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幾千の夜を越えて、君と  作者: 未宇
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Case006:星盗

 夜空は、いつも通りそこにあるはずだった。

 街の喧騒や人工的な光に押し負けることなく、凛とした静寂の中で無数の星々が瞬いているはずの空。

 だがその夜、異変は静かに、しかし決定的に始まっていた。


 ひとつ、またひとつと。

 まるで誰かが盤上の駒を指で弾き飛ばしたかのように、天空の輝きがどこかへ流れ虚無へと消えていく。

 欠落していく星座。塗りつぶされる光の点。見ているものがいたとしても、何が起こったか分からない、不思議な現象。


 次の瞬間――


 消えたはずの光が、屋根の上を跳ねるように駆けていった。

 星の輝きをキラキラと揺らし、建物の影を飛び越えて疾走するその銀色の軌跡は、静止していた夜の世界のどこかへと消えていった。


 ◇ ■ ■



「「星が、消えたぁ!?」」


 穏やかな朝の探偵社内に、場違いなほど素っ頓狂な声が響いた。

 風見 彩羽(かざみ いろは)雷堂 光斗(らいどう らいと)が、身を乗り出し、スクリーンボードを操作する黒羽 東真(くろば あずま)に詰め寄る。

 やれやれと肩をすくめながら東真は、スクリーンボードに日ごとの観測記録を表示させていく。

「天文観測所からの依頼でね。この辺りじゃ明るすぎて気づきにくいんだけどねぇ……毎日、数十個単位で星が見えなくなっているんだよ」


 最初は些細な変化だった。暗い等級の星がいくつか欠ける程度。

 だが、最新のスライドに切り替わった瞬間、空気が変わる。

「春の大三角形がありませんね」

 静かに指摘したのは、 天ヶ瀬 玲(あまがせ れい)だった。

「春の大三角形?」


 十六夜 枢(いざよい くるる)が首をかしげる。


「春の星座を探す目印です。うしかい座のα星アークトゥルス、おとめ座のα星スピカに、しし座のβ星デネボラを加えた3つの恒星。この三つを結んでできる正三角形のことです」


