仮にも国王の弟だから、すぐにどうって事はなかった。……でも本当は皆そう思ってんだ。俺が生きてるから雨が降らないって」


 災いは、王家の“呪い持ち”のせい。

 平時に現れた“乙女の黒”のせい。

 どちらも併せ持って生まれた王子のせい。

 日照りも、水読が目を覚まさないのも、役立たずの“泉の乙女”が現れたのも、全て。


「馬鹿馬鹿しいだろ、俺に何が出来る」


 アルス王子は、吐き捨てるように言った。


「例えそれが真実でも、俺はそんな奴らの為に死んでやろうなんて思わない。“呪い”には殺されても、その前に、誰かの為に死んでなんかやらない。だから、国の為じゃない」

「…………」


 何だかやり切れない気持ちになる。この子は、生まれた時から不吉と言われて来たんだろうか。とはいえ私は、素直に同情するには微妙な立場だ。「替え玉」作戦を実行された身としては。


 ちなみに、何故私が替え玉になり得たのかは、こうだ。

 まず塔やお偉方の中には、私を本物の“泉の乙女”とする派と偽物派がある。問題は一見本物派と偽物派の対立のようだが、実態はそうではない。

「本物だから保護すべき」又は「偽物だから人道として保護すべき」という保護派と、

「本物だから文献に倣って生贄にすべき」「偽物だから本物を呼ぶために始末すべき」という生贄派に割れているらしい。そして、現時点では“乙女”の真偽はともかく生贄派が多数で、先程の「アルス王子こそ始末すべき」派も同じくらいいる。


「塔では、お前を生贄にする前にまず俺を、と言うことになった。お前の容姿は明らかに特殊だからな。間違いは許されない。その点俺は、様子見の捨て駒としては最適だ。ほっといたってどうせ早死する、どっちに転んでも痛くない」

「で、でも王様はお兄さんでしょう。反対したって言ったじゃないですか。さすがに許可しないんじゃ……」

「実の弟だからこそだ。兄の前に国王、必要なら身内の命も差し出すべきと考えるはずだ。いくらレオが慎重派でも、実害がある以上何もしないわけにもいかないだろ。民衆の声もある。レオもあの爺さんも、すぐに俺とお前両方は庇い切れなくなる」


 ……そう言われれば、確かにあの国王様はそういうタイプかもしれない。


「でも俺は、他人の為に犠牲になんてならない。だから“乙女”の方を先に“死の海”に沈めることにしたんだよ。もしそれが間違いでも知ったことか。俺が先に死んだ所で意味がない可能性だってあるし、そうしたらどの道お前も殺される」


 逃げ場もなくいつ殺されるかと怯えて生活するくらいなら、自分で動いた方がマシという事らしい。


「……でも結局、二人纏めて殺される所だったじゃないですか。そもそも、そっちの味方はどうなってるんですか」

「詰めが甘かったって事だろうな。俺を湖に落とした奴、あいつは塔兵だ。熱心な“乙女”の生贄賛成派と聞いてたんだが」

「アルス王子排除派も兼任していた、と」

「そうだな」

「そうだなって……やっぱり、私もあなたもこのままノコノコ城へ帰ったら危険なんじゃないですか。結局また湖に落とされるんじゃ……」


 私を導く手が不意に止まった。


「じゃあ、逃げるか?」


 足元を見ていた顔を上げると、薄暗い中に猫のような青い目が光っている。切迫しているように、諦めているようにも見える視線をまっすぐ受け、私は二の句を継げずにいた。

 逃げて、逃げきれるものだろうか。無理のような気がする。それに私は、あの地下の泉から離れればきっと、二度と帰れない。


「……黒目黒髪は、俺たち以外居なかったって言っただろ。逃げたってすぐ捕まる」


 続いた声には、全く同意だった。


「でも、城に直行するよりは、可能性があるかも……」

「…………。いや、お前は戻った方がいい。レオを頼れ。自分が“泉の乙女”かもしれないから、生贄は無効だと言え」

「えっ」

「“死の海”がただの塩湖って事は伏せておけ。黙ってれば、湖に落とされたのに死ななかったのも、俺を助けたのも“泉の乙女”の力って事になるかもしれない」


 突然の助言めいた言葉に、私は目を瞬かせる。アルス王子はそれを見て、不機嫌そうに少し眉根を寄せた。


「……何だよ。文句あんのか」

「いえ……なんでそんな事言ってくれるのかなと……」

「別に。生きたくなけりゃ聞かなくていい。お前があんまり頭弱そうだから、施しに入れ知恵してやろうと思っただけだ」

「…………」


 なんという言われ様。でももう怒る気も起きない。疲れるし。

 反論は置いといて、内容を吟味する。方向性としては悪くない。っていうかそれしか無いような。問題は、私が“泉の乙女”ではないという点だ。


「嘘で凌いでも、すぐにばれるんじゃ……」

「後のことは後で考えろ。見た目を活かせよ、お前はハッタリが効く。時間稼ぎしてる間に進展があることを祈るんだな」

「……そうですね」


 防戦一方、しかも望みの薄いことよ……。


「あと、もし上手く行ってもクラインは信用するなよ。絶対接触してくると思うけど騙されるな。あいつは上っ面だけは良いんだ、俺にもそうだった。でも、裏では逆の事をしてる。今回も奴は塔で、俺やお前を売ってた」

「……何のために?」

「そりゃ、あいつも”呪い”持ちだからだよ。矛先が自分に向かないように、俺達をダシにして逃げ回ってたんだ」


 正直、何度聞いても信じられない。彼はとても、そんなことが出来る人には見えなかった。私はそんなに人を見る目が無いんだろうか?

 虚無感で黙る私に、アルス王子は「頼るならレオにしろ」と念を押した。


「……あなたは、これからどうするんですか?」

「一緒に戻る。お前には借りがあるから、着くまでは保証してやる。……それに俺も、一つ城で確認しなきゃならない事があるから」


 そう言ったアルス王子の心は、どこか遠くに向いているようだった。青い瞳はただ静かに凪ぎ、気の強い印象は影を潜めている。

 明日も知れないのは自分も同じだ。それどころじゃないという事は分かっている。

 分かっているけど、私はなんだか泣きたいような気持ちになった。


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