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第37話:密使との会見(アストレア連邦)

 夜更け、湖畔の都市の一角。

 表立った外交団の賑わいとは打って変わり、灯火の少ない館に、オレとアリシアは足を運んでいた。


 「……ここか」

 扉を開けると、蝋燭の光の中に黒衣の男が座していた。

 冷たい眼光を持つ、痩せた長身の男。

 アストレア連邦の密使——セルゲイ・ヴォロフと名乗った。


 「……辺境伯コウヤ殿」

 ヴォロフの声は低く、だがはっきりとした響きを持っていた。

 「まずは称えよう。ルミナス要塞における勝利は、大陸全土に衝撃を与えた。炎龍を討ったとき以上に、今回の戦いは我らを驚愕させた」


 オレは黙って聞いた。

 連邦の使者がここまで率直に賞賛を述べることは、滅多にないはずだ。


 「我が国は知っている。ヴァルシェン王国の砲兵ドクトリンを幾度も打ち破り、我らと渡り合ってきた彼らの軍事力が、大陸における均衡を支えてきたことを。……だが」

 ヴォロフの眼が鋭く光る。

 「その均衡を、一撃で覆したのは、他ならぬ貴殿だ」


 沈黙が落ちた。

 アリシアがわずかに息を呑むのが隣で伝わった。


 「……ならば、アストレアはどう動く」

 オレは問いかけた。


 ヴォロフは静かに身を乗り出した。

 「率直に言おう。我らは、ヴァルシェンと貴殿が同盟を結ぶことを許容できない。それは我が国の安全保障にとって、致命的だからだ」


 「……やはりな」

 オレは心の中で呟いた。

 ヴァルシェンとアストレアの対立は大陸北方の均衡を左右する宿命。そこにオレの存在が割り込めば、その均衡は一気に崩れる。


 「だが同時に、貴殿を敵と見做す愚を犯すつもりもない」

 ヴォロフは淡々と続けた。

 「アストレア連邦は、中央平野の主権を承認する用意がある。さらに、互いに不可侵と交易を約す“協商的関係”を築くこともだ」


 アリシアが目を見開いた。

 「……連邦が、ここまで譲歩するなんて……」


 オレは男の視線を正面から受け止めた。

 「なぜそこまで柔軟なんだ。アストレアは誇り高い国だろう」


 ヴォロフの唇が、わずかに笑みに歪んだ。

 「脅威を無視する国は長くは続かぬ。我らは現実を知っている。だからこそだ」


 「貴殿がヴァルシェンに寄れば、我らは敵とならざるを得ない。だが、協商関係を築くのであれば——貴殿は均衡の担い手となり得る」


 ヴォロフの言葉は冷徹だった。

 だがその裏には、確かな評価と恐怖があった。


 会談を終え、密使が去った後、アリシアが深く息を吐いた。

 「……すごいね。ヴァルシェンも、リュミナリエも、カルドミアも。そしてついに、アストレアまで」


 「中央平野はもう、“辺境”じゃない」

 オレは地図を見下ろしながら呟いた。

 「どの国も無視できない存在になった。だが、同時に、どの国も敵になる可能性がある」


 湖面に映る月光が、静かに揺れていた。

 戦場から外交の舞台へ。

 ——新たな戦いの幕が、今まさに開かれたのだ。


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