 玲の説明に合わせるように、雷堂 光斗(らいどう らいと)が手元のタブレットに星図を表示する。

 アークトゥルスはオレンジ色の一等星。スピカは青白い一等星。デネボラはやや黄色みを帯びた二等星。

 北斗七星の柄杓の柄をなぞるように南へ伸ばせば、やがてその二つの明るい星に辿り着く。

 だが――

 最新の観測記録には、その光がなかった。

 そこにあるはずの二つの輝きは消え失せ、デネボラだけがぽつりと残っている。

「無い……」


 薄影 澪(うすかげ みお)が、本来あるべき虚空をなぞるように指を差す。

 二つの一等星は跡形もなく消え失せ、今やデネボラだけが、孤独にその場に踏みとどまっている。

 その隣で、真神 悠真(まがみ ゆうま)が、何度もパチパチと目を瞬かせた。


「本当だ。全然、ない。雲ひとつない快晴だってのに」

「星が消えるなんて、そんなこと……」


 枢の戸惑う声に、東真はわずかに目を細め、興味深げにスクリーンモードへ視線を向けた。


「正確には、光が奪われてる、と言った方が近いねぇ」

「光を奪うことができる妖しなんて、居たかしら?」

 ここまでの話を聞いていた彩羽が、緩やかに盛り上げた桃色の髪を揺らしながら記憶を探るように首を傾げた。

「星喰い、かもしれませんわ。(わたくし)と同じ精霊の仲間に、星の光を喰らい、操る一族がいると聞いたことがありますの」

「つまり相手は、精霊の妖し返りの可能性が高いということですね」


 玲が冷徹な分析を分析を口にする。

 その言葉を受け、彩羽がわずかに眉をひそめた。


「えぇ……ですが、おかしな話ですわ。わたくしの記憶が正しければ、その一族はとうの昔に絶えてしまったはずなのですけれど」

「もしかすると、隠れて生き延びていたのかもしれませんね。後で、その種族について詳しく教えていただけると助かります」

 玲はそう言って、いつものように穏やかな微笑みを浮かべた。



 ◇ ■ ■



 郊外の町は、都心の喧騒から切り離されたように静まり返っていた。

 小高い丘の上に建つ天文観測所は、まるで夜空を掴もうと手を伸ばすかのように、ひっそりと佇んでいる。

 静謐な観測所の中、巨大な望遠鏡の前で、館長は深く刻まれた眉間の皺をさすりながら、疲れ切った声を漏らした。

「……星は、そこにあります。間違いなく、そこにあるんです」

 館長は震える声でそう言い切った。


「ですが、肝心の光がこちらまで届かない。まるで光だけが消えたとしか思えない」


 促されるまま、枢が接眼レンズを覗き込む。

 遥か彼方、レンズの向こう側では確かに星々が輝いていた。


「光だけが、地上に届く前に遮断されているのね……」

「肉眼では、ただの虚無にしか見えませんね」

 玲が望遠鏡から離れ、改めて裸眼で夜空を仰ぎ見る。

 視線の先に広がるのは、本来そこにあるべき輝きがことごとく欠落した、歪な夜の帳だった。

 光の弱い、名もなき小星たちが申し訳程度に瞬いているだけで、主役たる一等星たちの姿はどこにもない。その光景は、どこか都会の星空のようにも見えた。

 街灯もまばらな田舎道は、深い闇に沈んでいた。

 枢は心細くなるほど静まり返った周囲を見渡し、耳元に手をあてた。

 無線イヤホンからは、探偵社で待機している彩羽の明るい声が響いていた。


『彩羽さん、そちらの状況はどうですか?』

「……正直、お手上げ気味よ。星の光が盗まれるなんて、一体どこから調べればいいのかしら。足跡もなければ、物理的な痕跡すらないんですから」

「そうですね。星が消えたなんて、ずっと夜空を見あげてないと、気付きませんからね」


 玲の言葉に、枢の視線は自然と空へと向けられる。

 木々の合間から見える空は、星が消えているとはいっても、まだ輝きは多いような気がする。


「……あ、流れ星?」

「どこですか?」


 不意に、玲がその視線を追うようにして顔を近づけてきた。

 さらりと髪が触れ合うほどの距離に迫った彼の端正な横顔と、耳元に届く落ち着いた低い声。予想外の至近距離に、枢の心臓は跳ね上がるような鼓動を刻んだ。指し示そうと伸ばした指先が、やり場をなくして空中で落ち着かなく彷徨う。


 だが、見上げてた空の一角が弾けるように瞬き、その甘い空気を切り裂いた。

 銀色の光が鋭い放物線を描いて落ちていたと思ったら、どこかの屋根の上で、まるで見えない何かに吸い込まれるようにフッと掻き消えたのだ。


「えっ……消えた?」


 驚きに目を見開いた枢が、反射的に玲を見上げる。

 そこには、思っていた以上に間近にある彼の瞳があった。枢はドキリとして息を飲み、自覚するほど一気に頬を染める。

 玲は一瞬、枢の動揺を見透かしたかのようにわずかに目を細めたが、あえて言及はせず、すぐに視線を屋根の向こうへと走らせた。


「墜ちたというより、何かに急に吸い込まれた。そんな見え方でしたね。確認しに行きましょう」

「え、ええ。そうね」


 玲の冷静な促しに、枢は熱を持った顔を隠すように慌てて前を向く。

 夜風に髪をなびかせながら、二人は光が消えた屋根の暗がりへと、一気に意識を集中させた。


 二人が夜空の異変を追い、光が消失した地点へ向かって駆け出したその時、耳元の無線イヤホンから彩羽の涼やかな声が飛び込んできた。


『お二人とも、聞こえますか? 光精族の中でも、特に星光をその身に宿す希少種ですわ。(わたくし)たちの祖先である精霊が、自然の万物から力を得ていたことは覚えていますわね?』

「ええ、だから彩羽さんは風から、光斗くんは雷や電気からエネルギーを分けてもらっているのよね」


 走りながら、枢が短く応じる。


『その通りですわ。けれど星喰いは、星の光からしか力を得られない……。だからこそ、街灯りや汚れた大気に満ちたこの現代は、彼らにとってあまりに生きにくく、とうに絶滅してしまったと言われていましたの』

