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シカト  作者: 東京卑弥呼
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〈24〉最終話、簒奪者

エリアセンターでは、佐野が朝礼で整列しているエリアSの人々の前に立っていた。

「皆さんおはようございます。皆さんも既に御存知とは思いますが長嶺マネージャーは解任されました。そして、飯塚エリア統括本部長からこのエリアSを正すよう自分が仰せつかりました。私の役目は砂田によって乱れたこのエリアSを正常な状態に戻すことです。ようは砂田の手あかがべったりついた奴らを一掃することです」佐野は平然と言ってのけた。

それを聞いた倉持は額に脂汗をかいていた。

倉持は飯塚が来た日に、砂田が連行されるのを見て、エリアの人々が口々に夏樹をいじめた者は厳罰に処せられるという噂を小耳にはさみ、昨日から震えていたのだ。

それは倉持だけじゃない。英子も吉岡も同じだった。

佐野は再び、冷静に話し始めた。

「そこでどうすればいいか一計を案じ、一ついいアイデアが想い浮かびました。それをもって皆さんの想いや考えをぜひ知りたいと思っています。そして、それを今後のエリア運営に役立てていきたいと思います。別に大したことはしません。とても簡単なことです」

佐野は二枚の写真を両手で持ってみんなが見えるように掲げて見せた。

「ここに二枚の写真があります。中原さんと砂田さんの写真です。この写真を私の前に置きますので踏んでください。今まで通り砂田さんのやり方に従うのなら中原さんの写真を踏んでください。それとも中原さんが思っていた昔のやり方に従うのなら砂田さんの写真を踏んでください。簡単でしょ。ちなみに私はここを任された以上、中原さんが考えていたやり方を踏襲します。それが気に入らないのなら、私に従いたくないのなら、どうぞ中原さんの写真を踏んでください。その結果も考慮して、中原さんが放棄した荒れ地の耕地開拓を誰に受け継いでもらうか、適任者を決めたいと思います。では、とりあえず、そうだな」

佐野は黙って整列している人々を見渡した。いや、倉持を探した。

倉持は佐野と目が合わないように目を逸らしていたが、佐野は目が合うまでずっと黙ったまま倉持を見続けていた。

沈黙が続くので倉持は思わずチラッと前を見た。

佐野と目が合ってしまった。

佐野はニヤリと微笑んだ。

「じゃ、まず初めに倉持さんからお願いしようかな」

倉持は自分で自分の顔を指さした。

佐野は頷いた。

倉持は額に汗を浮かべながらゆっくり前に出てきた。

佐野は倉持に話しかけた。

「そういえば、倉持さん。センターに食料を貰いに来た中原さんのことを乞食呼ばわりしていましたね」

倉持は佐野の前で固まり、佐野を見た。その目からは明らかに動揺の色が伺える。

佐野は続けた。

「倉持さんは当然、砂田さんのやり方がいいんですよね。なんせ奴の太鼓持ちだったんだからな」佐野はだんだん語気を強め、倉持を睨みつけた。

倉持はビビっていた。

佐野は構わず続けた。

「まぁ、それもいいだろう。そもそもあの荒れ地の開拓を中原さんに押し付けたのは砂田なんだからな。あそこは働き甲斐があるぞ。なんせつるはしだけでは、そう簡単には切り株は動かないからな。まぁ、人生は長い。一生、荒れ地を開拓してるのもいいだろう。なんせ食べ物はセンターから訳アリ作物を貰えるんだからな、乞食のようにな」

