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悪女になれない妻は強烈な責めを繰り出しながら夫の全てを愛します  作者: かんあずき


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悪女になれない妻は強烈な責めを繰り出しながら夫の過去ごと愛します(前編)

この作品は、他のサイトで人気が出たシリーズの短編連載があった流れからの長編になります。これだけでも読むことはできますが、シリーズタグからそれまでの経過を読んでいただける方がより、経過がわかるかと思います。

これ以外は、全てが短編なので、あっさり読めると思います。


───




夫である侯爵ミレーは自他共に認めるクズ男だった過去を持つ。


「うーん、その夫の過去のおかげで私はいろんな方とお知り合いになれたんですけどねえ?」


中途半端な元カノ数ではないのだ。

累計120人……毎月彼女を変えながら、とりあえず自身が出会った18歳をスタートに18歳元カノの会、19歳元カノの会と色んな元カノ様に、夫の若かりし頃の話を聞く日々。


ヤキモチ?ないない。


それをするには数が多すぎるし、むしろここまで元カノの集いをしているのに、誰も夫ミレーのことを悪く言うものがいない。


むしろ、それだけの人に慕われる夫の誠実な人格に、妻としては鼻が高くなる。


あ……最後の彼女、いや愛人セラフィーヌ様だけは、一番手厚くした割に、酷い言いようだけど……


そんな中で開かれる27歳の元カノの集いは……


「そうか、セラフィーヌさまと出会われたから一気に元カノさんがいなくなったんだわ」


毎月丸テーブル12人の元カノ会の終わりがわずか二人になった。


この頃からセラフィーヌと出会ったらしい。


「パトリシア様、元カノの集い、なかなか社交界で話題になっておりましてよ」


「でも、私たちから後は例の方が……ね」


二人の元カノが、顔を曇らせた。


私――パトリシアの代わりに、愛人である孤児院出身のセラフィーヌが、社交界や呼ばれたお茶会に勝手に参加して、妻のように振る舞っていたのは、残念ながら有名な話。


私がどんなに平気であっても、みんなの好奇の視線は止まらない。


「セラフィーヌ様は物言いははっきりされておられるけど、とても良い方ですのよ。なんとか皆さんの誤解が解けたら良いのだけど……」


私は、必死でセラフィーヌの肩を持つ。


そんな私は、前回お店にお邪魔して以来、しょっちゅうセラフィーヌの元に顔を出していた。


「こんにちは、セラフィーヌ様!」


「んがあああああっ!なんであんたここに出入りするの!帰りなさいよ!あんたに売るもんなんてないわよ!」


セラフィーヌが、塩も砂糖も撒いてやるという勢いで、私を出迎える。


「私に売っていただかなくてもいいの。むしろ、実家のガラス製品を売るにあたってアドバイスが欲しいんですの。かんざしは、やっぱり皆さんにとっては使いにくいですわよね。だったら、普通にネックレスとかどうかしら?」


私は、すでに顔見知りになったセラフィーヌ様の旦那様や番頭さん、旦那様のご実家の面々に笑顔で出迎えられる。


「セラフィーヌ、そう言わなくて良いじゃないか。君の悪い噂もパトリシア様が払拭してくださるよ」


と、セラフィーヌの夫のトライプ。


「おかみ、売らないなんて言わず、うちの良いものをアピールしてもらいましょうよ」


店の番頭から店員まで、キレるセラフィーヌをどう扱おうかとため息混じりにみながら、店内に私を引き止めようとする。


「このさえない女が、うちの商品の看板になるわけがないでしよ!大体、ガラスのネックレス?ちょっと見せてみなさいよ」


私が差し出すネックレスを見て、再び突き返す。


「誰に売り込みたいの?」


「出来れば、社交界の方々なんですけど……」


私は、何とか元カノたちや社交界で、苦手ながらもいろんな人脈を作ってきた。


実家の支援にガラスアクセサリーを売り出したいのだ。


「あんたね、根が貧乏すぎるの。誰が本物の宝石をじゃらじゃら買える人たちがイミテーションとわかるガラスアクセサリーをつけたがるのよ?」


「たしかに……」


「やるなら、平民で多少金をもつ子ね。でも年齢の幅がそうなると狭いわ。小さすぎる子にガラスは危ないの。本当に想像力がないわね」


「さすが、セラフィーヌ様!確かにそうだわ……うーん、じゃあアクセサリーはダメってことですよね」


がっくり肩を落とす。


「そうは思いませんよ。光に当てるとキラキラしますし、透明度も高ければ、色を入れる技術もお持ちのようだ。ドレスにつけて光を当てるとか、装飾品として、ランプやシャンデリアで使ってもらうことはできると思いますよ」


