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3週間目 奴隷の男と仕事する悪役令嬢 Ⅰ

非常に遅くなりました。

ごめんなさい。

§1

 窓辺から伸びる日差しが長くなってきた昼下がり。

 私は机に積まれた紙の束に埋もれていた。


 昨日、届いたお母様からの手紙で仕事を手伝うように言われた私は、手始めにミシェルが代官として決済した書類に目を通している。

 ……村落の長の代替えの報告や、街を警備している騎士達からの日報、それに街の外れにある橋の建て替えの陳情みたいな物もあった。

 私達がここに来てから、まだ一か月しか経ってないがそれでも領全体となると執務机を埋め尽くす程になる。


 私は目線を上げると、目の前のテーブルで書類に目を通しているミシェルに声を掛ける。


「……ごめんなさい。ミシェル。貴女だけに仕事を押し付けてしまって。」


 ミシェルは書類から顔を上げると、私と目を合わせ、首を横に振る。


「いいえ。お嬢様。これが私の仕事ですから。……それにこの地の者が積極的に動いてくれるので見た目ほどは大変ではありません。」


 ミシェルはそう言って、書類の山に目を向ける。


 ……そう言えば、ミシェルと使用人の娘達、そしてシュバイン以外とは殆ど話した事が無いわね。

 それに、ミシェルと一緒に視察に出た時は例外として、この領地の民とは話した事がない。

 ……そうね。

 私は目を天井に向け少し考える。

 ……シュバインが居れば意見を聞けるのだけど。


 ちなみに、シュバインはこの部屋に居ない。

 図書館で一人、お母様から届いた資料の翻訳作業をしている。

 手掛かりが無かったシュバインの故郷。気にならないと言ったら嘘になる。

 けれども、私達はお母様から内容を見て良いとは言われていない。

 なので、彼には私達とは離れて作業をして貰っている。


 ……っと。今はシュバインでなくて、領地の民の事だったわね。

 私は軽く頭を振って思考を元に戻す。

 ……取り敢えず、屋敷で働いている者に会ってみましょうか。

 前に地階に赴いた時は、突発的であまり話せなかった。


 私は目線を戻すと、こちらにじっと顔を向けているミシェルに声を掛ける。


「ミシェル。少し良いかしら?」

「はい。お嬢様。」


 私はミシェルが頷いたのを見ると、言葉を続ける。


「使用人の娘達や屋敷に出入りしている者ときちんと話をしてみたいのだけど。」


 すると、ミシェルは少し目線を上げる。


「なるほど。……彼女達と門の警備をしている騎士達ならば、この後に時間を取る事は出来るかと。」

「……そう。ならば、それでお願いして良いかしら?」

「畏まりました。では、夕餉の前に準備致しますので。」

「ええ。」


 私が頷くとミシェルは机の上の紙の束に目を向ける。


「……お嬢様。」


 ……はぁ。

 私はため息を吐くと、また書類を手に取る。

 目を通すだけとは言え、まだ半分以上残っている。


 ……。

 ふと、ミシェルを盗み見ると真剣な表情で書類にペンを走らせている。

 窓に目を移せば、日は赤味を帯び始めていた。


§2

 屋敷の一階。

 吹き抜けの玄関ホールには使用人の娘達四人と騎士の男女が二人、私の目の前で床に膝を付けて目を伏せている。

 そして、私の一歩後ろではミシェルが控えている。


 ミシェルには、短い時間でも門に人が全く居なくなるのは良くないので、結界を張って貰った。

 ただ、あまり長い時間を取るとミシェルの負担が大きいので、騎士の彼等については早めに済ますつもりではある。


 ちなみに、シュバインには使用人の娘達が抜けている間、厨房を見て貰っている。

 見て貰うと言っても、料理をするのではなく監視。

 彼が言うには、あまり料理が上手くないらしい。

 ……シュバインの故郷の料理は気になるのだけど、暫く作って貰えそうに無いわね。


 ……ふぅ。

 意識を軽く息を吐くと意識を目の前に戻す。


 一人一人に軽く挨拶をして、初めて見た顔の騎士の名前を覚える。

 確かに、この街に王都から来た時やミシェルに付いて街に出た時に見なかったはずだけど、この館に来た際に騎士全員と顔を合わせているらしい。

 ……ミシェルがさりげなく教えてくれなかったら危なかったわね。


 私はそのまま騎士達の側に寄ると、二人に声を掛ける。


「二人とも顔を上げて頂戴。」


