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17 出立

「準備はいいか?」

「こっちは大丈夫よ」

「同じく」

「えっと、大丈夫だと思います」


 ブルックさんの問い掛けにそれぞれが応える。

 慣れた手つきでヘッドホンを着け終えたスノーさん。

 慣れてはいないけど、すんなりとスノーさんに倣うエー。

 私はそんな二人に問答無用でヘッドホンを装着され、席に着かされている。

 ここはホークウィングという機体のコックピット部分。

 ホークウィングとはエーとスノーさん、ブルックさんが乗ってきたあの飛行機だ。

 私はこの場所、生まれ育ったエンドエンドから出ていく。

 エンドエンド。

 今まで私は別に自分が住んでいる場所について、気にもしてなかった。

 むしろ、わざと気にしないようにしていたかもしれない。

 家族全員が私に住んでいるここの地名を教えようとしてくれなかった。

 知りたいと思った時期に全員が全員嫌そうに答えてくれないことで母のことと一緒に聞かないようになっていた。

 母のことを知ったのはエーがエンドエンドを出ていくことで父と喧嘩していた時だ。

 その当時は家族三人の仲はとても良かった。

 いや、今も決して悪くはないのだろうとも思える。

 劇的な変化というか、自分でも驚くが今まで止まっていた歯車が動き出したというか、考えることを放棄していたのだろうと思う。

 一番近くにいた兄が唐突に母の復讐のために家から出ていく。

 父はそれを反対し、兄はそれで傷付いていた。

 いや、本当は父だって兄に業を背負わすならば自分が率先して復讐の路を進みたかったのだろう。

 それが出来なかったのは兄と私の存在があった。

 母を失った子供を残して行くことが出来なかったのだろう。

 それにどうやら私の存在が異常だったということもあるだろう。

 兄も確かに優れていた。

 だが、私と比べた時に明らかに劣っていた。

 兄はそれについて母の存在と即座につなげて考えていた。

 母によく似た私を案じてもいた。

 だから、兄は最初から父と喧嘩をした。

 外に出ていくことを許可しないという父の厳しさを見せつけること。

 誤算は二人とも思いのほか演技に熱が入ったこと。

兄は本気でレボリューションという存在が許せなかった。

父は兄の身が心配だった。

そして、私がその熱が入り切った喧嘩の現場に居合わせたこと。

居合わせたというか気付いて乱入した。

そして、私はこの生きていくのが大変なだけで優しいと思っていた世界が酷い世界だと知った。

母という存在を私から奪ったという存在に始めて本気で殺意を覚えた。

 だから、本気で父も兄も私を決して外に出してはいけないと思ったという。


「あれは人が出して良い物じゃない」

「エージェントでもあそこまでの殺気は出せない」


 ホークウィングに乗り込む前に珍しく家族三人で腰を落ち着けて話しをした時に種明かしをされた。

 エンドエンドという地名もここでようやく知った。

 

「イチロウ、そんなにか?」

「……正直、マリアがキレた時の3倍……」

「マリア姉さんの」


 父の発言にブルリと身体を揺するスノーさん。

 そう言われてみてもあの時のことは既に断片的にしか覚えていない。

 初めて父に本気で怒られたという記憶しかない。


「……二人で落とした」

「……うん?」

「あのまま、もしも暴れたらどうなるかという不安から父さんと締め落としたね」


 待て待て、確かにそこからの記憶はあいまいだと思った。

 まさか、記憶が無いのは物理的に覚えてられなかったからという事なのか?


「もしかして、ジロウ?」

「まぁ、手伝わされたな」

「どういう?」

「ジロウの技の中に催眠術に近い物がある」

「正確に言えば記憶を誤認させるっていう技だな。催眠といっても人を操るなんてのは脳に障害を与える術がないと成り立たない」


 スノーさんが一応、近くにまだいたジロウさんを睨むとすぐに白旗を上げて白状した。

 