佐野は敵意むき出しで倉持をねめつけた。

倉持はもう完全に落ちた。

佐野はそれにとどめを刺すように叫んだ。

「踏めよ、倉持! 踏んでみろよ!」

倉持は震えながら足を上げてゆっくり足の裏を写真に重ねるようにそっと踏んだ。倉持は息を飲んだ。そして、足を写真から外した。

倉持が踏んだのは砂田の写真だった。

「意外だな。俺はてっきり中原さんの写真を踏むと思っていたんだけどな。そんなに俺に従いたいのか?」

倉持は返事をしなかった。いや、もう落ちていて返事も出来ず、ただ脂汗を流すことしか出来なかった。

「まぁ、いいでしょ。荒れ地を耕すのは他にいるでしょう。俺に従うっていうのは正しい判断だが、しっかり、働いてもらうぞ、倉持」

倉持は直立不動なまま脂汗を垂らし続けた。

佐野は優しい声で言った。

「もう下がっていいですよ。倉持さん」

倉持はもと居た場所に戻ってホッとしていた。

「さぁ、どんどん行きましょうか」

佐野は両手を叩いて、明るい声でみんなを煽った。

砂田の女の英子も吉岡も誰も中原の写真を踏む者はいなかった。

砂田の写真はみんなに踏まれボロボロになり、もう誰が写っていたのかもわからなくなっていた。

佐野は写真の端をつまみ、「可哀想に。こんなになるまで踏まれて」と呟いてから、みんなに向かって言った。

「そうですか、みなさん僕に従いたいんですか。わかりました。では、仕方ありませんね。あの荒れ地の開拓は今回は適任者なしということで、適任者が現れるのを待ちましょう。もっともあの土地はもともとあってないような土地ですから、別に慌てて開拓する必要もないでしょう」

佐野は手に持っていたボロボロに踏まれた砂田の写真を二つに切って捨てた。

佐野は地面に置かれている夏樹の写真を取り、写真を見て、夏樹に話しかけた。

「中原さん、良かったですね。みんなあなたの考えを支持しましたよ」

佐野はみんなを見た。

「今までいろいろありましたが。でも、それは水に流しましょう。みなさんが僕に従いたいということですし、私は温情をもってみなさんと接しますよ。ですが、今まで砂田、長嶺によってこのエリアの生産性はだいぶ落ちています。そこで低下した生産性を上げためにノルマを設けます。宜しいですか?」

誰も返事はしなかった。

それは抵抗の意味ではなく、究極の日和見主義の集まりだけに従順の表れだった。

「聞こえませんね。何か言いましたか? 返事や挨拶は人として基本中の基本です。僕がおはようといったら、おはようございますと答えるのが礼儀というものです。親しき仲にも礼儀ありです。宜しいですか、みなさん」

佐野はみんなに向かって挨拶した。

「みなさん、おはよう」

「おはようございます」人々は言うがいかんせん小声で、声もバラバラだった。

「なんか声が小さいかな。みなさんおはよう!」

「おはようございます」先ほどより声が大きくはなった。

「まぁ、いいでしょう。おいおいです。兎に角、いろいろありましたが、一致団結して一生懸命がんばっていきましょう」

佐野は満面の笑みを見せた。


それからのエリアSの人々は何もなかったかのようにしっかり働いた。

それを見て佐野は思った。

〈砂田というタガが外れると、こうも容易く俺に従うようになるのか?〉

タガが外れて、纏まりを失った日和見主義の連中を従わせることがこんなに簡単なことだとは佐野も思ってもいなかった。

〈なるほど、なんちゃって農業か。ここにいるのはプライドや拘りを持って農業をやっている農家ではない。ただ生活のためだけに働いている。そんな連中を従わせることなど造作もないってことか。どうやら、俺の意のままになりそうだ〉