 顔を上げた二人と順に目を合わすと、言葉を続ける。


「……あなた達は、この地の出身なのかしら?」


 すると、男の方が目を伏せて口を開く。


「はい。私と妹は、騎士である父の後を継いでこの任を帯びました。」


 ……妹。

 そう言えば、確かに家名が一緒だったわね。

 この辺境だと家名は良く被るので、あまり気にしていなかった。


 それに、騎士と言うのは恐らく、かつてこの地にあったお母様の国の騎士の事でしょう。

 私は彼等に軽く頷く。


「そう。貴方達の働きには感謝しているわ。……街に住んでいるのよね?」

「はい。他の騎士達も皆同じです。」


 確か、昔は村落の長の家族は冬が明けても街に留まる事になっていて、今も有力な家の者は街の邸宅に住んでいる者が多いらしい。

 要するに、今の時期の街は両極端でシュバインと出会ったスラムの住人以外は、その様な家の家族と使用人しかいない。

 後は、商人や村落から降りてくる人が居る位。


 確かあの時は、シュバインを連れていたので騎士の彼等が住んでいる様な場所に行く事は無かった。

 ……そうね。

 私はじっと言葉を待っていた騎士の二人に声を掛ける。


「機会があれば、他の騎士の皆の話も聞きましょう。」


 そう言って、横に控えているミシェルに目を向ける。


 ミシェルは一歩前に出て騎士の二人と目を合わす。


「……お二人とも、今回はお嬢様の我儘に付き合って貰って有難うございます。後ほど、軽い食べ物を門に届けさせましょう。」

「有難うございます。ミシェル様。」


 そう言って頭を下げた二人の騎士は、ミシェルに連れられて私の目の前から去っていく。

 本来は私が最初に場を去るべきではあるけど、公式ではない以上そこまで気にする事でもない。


 騎士の二人が玄関扉から去るのを見送ると、ミシェルもこちらに戻って来る。


「お嬢様。彼等が門に着く頃には結界が解除されるようしておきましたので。」

「分かったわ。」


 私はミシェルにこくりと頷くと、目の前に並んでいる娘達に目を向ける。

 ここに来て以来、同年代の子達と話す機会がなかったので、彼女達とは、ゆっくりと話してみたかった。


 ……シュバインには悪いけど、少し長めに時間を取りましょう。

 さっきの騎士達と違って少し硬い表情をしている彼女達に微笑み掛ける。


「貴女達、少し楽にして良いわよ。」


 すると、横からため息の音が聞こえてくる。


「はぁ。……お嬢様。」

「ミシェル。」


 私はミシェルと目線を合わす。


 ミシェルはもう一度、ため息を吐くと口を開く。


「……仕方がありません。……貴女達、お嬢様の言う通り少し楽にしなさい。」


 使用人の娘達は少し気を緩めた様子で息を吐くと、口々に私達に礼を述べて姿勢を少し崩す。


 私はその様子を見ながら一人の娘に声を掛ける。


「貴女、確か炊事の際に魔術を使っていたわよね?」


 すると彼女はこくりと頷き、私に声を返す。


「はい。お嬢様。村に居る頃に母親から習った物で、村では単に魔法と言っていました。」


 魔法?

 少し不思議に思い、言葉を返す。


「……えっと、それは本当かしら?」

「はい。他の村も同じ様な感じだと思います。……外がどの様かは分かりませんが。」


 そして、他の娘達も相槌を打つ。


「……私の村も同じ。」

「えっと、確か一応魔法の先生は居たかな。殆ど、教えて貰った試しはないけど。」

「……長老が先生。子供を集めて教えていた。」


 私は、そんな彼女達の様子につい笑みが零れる。

 でも、ふと横を見ると苦笑いをしているミシェルが目に映る。

 少し気を抜きすぎだと言いたいのかしら?


 ……ふぅ。

 一旦、息を吐く。

 でも、なるほどね。

 村々に魔術の教師を置く事は、この国では普通の事なのだけど、家庭で教えると言う事は一般的では無い。


 私は後でミシェルに尋ねようと心に留め置き、ふと気になった事を彼女達に聞いてみる。


「そう言えば、貴女達はシュバインについてどう思う?」

「シュバインさんですか?」

「ええ。」


 私がこくりと頷くと、彼女達は目を見合わせる。


「余り彼とは接点は無いのですが、仕事を覚えるのは早いと感じました。」

「……親切な人だと思う。」

「ああ言うのって、イケメンって言うのかな? 見ていて飽きないよね。」

「……男の人。少し怖い。」


 ……あら?

