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第10話:協商と孤立

 数週間に及んだ使節の旅を終え、オレたちは中央平野へと戻った。

 その間にも湖畔の市場は急速に発展を遂げていた。帰還したオレを迎えたのは、まるで異世界の都に迷い込んだかのような光景だった。


 石造りの豪壮な中央市場取引所はすでに骨格を成し、その前の広大な広場には色鮮やかな天幕が並んで、取引所が正式に稼働するのを待たず、既に活況を呈している。

 リュミナリエの香辛料商人が山のように積んだ袋を前に値を叫び、ヴァルシェンの武具商は重厚な鎧を誇らしげに並べる。カルドミアから運ばれた薬草や木材は珍重され、薬師や職人たちが群がっていた。

 数か月前まで不毛の地であったはずの平野が、今や大陸の縮図となっていた。


 「これが……協商の力か」

 マクシムが腕を組み、低く呟いた。

 戦場しか知らぬ男の顔に、驚きと同時にかすかな誇りが宿っていた。


 評議会が招集された。

 会堂には再び長机が据えられ、壁際には民衆が押し寄せ、窓の隙間からも人々の視線が注がれている。

 オレは深呼吸を一つして、旅の成果を告げた。


 「ヴァルシェンは緩衝地帯としての価値を認め、相互不侵略と交易の自由を約した。リュミナリエは利益を基盤に承認を与え、カルドミアは誇りを重んじつつ協商を結んだ。——だが、どの国も攻守同盟には至らなかった」


 会堂がざわめいた。

 農夫代表が顔をしかめる。

 「つまり、いざ戦になれば……援軍は来ない、ということか」


 リオナが机に両手をつき、静かに言った。

 「医療の備えもまだ不十分です。疫病や飢饉が広がれば、戦わずとも人は倒れる。……同盟を得られなかったのは痛いわ」


 ファルクが立ち上がり、拳を振り上げた。

 「構うものか! オレたちは流浪を経てこの地に根を下ろした。誰の旗の下にも屈しないと決めたはずだ!」

 その声に外の民衆が応じ、歓声が窓越しに押し寄せた。


 だがマクシムは冷静だった。

 「覚悟だけでは兵は動かぬ。敵は数万の正規軍、こちらは寄せ集めにすぎん。士気は高いが、組織も補給線も脆弱だ。このまま戦えば消耗戦で潰される」


 会堂の空気が重くなる。

 オレは机上の地図に視線を落とした。中央平野を取り巻く山岳線、その先のムナリス王国の領域。矢印を描けば、一瞬で平野が赤に染まる未来が見えた。


 「……だからこそ協商が必要だった」オレは口を開いた。

 「同盟が得られなくても、協商があれば“侵略の正当性”は王国から奪える。彼らが攻め込めば、それは国際的な侵略行為と見なされる。少なくとも、世界の目を気にさせることができる」


 アリシアが頷き、言葉を継いだ。

 「協商を結んだ三国は、それぞれ思惑こそ違えど、この平野の存在を認めました。ヴァルシェンにとっては緩衝、リュミナリエにとっては利益、カルドミアにとっては誇り。……つまり“中央平野は無視できない”と宣言したようなものです」


 農夫代表が眉をひそめながらも言った。

 「だが、同盟がなければ、結局は自分たちで戦うしかない……」


 「そうだ」オレは頷いた。

 「結局のところ、オレたちの未来はオレたち自身で守るしかない。だが協商があれば、時間は稼げる。その間に要塞を築き、兵を鍛え、食糧を蓄えられる」


 沈黙の後、リオナが口を開いた。

 「つまり……本当の戦いは、これから始まるのね」


 マクシムが力強く頷く。

 「その通りだ。協商は戦わずして勝つための布石にすぎん。だが最後に戦うのは、この平野の民だ」


 外の喧噪が一際大きくなり、会堂の壁を揺らした。

 オレはその音を聞きながら、胸の奥で思った。

 ——孤立は脱した。だが、孤立を脱したからといって安全が訪れるわけではない。むしろ、これからが本当の孤独な戦いの始まりだ。


 「協商を勝ち取ったのは事実だ」

 オレは評議会を見渡し、力を込めて言った。

 「だが、独立を守る戦いは誰も代わってはくれない。これはオレたち自身の戦いだ。……だからこそ、強くならなきゃならない」


 アリシアが隣で小さく微笑んだ。

 「その言葉を皆が胸に刻めば、もう孤立じゃないよ。ここに集う皆が、ひとつの意思で繋がっているんだから」


 会堂に静かな感動が広がった。

 協商による賑わいと、迫りくる戦火の影。

 希望と不安が交錯する中で、中央平野は次なる運命へと歩み出した。


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