佐野はほくそ笑んだ。

エリアSの人々は、砂田、長嶺以前の姿に徐々に戻っていった。

エリアSの人々にとっては誰がエリアの支配者になろうと別段変わりはない。

それがこの国の生活保護の受け皿として存在する国営農場で働く者の姿なのだ。


佐野は一人事務所で英子のパソコンから砂田の横領のデータを見ていた。

「案外、まじめだったんだなぁ。俺ならこんな七面倒なことはしないがな」

すると電話が鳴った。

佐野は電話を取った。

相手は飯塚だった。

「これは飯塚様、どういたしましたか?」

「後任のエリアマネージャーが決まった。来月にはそっちに向かわせるから迎える準備をしておいてくれ」

「はい、わかりました」

「それより、どうだ。しっかりまとめたか?」

「おかげさまで、皆さん私に従い、良く働いております。エリアSの生産性は今まで以上にあがってます。いずれ飯塚様が国会議員に立候補する際、何かと物入りになるかと思いますので、そちらの方もしっかりご用意させて頂きますので、どうぞご安心ください」

その言葉の意味するところは横領。

佐野は一か八か、飯塚に仕掛けた。飯塚から横領の免罪符を貰えれば大っぴらに好き勝手にやれると。

飯塚は暫く黙った。そして、言った。

「お前、何か勘違いしてないか?」

「いえいえ、勘違いなどしておりません」

佐野は強気に押し通すように言った。

飯塚はまた、一瞬、沈黙した。

そして話し始めた。

「後任のエリアマネージャーを行かせなくても大丈夫なんだな?」

その返事を聞いて佐野はほくそ笑んだ。

「お任せください」

「なら、お前の好きにしろ」

「かしこまりました」

「まぁ、そのうち、お前の手を借りるときが来るやもしれん。それまでそこでマネージャーとして励んでいろ」

「わかりました。飯塚様からお声がかかるその日まで、こちらで出来ることをしっかりさせて頂きます」

受話器から一瞬、飯塚の高笑いが聞こえ、通話は切れた。

こうして、佐野は国策である国営農場のエリア始まって以来、二十歳、最年少のエリアマネージャーになった。

しかし、佐野はそんな肩書に興味はない。

佐野は飯塚との会話を終えると事務所の外に出た。

佐野はベンチに腰掛け、煙草をくわえた。

紫煙をくゆらせ、ふと呟いた。

「労せずして利を得る。漁夫の利とはまさにこのことだな」

佐野は微笑んだ。

そう、佐野は夏樹と砂田の争いをただ静観し、それを利用しただけなのだ。

「ほんと、案外だったな。権力っていうのは手に入る時は、いとも容易く手に入るもんなんだなぁ」

 佐野は建築中の公邸をそれとなく見た。

白い外壁が目に入る。

佐野は、ふと飯塚のことを思い出した。

「それにしてもあの白いスーツ。結婚式にでも出るつもりだったんか?」

佐野は暫く笑った。

佐野は、公邸を建てている作業員の姿を暫く見ていた。

「あの家に俺が住むのか。悪くない。長居するつもりはなかったが、どうやら少し長くなりそうだ」

佐野は紫煙をくゆらせながら愛理に思いを馳せた。

「あいつ、上手くやってるかな……」

佐野は脚組した。するとポケットに違和感を感じ、ポケットの中に何かがあることに気づいた。

佐野は脚を解いてポケットに手を突っ込んだ。指が何かに触れた。佐野はその触れたものをポケットから取り出した。それは折畳んである写真だった。佐野はその写真を広げた。

踏み絵に使った夏樹の写真。

佐野は咥え煙草をしながらその写真をマジマジと眺めた。

佐野は写真の夏樹に話しかけた。

「今ここに、あなたがいたら、あなたは何て言うんでしょうね? 咎めますか?」

写真の中の夏樹は何も答えない。

佐野は微笑み、煙草を深く吸い、紫煙を宙に向かって吐いた。そして、立ち上がり、煙草を地面に落とし、足で踏み消した。

「さて、暫くここで稼がせてもらうか」

佐野は背伸びをし、事務所に戻った。

ベンチの上には佐野が置き忘れた夏樹の写真が置いてある。

次の瞬間、風が吹いた。

風はベンチに置いてある写真を押し出し、写真は、風と共にどこかへ飛んでいった。


                              〈完〉



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