セラフィーヌの夫、トライプは、慰めるように私に声をかける。


「あんた!この女は、下手に慰めたらダメよ。ダメなものはダメって言っても通じないんだから……」


ふんっ


セラフィーヌは、なんでみんなこんな奴にいちいち気を使うのよ!と怒鳴る。


自身の夫が私に優しくすることが許せないのかしら?歯ぎしりがここまで聞こえてくるぐらいギリギリと言っているわ


うーん、誤解は早めに解いておきましょう


私は笑顔でセラフィーヌに話しかける。


「ふふっ、大丈夫ですわ。私はミレー一筋ですのよ。そんなご夫婦仲のいいセラフィーヌ様に折りいって相談したいことがあったんですの」


そう私が笑顔でセラフィーヌを見ると、げっそりした顔のセラフィーヌが勘弁してよと呟くが、結局、私を奥の部屋に案内して、毎度の如く、話は聞いてくれるのだった。



言うほど悪い人じゃないのよね。


ただ、愛する夫ミレーを騙した罪は重いけど……



「で?また?またあんたの惚気を聞かされるわけ?」


セラフィーヌは、店の新製品だと言う紅茶を、気に入ったら買って行きなさいよね、タダで帰るんじゃないわよと私に振る舞う。


「惚気ではありませんわ。深刻な夫婦の夜伽の相談です。だって、セラフィーヌ様にしかこんなこと相談できないじゃないですか!」


私は、頬をぷーっと膨らませて、そう言わずに聞いてくれと頼む。


「ずばり!以前セラフィーヌ様がおっしゃっていた夜伽の夫への責め方ですわ」


「はぁ……勝手に責め立ててやればいいでしょ。私に何の相談があるの?」


ゲンナリした顔で、なんでこんなことばかり聞かされるんだとセラフィーヌはため息をつく。


「絶倫は、ミレーの思いやりで私のペースに合わせて優しくしてくださるので解決したんです。ちょっと時間がその分長くなったんですけど……でも、なんていうのかしら?優しさはその分……」


「惚気は不要!早く本題に入って!」


セラフィーヌの額には、青筋がピリピリと浮かんでいる。


「責めすぎて、ミレーが昇天しちゃうんです。はあーっ、責めすぎだよってミレーからは言われちゃうし、私は責められるより責める方が好きだって……」


ぽっと頬を赤らめて私は何度か繰り返される夜を思い出す。



「ミレー、私、ミレーを責め立ててみたいんです」


「い、いや。私は女性からのアプローチは好きじゃないんだけど……」


「妻のお願いですよ。だってせっかくの(セラフィーヌ様からの)教えなんですもの!」


私は、責めの基本として、まず、ミレーの腹部に向かって頭突きをしてみる。


そこで、意表をつかれ、ミレーが思わず屈んだところをヘッドロック。


そこにミレーが、私の体を束縛しようとして覆い被さり……私は負けじと締め返す。


ミレーの意識は途絶え、夜伽は終わる。


あれ?


肝心の夜伽が飛んでないかしら?



「なによ!やっぱり私にただ惚気話をしにきただけでしょ!昇天した?復活させたい?なんでもいいわよ!このお茶買ってガブガブ飲ませたら、夜トイレに行きたくなって目が覚めるわよ!そこからまた再開したらいいでしょ!相談に乗ったからね!しっかり茶袋買って帰りなさいよね!」


