43収穫祭
クリスに押し込まれた馬車の中では、何とも言えない静寂が流れる。
ガタガタとスプリングが揺れ、体が何度も跳ねた。
車ばかり乗っていたから、この振動腰にくるわね。
そんな事を考えながらチラッと視線を向けると、クリスはこちらを見もせず、ずっと窓の外を見つめている。
その姿に私も外を見つめると、電灯のない月夜が照らす町並みがゆっくりと過ぎ去っていった。
そして城へ着くや否や、クリスはすぐに私を抱きかかえると、馬車を降りる。
「ちょっと、自分で歩けるわよ」
「ダメだ、こうしていないとすぐに逃げ出すだろう」
逃げるつもりはなかったが、色々と前科はある。
私はプクっと頬を膨らませクリスを睨みつけるが、反応は返ってこない。
渋々彼にしがみつき不貞腐れていること数十分、王子の自室へやってきた。
懐かしい彼の部屋、懐かしい匂い。
あの日この部屋に来て、窓から外へ逃げ出した。
感慨深い思いで部屋を眺めていると、ベッドの上に下ろされクリスは動きを制すように覆いかぶさる。
棚にある灯篭に明かりを灯し、二人の影がゆらゆら揺れた。
「さぁ、全て話せ」
吐息を感じる距離に思わず後退る。
だが後ろは壁。
体を半分起こしたまま彼を見上げると、深いため息をつきながら経緯を話したのだった。
3年前のあの日、聖堂から異世界へ生まれ変わり、記憶を持ったまま里咲となって生活してた。
18年その世界で過ごし、杏奈を巻き込んでこの世界へ戻ってきたこと。
彼女に聖女を任せ、平民として生活しようとしていたこと。
けれどあの日、北の塔が火事になり、リックに知られてしまったこと。
私の正体を秘密にしてほしいと脅して、彼の家に転がり込み生活していたこと。
でもいつまでもこのままじゃいられないから仕事を始めたこと。
「とういうわけなのよ」
クリスは深いため息を吐きだすと、私からそっと体を離した。
「はぁ……話はわかったが、どうして最初に隠す必要があったんだ?城から離れた場所で生きていきたかったのか?」
私はゆっくりと体を起こすと、彼の隣に並ぶように座る。
「最初は……聖女になりたくなかったから……。私が聖女なんて皆をがっかりさせてしまうじゃない。クリスだって私が聖女だと知ってがっかりしているでしょう?」
「まぁ……リサは聖女って柄じゃないよな。けどガッカリはしていない」
「本当に?」
そっとクリスを見上げると、琥珀色の瞳が優し気に揺れる。
「あぁ、それよりもこうしてまた会えて嬉しい」
素直な反応にどう返していいのか戸惑う。
彼はいつも憎まれ口ばかりで、よく喧嘩していたし何だか変な感じ。
「どうしたの?熱でもあるの?」
「おまっ、失礼な奴だな。まぁこうやって言い合えるのは幸せなことだよな。お前が居なくなるまで気が付かなかった。当たり前すぎて……大切さに気づけなかった」
クリスはそっと私の体を包みこむと、そのままベッドへと押し倒す。
「ちょっ、なんなの!?」
真上にはクリスの姿。
じっと見下ろす彼の表情は私の知っている彼とは違う。
「エリザベスとして城に戻れ。3年前にできなかった結婚をしよう。あの時に準備した品は全て残してある。あぁ、そうだ、収穫祭の日にするか。壮大に祝おう」
「何を言い出すのかと思えば、3年もいなかったのよ。あなたの婚約者は他にいるでしょう。恋人?だってたくさんいるでしょうし、好きな人を選びなさいよ。私がいなくなったことで婚約破棄はされているのに、今更どうしたの?」
彼の考えていることがわからない。
ずっと私と婚約破棄をしたいと願っていたはずよね。
琥珀色の瞳を見つめながら首を傾げると、彼は小さく笑みを浮かべた。
「婚約破棄していない。待っていたと言っただろう?」
婚約破棄をしていない?
どういうことなの?
目を見開き首を傾げると、彼の顔が間近に迫る。
「俺の妻はお前以外いない」
「意味が分からないわ。本当にどうしちゃったの?」
彼の額に手を当ててみると、彼は指先を絡ませるように私の掌を捕らえた。
「調子のいいことを言ってる自覚はある。お前と婚約中に俺は女と遊び呆けていたからな。だがお前が居なくなって気が付いたんだ。リサが居たから俺は救われていたんだってな」
「何よそれ。気持ち悪いじゃない」
「おまっ、気持ち悪いってッッ、はぁ……まぁそういうことだ。俺と結婚するのは嫌か?」
「えっ……嫌じゃないわ。それはずっと決まっていたことだもの。だけど……今は違うでしょう。あーもう、意味がわからないわ、一体何が言いたいのよ!」
絡んでた指がギュッと握りしめられると、体重をのせながら優しくベッドの上へ縫い付ける。
「ここまで言ってもわからねぇのか。本当にお前は鈍いな。俺はお前が好きだってことだ。リサ、愛している」
近づいてくる彼に驚き顔を持ち上げると、ゴツンッと鈍い音が響いた。
「いってぇッッ」
私は額を押さえながらも体を起こすと、クリスを突き飛ばし慌ててベッドから飛び降りる。
「ちょっと待って、今更何を言い出すのよ!そんな素振りなかったじゃない。婚約しても友達でッッ、それにいつも令嬢とッッ、それはまぁいいのよ。だけど好きだなんて、ありえないわ」
クリスは痛そうに顔を歪めながらおもむろに立ち上がると、こちらへ近づいてくる。
好きだなんて、どうなっているのよ。
彼の告白が頭の中で反芻すると、頬に熱が高まっていく。
こんなこと初めてでどう対処していいのかわからない。
狼狽しながらもジリジリと近づいてくる彼から後退っていると、気が付けば背中が窓に触れていた。
窓から月明かりが照らし、二人の影が大きく映る。
「お前でも照れるんだな。可愛いな」
「かっ、可愛いッッ、はぁ!?照れてないわよ。ちょっ、近づかないで!」
彼を突き放そうと手を伸ばすが、その手は簡単に捕まりまた追い込まれる。
「そう喚くな。3年前から誰一人抱いていない。この部屋に女を連れ込んだのは3年ぶりだ」
「……ッッ、なんなのよ……」
彼が触れている手首が熱い。
振り払おうとしても大きな手がそれを許さない。
どうしようもなく、真っ赤になっているだろう顔を隠そうと頭を垂れた。
触れる彼の手が微かに動くと、肩がビクッと跳ねた。
「怯えるな、何もしない。まぁ……伝えればこうなることは予測していたからな。今日はここでゆっくり休め」
「へぇ!?」
変な声が飛び出し顔を上げると、クリスは手を離し私の髪を優しく撫でた。
優しい笑みを浮かべると、そっと体を離し静かに部屋を出て行った。




