プロローグ:白 白の不思議の国の少女
不思議の国。国を支配していた邪悪なるハートの女王が死んだ事により平和な国となった場所。 夢と希望に溢れたこの世界に、皆から救世主と呼ばれる一人の少女がいた。
彼女の名は「ありす」。鮮やかな金髪に水色のドレスを着た甘ロリを思わせる程幼可愛い小さな少女である。年齢としては中学生~高校生といったところだが、小学生に見間違えられてもおかしくはない体つきだ。 彼女が救世主と呼ばれているのは、数年前ハートの女王からこの国を守ったからである。
「気分はどうニャ?ありす」
ありすの隣でお茶を飲む、猫耳のような癖毛と猫目が特徴的な男、名前は「チェシャ」。 ハートの女王の呪いでつい最近まで猫にされていたが、ハートの女王が死んだ事によって呪いが解け、本来の姿に戻った。が、長年猫になっていたせいか、語尾に「ニャ」とつける癖がある。
「絶好調よ。それより散歩に行きましょう?ハッタもどうかしら?」
「いいや、僕はここで帽子を作ってるとするよ」
彼は帽子屋ハッタ。帽子屋を経営しており、裁縫の腕前もピカイチな人だ。 数年前の戦いで、ありすやチェシャ達とともにハートの女王に立ち向かった人の一人であり、ありすが殺されなかったのも彼の存在が大きい。
「ほんと帽子が好きなのね。いいわ、営業頑張ってね。それじゃあ行きましょうチェシャ」
「ニャー」
ありすはもうすっかりこの世界の人気者であり、すれ違う人のほとんどはありすに目を向け、話しかけたり。
それは白ウサギや三月ウサギことヘイヤ、ハンプティダンプティ等も例外ではない。
「やあ、ありす」
「元気そうね」
やりとりはだいたいこうだ。ありすと一緒に暮らすのはチェシャとハッタ、ヘイヤの三人だけだが、仲のいい友達は多い。
ハートの女王から国の民を救ったのが大きな理由であろうか。まあ、それだけありすの成した成果は大きなものだということだ。
「はー、平和ニャ平和ニャー」
「もうすっかり猫になってしまってるわね。空を飛ぶ姿もチェシャ猫の時を思い出すわ。これならいっそ猫のまんまでも違和感が無かったかもね」
「ありすも酷い事言うもんニャー、猫の時なんか猫飯ばっか食わされて大変だったんニャし」
呪いが解けたとはいえ、空を飛ぶ姿や喋り方はやはり猫のまんまだ。こたつの上で丸くなったりネズミを追いかけたりすることはさすがにないけれど、でもやりそうだと、ありすは思った。
「さて、目的地よ」
「ここ?何の用があるニャ?」
たどり着いた場所は双子の家。トゥイドール・ディーとトゥイドール・ダムが暮らす場所だ。ありすにとってはあの戦い以来、初めて訪れる場所だという。
「こんにちはー」
ベルを鳴らし可愛らしい声で呼ぶと、一人の紳士服を着た少年が扉をあけた。 彼はトゥイドール・ダムだ。
「あれ、なんか雰囲気が変わったものね。昔はもっと派手な格好してたのに」
「趣味が変わっただけさ。さぁ中にお入り」
ありすは遠慮なく家の中に入った。チェシャも一緒に。
ありすの目的はただクッキーをごちそうしにきただけである。確かにあの時以来一度もまともに話してなかったが、わざわざクッキーまでごちそうしてくれるのは、双子にとってはとてもありがたい事である。
「むむぅ、やっぱ見分けがつけにくいニャー」
この双子は顔も髪型も一緒で、長い付き合いの人でも一瞬で見分けをつけるのは困難だ。だが、一緒なのは見た目であり、性格は正反対と言っても過言ではない。落ち着いてる方がダムで活発な方がディーだ。
「ははは。頬に傷があるのがディーで、無いのが僕だって思ってくれればいいよ」
一応、見分ける方法はあるらしいが、それでもどっちがどっちだかわからなくなる。 双子設定にはよくあるものだが、本当にそうなると意外とめんどくさい。
「固い話は無しにして、お茶にしましょう。私つくってくるわ」
「あ、んじゃ俺ハーブティー!」
「僕は紅茶で」
「ありすの作るお茶なら別になんでもいいニャー」
お茶会は続いた。気づけば夜になってしまっていたくらいに。思えば随分と長い散歩になってしまったものである。 途中からお茶会でわいわい騒いではいたけれど。
「ありす、ありがとう」
「バイー!」
「ええ、またお茶会でもやりましょう。今度はこちらから招待するわ」
