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32閑話:彼女との出会い (リック視点)

風にのって焦げた匂いが鼻孔を擽る。

おもむろに振り返ると、北の塔は燃え尽き灰が舞っていた。

レンガが半分倒壊し、彼女が暮らしていた部屋は跡形もない。

少しでも助けが遅れていれば、こうして彼女を抱きしめることはできなかっただろう。


そろそろ戻らなければいけない。

僕の役割はエリザベスを連れて城へ戻り、全てを報告すること。

だが報告すれば彼女は王子と結婚し、妃となってしまう。


王子はずっと彼女を待ち続けている。

真意はどうであれ、貴族たちの前で宣言したんだ。

エリザベス以外の婚約者はいないのだと……。


だが触れた彼女の熱にその瞳に、躊躇する自分がいる。

彼女の存在を改めて実感すると、ずっと蓋をしてきた想いが一気に溢れ出した。

このまま僕だけのエリザベスとして、閉じ込めてしまおう、そんな考えが頭を過った。

何を血迷ったことを考えているのだろう。

彼女がいなくなったあの日、自分の浅ましさを自覚したはずじゃないか。


そっと顔を上げ彼女を見つめると、想いを心の奥へ仕舞いこむ。

王子の元へ戻ろうと小さく柔らかい手を握りしめた刹那、彼女は言った。

エリザベスであることを秘密にしてほしいと、でなければこの国から出て行く。

そう僕を脅してきた。

彼女の発言に目を丸くするが、突拍子もない姿が昔と相も変わらない様に、胸の奥からまた熱が込み上げる。


こんな馬鹿げた提案を受ける必要はない。

ここで彼女を捕らえて城へ引き渡せば、逃げる逃げないの話ではないのだから。

出来ないと突っぱねるべきだとわかっているが、想いとは裏腹に僕は彼女の提案を受け入れていた。

そしてそのまま彼女を僕の屋敷へ連れて行き、一緒に暮らすことを選んだ。


暮らす家は3年前彼女が居なくなった後に用意させたあの屋敷。

彼女の捜索が打ち切られ、単独で彼女を探すために必要だった。

聖堂に近いその場所で、ずっと彼女を探し続けてきた。

それに……彼女の居ない世界が戻って行くその様を受け入れられなかった。

そんな様を見ていたくなくて、一人になりたいと用意させたんだ。

両親には仕事に専念したいと理由をこじつけて、誰もここの屋敷へ近寄らせなかった。

ここなら彼女を匿えるだろう。


そこから始まった二人だけの生活。

彼女とこんな風に暮らせる日が来るなんて考えもしなかった。

職を探すと息巻く彼女を爵位を使って妨害し、屋敷の中に閉じ込める。

公爵家であった彼女を働かせるなんて考えられなかった。

だが今思えばそれは建前で、外の世界へ出て、彼女が僕から離れていくのを恐れていたんだ。


仕事が終わり家へ帰れば、彼女が手料理を用意して待っていてくれる。

食卓を囲み他愛無い話に花を咲かせるそんな日常。

夢のようなひと時が僕を満たしていった。


昔のように愛称で呼び合うようになり、新婚の夫婦のようだとそんなバカなことを考え浮かれていた。

もちろん彼女にとって僕はただの友人だろう。

だけど傍に居てくれるそれだけで満足だった。

だって彼女は僕のものになるはずのない人だったから。


異世界の話を聞き、その世界でも僕の事を考えていてくれた事実に嬉しいと感じた。

彼女の口から大切な人だと聞き舞い上がった。

深い意味はないとわかっている、けれどにやけてしまう自分はまだまだ修行が足りないのだろう。


そして彼女と過ごすうちに、僕はある疑問を感じ始めた。

彼女が自分の正体を隠したいのは、エリザベスに戻りたくない、そう思っていた。

貴族に縛られたくないと、そんな理由だと考えていた。

里咲として貴族に縛られない生き方が幸せだったのだと。


けれど彼女はエリザベスだった頃の話をすると、嬉しそうに話が弾む。

両親や友人について話すと、嬉しそうに笑みを見せる。

だが逆に異世界の話を振ると、言葉を詰まらせあまり話そうとしない。

異世界の里咲に執着があるのであれば、もっと話をするのではないか。

エリザベスに戻りたくないのなら、友人や両親のことにこれほど興味を持つだろうか。

彼女は一体何のためにそこまで存在を隠しているのか、そんな疑問が何度も頭を過る。


エリザベスに戻ったとしても、彼女を恨んだり憎んだりしている人はいない。

彼女は予想外な行動を起こすが、貴族としては十分に力や信頼関係を築いていた。

街で働きたいのだと言えば、監視はつくだろうが可能だろう。

爵位があれば彼女が語った異世界の技術を広めることも容易い。

王子との婚約が嫌なのであれば、聖女の権限をつかって断ればいいだけのこと。

けれどそうしない。

その理由は……?

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