「星の光だけ……」

『彼らにとっての星光は、生命エネルギーそのもの。いわば命の火ですわ。星喰いはその美しく長い髪にしか光を蓄えられず、外から取り込んだ星の輝きを体内で変換することで、ようやく生を繋ぐことができる一族なんですの』


 彩羽の説明と重なるように、月光を反射する人影が、金の髪をたなびかせながら、軽やかに屋根を跳ねていくのが見えた。


 夜風に揺れる金糸のような長い髪を夜風になびかせ、少年が屋根の天辺で立ち止まる。

 彼が祈るように天へ向かって両手を捧げ伸ばすと、聖歌隊のような白いセレモニーローブの裾がフワリと広がり、夜空の星々が呼応するように激しく明滅した。


 その瞬間――


 夜空に瞬いていた星の一つが、まるで意思を持ったかのようにその輝きを零す。

 星の光の輝きは、尾を引く小さな流星となって少年に向かって降り注いだ。

 差し出された手のひらに受け止められた光は、音もなくその身へと吸い込まれていく。

 淡く溶けた光は全身を巡り、やがて絹糸のような長い金髪へと集まった。

 闇の中に浮かぶそれは、まるで蛍の群れのように、静かで神秘的な輝きを放っていた。


「……ふぅ。このくらいで、いいかな」


 満足げに息をついた少年の背後に、影が落ちる。


「あなたが『星泥棒』ね」


 枢の声に、少年の肩がびくりと跳ねた。

 振り返った彼の髪から、光の粒がこぼれ落ち、夜風にさらわれていく。その銀の瞳は、信じられないものを見たかのように驚きで大きく丸くなった。

 いつの間に昇っていたのか。

 同じ屋根の端、月光を背負うようにして枢が立っていた。

 漆黒のドレスの裾を夜の静寂に揺らし、透き通るような銀の髪を風になびかせている。闇夜に浮かび上がる彼女の赤い瞳は、冷ややかに、それでいて確かな意思を宿して少年を射抜いていた。


「やばっ!」


 少年は慌てて隣の屋根へと飛び移り、逃げ出した。


「待ちなさい!」


 枢を置き去りにして、少年が一切の予備動作なく隣の屋根の上へと跳躍する。枢も後を追い、屋根伝いのチェイスが始まった。

 すぐさま玲も地上から後を追う。


「枢さん、無茶しないでください」


 地上から見上げる玲の制止に、枢は屋根の縁に立ち止まったまま短く応じた。


「分かってるわ。それにしても、本当に星の光を奪えるなんて……」


 眼下でこちらを伺う玲に対し、枢は視線だけを投げ、どこか溜息混じりに呟く。その横顔には、未知の存在に対する警戒と、言葉にできない困惑が滲んでいた。


 そこへ、耳元のイヤホンから彩羽の声が引き続き響く。


『星喰いが必要とする光は、本来なら光の一部……極僅かなはずですわ。普通なら、誰にも気づかれない程度に、夜空の片隅でひっそりと食事を済ませる程度のはず……。それなのに、これだけ多くの人間が異変に気づき、大騒ぎになるほどの量を欲するなんて、聞いたこともございませんわ』