「最後までありすばっかりニャ。さすがの俺でも嫉妬するニャ」
そして、ありす達がハッタのいる場所、つまり帽子屋に戻った時だった。
物語の始まり、してありすの新しい物語。今これが開幕される瞬間である。 そして、今度のありすの物語は、今までと比べ物にならない程悲惨なものになるであろう、と教えるように。
「白ウサギ,,,,,さん」
「ニャー、うーむ、駄目ニャ。もう死んでるニャ」
帽子屋の目の前で、白ウサギが─────死んでいた。
辺りに血が広がっている事から、殺されたというのがわかる。
しかし、ハッタやヘイヤが誰かを殺すなんてしないはずだし、他にも誰も見当たる人がいない。 さすがのありすでもお手上げ状態だ。
「ありすーー!」
少女の名を呼び、こちらへと向かってくる二人の女性。白の女王と赤の女王だ。
「二人とも何かあったの?」
「それはそっちも同じ事でしょ!全くグズなんだから。ホントは察してほしいとこだけど、そんな時間ないと思うから手短に話すわ」
赤の女王は少々口が悪い。ありすにグズとか馬鹿とか言えるのは彼女だけであろう。が、これが元々の性格なのだから悪気はない。
「まさかこんなことになるとは思っていませんでしたが、パラレルワールドから襲撃を受けてしまったようです」
誰に対しても丁寧で心優しく、また美しい白の女王。赤の女王とはまるで対照的である。
「パラレル、、?何それ」
「パラレルワールド。簡単にもう一つの世界ニャ。そしておそらくだけど、その世界はハートの女王にありすが殺される世界だニャ?」
その瞬間、ありすは口元に手を当てた。 突然、自分が殺されるなんて言われて同情してしまったのだ。 今ここにいるありすはハートの女王に勝ったが、パラレルワールドではありすは敗北している。つまりこの世界とは反対の事が起こるのだ。
「でも、なんでこっちの世界が襲撃なんか」
ありすは疑問を感じた。たしかにパラレルワールドのありす達は未だにハートの女王の仕切る残酷な世界で暮らしてるのはわかる。が、どうして何の関係もないこっちの世界が襲撃を受けなくてはならないのかだ。 これにはさすがのチェシャでも全くわからなかった。
「こことパラレルワールドは別の空間に存在していますが、実は繋がってもいるのです」
「どういうことなの?」
「つーまーりー、パラレルワールドに行くことが出来るってわけよ。どうやってかは知らないけど」
「それなら、これを使えばどうでしょう」
白の女王が手にとったのは、白ウサギの持ち物である時計だった。
「はぁ?あんた馬鹿なの!?時計でどうやって──」
「白ウサギ、彼はいろんな世界を渡っているわ。それはパラレルワールドも例外ではない。そして、彼が世界を渡れるのは、この時計があるからだと思うの」
「無茶苦茶よ。世界を渡るのが白ウサギの力なだけじゃないの?どうしてそこに時計がでてくるのよ」
赤の女王は不満を直にぶつけた。彼女の短期な性格が分かりやすい場面だ。
「じゃあ、この時計をハッタが壊しちゃった時のこと覚えてる?」
赤の女王は深く首をかしげ、 目を瞑り、頭を抱えながら思い出そうとした。 が、なかなか思い出せず、終いには
「泣いた」
と、まるで子供に与えた問題ような返事を返してきた。
「違うわ。彼はその後、この世界から出ていないの。それもハートの女王から新たな時計を貰うまで」
「ち、ったく」
赤の女王は舌打ちをして斜め下を見る。これでも彼女なりには納得しているのだ。
「でも、その時計をどうすればいいの?」
赤の女王の次はありすだ。次から次へと質問をだしてくる赤の女王やありすに対し、何の不満や苛立ちを感じることなく優しく答える。 赤の女王とは全く違って優しい性格だからこそ出来ることだあろう。
「鏡に、この時計を映し出せばゲートが開くのではないでしょうか。以前に白ウサギが鏡の中に入っていうのを見たことがあります」
「むぅ、何でも知ってる怪しいニャー」
たしかに白のウサギやハートの女王くらいしか知らないような事を白の女王が知ってるのは怪しい。それに赤の女王が知らないから尚更だ。 赤の女王と白の女王の立場は全く同じ高い位置にあるため、国の事であれば大体知っているからである。 あいにく白の女王は隠し事をするような性格ではないだろうが。
