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44. 記憶の断片

 黒男は未だ、ハナオカの背中に隠れて小さくなっていた。さっきまでは、他のエイリアンに対してあんなに偉そうにしていたのに、なんて卑怯(ひきょう)な奴なんだと、ハナオカは心の底から軽蔑した。


「そのチビは、なんだ?」


 プルトーの声は、胸糞(むなくそ)悪くなるような(きし)んだ金属音に似ていた。


「は、はい。 ついに、あの石を持つ少年を連れて参りました。閣下に協力することを誓った若者です」


 黒男は恐る恐る述べた。


「な、な、なんと……! おい、チビ! 名は何という?」


 プルトーの膝くらいまでしかない小さな少年が、一歩前へ歩み出た。


「俺はハナオカ・リュウジンだ。誰がお前なんかに協力するものか!」


「ん? おや、話が違うなぁ」


 細くつり上がった黄色い縦目が、射貫くような鋭さで黒男を追及する。黒男の身体じゅうから脂汗がにじみ出て、じっとりとまとわりついた。


「はっ! す、すぐに対応します!」


「『対応します!』が、お前の口癖のようだが、対応できたためしがないじゃないかぁ。あーあ! ヘドがでる!! 」


 プルトーは毒を吐くかのように苦々しく言葉を続けた。


「人間どもが、我々の星を "準惑星" に降格させたことや、我々の星を、とるに足りない星と侮辱した、数々の無礼千万(ぶれいせんばん)の所業、決して許すことはできん! 復讐の時がもう目前に迫っている! お前だって、地球人たちに散々な仕打ち受けて、さぞかし憎んでいたのだろう?」


「もちろんですとも、閣下! 私は、あの月での任務で起きたことを一刻たりとも忘れたことはありません!」


 黒男は、取りつかれたような目をして語り出した。


「……あれは、私たち宇宙飛行士の初任務の日でした。私は3人の訓練生と共に、シャトルのコックピットいました。山本指導官は私たちに、これからの手順と注意点を話していました。皆は少なからず緊張していたし、同時にわくわくもしていました。


 私はというと、その数時間前に、思いもしないあることに気づいて、激しく動揺していました。その原因は、当日の健康状態をチェックする担当者が報告してきた調査書でした。


 それには、私の身体にシャトル搭乗の中止を検討するべき「欠陥」が見つかったと書かれていました。私は妙に、この「欠陥」という言葉が引っかかりました。これは、初任務にかかる一過性のストレス性めまいにすぎず、搭乗員名簿から外されるほどの、重大な「欠陥」ではないと思ったんです。


 しかも、私が今回名簿から外されるということは、つまりシャトルの打ち上げ自体が中止になることを意味していました。ミッションの計画から参加メンバーの選定、打ち上げ日まで、時間をかけて綿密に準備をしてきたんです。


 これが、すべておじゃんになってしまうんですよ。私はそれだけは、何としてでも避けたかったんです……。


 それで、打ち上げ判断に関わる重要な事柄を隠蔽(いんぺい)したのです」


 黒男の(こぶし)がぶるぶる震える。右のまぶたが神経質にぴくぴく痙攣した。


「私にとって、この任務は、人生の全てを()けた、一世一代の真剣勝負でした。中止になれば、次がいつになるか分からない。だから調査書を書き替えて、上に提出しようとしたんです。


 ……しかし、仲間の一人がそれに気づき、私に任務を降りるよう迫ってきたのです!


 私が今までどんな思いで訓練に耐えてきたか、あいつには決して分かりはしない。いつでも自分が一番でなければ気が済まない、傲慢な男であったんですから!」


 黒男の色白の顔は、赤く火照(ほて)り蒸気している。


「私は『上に全てを話し、判断を(あお)ぐ』と言って、彼はようやく納得しました。


 ……だが、私は報告する気などなかった。そのままシャトルは、私たちを乗せて宇宙空間へと飛び出したのです」


 黒男の回想はさらに常軌を(いっ)していく。


「月での任務中、私はめまいに襲われました。それは、私のなかでごく小さな問題であったはずだったのに……。


 そう思った瞬間に、目の前の景色が真っ赤に染まり、驚くべき光景を目にしたんです……!