「なるほど、たしかにたくさん水分を摂らせておけば、すぐ目覚める……漏らしたら?」


「あんたはシーツ掃除が趣味でしょ!いちいち、商人の妻の私に掃除の仕方なんてきくんじゃないわよ」


「たしかに、いざとなれば夫の粗相ぐらい私が代わりに洗濯してあげたらいいですよね。わかりました!そのお茶買って行きます!」


私は笑顔で大量のお茶を買い込み、店を後にする。


「パトリシア様、またきてくださいね!毎度ありがとうございます」


「パトリシア様、よかったらまた周囲におすすめください」


セラフィーヌの夫と番頭たちに手を振られ、私も


「また来るわね!」


そう言って後にする。


「もうこなくていいわよ!」


そんなツンデレセラフィーヌ様の声を背に、わたしはミレーの元に急いだ。





「それでこの大量のお茶なんだ、ははっ!パトリシアにかかれば、セラフィーヌの毒も抜けるのかもね」


ミレーは、わたしがサーブするお茶を飲む前に、それが安全かどうか確認しようねといって、執事のテイラーに預けた。


「お店で飲みましたけど、別に味はおかしくなかったですけどね?」


「うん、一応影をつけているけど迂闊に飲んじゃダメだよ。そんなパトリシアだから、みんなから愛されるんだけどね。騙そうとする人はたくさんいるんだから……」


ミレーは困ったようにわたしを見つめた。


「パトリシアの夜伽の責めが問題なんじゃなくてね……私は、少し女性からのアプローチを苦手としているんだ。私のことを思って色々試行錯誤してくれているのにごめんね」


ミレーは、そう言って私に微笑んだ。


「ミレーも苦手なものがあるのね」


「そうだねえ、痛いのと苦しいのは多分みんな苦手だよね。後は怖いのもね」


「そうよね。それなのに、なぜ夜伽で責めがあるのかしら?」


ミレーの元カノたちに、さりげに探りを入れてみる。


だが、ミレーの優しさを褒めるものはいても、こっちから責め立てた話は出てきたことはない。


「ふふっ、本当にね。責めなんてなくていいよね。さあ、パトリシア、疲れただろう。セラフィーヌのところまでは馬車で一日かかるのに、君ったら馬で単騎で駆けって行くんだもの。先方もびっくりしただろうね」


「最初は驚かれましたけど、もう慣れたみたいですよ、あ……セラフィーヌ様だけは、少しは貴婦人の自覚を持ったらどうかと言ってましたね。お忍びなので問題はないと伝えてみたんですけど、お忍びとはそういうものではないと怒るんです」


私は、馬車だと日帰りは大変なのだとミレーに訴える。


「そうだねえ、流石に私は一緒に行くことはできないからね。無理に行かなくても良いんじゃないかな?そんなにセラフィーヌのところに通われたら、私はセラフィーヌに嫉妬してしまうよ」


ミレーは困ったように話すが、わたしにとっては、皮肉にもセラフィーヌは、裏表なく接して、思ったことだけを毒ついてくれるありがたい存在なのだった。





「パトリシアが、ミレー様を責め立てるというので、何をする気かと思ってましたが……ミレー様、大丈夫ですか?」


執事のテイラーは、ミレーの様子を心配して声をかけた。


「うん、少し身構えたけど、パトリシアはやっぱり天真爛漫だったよ。年齢的には少し心配ではあるけど、誰も余計なことを教えないでね。あの子の純粋さに私は救われてるんだから……」


ミレーは、セラフィーヌからのお茶を銀の器に入れたり。匂いを嗅いだりしてみる。


とりあえず、毒ではなさそうだな。


影からの報告では、セラフィーヌは相変わらずのようだが、パトリシアは全くこたえていない。


それどころか、セラフィーヌの夫や周囲がパトリシアを褒めるから、セラフィーヌの怒りは最高潮だそうだ。


更には、元カノたちとのお茶会も極めており、私と関係を持った女性はみんなパトリシアの友人関係になっている。


ただ――


それは、パトリシアが全く気にしないからだ。


セラフィーヌも元カノも、パトリシアの真の友人ではないし、自分たちの方が愛されていたという勝手な優越感を持って接しているから成り立つ関係だ。


言うまでもなく、私が生涯で一番愛している女性はパトリシアだし、本人が気にしなくても、私のせいで彼女が軽んじられるのは、一番苦しい。


借金がなければ、彼女は伯爵家の娘として、社交界にデビューして引くてあまただったに違いない。

こんな薄汚れた過去を持つ10歳も年上の男に嫁ぐ必要なんてなかった。


「テイラー、私は、どうして、変なプライドで自分の過去をダメにしたのかな。過去の苦しみや辛さから逃げるために、結局、愛する女性に嫌な思いをさせることになるなんて……」