「まぁ、既にアゲハにかかっていたものは解けてるな」

「そうなのか?」

「あぁ、誤認させて誤解させておくために必要最低限しか外的刺激を与えないようにしていた」

「……ほぉ」

「怒られるのは仕方ないと思うが、それだけヤバかったって言うことを考えてくれ、それに何も廃人にしたいってわけではないからな、適宜、刺激を与えてたんだぞ」

「カレー?」

「あぁ、いや、発見したのは本当にここ最近だからな」


 ジロウさんの言葉に真っ先に思い浮かぶ最近の変わった出来事として思いつくのはカレーだった。


「刺激としてはあれでも危険だったんだが、経過観察的にそろそろ大丈夫かなと言う気もしていたんだ」

「だから、連絡をした」


 あの塔での連絡はそういう意味もあったのかと腑に落ちるというか、なんというかだ。


「なるほど、私たちの登場は大いに刺激になったと?」

「結果的には、だ」


 最初は私の扱いのことで敵対もやむなしという判断もしていたのだから、父たちにしてみれば危険な賭けだったという事だろう。

 ただし、スノーさんの溺愛っぷりに毒気を抜かれたというか、溺愛のあまりに殺気立ったことで話合いという時間稼ぎをしようということになったという事情もあったらしい。

 

「そして最終的にはアゲハを預けてくれるということだな?」

「あぁ、精々鍛え上げてくれ」

「鍛え上げて構わんのか?」

「力がある。それを使えないのではなく使いこなせない状態なのは本人にも周りにも良くない」


 父が困ったようにそう言った。


「片鱗を見知っているからこそ、イチロウの言葉に納得するしかないか」


 そう言ってスノーさんは腰のあたりに丸めて止めている先端がくっつき直した鞭を一瞥した。


「そう言うことだ」


 父はそう言うと話しは終わったという感じでスノーさんとギルドというかなんというか小難しい話をし始めた。

 まぁ、私も話しておきたいことはほとんどないのでそそくさと支度を整えて、スノーさんに手を引かれる形で飛行機に乗り込んだ。

 見送りは特になかった。

 ただし、


「そのうち、会いに行く」

「そうだな」


 父の言葉にジロウさんも頷く。


「来るのか?」

「避ける理由が無くなったからな」

「そうか」


 スノーさんが確かめると父は少しだけ肩を落として頷いた。


「自分から行かないと連行させられるだろうからな」

「なんなら、これに乗っていくか?」

「……準備がいるからな」


 スノーさんがからかい気味に父に問いかけると父が遠い目をしてから、搾り出すように答えた。


「まぁ、ここでイチロウが抜けると厳しくなる部分も大いにあるんだ。なんなら、誰か暇してるやつを送ってくれよ」


 ジロウさんが気楽にそう言った。


「……食料のこともあるし、ルーク当たりが興味を示すかもな」


 スノーさんが考えるように発言した。

 

「堅牢堅守か。助かるな」

「だけですめばいいが……」

「不穏だな、おい」

「……墓参りということになるとな」

「まぁ、そういうことならなぁ……」

「いや、下手に拡がると面倒だから情報は小出しにする。ドクトルにはアゲハの事もあるから報告しておくが」

「こっちからもマリアには一報を出しておく」

「連絡が付くのか?」

「いや、あくまで一方通行であの人が気付けばの連絡だ。向こうに伝わるのがいつになるのか分からないが、結果は伝えておかないと」

「そうしてくれ。私の連絡方法も似たような感じだな」


 というようなやり取りがあった。

 見送りというのか、これはと思っていると父が私に声をかけてきた。


「まぁ、そのうち会いに行く。それまでは大人しくしていろ」

「なんか、大人しくしないと思われてる?」

「……お転婆なのがお前の本質だからな」


 失礼な。

 ちょっと興味があればそれに集中して暴走することが多かっただけ。

 最近ではそんなことはなかった。

 いや、最近はどうやら催眠術とかいうもので大人しかっただけだから、それが無くなったので心配されているのであれば失礼ではないのか。


「エー」


 乗り込もうと近づいてきていたエーに父が声をかけた。

 会話内容は聞こえていたらしく、声をかけられた意味は即座に分かったらしい。


「一応、面倒は見るけど、期待しないでね」

「駄目なのか?」

「というか、ほら、保護者は僕じゃなくて……」

「私が気にすればいいのだな」


 スノーさんがニコニコとしている。

 それに対して眉間にしわを寄せる父。

 エーは苦笑している。

 

