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古着屋アップル ― コートがくれた小さな奇跡 ―  作者: 岩田 ヒロ


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2/10

あれ、動かない!

次の日の月曜、古着のコートを着て学校に行った。冬は寒いけど、気持ちが引き締まるような気がするから好き。途中、ちらっとあたしを見る人たちがいた。なんかいい気分だった。凛が「早速、着てきたね」と声をかけてきた。


「学校終わったら、そのまま一緒に塾行くよね?」

「もちろん」


 年内には第一志望を決めて、年明けには願書を出さないといけない。試験勉強のラストスパートだ。十二月に入り、今日から学校終わったら毎日塾。


「塾終わったらピザまん食べようね」

 凛はいつもこうだ。いいよと答えた。


 あたしはピザまんよりも楽しみにしていることがある。湊に会える。湊は学校では違うクラスだけど、塾では同じクラスだ。すっごいラッキーだ。彼は普段あまり笑わないけど、涼しげな顔があたしは好き。背も大きいし、声が好き。この塾のクラスをきっかけになんとか仲良くなりたいと思っている。


 凛にはこの話はしてない。ちょっと口が軽いからだ。昔、凛のおかげで恥ずかしい思いをしたことがあった。中学の時、あたしが好きな男の子の話を凛に言ったら、次の日、凛がその子に「あたしが話したいみたいだからお友達になってあげて」と伝えてしまい、そのことがクラス全員に知れ渡った。すごい恥ずかしかった。凛は「話したがってるよ」と伝えただけで、「好き」とは言ってないと真剣に言い訳してきた。


 今回は絶対に内緒にしようと思っている。それにしても、その塾の同じクラスに凛も入ったとは不覚……いや、何か腐れ縁みたいなものを感じる。


 塾に着くと、さりげなく教室内をぐるっと見て、湊がいるかチェックする。いた。最前列の席に座っていた。右に彩葉、左には蓮。彼らは学校でも同じクラスなので、いつも仲良さそうに一緒にいる。


 彩葉はきっと湊のこと好きだとあたしは思う。女の感だ。彼女はあたしと違って、明るくて積極的で要領がよさそう。湊は彼女のことをちょっとうざそうにしているように見える。蓮は湊と仲良しで、表情豊かで、なんでも話せそうなタイプ。湊とは真逆な性格に見える。


 学校ではあたしと凛は彼ら三人と別のクラスだから、たまに会話する程度の仲だ。他の生徒は別の高校の生徒で、ほとんど会話はしない。受験のライバルみたいな感じで、ちょっと距離を感じる。


 あたしと凛が教室に入ると、みんながあたし……いや、古着のコートをちらっと見たような気がした。湊も蓮も一瞬見てくれたけど、すぐに彩葉と会話を始めた。凛とあたしは彼らの二つ後ろの席に座り、コートを脱いだ。


「やっば地味じゃね? そのコート」

 と凛が小声で言う。


「ママに昨日見せたら、二十年前は流行ってたらしいよ。チドリコーシって言うみたい、このチェック」


「へーそうなの」

 と凛が興味なさそうに呟いた。


 先生が入って来た。とりあえずテキストを開いた。そして、一瞬でも湊があたしを見ないかと期待し、彼の背中をちらっと見た。


 二時間の授業が終わり、湊と蓮、彩葉が歩きながら志望校の会話をしている。


「湊は青学?」

「うん。蓮は?」

「青学か中央かな。彩葉は?」

「上智に行きたいけど、厳しいかな。来週の模試の結果しだいかも」


「そっか、浪人したくないしね。みんなで現役合格したいよね。浪人しても合格出来るか心配だし」

 と蓮が言う。


 しばらく無言で三人で歩いた。


「じゃ、また明日」

 と言って蓮が駅に向かう。


 蓮がいなくなると、彩葉が自転車を押す湊の腕を組む。


「私も青学にしようかな。一緒に行こうよ、大学」

「そうだね。でも彩葉なら上智行けるよ。上智がいいよ!」

「一緒の大学、いやなの?」


 実はこの二人は付き合っている。受験終わるまでは二人のことは内緒にしようと約束している。彩葉は二人で合格し、みんなに付き合っていることを発表したくてしょうがない。湊は秘密にしたまま卒業したいと思っている。わざわざ公表することではないとも思っているからだ。


 彩葉の家の近くまで送って行き、「じゃあね」と言って、湊は反対方向の自分の家に向けて自転車を走らせた。


 凛とコンビニでピザまんを食べた。寒くなるとコンビニのピザまんがおいしい。少しおしゃべりして別れた帰り道、あたしの古着に反応した人を思い出してニヤニヤしていた。そして、もっと湊と話せないかなと考えながら歩いていると、自転車が横を通り過ぎた。


 湊だ、と分かった瞬間――


あれ、動かない。


 いきなり体が動かなくなった。ふんと前に踏み込むのだが、前に進まない。これ、金縛りってやつ? コートの後ろを誰かが押さえている感じだ。


 えっ、えっとパニックになっていると、湊がUターンしてきた。


「ねぇねぇ、詩、第一志望決まった?」

 湊が自転車こぎながら、あたしの前で止まる。


 金縛りと湊の登場で大パニックだったけど、なんとか平静を装って、


「んーと、多分、青学」


 一瞬、湊があたしを見た。


「そっか。あのクラスにいるから、みんな同じなんだろうな。凛も同じ?」

「同じと思う。えっ、湊や蓮や彩葉は?」

「俺も青学。蓮は青学か中央、彩葉は上智かも」

「彩葉、頭いいもんね」

「そうだね。じゃ、帰るわ!」


 と言って、すーっと行ってしまったと同時に、体が前に進んだ。


 なに? なに? なんだったんだ? あの金縛り。まるで湊が来るのを待っていたみたいだ。ちょっと怖くなったけど、湊と会話できたのが嬉しくなってきた。このことは凛には内緒にしようと思う。


 彩葉は上智か。頭いいんだな。でも、あたしと湊が第一志望が一緒だってことが分かり、勉強頑張る気になってきた。そうか、湊の家はあたしの家の先だ。だから、塾の帰り道は方向が同じ。よし、明日から帰り道でうまく一緒になればいいなと思った。

読んでいただき、ありがとうございます。

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