ミレーは、自分が女性と浮き名を流すきっかけになった日のことを思い出す。


真っ赤な口紅


自分を貪る手


飲まされた媚薬――



それを思い浮かべるだけで、額から汗が流れ、思わず拳を握りしめる。


はあっ、はあっ


「ご主人様、大丈夫です。あの日のことを責めるものも何もありません。貴方は被害者です。少しお酒を口にされますか?」


テイラーは、慌ててミレーの背中を撫でる。


「すまない。少しもらう。ダメだな……もう何年も経っているというのに……お茶を見て思い出してしまった。わかってるんだ。過去があって、自分の愚行があって、真実の愛だと自分の弱い部分に入り込んだセラフィーヌに騙されて……そんな自分があったからパトリシアに会えた。それなのに、私は真っ白な自分と、もしパトリシアがそのまま出会えていたら……そう思ってしまうんだ」


以前パトリシアが言っていた。


パトリシア以外は、ミレーが選択した女性なのだ。


パトリシアだけは、自分にとって都合がいい条件がある女性で、顔すら知らず、大切な初夜に酷い暴言を浴びせた女性だった。


そんな彼女が、皮肉にも、私の過去も未来も救ってくれた。


この中で、唯一の善人はパトリシアだ。


「身も心も、何もかも全て私はパトリシアから奪っているのに、何も私はパトリシアにあげられない」


ミレーは、テイラーから入れられた酒を一気に口に含む。


「ご主人様、あのことをパトリシアが知ろうと知るまいと、あなたの過去のことを白い目で見ませんよ」


「分かっている。だが、私が知られたくないんだ。これ以上、汚れている自分をね。自分の愚行はもうパトリシアに何も隠すことはない。それだけでも、パトリシアには感謝しかないよ」


あれだけの女性と付き合っていたなんて病気だ。


私の仕打ちやセラフィーヌの嫌がらせを受けたことだって、普通はそれが原因で離縁されるのが普通だ。


だが、過去の出来事で、あの女性だけは、私の愚行ではない。


パトリシアという心が綺麗な女性に触れて、癒されて、そのパトリシアに愛を注いでもらって、やっと私は自分を好きになりつつある。


もし、パトリシアに会うことなく、セラフィーヌに騙されたことに気づいていたら……


私は命を絶っていてもおかしくなかったと思う。


騙されたことを知った時には、本当に純粋な愛情を向けてくれる人がそこにいた。


だから、私は、騙されたことを受け入れ、本当に愛してくれる人がそばにいることを実感できたのだ。


「そうですね。パトリシアと過ごされるご主人様は、色んな憑き物が落ちてかつての主人に戻ってきたように思えます。先代様も、パトリシアのお茶会の話を耳に入れたようで驚かれていましたが、彼女を悪く言うものが誰もいないので安心したようですよ。」


「そうか……父も母も相変わらずうちのことが気になるんだね。」


自身の父母は厳格だ。


そんな家にも関わらず、私が激しい女遊びを繰り返しても、なかなか結婚しようとしないのを黙認していたのも、私の過去を知っているからだ。


「ええ、実は……」


テイラーは、再び思い出すより、今知る方がいいだろうからと厳重な蜜蝋で封をされた封筒を恐る恐るミレーに渡した。


「王家の紋章?」


ミレーは、その金色の蜜蝋に首をかしげる。


「先代様から先に話を伺いました。例のバックミラー公爵の嫡男と第一王女の婚礼が整ったようです。その招請状になります」


ミレーは、眉をひそめて封を開けると、確かにそれを発表するためなのだろう。舞踏会の案内状だ。


「行かないと言う選択肢は?」


無表情でテイラーにミレーは聞く。


自分の声とは思えないぐらい、低くしわがれている。


あんなところに、私のパトリシアを連れて行きたくない。


空気だって吸わせたくない。


そして、自分の情けない姿を誰にも見せたくない。


「さすがに王家のものは無視できません」


テイラーは、とても渋い顔をして苦しそうに声を出す。


そんな声を出させてしまう自分に、再びミレーは幻滅する。


「パトリシアのそばで眠るとするよ。彼女は私の精神安定剤だから。テイラー、気を使わせてごめんね。私は大丈夫だ」


ミレーは、足取り重く夫婦の寝室に向かう。


「パトリシアを補給しないと、私はダメになりそうだ」


とりあえず、今日は頭突きはなしにしてもらおう。


そう思って寝室のドアを開ける。




そんな深刻な話をしているミレーとは別に……


「いよいよ、元カノ会の終わりが来てしまった……」


元カノがセラフィーヌ様まで行き着いたのだから、この後はどうするか?