「まぁ、悪いようにはならないだろう」


 父が最後に締めた言葉には諦めた感情がにじみ出ている気がしたが、気のせいだと思う。


「アゲハ持っていく装備はそれでいいの?」

「うん」


 そう言えばとエーが私に聞いてきた。

 服とか小物とかはカーシャが用意してくれた物で問題ない。

 エーが聞いてきた装備とは武器の事だ。

 私は今、母の銃しか持ってない。

 刀は父に返した。


「そう」


 エーはそれ以上聞いてこない。

 別にくれるなら貰っても良いかなとは思った。

 でも、あの刀は父の刀だって気持ちがある。

 なんていうかそれを持っていく気にならなかった。

 じゃあ、母の銃は良いのかってことだけど、そっちについてはエーも父も手に取ろうとしないで、私が取るべきとでもいう空気を醸し出されたので、受け取った。

 そういう話だ。


「そろそろ乗ってくれ」


 先に乗り込んでいたブルックさんに催促された。


「じゃあ、行ってきます」

「ではな」

「……」


 エーがいつもここから出ていくときのように自然に。

 スノーさんは私の手を放して先に。

 残された私は何を言えばいいのか分からずに。

 二人が先に行ってしまったので後を追うべきと思うのに足が止まる。

 こういう時どうすればいいのか分からなくて顔を下にして、言葉につまる。


「いってこい」


 アイの声。

 顔を上げる。

 全員がいた。


「大集合だ」

「おう、妹がいなくなるのに見送らないわけないだろ」


 私はなんとなく軽口を叩いた。

 鼻の奥がツンとする。

 ジェイの言葉に全員が頷く。


「まぁ、別に誰もお前のことを心配してないけどな」

「えぇ……」


 続けてジェイが言ったことに父すらも頷くので私は肩を落としてしまった。

 

「大丈夫だろう? なんせ俺らの妹なんだから」

「……っ」


 本当にそう言う所がジェイだ。

 お調子者の真っ直ぐな言葉。

 期待されているという感じだ。

 しかも、ジェイだけじゃない。

 全員がそういう気持ちでいるんだろう。


「アゲハ!」

「はい!」


 染みついた条件反射だ。

 カーシャの一喝。

 訓練の時から軟弱な返答をするとボコボコにされたので、泣きそうな感情も忘れて元気に返事をした。


「時々、帰ってくること!」

「はい!」


 あれ、帰ってこれるのだろうかという疑問を覚えたが、帰ってこないとカーシャにボコボコのボコボコにされる未来が視えたので、何が何でも帰ってこようと決めた。


「帰ってくるんなら、さっさと行きなさい!」

「はい! 行ってきます!」


 結局、カーシャに言われて乗り込んで、そのまま離陸の準備とチヤホヤされたという流れ。

 そして、今、準備は整った。


「離陸するぞ」


 ヘッドホンからブルックさんの声がした。

 コックピットから見える景色が徐々に上へ上へと昇っていく。


「じゃあ、出発だな」


 その言葉と共に景色は横へと動くようになる。

 コックピットから見える風景。

 空を飛んでいるからこそ、景色を見るためには下を見ないといけない。

 私は外が良く見える席に座らせていたらしい。

 高い所は平気だ。

 だからこそ、私は目を奪われる。


「凄い……」


 世界は広いんだ。

 遠のいていくエンドエンド、故郷。

 それが小さく見えるほどになる。

 でも、見渡しきれないほどに世界は繋がっている。

 エンドエンドは廃墟と砂漠の世界だった。

 遠くに森が有ったけど、その森だってここから見れば小さい。

 森があって、また砂漠があって、森があって、廃墟があって、小さく見える何かがいる。

 モンスターだ。

 いや、ここから見てあの小ささであれば本当は凄く大きいはずだ。

 私は流れてゆく世界を延々と見続ける。

 ドキドキする。

 ドキドキしない方がどうかしている。

 この世界はきっとものすごく過酷だったり理不尽なんだろう。

 でも、この世界を私はほとんど知らないのだ。

 それを今から知れるんだと思うとたまらない。

 荒廃した世界。

 

「どこへ行けるのか。ううん、どこへ行こう」


 そうだ、どこに行けるのかじゃない。

 私がどうしたいのか、だ。

 この砂塵の世界で私はどこへ行くのだろう。

 そんな気持ちになる。

 漠然として目標もないことへ不安を覚える?

 むしろ、逆だ。

 分からないことが楽しいんだ。

 だからこそと心の冷静な部分が思う。

 まずは力を付けないといけない。

 やらないといけないことが増えていく。

 でも、まずはこの景色をもう少し見ていたいと私は目を凝らすのだった。

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