 観測所の人間は勿論、少し星に詳しい人であれば既に話題にしている程だ。

 これ以上騒ぎが広がれば、隠れて暮らしている妖し返りの存在も気付かれてしまうかもしれない。 


『間違いありません。何か、深刻な別の理由があるはずですわ!』


 彩羽の警告が響く中、枢は逃げ出した残滓を追い、夜の静寂を切り裂いて屋根を大きく蹴った。



 ◇ ■ ■



 大きな天窓から、白銀の月灯りが冷ややかに差し込んでいる。

 その窓を押し開け、少年は滑り込むようにして屋根裏部屋へと帰還した。


「危なかった……あんなにしつこいなんて、ただの人間じゃない。 妖し返りかな」


 荒い息を整えながら独り言ちた直後、部屋の奥から弱々しい声が響いた。


「おかえりなさい……ゴホッ、ゴホッ……」


 その声に、少年は弾かれたように顔を上げる。


「ダメだよ、無理に喋っちゃ!」


 駆け寄った先、そこに置かれたベッドの上では、少年と同じ顔をしたもう一人の少年が、苦しげに半身を起こしていた。

 激しく咳き込み、肩で息をしながらも、少年は心配そうに駆け寄った彼へ、安心させるように無理な笑みを向ける。


「……ボクは、大丈夫。それより……お客さんを放っておいたら、ダメだよ」

「お客さん?」


 その言葉に、少年の背筋に氷の柱が立った。

 ぎこちなく、錆び付いた機械のような動きで振り返ると、そこには、いつの間にか部屋に侵入していた枢と玲が、静かに佇んでいた。


「げっ!? いつの間に……!」

「やっと追いついたわね。私から逃げ切れるなんて思わないことね」


 天窓から差し込む月光が、狭い室内で舞い踊る埃を白く照らし出し、淡く揺れている。

 少年はとっさに身構え、ベッドの上の少年を庇うようにして立ちはだかった。その瞳には、隠しきれない警戒と怯えが混在している。


「勝手に入り込んでしまい、申し訳ありません。僕たちは探偵です。現在、街で起きている『星の消失』について、事情を伺いに来ました」


 玲が落ち着いた物腰で、丁寧に頭を下げる。

 その『探偵』という言葉に、少年たちは小さく息を呑み、互いに視線を交差させた。


 少年たちの名前は、夜科 璃音(やしな りおん)夜科 紫音(やしな しおん)。同じ顔、同じ銀の瞳を持つ双子の兄弟。

 右側のサイドヘアと後ろ髪を長く伸ばし、屋根の上を逃げてたのが兄の璃音。対照的に、左側の髪を長く残しながらも後ろ髪が短く、今はベッドで力なく臥せっているのが弟の紫音だ。

 そして彼らこそが、絶滅したはずの星喰いの血を引く妖し返りの兄弟であった。


「それで、どうして光が届かなくなるほど、星の光を盗ったのかしら」


 枢の追求に、璃音は顔を歪めて叫び返した。


「違う! ……盗んだんじゃない。必要だから、ちょっと借りただけだ」

「だけど、星の光を勝手に奪ったのは、事実でしょう?」


 枢の静かな指摘に、璃音は言葉を詰まらせ、握りしめた拳を小刻みに震わせた。

 その強張った背中を見つめながら、ベッドの上の紫音が掠れた声を出す。


「璃音……いいんだ。返してあげてよ」

「でも、それじゃお前が――!」


 言いかけた瞬間、紫音が激しく咳き込んだ。


「紫音!」


 璃音は慌ててその細い手を取り、縋るように自分の額を紫音のそれへと重ねる。


「待ってろ……今、すぐに分けるから」


 刹那、璃音の長い髪がふわりと浮き上がった。

 閉じ込められていた蛍のような光彩が周囲に溢れ出し、濁流となって紫音の全身へと流れ込んでいく。

 だが、紫音の髪は、一向に輝かない。

 注ぎ込まれたはずの星光は、底の抜けた器に水を注ぐように、留まることなく彼の体からこぼれ落ちては虚空へと消えていく。


「どういうこと……!?」

「……一種の欠損状態、でしょうか」


玲の短く淡々とした言葉に、枢が弾かれたように振り返る。


「欠損って、どういう意味?」

「先ほど彩羽さんも言っていた通り、彼らは髪に蓄えた光を生命エネルギーに変換して生きる種族です。ですが……今の彼は、光を留めておくための『器』そのものが壊れてしまっているようです」