17歳元カノの集い、16歳……今度は更に若い過去に……



「なにかしら?今までどんな彼女が現れてもモヤモヤしなかったのに、初めての人……いますよね。もやります……」


胸が、ぎゅーっと痛む。


ミレーが、初めての相手に選んだ人がどこかにいる……


「奥様、坊ちゃまの過去はそこまでにして差し上げてください。今の元カノ様と交流をするだけでも、奥様はすごいと思いますよ」


マイヤーは、私の髪を梳かしながら曖昧に微笑む。


「そう?ただ、なんでかしら。セラフィーヌ様に対しても、毎月の彼女に対しても、特別何も思わないのだけど……」


ミレーが初めて関係を持ちたいと思った女性――


このもやもやが嫉妬なのかしら?


だって、ミレーの初めてはもう手に入らない。


「マイヤーさんは、ミレーの初めての女性のことを知っているの?」


私は、せめて年齢やどんな女性だったかだけでも知りたいと願う。


「存じております。ですが、坊ちゃまにとって、それは掘り起こされたくない過去です。奥様であったとしても、絶対に開けてはならないパンドラの箱のようなものだと思ってください」


「そ、そんなに純愛だったの?それとも、認められない関係……」


私は、今までにないマイヤーの圧に圧倒される。


「本人に聞いたらダメなら、誰に聞いたらいいの?パンドラの箱って言われても、ミレーの初めての人のこと……もやもやするわ。もちろん、そんな過去の人に嫉妬しても仕方ないと分かってるの。」


「そう言う意味ではございません……そうですね……どうしても知りたいなら、先代様に聞かれるのがいいと思います。私の口からは絶対に言えません」


マイヤーは、まっすぐ私を見つめて、その気持ちは変わらないことを告げる。


「マイヤーさんがそういうなら……きっと私は知らない方がいいのよね。」


そう口にしつつも、私は知らないけど、向こうはミレーの初めての女は自分だと思っているのよね……


ミレーは、本当に私のことを愛してくれているし……


忘れた方がいいよね。


それに、18歳より前ということはわかるけど、何歳まで遡ればいいのかわからないし……


そんなもやもやしながらも、夫婦の寝室に行って、ミレーを待つ。


「そうだ……ねえ、影さん」


【知りません。私は何も知りません】


まだ何も聞いてないよ……


私は、うーん、聞けるところまで聞いてみようと考える。


「変なことは聞かないわよ。影さんは、いつからミレーの影をしているの?小さい時からだったら、きっと二世代とかになるのかしらね?」


【いえ、ミレー様が16歳からです。よって小さい時のことは知りません】


「16歳……」


意外と最近なんだわ。


なんだろう?


爵位を継ぐことを意識した頃からという感じかしら?


「我が家はお金がない家だったから影はいなかったの。侯爵家ぐらいになると影をつけるんだなって思っただけ……そうか、いいなあ、影さんもミレーの若い頃を知ってるのね」


嫉妬はしないが、ミレーと同じ歳なら一緒に成長して、今みたいな大人の男性ではない時も知ることができたのになと少し残念に思う。


だけど、我が家が借金をして首が回らない状態だったからこそ、白羽の矢が立った関係だ。


今までのミレーと関係があった人たちは、ミレーの歴史で、誰が欠けてもだめなのだ。


その関わりがあったから、偶然出会えた関係だ。


そう理解はしているけど……


「いいなあ、ミレーと最初に会いたかったな。でもそうなると私はまだ子供だから、ミレーの趣味を疑わないといけなくなるわね。うん、やっぱり今、会えてよかったんだわ」


うんうん、そう思おう。


だって、過去は変えられないんだもの。


そう思っていると、ミレーが入って来る。


「何をぶつぶつ呟いているの?今日は、一日中馬で駆けたなら疲れたよね?たまにはゆっくり眠る?」


「ふふっ、おしゃべりだけして過ごすのもいいですね……って、あれ?珍しい、お酒の香りがします」


私は、ミレーの口元に鼻を近づけてくんくんする。


いつもいい香りがするミレーから、珍しくアルコールの香り――


夜伽の後に飲むことはあるみたいだけど、前に飲むことは普段ないのに……


「あ、ああ……ちょっと私も疲れが出たみたいで、テイラーからもらったんだ……」


ミレーの歯切れもとても悪い。


おかしい……


「ミレー、何かあったんですか?私がセラフィーヌ様と仲良くしたから、お別れした時のことを思い出したとか?