 なんと、仲間の宇宙飛行士の一人がもう一人につかみかかり、宇宙の闇へと突き飛ばしたのです!


 しかもその宇宙飛行士というのは、私に任務を降りるよう迫った、あの男だったのです……!


 気がつくと、私は青黒い土煙の中に倒れていました。そこは、ひどい臭いのする場所でした。


 ふとある方が、私を見つめていました。全身がコブに覆われ、肩からはハサミのついた触覚が伸びています……。


 もう、おしまいだ、と私は思いました。しかし、その方は私に身を屈め、こう優しく仰いました。


『ずいぶんと辛く、悔しい思いをしたようだな。なんと、理不尽なことよ……! なんと、不名誉なことだ……! おれ様には、お前のやりきれない気持ちが、よぅく分かる。かつてはおれ様も、お前とおんなじ境遇にいたからな……。あぁ…辛いなぁ……』


 その言葉が私を救ったんです。


『お前が気に入った。そうだ、二人で偉大な帝国を築こうではないか。おれ様にはそれができる。知能の高いお前がいれば、容易(たやす)い。おれ様は、お前の力がほしい。


 どうかな?


 宇宙のなかで一番の王国をつくり、すべてを支配しよう。そうすれば、お前は強くなり、今まで馬鹿にしてきた者どもは、お前の足元でひれ伏すであろう』


 ああ! なんて素晴らしいことでしょう!!


 私はこれまで、(みじ)めで劣等感に満ちた人生を送ってきました。あいつのせいで、私の宇宙飛行士人生としてのキャリアが台無しになったのですから!


 あいつは顔も頭もいいし、なんでも格好よくできた……。リーダーシップもあるし、技能も人間性も……。私にとってまぶしい限りだった。


 だが、月での事故であいつの人生も詰んだのだと思いました。いい気味だと、心底笑いましたよ。


 ……それなのに! あいつは再び宇宙飛行士として返り咲き、華々しい功績を成し遂げた!!なんと忌々(いまいま)しい男だ……!!


 ……ふふ。けれど、あいつもしょせん人間。今は余命いくばくもない病気に冒されているという噂です。もう、あいつにできることは何もないでしょう。


 一方、私は人間の体から解かれ、不滅の肉体を閣下から授けていただきました! ようやく、あいつに勝てるのです! すべての星を消滅させ、新しい宇宙の国を作る。あいつが死ぬ前に証明してやりたいのです。


 私はもはや、かつての弱く惨めな人間ではない。皆から尊敬される、強く気高き統治者へ変わったのだと!」


 ハナオカは、体じゅうの毛が逆立つのを感じた。手足が怒りでワナワナ震える。これほどの怒りを覚えたのはいつぶりだろうか……?


「……お前は弱虫の卑怯者だ!!」


 ハナオカは、唾を飛ばしながら怒鳴った。


「あぁ…!! お前みたいなやつが大っ嫌いだ! 俺だって弱虫だ。親父も家族も、みんなのことだって、守れないダメなやつだ…! だからこそ、必死に訓練して頑張るんだ。そして、みんなに助けてもらうんだ! 何度もだめでも、苦しくても、とにかく努力するんだ!」


 ぐっと一歩、黒男に詰め寄る。


「……それなのに、あんたはこんなバケモノの奴隷になって、犬みたいに従っているだけだ。暗黒帝国の王だって……? なにが強くなるだ! 馬鹿言え! そんなの嘘に決まってる! あんたには、自分の努力で、その劣等感とやらをはねのける勇気がないだけじゃないか!! 」


 ハナオカの声が矢のように、静まり返った空間に突き刺さる。


「結局、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()|」


「うるさい! 黙れ! そんなことはない!!」


 黒男の息が荒くなる。心臓を鷲掴みにされたような、この痛みはなんだ……?


 

 あの日――。

 宇宙航空学校の教室で、華岡勇一に突き付けられた言葉と、一字一句、同じだったのだ――。


お疲れ様です。本日もお読みいただき、恭悦至極にございます。

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