42収穫祭
今もこうして怒っているのは、私が嘘をついていたから。
リックと杏奈とグルになって彼を騙していたから。
このまま城へ戻れば、3年前の居場所が用意されるだろう。
貴族であったエリザベスなら温かく迎え入れられるだろうが、果たしてそれは真実なのだろうか?
3年の間、私が居ないことが当たり前の世界で。
私の場所には別の誰かが存在しているはず。
そしてその存在が皆に必要とされていたのなら、戻ってきた私はお邪魔虫で……。
それを知るのが怖かった、見たくなかった。
必要ない存在、厄介者になりたくなかった。
自分の居ない世界で、居場所がなくなっているのを知りたくなかった。
だからこんなくだらない嘘をついてでも、エリザベスに戻りたくなかったのだ。
惨めな思いをしたくないから、きれいごとを並べて自分に言い訳していただけ。
自分は里咲だと言い聞かせて。
馴染めなかったあの世界が自分の世界だとそう思い込もうとした。
あの世界の記憶は大半が薄れ、まるで夢だったのではと思えるほど朧気なのに。
クリスは黙り込む私へ手を伸ばし強く引き寄せると、腕の中に閉じ込める。
そのまま首筋へ顔を埋めると、震えた声が耳に響いた。
「バカッッ、必死にならないわけないだろう!俺はずっとお前を探していた。戻ってくると信じて待っていたんだからな!」
いつもの憎まれ口ではない真っすぐな言葉に、私はゆっくりと顔を上げる。
琥珀色の瞳を見つめると、そこに嘘偽りはない。
本当にずっと探していてくれていたの?
友人として過ごした日々は、私にとって宝物だった。
だけど婚約者になって……成長して何かが変わってしまったとそう思っていた。
でもそうじゃなかった、彼は私を大事に想っていてくれていた事実に胸が熱くなっていく。
「……ごめんなさい」
そうぼそりと呟くと、彼を抱きしめるように腕を回した。
自然と涙が溢れ私はそっと瞳を閉じると、彼の胸に顔を埋めたのだった。
どれぐらいそうしていたのだろう、日が沈み辺りが暗闇に染まる中、裏口からオリヴィアがやってきた。
私達の姿に戸惑いながら、窺うように視線を向けると、おもむろに口を開く。
「ごめんなさい、取り込んでいるところ申し訳ないんだけれど、そろそろ開店してもいいかしら?」
私は慌てて顔を上げ涙を拭うと、オリヴィアへ顔を向ける。
「ごめんなさい、すぐに行くわ」
クリスの胸を押し返し腕から抜け出そうとすると、彼は許さないと言わんばかりに抱きしめる力を強めた。
「ちょっと待て、お前本当にここで働いているのか?ここは酒場だぞ?」
「えぇそうよ。何か問題でも。城からでたんだから、自分のお金は自分で稼がないと生活出来ないもの」
「ダメだ、今から城に来てもらう」
「無理よ。私にも都合があるの。店に迷惑をかけるわけにはいかないわ。連日超満席なんだから」
身をよじらせ腕からすり抜けると、クリスは納得いかない様子で子供の様に不貞腐れている。
聞き分けてと睨みつけると、いつの間にか傍に来ていた杏奈が恐る恐るに手を挙げた。
「あのっ、私が残ります。もうお城に帰れないですし……。里咲さんの代わりになれるかわかりませんが、居酒屋でのバイトの経験もあるので……精一杯頑張ります」
「杏奈ッッ」
杏奈へ顔を向けると、彼女はニッコリ寂し気な笑みを浮かべていた。
任せて下さいと胸に手を当てると、大きく頷く。
その姿になんと答えていいのかわからない。
クリスは複雑な表情を見せるが、すぐにいつもの表情へ戻ると、リックへ向かって手を挙げた。
「リチャード、彼女の事を任せてもいいか?」
「キャッ、ちょっとッッ!?」
リックの方を見ないクリスに彼は敬礼を見せると、静かに頷く。
クリスは私の体を横抱きで持ち上げると、そのまま馬車へと連れて行ったのだった。
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杏奈視点
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里咲さんに会わせるためにやってきた酒場で、私は初めて王子の素顔を見た気がした。
あんなに取り乱す彼の姿を初めてみた。
私が今まで見ていた王子は本当の彼ではなかったのかな……。
大人っぽくて優しくて……落ち着きがあった。
だけど目の前にいる王子は、無邪気で子供っぽくて表情が豊かで……。
里咲さんと話す彼は自然な表情浮かべていて……。
お互いを抱きしめあう二人の姿に、連れてきて正解だったのだと実感する。
私なんかが入り込める隙なんて最初からなかった。
私ではやはり物語の主人公にはなれなかったのだ。
ズキズキと痛む胸を押さえながら、目を逸らさず私は二人の姿を目に焼き付けた。
里咲さんと王子が馬車へ乗り込み去って行くのを眺める中、私とリチャード様はその場に残る。
小さくなっていく馬車を見つめるその横顔は無表情だが、目の奥が微かに揺れていた。
その姿を見てすぐにわかったの。
「リチャード様はその……」
里咲さんを好きだったんですね。
そう言葉を紡ごうとすると、リチャードのサファイアの瞳が私を射抜く。
それ以上言わないでくれと、目で訴えかけるように。
私が王子をここへ連れて来なければ、彼と里咲さんはきっと……。
彼からしたら余計な事をしてくれたと怒っているのかもしれない。
そう思うと、私は言葉を飲み込み、恐る恐る顔を上げた。
「これが正しい選択なのです」
寂し気に呟いた言葉に胸が痛むと、王子の笑顔が頭を過る。
もう傍で見ることは叶わないその笑顔を必死に焼き付けながら、私は酒場へと戻ったのだった。




