Chapter1-11 ルーバス再び
陽は完全に沈み、また一日が終わろうとしている。
七波はエマと別れ自室に戻った後も権能の発現に慣れようと一人で練習を続けていたが、 結局その身に備わるという権能の正体は見えてこないままであった。
全身に力を込めて気を放つと、近くに置いてある小物が揺れ出す。
それを幾度か繰り返し、少ししてから七波は長いため息をついて体の力を抜いた。
椅子に腰かけ、静かに揺れ続けている小物達を彼はじっと眺めた。
触れることなく物を揺らすという感覚は、概ね掴むことが出来てきている。
しかし、揺れの強さは途中から全く変わらなくなってしまっていた。
練習を重ねれば重ねるほど右肩上がりにその発現の度合いが強まっていくと期待していたのだが、どうも早くも壁のようなものに阻まれてしまったのではなかろうか?
と、七波はそんなことを考えてしまう。しかしその一方で物を揺らすことそれ自体は自身の権能の本質ではないのではないかとも感じていた。
物体の揺れ、つまり振動。それは発現の結果として目に見えている部分ということでしかなく、必ずしも権能の意味を示すわけではないはずだ。大切なのは、物体が振動する意味と、要因である。
だからこそ揺れそのもの自身は権能の本質ではなく、ただの権能の副作用でしかないのではないかと七波は感じていたのだ。
召喚とやらが十全に行われていれば、こんな苦労をするまでも無く特殊な能力を振るえていたのだろうか?
七波は煮詰まった頭を振って、それから気付けるように両手で自身の頬を軽くはたいた。
エマをいつまでも待たせるわけにはいかない。
彼女が多くの犠牲を払って取り組んだ召喚術が無駄なものであったかどうかは、この権能次第と言っても過言ではないのだ。
七波は再び目の前に並べた小物達をまた眺める。
恐らくこれ以上の権能の使用は意味が無い。
ここはアプローチを変えて、改めてどんな事象が起きているのかを紐解いてみよう。
まず、物体が何故揺れるのかだ。
外部から何らかの力が働いているからと仮定した場合、その力を発生させる要因は自分にある。きっとこの図式は事実とそう離れてはいないだろう。
では権能の発現時に、七波から何らかの力が放たれているのだろうか?
であるならばそれは──
「おーい!
起きとるかー!」
七波が思索に耽ろうとした矢先、騒がしい声が部屋の空気をかき乱す。
閉じていた扉をすり抜けて上半身だけのルーバスが姿を現したのだ。
「お、起きておるな。よしよし。
おい! お前さんの力でわしの肩でも揺らしてくれんか」
「いや、多分そういうことをするための力じゃないからさ…」
笑いながら部屋の中を飛び回るルーバスに七波は抗議の声をあげた。
ルーバスは意外なことを言われたとばかりに顔をしかめて七波を見る。
「あーん? いいじゃろーが、別に。
使い方なんてものはな、使う側が勝手に決めるものよ。
この世界でスコップが今どんな使われ方をしていると思っておる?」
「だったら力の使い方は俺に決めさせてくれ。
そもそもあんた、別に肩なんて凝らないだろう?」
「おや。そいつは酷い決めつけじゃあないか?」
「ならせめてその腕を下ろせ!」
肩こりはおおよそ筋肉の硬化がその原因だ。支えるものなくふわふわと宙を浮かぶ亡霊ルーバスがいったいどう筋肉を使うというのか。そしてルーバスは両手を首の後ろにまわしくつろぐような姿勢をとっていた。そんな様子を見て肩こりを心配する者はいない。
「けっ、随分な言いぐさじゃの。」
「集中していたところに殴り込まれたんだ、仕方ないだろ。
まったく、何をしに来たんだ?」
「様子を見に来てやったんじゃよ。少し話もしたかったしの。」
ルーバスは近くにあった机に腰かけるようにして言った。
その言葉を聞いた七波は眉を顰める。
「話、ねえ。
あいにくだけど、今はもう少し権能の方に気を割きたいんだが──」
「わしが異界の出身で、お前さんと同じ術で呼び出されたと言ったらどうする?」
ルーバスはさらりとそう言った。
それは七波の注意を引くのには十分すぎる言葉で、七波は思わずルーバスの方を振り返った。
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