ダメですよ。今は私のミレーです。過去は、ミレーの築き上げた大切なものだから嫉妬しませんけど、未来は嫉妬します」


思い当たることとしたらそれぐらいしかない。


先ほどまで元気だったのに……


もしかしたら、お土産のお茶を飲んで、セラフィーヌ様が恋しくなったのだろうか?


だったら、二度と何も買って帰らないようにしないと……


私は、ギュッとミレーに抱きつく。


「未来は、私以外の人は嫌です」


ミレーは、ふふっと笑って抱きしめ返す。


「こらこら、そんなこと言われたら夜伽の前に酒が飲めなくなっちゃうよ。全然違う。パトリシア以外に大好きな人ができるわけないでしょう。何度も言うけど、君が違う人と未来を見ないか私は、結婚しても、日々ドキドキしているんだからね」


「えーっ!ミレー以外に?ありえないわ。だって、ミレーだけが私にいつもどうしたい?って聞いてくれるし、好きに動いていいよって言ってくれるのよ。だから、ミレーを今以上に好きになるための未来しかありえないわ」


私がミレー以外の人と未来を見るなんてあるわけがないのに何を言っているのかしら?とびっくりする。


「だって、君ったら、私の過去の女性たちみんなと仲良くしてしまうんだもの。嫉妬すらしてもらえないなんて、まだまだだなあ、パトリシアを愛し足りてないかな?って心配してたのに……」


そういいながら、私を抱きしめたまま、ミレーはベッドに入り、小さく口付けを何度も贈る。


その度に、ふわりとアルコールの香りが鼻にかかり、私はいつもと違うミレーが心配になった。


「お会いした人やセラフィーヌ様に嫉妬することはないわ。だって、ミレーの過去があって、私は出会えて、妻になって、想い合えたのだもの。多分誰か一人かけてもダメなの。それに、多分セラフィーヌ様は口が悪いから、素直に言わないだけで、みんなミレーのことが好きよ。誰も悪く……あ、セラフィーヌ様は口が悪いから、心にもないことを悪くいうだけで……」


それを聞いてミレーは思わず噴き出す。


「そっか、セラフィーヌは私のことを悪く言うんだね。」


「本心じゃないのよ。私のことも悪く言うけど、なんだかんだで面倒見がいいし、裏もないの。だから、あなたのことも素直にいい人だって言えないだけ」


私は、まるで過去の彼女を悪い人のように伝えてしまったとあわあわと慌てる。

だが、ミレーは、君への執着が消えてきているようだから良かったと微笑むだけだった。


慌てて、どうやってミレーを元気つけようかと迷う。


「し、嫉妬ぐらい私もするのよ。えっと……」


あ……


でも、マイヤーさんに言われたんだった。


初めての女性のことは、パンドラの箱だって。


「嫉妬?」


「そ、そう!嫉妬よ。みんな美人だし、流行もよく知っているし、話題も豊富だわ。そう!だから嫉妬!」


「そう、だったら今度夫婦で参加しなければならない舞踏会があるみたいなんだ。その時は、君の苦手なおめかしを思う存分してもらうよ。君が、可愛くて綺麗な顔立ちをしているのを、私は隠し通してきたけど、そろそろ見せる時だよね」


ミレーは、そのまま私に深い口付けをする。


今日は、このままおしゃべりして眠るんじゃなかったの?


