23新しい暮らし
その夜私は家に帰ると、玄関前で右往左往しながら考え込んでいた。
酒場で仕事をすると伝えないとダメよね。
ただ一筋縄ではいかないでしょうけれど……。
過保護なリックなら、酒場は危険だと言うはずだわ。
それをどう説得しようかしら……。
でもその前に最初の一言目が大切よね。
どう切り出そうか悩んでいると、ガチャと扉の開く音が耳にとどいた。
ハッと顔を上げると青い瞳と視線が絡む。
頭が真っ白になり狼狽する中、リックを見つめると彼は不思議そうに首を傾げた。
「リサ、どうしたんですか?」
問いかけに思わず口を開くと、そのまま言葉にしていた。
「リックおかえりなさい。しょっ、職を見つけたのよ。明日から働くわ」
あっ、つい言ってしまったわ……。
リックは驚いた様子で目を見開くと、こちらを見つめ返す。
「……どちらで働かれるのですか?」
「あー、えーとそれは……酒場のラムというお店よ。街の外れにあってね、今日体験で少し働かせてもらったの。お客さんも良い人ばかりでね、給与も他のお店よりも多いのよ。あっ、そうだわ、オーナーのオリヴィアさんも素敵な人なの」
悪い事をしたわけではないが、なぜか早口になってしまう。
次第に不機嫌になっていくリックの纏う空気に、思わず視線を逸らせた。
「リサ、酒場なんて絶対にいけません。危険すぎます」
リックは私の肩を掴むと真剣な眼差しで覗き込んだ。
強い否定にムッと唇を噛むと、青い瞳を見つめ返す。
「リック、心配しすぎよ。酒場といってもレストランと変わらないわ」
「……ッッ、わかっていない。酒場といえばやってくるのは男ばかりですよ。反対です、そこで働くのなら、僕が別のところを紹介しましょう」
「今まで邪魔しておいて何を言い出すのよ。もう働くと約束してきたの、今更断れないわ」
「では私が断ってきましょう」
迷わず出て行こうとする彼の様子に慌てて引き留める。
「ちょっと、待ちなさいよ。私はもう公爵家の令嬢じゃないわ。一人で外出しても人さらいにあうような立場じゃないの。権力もお金もないんだから」
「そういうことを言っているんじゃないんですよ」
「じゃぁ何なのよ。私はもう子供じゃないわ。リックは過保護すぎよ」
服の裾を掴み強く引っ張ると、青い瞳が私を射抜く。
いつもと違う空気にジリッと一歩後ずさると、思わず息を飲んだ。
「言葉で説明しても伝わらないのであれば、わからせるしかありませんね」
彼はボソッと呟くと、私の腕をとり強く引き寄せる。
そのまま扉に押し付けると、手首が縫い付けられた。
抵抗しようと力を入れてみるもビクともしない。
「なっ、リック離して」
青い瞳を睨みつけると、彼の顔がゆっくりと近づいてくる。
吐息を感じる距離に思わず息を止めると、体が動かない。
「体術を習得していたとしても、男は簡単にあなたを組み敷ける。こうなったときどうするおつもりですか?」
いつもとは違うリックの様子に、恐怖心が込み上げる。
答えない私の様子に強引に腕を持ち上げられ頭の上に一つにまとめられると、大きな手が手首を拘束した。
空いた手が服の下へ伸びてくると、冷たい指先が素肌に触れる。
「ぃやっ、リックッッ」
青い瞳を見つめながら彼の名を呼ぶと、手の動きが止まった。
今にも触れてしまうそうな唇がそっと離れると、拘束していた手の力が弱まる。
私はリックの手を跳ねのけ突き飛ばそうとすると、その手がまた捕らえられた。
「……わかりましたか?あなたは女性で男の力には敵わない」
「……ッッ、そんなこと言っていたら何も出来ないじゃない!これ以上リックの世話になりたくないの。あなたといると……里咲であったことを忘れそうになってしまう」
感情的になり咄嗟に口走った言葉にハッと我に返る。
「どういうことですか?」
「何でもない、何でもないわ。それよりも明日から夜は酒場で仕事をする。今までのように夕食は作れないわ。お金が貯まり次第ここから出て行く」
リックの顔を見ず言い切ると、腕を掴む手に力が入り、鈍い痛みを感じた。
「出て行かれるのですか?」
「えぇ、いつまでもあなたの世話になるわけにはいかないわ」
痛みを我慢しながら顔を上げると、リックを真っすぐに見つめかえした。
このままリックの傍に居れば、エリザベスに戻りたいとの思いが強くなってしまう。
それはダメなの、ダメなのよ……。
青い瞳に私の姿が映し出されると、瞳の奥が微かに揺れた。
表情は変わっていないが、傷ついたような寂しそうな瞳。
彼は小さく唇を噛むと、そっと視線を落とした。
「わかりました……。仕事するのはとりあえず様子をみます。ですが家を出るのは絶対に許さない。あなたが心配で仕事が出来なくなる。僕のためにもここに居て下さい」
「リック……ッッ」
「ここに居て下さい。仕事が終わり次第、酒場へ迎えに行きます。夜道は危険です、それはわかるでしょう?」
有無を言わない彼の雰囲気に私は思わず頷くと、リックは私の手を離し立ち去る。
解放された手首へ視線を向けると、赤い痣が浮かび上がっていた。