 奴隷がいる事についてどう思うか聞きたかったのだけど、案外、彼は彼女達と馴染んでいる様だった。

 そして、ついこんな言葉を口に出してしまった。


「……あれは私の物よ。」


 ……!

 余り大きな声では無かったのだけど聞かれてしまった様で、彼女達の空気が柔らかくなる。


「私達はお嬢様の物には手を出しません。……そんな事をしたら、マダムに殺されてしまいます。」


 そして、彼女達はクスクスと笑い合うと、私と目を合わす。


「シュバインさんの事、私達に教えて下さいませんか?」


 少しの間、呆気に取られていたのだけど、ふと口元が緩む。


「……そうね。」


 私はそうして、彼女達にシュバインの事を話す事になった。


§3


「……ごめんなさいね。遅くなってしまって。」


 私はテーブルに着きながら、後ろのシュバインに声を掛ける。

 すると、シュバインはゆっくりと首を横に振る。


「エレオノールが気にする事では無い。」


 彼はそう言って私から離れると、テーブルの上に今晩の食事を並べ始めた。


 久しぶりに同じ年頃の娘達との会話は思いの外、弾んでしまい大分遅くなってしまった。

 今晩は彼と二人きり。

 一応、首輪はある上、ミシェルも彼の事を信用したのか、最近では二人で食事を取る事も認める様になった。


 ちなみに、ミシェルは使用人の娘達と話す事があるらしくこの場に居ない。

 説教では無いとは言ってはいたけど、一応、彼女達を労うように釘を刺しておいた。


 シュバインは料理を並べ終わると、私と向かい合って席に着く。


 ……

 少し薄暗い室内、お互い無言で食事を続ける。

 いつもは、軽く会話をしながら食事を取るのだけど、今日は、彼に話し掛ける事が少し気恥ずかしかった。


 黙々と手を動かしていると、シュバインの手が止まる。


「……少し確認したい事があるのだが。」


 私も手を止める。


「……何かしら?」

「ミシェルが禁書庫から持ち出した例の古書を読む機会は何時になるか聞いているだろうか?」


 ……あぁ、そう言えば有耶無耶になっていたわね。

 お母様からの仕事を優先したので、結局、読む事は無かった。


 私は軽く首を横に振る。


「……聞いて無いわね。そう言えば、あの時、貴方はどちらから読みたかったのかしら?」

「古い信仰についてだな。……エレオノールは?」

「私は、建国談の方よ。……古い信仰は藪蛇になるかも知れないわ。」

「……あぁ。なるほど。」


 シュバインが少し苦い顔をしていたので、軽く首を振りながら、彼に微笑む。


「貴方が気にする事では無いわ。それにどうせ、手分けすれば良いだけよ。」

「……ふむ。何れにせよ、後ほどミシェルに確認しよう。」

「そうね。……あっ。そう言えば、私もミシェルに聞かないといけない事があったわね。一緒に聞いておくわ。」

「……ではお願いしよう。」


 彼はそう言って頷くと、グラスに口を付ける。


 ……少し喉が渇いたわね。

 釣られて、私もワインに口を付ける。


「ふぅ。……お母様からの仕事は捗っているかしら?」


 すると、彼は額に皺を寄せながら、静かにグラスを置く。


「……一部に一般的でない語彙が含まれていて手間取っている。恐らく、一週間あれば全て終わると思うが。」


 ……流石にシュバインでもあの分量は手間取るようね。


「私も似たような物よ。今日はほぼ一日、書類に目を通すだけで潰れてしまったわ。」

「確か、明日以降に外に出ると聞いているが。」

「ええ。……シュバインはまだ魔術は使えないのよね?」

「……すまない。」


 シュバインはそう言って私に頭を下げる。

 ミシェルと毎日練習はしているそうだけれど、彼はまだ魔術を使えないらしい。


 ……まぁ、気長に待ちましょう。

 いずれにしても、お母様の仕事が優先なので彼は外に出る事は出来ない。


「気にしないで。……食事を続けましょう。」


 私はそう言って、彼から目を離す。


 窓に目を向けると、いつの間にか空に昇っていた月の光が庭園を明るく照らしていた。


次回の投稿時期は未定です。

ただ、今月中には投稿出来るとは思います。

書き上げ次第、投稿します。

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