そう言おうと思ったが、いつもと様子が違う気がした。


なぜか、お互いの体温を身近に感じ、そばにいることを確認しないとミレーが壊れてしまうような気がしたのだ。


私はそのまま、ミレーの求めるまま、二人の夜を過ごしたのだった。





「あれ?珍しいね。朝目覚めたらパトリシアがいるなんて」


そのまま、心配でミレーのそばで、ミレーを抱きしめたまま私は朝を迎える。


もういつものミレーだった。


「ね、寝坊したんです。そんな日だってあります」


私は慌ててそういうと、目を細めてミレーは微笑む。


「ごめんね。心配かけた。やっぱりパトリシアは優しいね」


私の額に朝の口付けを行い、そっと頭を撫でる。


私はそのいつもと変わらない優しい態度になぜか涙が出そうになる。


「ミレーの妻は私だけだもの。ミレーがおかしかったらミレーを支えるのは当たり前だわ。私、歳下だし、常識が足りないことも多いし、あなたが好きな女性みたいに大人の雰囲気のある女性じゃないわ。でも、あなたを支えたいの。私には相談できない?」


ミレーは、思ってもなかったとばかりに目を見開く。


「そんなわけないよ。歳下だけど頼ってるのは私だし、パトリシアが常識が足りないなんて思わないよ。それに、君は自覚してないかもしれないけど私は君に支えられている。私の過去を、責めることもなじることもしない。それは……私にとってはどれだけ助けられていることか……」


はぁーっと、ミレーはため息をついた。


「だけど、今はまだ私自身思い出したくない過去と戦っているんだ。自分の中でその時のことが客観視できるようになれば、パトリシアにも伝えるよ」


「わかったわ」



思い出したくない過去?


新しい言葉が出てきたけど、これ以上は、ミレーを追い詰めないほうがいいわね。


今までこんなミレーを見たことがなかったもの……


私は渋々頷く。


その後は、久しぶりに二人で部屋で朝食にしてもらって、たわいもない話をしたり、闘犬のリスボンとラスボスにおやつをあげに行ったり、馬の世話を一緒にして二人の時間を過ごした。


「そうそう、ちょうど舞踏会があるし、発注をかけた新しいドレスが着られるんじゃないかな?」


結婚式が終わり、ミレーは何枚か社交界用の私のドレスを発注していた。


一からデザインを考えるドレスは、半年から一年は制作時間を要するので、そういえば作ってましたねという感じだ。


だが、私は少し微妙な顔をする。


ラッシュマダムの服は、とても素晴らしく注目されやすい。


ましてや新作――


でも、それを着ている私は、本当は注目されたくないのだ。


今でこそ、元カノさんたちが私を守ってくれるが、最初の頃はセラフィーヌ様のこともあり、憐れみの視線や不躾に私たちの関係が悪いことを、わざわざ遠回しに揶揄する声もあり、目立ちたくなかったのである。


「パトリシアは、本当に可愛らしいし美しいからね。君が誰にも負けない美しい女性であることを知ってもらわないとね」


「はは……元カノさんたちにこの顔は知られてますから……」


私は、思わず下を向く。


だいぶ綺麗になってきたが、手荒れもまだあるし、肌も適度にこんがりと焼けている。


「みんな、悔しいから言わないだけだよ。社交界で間違いなく君は目を引く美しさがあるよ。」


「そうストレートに美しいと言われると、本当に、美しい気がして困ってしまうわ。現実を客観視することは大切なのよ」


私は、ダメダメ、ミレーは口が上手いんだから騙されちゃダメよと思わず、頬を両手で押さえる。


それを見てますますミレーは笑った。


「もう少し君の自己肯定力をあげないとね。妻を着飾らせるのは夫の特権だから私から奪わないでよ」


そう言うと愛おしそうにミレーは私に触れて、私の唇に口付けるのだった。





「パトリシア、先代奥様が王家の舞踏会の前にお勉強のお誘いをされておりますがどうされますか?」


テイラーが、困ったように声をかけてきた。


「私から伺うと伝えて。ここに来られたら、みんな家の掃除をし直さないとおいといけなくなるし、テイラーさんやマイヤーさんの負担も増えるもの」


義父母は、いかにも貴族という、世にいう非の打ち所がない格式高い夫婦だ。


求める基準も高く、あの二人の言う通りにしたら使用人が萎縮してしまう。


使用人の乱れは、主人の指導が悪いせいだとミレーや、私はチクチクやられるのは分かっているし、それらを取りまとめるテイラーやマイヤーは間違いなくお叱りを受ける。


私が、義父母のところに行く。


それ一択しかない。


「そうしていただけると助かります。ところで……少し、マイヤーからも聞いたのですが、ミレー様の初めてのお相手の事、気になりますか?」


そう言われて、私はへっ?という顔をする。


そう言えば、初めての相手に少し嫉妬心があったが、その後のミレーの様子のおかしさにすっかり忘れていた。


そのため、慌てて手を振って否定する。


「いえ、今はそんなことより、この間からミレーの様子がなんかおかしい気がしてそっちの方が気に掛かります。何もできなくて歯痒いんですけど、へへっ……今は言いたくないみたいで……やっばり10歳も歳下じゃ頼りになりませんよね」