「あくまで推測です」
「やってみるとわかるニャ」
「じゃあ帽子屋の鏡を使いましょう」
ありすの言葉で、四人は帽子屋の中に入った。
こんな夜遅いというのに、呑気に帽子をつくってるハッタとその隣で居眠りしているヘイヤの姿が目にはいる。
「おい、頭の狂った帽子屋」
「あらお客さん?いらっしゃい」
ハッタは客が誰であろうと呑気に対等に接する。以前ハートの女王がここに来たときも同じだった。
「鏡借りるわよ」
赤の女王はスタスタと大きな鏡の前に立ち、さっさと鏡に例の時計を写し出した。 鏡は何の反応も示さず、ただ時計をもって足を揺らしながら立つ赤の女王の姿が写されているだけだった。
「何もないじゃないの」
「私の推測が間違っていたのでしょうか」
結果的には、白と女王の言うことは間違っていたということになる。
「ちょっと貸してもらえないかな?」
「別に良いけど、何に使うのよ。私と同じ事をするみたいな無能な考えしてる訳ではないでしょうね」
ありすは赤の女王から時計を受け取った後、鏡の前で赤の女王と同じ事をした。 何も起こらないと思っていたが突然鏡に異次元のゲートが開かれた。
「どういうこと!?」
「んー、おそらく資格をもってる者がゲートを開くことが出来るのではないでしょうか。そして、私の知る限りでは今のところ白ウサギ,,,,,いや彼は死んでしまったのでアリスのみがその資格をもっているということになるでしょう」
「ありすのみ、、か。なんで私じゃないのよ」
ありすに対し、小声でぶつぶつと文句を言う赤の女王に対し白の女王は呆れ顔で彼女の頭を撫でる。
「それで、この中に入ればいいの?」
「そう。でも、この先はおそらくいろんな世界のパラレルワールドが存在するはず。そのため、ハートの女王の時よりももっと過酷な戦いが待っているはずよ。でもあなたなら大丈夫。きっとパラレルワールドも救えるはずよ」
ありすは白の女王の顔を見て「ありがとう」とニコりと笑顔を見せた。
「面白そうじゃないか」
さすがに興味を示したのか、ハッタが帽子を作るのをやめてありす達のもとに来た。さっきまでぐっすり眠っていたヘイヤもハッタに起こされたのか、目を擦りながら彼とともにありす達のもとに歩いてきた。
「ありす、これを」
ありすは、白の女王から彼女が普段持ち歩いている杖を受け取った。
「これは誰でも魔法が使える杖です。魔力のないありすでも、中級魔法までなら何度でも使えます。あと、魔を吸い込む力も秘めています。もしパラレルワールドで魔の心で染められてしまった人がいたら救ってあげて下さい」
実に白の女王らしい言葉だ。パラレルワールドの平和を望むのが彼女の一番の願いである。そして、それを叶えるために杖をありすに託したのだ。
「はぁ、おいそこの猫」
「ニャ?」
「あんたにはこれをやるわよ。あんたなら勝手に使いこなせるだろうからね。いつもいつも変な動きばっかしてるんだから、上手く使えよ」
チェシャは赤の女王から二つの剣をもらった。
一つは血のような真っ赤な色でそめられており、もう一つは真っ黒に染められている。短剣ほどではないが、リーチはそこまで長くはない。実に赤の女王らしいデザインだ。
「僕たちも行くよ」
と横からハッタとヘイヤ。
二人の女王は彼らに挙げられるものはなかったが、その前にハッタは戦場でハートの女王が使っていた剣があるから、ヘイヤは鉄の棒でなんとかすると、二人の女王から何も貰うものはなかった。
「それじゃあ、行ってきます」
「ええ、気をつけて。必ず四人全員、生きて帰ってきて」
「頑張りなさいよ。誰か一人でも欠けてたら許さないんだから」
白の女王はいつも通りに優しく、赤の女王は言葉は乱暴でも本当に思っている優しい言葉を不器用に表してありす達を見送った。
二人の女王には、ただゲートを通り消えていく四人の背中を見るだけだった。
「あいつらなら」
「何か言いました?」
「な、何でもないわよ!耳大丈夫か!?」
「ふふふ、本当に不器用な人ね」
「うるさいわね!ったく、先に帰ってるわよ!」
ありす達ならきっと大丈夫。そう、二人の女王は思った。
彼女達はただ、ありす達の帰りを待つだけである。
帽子屋の鏡は、誰もいない静かな帽子屋の景色を写していた。