 玲は、ベッドに横たわる紫音を静かに見据えた。


「おそらく、無理やり髪を切り落とされたことで、蓄光機能が著しく低下しているのでしょう」

「……そうだよ」


 璃音が奥歯を噛み締め、絞り出すような声で言った。


「あの白服の連中が、いきなりオレたちの家を襲ってきたんだ。……そして、紫音の髪を力ずくで奪っていった」

「髪は、自然に伸びてはこないの?」


 枢の問いに、璃音は答えず、ただ険しい表情で視線を伏せた。代わりに玲が、その残酷な真実を代弁する。


「彼らにとっての髪は、人間でいう心臓や肺と同じ、生命維持に不可欠な器官です。一度根本から失えば、再生するまでには相当な時間と膨大なエネルギーが必要になる」

「それじゃあ、このままじゃ……」

「命を繋ぐことすら、難しくなりますね」


 あまりにも率直に告げられた宣告に、枢は息を呑んだ。


「だから……瑠音が」


 紫音が、消え入りそうな微笑を浮かべる。


「毎晩、ボクのために星から光を運んできてくれているんだ」


 その言葉を聞いた枢の瞳が、切なげに細められた。

 隣で璃音は何も言えず、ただ自らの拳を白くなるまで握りしめている。


「……それで、夜空から光を奪っていたのね」

「違う!」


 璃音が堪らず声を荒らげた。


「盗んだんじゃない……借りたんだ!  紫音が治ったら、すぐに返すつもりだった……!」


 銀の瞳が揺れる。


「でも、あいつの具合はどんどん悪くなる一方で……光を返す余裕なんて、どこにも――」

「璃音……」


 紫音が優しく制するように、兄の手に自分の手を重ねた。


「ありがとう。でも、もういいんだ。星の光は、ボクたちだけのものじゃないから」

「そんなこと言うなよ……!」


 璃音の声が、激情に震える。


「紫音がいなくなったら、オレは……オレはどうすればいいんだよ!」


 枢は静かに二人を見つめ、やがて小さく、決意を込めた息を吐いた。


「……光は、返せるのね?」

「あぁ……紫音が自力で光を留められるようになれば、新しい光を生み出して、空に返せるようになる。だけど、今は身体を維持する光すら足りないんだ」


 必死に言い募る。


「自分で光を留められるようになれば、新しい光を生み出して空に返せる。でも……今は、それができないんだ」


 沈黙が部屋を包み込む。窓の外では、夜風が建物を叩く音だけが空虚に響いていた。


「……わかったわ」


 枢はゆっくりと、力強く頷いた。


「だけど、無差別な盗みはもうおしまい。星は減り続けているわ。このままじゃ夜空が死んでしまう」

「……わかってる」


 璃音は力なく視線を落とした。


「だから、他の方法を探してる。紫音を治して、光を空へ返す方法を……。それが見つかるまで、どうか……」

「ボクのことはもういいんだよ、璃音。……星を、空に返してあげて」


 弟の静かな、悟ったような言葉。


「やめろ! そんなこと言うな……!」


 リオンが絶叫に近い声を上げる。紫音の瞳には、死を覚悟したような、淡く儚い光が滲んでいた。それを見つめながら、枢はそっと瞼を閉じる。


「そんなこと言うな……!」


 紫音の瞳に、淡い光が滲んだ。

 それを見つめながら、枢はそっと目を閉じる。


「……もし本当に、再生の可能性があるのなら」


 枢は静かに、しかしはっきりと告げた。


「私たちも手を貸すわ」

「そうですね。弟さんを回復させる、別の解決策を模索してみましょう」


 玲も、璃音と紫音の兄弟へと穏やかな、だが鋭い視線を向ける。

 枢が、念を押すように言葉を継いだ。


「ただし、これ以上、星の光を奪わないこと。約束できるわね?」


 璃音はすぐには答えられなかった。しばし葛藤し、やがて紫音の手を壊れ物を扱うように強く握りしめると、小さく頷いた。


「……約束する。だけど、三日間だけだ。それ以上光が途絶えたら、紫音の身体がもたない」

「わかったわ。だからもう、星を盗むような真似はしないでね」


 その言葉に応えるかのように、天窓の外、雲の切れ間から一筋の星光が差し込んだ。

 寄り添う兄弟の間へと静かに降り注いだその光は、屋根裏部屋の暗がりを白く染め上げ、絶望の淵にある二人の未来に、微かな希望の火を灯した。

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