48. ミッション (1)
九重は五日間にわたる雪山でのサバイバル訓練を修了し、学校に戻っていた。一方の華岡は、いまだ海底訓練の真っただ中であった。
「お帰り。どうだった?」
日焼けした顔に白い歯を覗かせ、山田は菓子パンにかぶりつきながら言った。
山田も同じ時期にサバイバル訓練に挑んでいたが、こちらは砂漠地帯での地質学調査だった。
「かなりしんどかった。途中、雪崩に遭ってチームとはぐれたんだ」
そう口にした瞬間、目の前にある寮の白い壁が、急にあの日の激しい雪煙へと変貌していった。
――ドドドドド、という低い地鳴りが鼓膜を振動させた。と同時に、視界が上下逆さまにひっくり返える。
***
九重のチームは、イギリス人で巨漢のロバート・サンダースと冷静な韓国人ジ・フンの三人だった。あれが起きる前までは、訓練は極めて順調に進んでいたはずだった。しかし、地響きがして頭上を見上げた瞬間、二人の姿は一瞬にして猛吹雪の向こうへ消え去った。
凄まじい衝撃の後、訪れたのは完全な静寂だった――。
九重は数メートル下の斜面まで押し流され、雪の重みに閉じ込められていた。手足がぴくりとも動かない。防寒ウェア越しに肌を刺すような痛みが容赦なく伝わってくる。
過去の記憶が脳裏に鮮明に巡ってくる。これは、いわゆる走馬灯というやつか……?
幼稚園のすみで一人、砂遊びをする子どもの背中が見える。消えてなくなりたいと強く願った過去の自分がそこにいる。
華岡が自分に笑いかけ、何かを言っている。ああ、あいつみたいになれたらな……。あいつなら、ここから抜け出す方法をすぐに見つけられるだろうに。俺にはなんの考えも出てこない。ただ冷たさと痛みで精一杯だ……。
今では、あの頃よりずっと「無」に近い――。
厚い雪の層が、自分という存在を物理的に消し去ろうとしていた。むしろこのまま、自然にまかせていくのも案外いいのかもしれない。そんな考えが頭をよぎった時だった。
「九重! 応答しろ、九重!」
ヘルメット内の無線から、ロバートの野太い怒鳴り声が響いた。
「……こちら、九重。……生きている」
雪の重みで肺を圧迫され、声が細く震えた。
「動くな! 今、ジ・フンが居場所の特定に急いでいる! その場所で、絶対、生きていろよ!」
動けるはずもない。
意識が遠のいていく。
ダメだ……、ここで意識を失ったら終わりだ。
俺は、こんなとこで死ぬためにわざわざロシアのツンドラへ来たのか? ――いいや、違う。そんなはずはない。
そうだ、華岡だって今、海の底で必死にもがいているんだ。山田だって、金子だってそうだ。じゃあ、俺はどうなんだ? ――俺だって頑張ってるじゃないか。今は生き埋めになったけれど。
華岡は自分が苦しい時にも、仲間のことを一番考えていた。華岡、お前はみんなにとっての一等星だ。どうやったらお前みたいになれるんだ……? 俺はみんなにとっての何だったんだ?――いいや、そんなこと、今はどうだっていい。
とにかく、あの明るい光のところまで、俺ははい上がってやる。俺は変わらなくちゃいけないんだ……!
その時、頭上の雪がザクッと削られ、まぶしい光の筋が差し込んできた――。
***
「……九重、おい! 聞いてっか?」
山田の声で、九重は現実に引き戻された。視界を埋め尽くしていた白銀の世界は消え去り、そこにあるのは見慣れた寮の壁と、雑然と置かれた荷物だった。
「ああ、悪い。つい、あの日のことを思い出してね。僕が生き延びられたのは、無線が生きていたお陰なんだ。それに、運良く天候も回復してきたからな」
「そりゃ、本当に大変だったね」
山田はしみじみと頷きながら、砂糖がたんまりかかった丸いパンを大きな口で頬張った。
「そういう山田は、どうだった?」
尋ねながら、九重は山田の体が以前よりも一回り大きくなっていることに気がついた。決して太っているという意味ではない。より無駄のない、引き締まった筋肉マンになったという意味だ。三回の食事に加えて、甘い菓子パンを食べているというのに、山田の体は一体、どうなっているんだ……?
「んー、僕らは高山地帯と砂漠平原をひたすら歩いていたんだ。昼夜の激しい気温差で、かなり体力を消耗したよ。正直行くまでは、九重たちの雪山の方より楽なやつで良かったなんて、高をくくっていたけど、とんでもないったらありゃしない!
何より、水のありがたみっていうのが骨身に染みたよ。喉が乾きすぎて、もう一歩も動けなくなった時、目の前にオアシスを見つけたんだ。「水だーーー!!水があるぞーーー!」と叫んださ。ほとんど声が出てなかったかもな。その時の喜びといったらないよ。
宇宙には砂漠みたいに荒涼とした星ばかりだろ。なのに地球には、こんなに水が豊富に存在している。そう考えたら感動しちゃってね。もし、このサバイバル訓練が地球以外の未開の星だったら、俺はとっくに死んでた。ほんと地球で良かったよ」
山田は、まるで遠い過去でも懐かしむように目を細めて、窓の外に広がる穏やかな海を見下ろした。
「華岡は今頃、どうしてるかな。元気かな」
「あいつならきっと、周りにいらぬお節介を焼きながらうまくやってるさ」
「ははは、あいつなら確かにそうだな」
華岡は、模擬宇宙服の重さとプレッシャーに耐えながら、海底岩石の採取ミッションという未知の戦いに挑んでいた。
本日は、菓子パン大好き山田くんに、自身が行った訓練について少しインタビューしてみようと思います。
作者: 山田くん、いいでしょうか?(本人の希望で、山田くん呼びになってます)
山田くん: はい、OKです。
作者: 山田くんは今回、砂漠でのサバイバル訓練に行かれたということですが、具体的にどんな事をするんですか?
山田くん: そうですね。いくつかあるんだけど、一つにその土地の地質を調べること。例えば、どの岩石が科学的に価値があるのかを見分けて、岩石サンプルを採取する手順を学んだりします。探査ローバーという、実際の星で探査する車両を操作したり、ローバーで採取したサンプルを回収する作業など、機械に慣れる練習をしますね。
作者: なるほど。
山田くん: あと、砂漠から遠く離れた管制センターと、衛星通信を通じてミッションを進める手順も学びます。通信ができなくなったときの判断力を養う意味でも、大切な訓練ですね。
作者: 山田くん、教えていただきありがとうございました。
山田くん: またいつでもどうぞ。
最後に、山田くんの素敵な笑顔が見られました(^-^)。今やシャトルでの死体(?)発見事件で、一躍驚きの的になった山田くん。今後本編でも活躍していただける日はくるのでしょうか? 恐さ半分、希望半分で待ってみますか。(作者記)