テイラーに、思わず本音が漏れ、頼りにならない妻であることを実感して、ぽろっと涙する。


「ミレーの初めての人も、気にはなってたんです。やっぱり、ミレーが選んだ人だから素敵な人なのかなって……」


もしかして、舞踏会には来るのかもしれない。


真剣に交際したのはセラフィーヌ様だけかと思っていたのだけど、交際できない何か理由があっただけで、忘れられないのかも……


ううん、だったら120人も付き合わない。ミレーは、行動はゲスに見えるけど、一人一人に本当に親切で優しく誠実なのだ。


だから、付き合いがかぶることもなかったし、一人一人からもらったものも、捨てられない。


それは、妻としては困るんだけど、たとえひと月でも付き合っている時はきちんと彼氏でいるんだと思う。


だからこそ、最近、いつもと違うミレーを見て不安なのだ。


「パトリシアからみて……ミレー様はどんな人に見えますか?」


テイラーは、涙ぐむ私を微笑ましそうに見つめた。


「みんな、ひどい人のようにミレーを言うわ。でも、ミレーは人のことをちゃんとよく見ているの。私が父母や周りの言いなりにならないように、ミレーに気持ちを向けるまで私の意思を尊重してくれたのも、彼の誠実な優しさなの。私だけじゃないわ。元カノさんだって、誰も彼を悪く言わない。行動はゲスだけど、誠実な優しい人だって思うわ」


行動だけ見たら、大量の女性、結婚したのに愛人を連れ込む、私を書類上の妻にしたひどい夫だ。


でも、彼はどの女性にもきちんと交際期間中は向かい合っているし、セラフィーヌに対しても、別れた後は、最後、困らないように金銭援助もしている。


私にも、自分が有責だと認め、婚姻関係をどうするか選ばせてくれたし、私と両思いになるまでは手も出されていない。


「では、少し言い方を変えましょう。ミレー様はパトリシアからみて誠実なのに、おかしいと思いませんか?こんな明らかにゲスな行動の連続。」


テイラーは、もう私を見て微笑んでいなかった。


そういわれてみれば……確かに、行動と性格が噛み合っていない。


「おかしい……たしかに……遊び相手なのに、毎月どうして彼女を変えないといけなかったのかしら?」


遊びこそ、一日で終わってもいいし、気に入れば不定期にあってもいい。


でも、みんな、ひと月と決めて付き合う。


ひと月以上は、親しくなりすぎるから?


「マイヤーはパンドラの箱だと言ったようですが、私はもうその箱を開ける時が来たのだと思います」


テイラーは、私に懇願するように話し続ける。


「お願いです。誠実であなたを純粋に慕うミレー様が、なぜ過去に多くの女性と付き合ったのか?なぜ、セラフィーヌに惹かれ騙されたのか?知っていただけませんか?」


私は、ごくりと息をのむ。


いいのだろうか?


ミレーは知られたくないのでは?


それでも、知って共に苦しんであげるべきじゃないの?



私は、反射的に頷いていた。


それを見て、テイラーはホッとしたように話を続ける。


「先代様はおそらくパトリシアにミレー様のことをお伝えするために呼ばれたのだと思います。

今度の舞踏会、バックミラー公爵の嫡男の婚約発表の場になるようですね」


「そうね。王家の舞踏会だから行かないわけにはいかないって……」


そういえば、ミレーがおかしくなったのはその話をした晩からだ。


「その嫡男の母、公爵夫人がミレー様の初めてのお相手です。もちろん望んだ関係ではありません」


「望んだ関係では……ない?」


望んだ関係じゃないのにどうして、そんな関係に……


私は困惑して眉をひそめた。


「ミレー様は、お茶に媚薬を盛られたのです。そして、無理やり公爵夫人に……」


私は、まさかの展開に、ミレーの優しい笑顔とこの間の不安定な顔が交差し、呆然とその場に佇んでいた。









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